赤い絨毯
第三章赤い絨毯
夏の終わりを
命乞いをする蝉が
告げる
この町へ
引っ越してきて
半年が過ぎ
パートを始めた母が
一輪の赤い花を
貰ってきた
艶やかな
”曼珠沙華”
相変わらず
新聞を読み続ける父に
話し掛ける母
「この近くに
彼岸花が沢山咲く場所が
あるんですって
赤い絨毯のように
真っ赤に染まるようよ」
気のない返事を
繰り返す父へ
懲りずに話続ける母
思春期の僕には
どうでもいい風景だ
”赤い絨毯”
それほど多くの
”曼珠沙華”が
咲き乱れるのだろうか
観光名所に
なっている訳でもないらしい
地元の人には
見慣れた風景なのだろう
母の会話に
テレビを見ながら
耳を傾け
盗み聞きをしながら
どんな場所なのか
若干 興味が湧いた
何もする事がない
日曜日
遅く起きた朝
学校までの通学路以外
あまり出歩かず
土地勘のない僕には
軽い探検気分で
”曼珠沙華”を
探しに出掛けた
母が潤覚えながらに
語っていた方角へ
颯爽と風を切り
自転車を漕ぐ
懐かしい自転車の
ブレーキ音や
グリップを変えた
ハンドルを握り
引っ越して来る前に
一緒に遊んだ友達の笑い声が
耳の奥で木魂する
僕は 引っ越したくは
なかった
河原沿いの空き地で
草野球をする
子供達の声
土手の上から
横目で流し見る
”友達なんか
いらない”
急遽 転勤が決まった父
春休み中の出来事
僕は 誰にも告げず
引っ越してしまった
”中学行ったらさ
サッカー部 入ろうぜ”
友達との約束も
守れなかった
僕は 裏切り者
悔し涙が込み上げ
奥歯を噛み締め
無我夢中で
自転車を漕いだ
何処をどう走ってきたのか
わからない
ただ鬱陶しい木々の隙間から
赤い風景が
微かに見えた
自転車を投げ出し
木々の隙間を掻い潜り
”赤”を目指して
突き進んでゆく
そして 敷地
一面に広がる
”曼珠沙華”に
辿り着いた
煌々と燃えるような
赤い絨毯
強烈なインパクト
興奮と感動が
入り混じる
幻想的世界
どれくらい
見惚れていたのだろう
真っ赤な海のように
風が吹くたび
細波の如く揺れる
さわさわと葉が擦れる音
心地いい響き
そして
赤い”曼珠沙華”の中に
人影を見つけ
固唾を呑んだ
その人影が
”安島”だと気づくには
数秒と掛からなかっただろう
白い肌をした
女の子を連れている
真っ赤な”曼珠沙華”の中
安島の微か後ろを
歩いている
手を繋いでいるのだろうか
嬉しそうに
”曼珠沙華”の赤が
反射するように
女の子の頬を染め
微笑む横顔
何か話しながら
女の子へ
笑い掛ける安島
見た事もない
幸せそうな安島の笑顔に
胸を貫かれ
僕は鬱陶しい木々へ
逃げ込んでいた