赤い筆入れ
第七章赤い筆入れ
相変わらず僕は
つまらない日々を
送っている
何事も起きない
平和な学校
黒板の前で
老けた教員が
教科書を片手に
擦り落ちる眼鏡を上げる
静かな教室
真面目な生徒達
何もかもが
くだらない風景
二列隣り
斜向かい前
安島の席
朝練をこなし
眠気の襲う4時間目
小さな欠伸を噛み殺し
赤いナイキの筆箱から
消しゴムを取り出す
机を揺らし
ノートに書き込んだ文字を
懸命に消す
安島の後ろ姿
一日中
そんな安島の背中を
ただ眺めて過ごした
暇を弄ぶ手段に
煙草を覚えてしまうと
異常な程 ヤニ中毒になる
何処か煙草が吸える場所はないか
そんな事ばかり
考えていた
教室の窓から
屋上を眺め
死角になる箇所を
探す
実習室のある
校舎の屋上
屋上へ抜ける階段の入口
真四角のコンクリート
あの裏ならば
どの教室からも
死角になりそうな気がした
給食が終わり
20分程度の
昼休みがある
早々と給食を済ませた
安島達は
食器を片付け
廊下を走ってゆく
各教室に置かれた
ボールを片手に
男子数名が
教室から消えた
教室や廊下には
数名で固まり
喋り声が弾み
僕は 実習室の校舎へ
渡り廊下を使い
黙黙と移動していた
一階
職員室
応接室と校長室
二階
美術室
技術室
理科実験室1
理科実験室2
三階
パソコン教室
視聴覚室
音楽室
図書館
昼休み
誰も居ない校舎
新校舎だけに
廊下は黒い石模様の
洒落た作りになっているが
ただ ひんやりと
冷たさだけが
引き立つ
暗い印象を受ける
屋上への
踊り場に辿り着く
想像していた以上に
危機感のない
踊り場
何個か壊れた机と椅子には
薄っすら誇りが
被っている
屋上の出口のドアは
軽いアルミ製のドアで
防犯用の設置どころか
ドアのノブには
内鍵がある
薄い曇った硝子
清掃さえされていない
忘れ去られた場所
簡単に内鍵を捻り
呆気なく屋上に出てしまうと
田舎町の学校に
溜息すら出なかった
苔の蔓延る
石タイルの屋上
反対側の校庭から
幾つかの声が
混ざり合いながら
微かに聞こえる
座り込んでしまえば
遠くの山々が見える以外
一面に広がる空
鉄塔が何本か
発電線を繋ぎ
暢気な鳥の囀りまで
のどか過ぎて
時間が止まりそうだ
くわえた煙草に火を燈し
吸い慣れた煙りを
吐き出す
僕の存在も
何もかもが
消えていく場所
屋上に取り付けられた
スピーカーが
脅威的な音を鳴らし
予鈴を伝え
一瞬 心臓が
跳ね上がる
煙草を石タイルに押し付け
揉み消してから
少しだけ迷ったが
そのまま投げ捨てた
踊り場から
階段を降りて行くと
何処かの教室の
ドアが開く音がする
慌てて階段に隠れ
そっと廊下に
視線を向けると
音楽室の前に
”日高 紫乃”の姿が見えた
日高の後を追うように
背の高い男が
音楽室から出てきて
ドアの鍵を掛けている
あれが 噂の
”西山先輩”
なのだろう
昼間から
堂々と密会ですか?
田舎町も
なかなか
やるもんですね