ギルドランクアップ!
そして、前回の冒頭に戻る。
何せイエロードラゴンロードなんて単独討伐されるものでもないから、ギルドは一体幾らの報酬を用意すればいいのか皆目見当もつかなかったのだ。それこそ国を丸ごと一つ与えるくらいしても、まだお釣りがくるくらいの代物であるため、ギルドの上層部は頭を抱えていた。
そして、私たちはその間の繋ぎとして酒場のVIPルームに入れられているのだ。
(ドラゴンロードなんて無限ドロップするモブだったから、仲間と狩りまくってたんだけどなぁ…)
そう。昔傭兵仲間として新米のレベル上げのために数人でドラゴンロードを何十回と倒して回っていたのだ。今更何てことはないはずだと思っていたら、まさか人間側の方がパニックになるとは。
まぁ、あまり報酬の件で偉そうな方々にペコペコされるのも気が引けたので、素材の三割とギルドの上級クラスに入れて頂きたいという趣旨を伝えた。
で、何とか丸く収まったかと思いきや…。
「えーっ……冒険者シロ様。及び冒険者ノワール様をギルドの最上級冒険者。"オリハルコン"クラスに認定いたします」
そう言われてギルドの冒険者である証になるバッチと、オリハルコンクラスの証明になるエンブレムを渡してもらった。
「「有難うございます」」
2人揃えて口にする。
VIPルームには何人か要人っぽい人が並び、控えめな拍手で祝ってくれる。まぁ、此処までは良いとしよう。しかし、私はギルドの基本契約について許せない大っ嫌いな事を発見した。
これがあるから、前世のゲーム内でも非公式の傭兵として動いていたのだが…。
その契約において私達だけを例外にさせる。
此処からが私のやるべき事の始まりだ。
「シロ様とノワール様にはギルドからの要請にはなるべく答えて頂くということになりますが…よろしくお願いし」
「少し待っていただいて良いでしょうか」
先ほどエンブレムを渡してくれたギルド長の言葉を遮るようにして言う。声のトーンが鋭利なナイフのような含みを持った低さだったので、ギルド長が一歩後ずさる。
「な、何かな?」
ギルド長の声は平静を装っていたが、流れる冷や汗までは隠せていなかった。同じ部屋にいる要人達にも、戦慄が走る。
「あぁ。そんなに驚かなくとも結構です。失礼ですが、ギルド長は"傭兵"というものをご存知ですか?」
「あ、あぁ。もちろん知っているとも!金で動き、気分で働く。そんな誇りのない奴らだろう?それが何か問題かね?」
「私達としては傭兵の理念に賛同しています。自分の自由を保持したまま旅をすることができるのですから」
「……何がおっしゃいたい」
「単刀直入に言います。私、シロとノワールの2人は自分の意思によって動きます。ですので、ギルドの緊急招集や国家一大事であった時でも、要人からの依頼であっても、冒険者なら絶対に何があっても行かなくてはいけない依頼であっても、私たちが行くか行かないかを決めます」
「何だと!!」
ギルド長があまりの驚愕に口調を荒々しくしてしまう。彼はそのことに気がつき、すぐに口を押さえるが、やってしまった失言は戻らない。
「簡単に言えば、ギルドは私達へ依頼人のオーダーを仲介して届ける。"仲介人"といった立場にいてほしいというわけです。そして、その依頼を受けるか受けないかは私達次第とさせて頂きます」
「………何故だ」
「私たちは、この世界を気が望むままに旅することを信条としています。…その為には、冒険者という枠組みは少々狭すぎる為、私たちはギルドと対等である事を願います」
「………………許可できるとお思いか?」
「ドラゴンロード種を瞬殺できる者2人に対して、要求を飲まないなんて出来る人がいるとは思いません。しかも、報酬として素材三割と最上級クラスは少々不釣り合いでは?。寧ろ、これが最後の要求だと思えば安いのではないですか?」
「グッ……」
まだ迷ってるのか。遅いな。
だが仕方ないとも思える。ギルド長としての決断が、下手をすれば国を壊しかけないなんて重圧にのし掛かられてしまっては、ちょっとやそっとじゃあ決断は下せない。
白い純白のコートは、少しばかりイエロードラゴンロードの動脈の血を浴びてしまった為に所々黒々とした緋に色付けられ、とてもホラーだ。
そんなコートのフードを持ち上げ、後ろへやる。すると、ゆかりの銀髪が窓から差し込む光に照らされ、彼女の紅い目も不気味に光る。
「そーれーとーもー。…本当に傭兵として新たな舞台を作っても良いのですよ。仮に帝国から王国を滅ぼせと言われたのなら、私の持てる全てを使って王国を3日以内に地図から消滅させてご覧になりますが。…そんな化け物を野放しにしてよろしいので?」
最後は「本当にやってしまうよ?」と口にはしないモノの、こいつなら確実にやるという様な狂気をチラつかせて、ニタリと笑った。
「……………了承しよう」
ギルド長が苦々しく呟くと、私は後ろでずっと待機してもらっていたクロウから、羊皮紙とペンを受け取る。
「それでは、契約完了の書類にサインをよろしくお願いします」
和かに羊皮紙とペンを差し出し、ギルド長は重たい手つきでサインを書いていく。
「これで良いか?」
「えぇ。完璧です」
その書類を受け取ると、すぐにコートの裏にそっと仕込んでいるアイテムインベントリへとつながるポケットに突っ込む。
説明がまだだったが、アイテムインベントリとは鎖の軌跡で使われていた完全に保護されたアイテム倉庫の事で、早い話が4次元ポケットである。
そこに繋がる入り口をコートの裏に、小さいとはいえカスタマイズで装備しているので、私は何時も荷物が少ない。
それは兎も角、契約は無事に終了した。
もう用はない。
「それでは。良きパートナーでいられる事を願っております。では」
口角を微妙に上げて上品に一礼すると、ギルドの重々しい扉を開けて、退室した。
ゆかりとクロウが出て行った事で、ギルド長を始めとする要人たちはため息をついて肩を下ろした。
○
「上手くいきましたね」
「まーねー。殆ど賭けだったけど」
商業都市ソルドの夜道を歩きながら、今日宿泊する宿へと向かっていると、目の前に黒い人影がズラッと並んでいるのが見えた。
(追い剝ぎの類か?)
クロウとゆかりはほぼ同時に刀へと手をやったが、近づいてきた人影を見て警戒を解いた。
「やぁやぁゆかり様とクロウ殿。ご無沙汰しております」
ニコニコしながら近づいて来るのは先日イエロードラゴンロードに襲われているのを助けたレーヴェだった。
よく目をこらすと、背後の無数にいる人影は討伐隊のメンバーのようで、恐らく配達物を帝国に届けたあとに王国へ舞い戻ったのだろう。皆、少々疲れているように肩で息をしていた。
しかし、その顔はとても笑顔で、心底嬉しそうだった。
「…我々は、命を救って頂いた」
レーヴェが神妙な声で言う。
「貴方方の為であれば、手でも力で目何でも汚す所存であります」
討伐隊の面々も片膝をつき、レーヴェも同じように膝をつく。
「お困りであれば、帝国をお尋ねください。微力ながらお力添えをさせて頂きます」
微妙…ねぇ。帝国の最重要人物の1人が何を良いのやら。しかし、此処までされては答えないわけにはいかない。
「頭をあげてください。第一、私としては対等な友人でありたいと思っているので、そちらこそ困った事があれば、相談してください!。ね?クロウ?」
前世では友人なんていないボッチだったし、友達ができたら万々歳である。
「…私は正直、面倒は御免なんですけ」
クロウが言い切る前に笑顔で肘鉄を背後に立つクロウの鳩尾に叩き込む。鎧を着ていたら分からなかったが、黒コートの街中スタイルのクロウには防ぎきる防御力がなかった。結果、肘が鳩尾にめり込む。
「カハッ!?……ゲホッ…そうですね。ゆかり様の言うとおりでございます。……だから鳩尾はダメですって」
不意打ちに仰け反ったクロウの不満顔は、いつも凛々しいクロウからはかけ離れていて、幼い少年がいじけてるように見えたので、普段のギャップもあってか、吹き出してしまう。
「ふふっ。あははははは!!」
私が不服そうなクロウの顔に大爆笑してしまうと、周りの討伐隊へと笑い声が伝染していく。
そして、皆が時間を忘れて笑っていると、クロウも堪えきれずに笑い出し、ゆかりがクロウの胸板へと凭れ掛かった。
「あーー。楽しい」
「そーですねーー貴女だけねぇ!?」
クロウは不貞腐れたのか手で握りこぶしを作ってゆかりの頭をグリグリしだした。地味に痛い。
「あだだだだ!!。痛いってクロウ。ごめんって、ごーーめーーんーー!」
夜の商業都市ソルドに、大人数の笑い声が魔術式街灯に照らされて響き渡る。
その声は、笑い声に起こされた近隣住民
に怨念を込められた鍋をフルスイングで投げられるまで続いたのだった。