赤い夕日
第六章赤い夕日
小銭を握り絞め
隣町まで
自転車を飛ばす
廃れた煙草屋
小さな窓口には
店主の姿はなく
二台並ぶ
煙草の自販機で
煙草を買う
何度も買い慣れると
初めて購入した時のような
緊張感もなく
平然と買えてしまう
服装の乱れもなく
髪を脱色している訳でもない
平凡な中学生
声を掛けられたところで
親に頼まれたと
答えれば
問題にすら
ならないだろう
夕方の六時
ふらふら夜道を
徘徊している訳でもない
緻密な知能犯
購入した煙草を
ポケットに詰め込み
自転車を漕ぎ始める
何事もなかったように
商店街を抜け
通っている中学校の前を
通り過ぎると
校舎の中から
俯いた女の子が
独り
重苦しい足取りで
歩いて来る姿が見えた
沈みかけた夕日が
秋空を赤く染め
校庭を歩く
女の子の背中を照らし
長い影が伸びる
”日高 紫乃”
安島の幼馴染
赤い曼珠沙華の中
手を引かれ
微笑んでいた少女
日高の他に
誰の姿もなく
体育館の方から
ボールの音と
バッシュの音が
響いている
夕日を背に
立ち止まった日高が
体育館を眺め
一瞬 頬を伝う涙を
指先で拭い
顔を上げ
また 歩き出した
僕は 膨らんだポケットを握り
自転車を漕ぎ始める
同級生の女の子
”日高 紫乃”
色白の透き通る肌
整った顔
日誌を書いていた男子が
口角を上げて告げた言葉が
蘇る
『色気づいてんじゃん』
思春期の女子
化粧などしてるから
目を付けられるんだ
投槍な回答
自転車を漕ぐ足が
次第に遅くなってゆく
夕日を背に
眺めていた
体育館
バッシュの音
安島の居る
バスケ部
日高は 安島が
好きなのだろうか
ただの
幼馴染として
安島に助けを
求めていたのだろうか
曼珠沙華の花の中
頬を染め
微笑んだ少女
胸が痛い
食卓に用意された
夕飯を独りで食べる
父が夜勤と言う事もあり
パート仲間に誘われたカラオケへ
出掛けた母
静まり返る
社宅
見慣れた家具に乗る
テレビを眺め
父の灰皿に煙草の灰を落とす
食べ終わった食器を
流しに入れ
電話の子機を
握り締めた
吸い終えた煙草を
テーブルに敷いた
ちり紙の上に並べ
小学校時代の
地元の友達へ
電話を掛ける
数回のコール
電話に出た友達の母親へ
名前を告げると
大声で友達の名前を呼ぶ
「つーちゃん?」
三上 厳
通称 つーちゃん
呼ばれ慣れた
綽名に 目頭が熱くなる
「元気?ビックリしたよ
急に引っ越しちまうんだもん」
何も言わずに
消えてしまった 僕
「ごめん」
たった一言
伝えたかった言葉
「みんな 元気?」
電話越しの友達の声は
距離を縮め
玄関を飛び出してゆけば
すぐにでも逢えそうな感覚に陥る
「元気だよ
てっちゃんと俺は
サッカー部に入ったぞ
つーちゃんは?」
「部活入ってないよ
帰宅部」
「そうか
そうだな つーちゃんは
運動オンチだからな」
友達が嫌味もなく
笑い声をあげる
「ほっとけよ」
苦笑しながら
涙が零れ落ちた
「清美が 寂しがってたよ
なんで居なくなっちゃったのって
泣いたんだぜ
モテモテですな」
思わず笑いが
込み上げた
「清美って 武の妹じゃん
まだ幼稚園児だろ」
「馬鹿 何言ってんだ
もう小学校一年生だぞ」
「たいして 変わらん」
「まぁな」
半年ぶりに
自分の笑い声を
聞いた気がする
それから数十分
友達の地元話を
聞いていた
懐かしい名前が
溢れ出し
その都度
友達の顔が浮かぶ
一緒に通うはずだった
中学校の話になり
少しづつ距離が開く
全く 聞き覚えのない
教員の話になる頃には
遠い存在になった
僕の知らない世界
僕が戻れない場所
”もう帰れない”
帰りたい場所へ