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十三. 1867年、伏見奉行所

「近藤―――・・・局長・・・・・・!」

・・・・・・。尾形が見返り、室内へと入って来る近藤を見つめた。山崎も呆然とした顔で、近藤がすぐ横を通り過ぎるのを見ていた。



1867年、伏見奉行所


「近藤さん!あんた、鉄砲創は」

土方が慌てて立ち上がり、吉村と大石から近藤を引き取った。火鉢に一番近い処に近藤を坐らせ、傷に響かぬようゆっくり肩に羽織を掛けて遣る。其でも

「っ・・・!」

何もせずとも痛むらしく、近藤は顔を顰めた。額には脂汗が浮んでいる。当然だ。撃たれてまだ数時間しか経っていないのだから。

「―――局長」

尾形が珍しく声を割り込ませた。其どころか、声色も変っている。山崎も表情を険しくした。土方は疾うに知っておろうが、右肩甲骨。肩肉に食い入る鉛弾の状態に依っては剣が振るえなくなる可能性がある。

「―――尾形」

近藤が無事な左の腕を突き出し、尾形を制止した。

・・・。こうなれば、尾形が入る余地などもう無い。尾形の膝上に置かれた拳が固く握り締められたのを土方は見逃さなかった。

「・・・トシ。よくここ迄わかったな・・・本人もそう思っているだろうが、俺も尾形が今に至る迄始末されていないのは意外だった」

「近藤さん・・・あんた俺を試したのか」

土方の声に苦渋が混じった。土方にはまだ解けていない謎がある。だがその答えを知らば、土方は二度と新選組を牽引できなくなる程の衝撃を受けるかも知れなかった。

「試す?そんな訳無いだろう・・・俺はお前を心の底から信頼している。試すも試さないも無い」

近藤は意外そうに眉を上げ、当然の様に答える。が、土方は理解できない。自分の眼力を試されている訳でも、試衛館時代から続く信頼が揺らいだ訳でもないのなら、何故隊を取り仕切る自分に言ってはくれなかったのか。

「・・・併し、驚いた。よく俺が凸凹三人組を動かしていた事がわかったな。尾形に伊東一派の牽制を命令した時は、お前が切腹を言い出した時の言い訳を考えたりしたものだ」

「―――あの時は誰も切腹していない。田中を切腹させたのは局を脱走したからだ。その後の衛士との繋がりは、尾形が山口と山崎に打ち明けていた。・・・そこもあんたは承知済だったんだろう?近藤さん」

近藤が思い出を語る様に言うが、土方はそんな新選組局長を不信の眼でしか見られなかった。普段、土方を参謀以上の策士であると誇りにしているが、近藤の方が余程の策士なのではないか。情に脆い、単純な性格の近藤は演技だったのか、と、餓鬼の頃からの付き合いなのに疑って仕舞う。

「・・・・・・いつから気づいていた?」

近藤はその質問には答えず、逆に問い掛けた。土方が近藤の額の汗を拭う。近藤は瞼を閉じた。眉間に刻まれた一本皴が消えてゆく。

「・・・・・・あんたは事ある毎言っていただろう“尾形は俺にとっての山崎だ”と」

尾形と山崎は同時に顔を上げた。近藤はぱっと瞼を開いたが、口角を上げて再び瞼を閉じる。土方は、之についてはもう触れなかった。

「初めに尾形の役当(やくあて)に疑問が湧いたのは、蛤御門の時だ。京が火事に見舞われた時、新選組(オレら)は堺町御門を回って丹波に逃げる浪士を追った。・・・近藤さん、あんた、何で七条(あの)通を選んで行ったんだ?」

「そんな前から・・・・・・どの通を歩いたかなんて、よく憶えてるな・・・・・・」

近藤は呆れた声で言った。吉村と大石は途中から凸凹三人組の後ろに坐っていたが、彼等は禁門の変後の入隊の為はてなが頭に浮んでいる。この手の過去話が通じる隊士も、極僅かとなって仕舞った。

だが、凸凹三人組は全員よく憶えている様で、各々其らしき反応をする。

山崎は禁門の変の時ひとり別行動を取っていたが、過去に土方から受けた質問を思い出し、あぁなるほどと合点がいった。

(―――矢張り(あれ)は、尾形はんで間違いあらへんやったか)

「印象深かったから覚えているんだ。近藤さん、あんたは御所の屋根に居た尾形の合図をみて七条通から堺町御門と決めたんだ。他の経路は既に炎が回って通れる状態じゃなかったんだろう。御所周辺には島田が居たが、周辺と言っても火に囲まれた経路(ところ)に居て身動きできない事を山崎から聞いた。丁度その時は山南(サンナン)さんと平助が万全でない体調で六角獄舎に向かって仕舞っていたから山崎には獄舎に向かわせ、尾形は御所の屋上から大観して経路を探した・・・と。そういう事だな」

山崎は島田が身動きを取れない状況にいたと尾形に言った記憶は無い。併し、火事や島田の居る場処については報告したから、山崎の言葉の鱗片を瞬時に組み立て、推察したのだろう。

「山野については何故わかった?」

「山野については、正直確信したのは昨晩こいつが本陣への合流を強行して来た時だったが、其から後は早かった。総司を護れなんて厳命できるのはあんたくらいのもんだろう。・・・・・・平助の時でさえ、新八と左之助は局長副長(オレたち)からの命令を待ったんだ」

・・・・・・先程から、既に此の世に在ない人間の話ばかりしていて、自然、空気が重くなる。

彼等がこんなに策を講じて大切なものを守ろうとしているのに、失われるのは一瞬だ。

「尾形・山野ときたら、凸凹で通っている島田が関っていない訳が無い。・・・だが、島田が絡んでいた事には山野より先に気づいたよ。島田が一番あんたの近くに居たからな。山崎と吉村を広島で長期間探索させたのも、島田があんたの命令をより尾形に託け易くする為の画策だった。尾形と山崎の古株二人が反目し合っているという伊東側への見せつけにもなる」

「・・・其は深読みというやつだ、トシ。長州の厳正なる処分には、奴等の動向を把握しておく事が必要不可欠だった。山崎君や吉村君ほどに探索能力の優れた隊士でなければ、あそこ迄有益な情報を得る事は出来なかった」

近藤は誠意を籠めて言った。その言葉に嘘は無い。痛みに顔を歪めながらも曇り一つ無い近藤に、土方は戸惑いの表情を見せる。

「・・・同時に、西国へ行けば伊東さんが何かしら動き始めるだろうという事は俺も予測していたよ。だから、そちらを尾形に恃んだ。尾形は探索向きではないが、陽動に長けている・・・其に、伊東さんと同種の人間だ。こいつは思想に染まらない学を持っている」

「なら」

土方は、遂に我慢ならずに言った。近藤の口から、土方の問いに対する答えはまだ返ってきていない。

「何で其を副長(オレ)に言ってくれなかった。総司の事についてもそうだ。言ってくれたら俺が手を打っておいた。何でわざわざ・・・」

―――俺達を欺く様な真似を。

感情面での混乱が非常に大きかった。自身にしろ尾形と対になる山崎にしても、物分りは決して悪くない。魂胆を知ったところでどれだけでも非情に振舞えるし、一芝居も二芝居も打つ事だって出来るのだ。

だが

「お前に言ったら、この頭の回る肥後者を使うかね。使わんだろう。せいぜい山崎君の負担をもっと増やすくらいじゃないか」

「頭が回る」「肥後者」という言葉は、褒め言葉ではない、土方が尾形を陰で愚痴る時に使う代名詞だ。壬生時代に頻繁に使っていた。頭脳派と謂える人間は、山南 敬助・武田観柳斎・毛内 有之助そして伊東 甲子太郎。新選組は彼等全員に見事に裏切られたからこそ粛清し、極力頭脳派を隊から遠ざけてきた。頭脳派の流れを汲む尾形を使う位なら、利口でより実戦向きの山崎を使う。其は必然の選択であるとも謂える。

「其では宝の持ち腐れだ」

と、近藤はゆるゆると言った。伊東の真意に気づいていた近藤が、尾形を当然の如く信用するさまが土方には不思議だった。

「・・・お前だけの新選組じゃないんだぞ」

と、近藤は言った。土方が露骨に傷ついた顔をする。誰にも見せた事の無い表情を不意にした。・・・尾形が冷めた眼で土方を流し視る。

「総司の事もだ。お前に言えば、お前は独りで抱え込もうとする。・・・お前は信用できる者が少ない。いつも決った者に負担を掛けてそうでない者は排除する。そして苦しむ時は信用している者達さえ排除する。俺は外に出てばかりで、昔みたいに新選組に張りつく事はめっきり無くなって仕舞った。局内の事はお前に任せきりだ。だがな、其でも局長は俺なんだ。局の闇を凡てお前に押しつけて前に進む訳にはいかんのだ」

近藤は、随分と弁が立つ様になっていた。そして、ぶれなくなっていた。御人好しである性格は試衛館時代其の侭で、併し土方が危惧していた無暗矢鱈に他者の言う事を鵜呑みにする部分というのが消えている。

―――尾形が武田を手に懸けたのは、近藤の命令あっての事であった。インテリだから、ブレインだからと惑わされる近藤はもういない。

「お前は俺が何も抱えなくていい様に、何も言おうとはしないだろう。其ではいかんと判断した。お前は新選組副長だ。この150人いる隊の中で2番目に偉いんだ。隊士達は皆、お前の命令は利けるが気にして遣る事は出来ない。総司が労咳を隠していた時にも言ったが、人間、誰しも弱る時があるんだ。新選組の2番目に偉いお前を管理する事も気に掛ける事も出来るのは、局長の俺しかいないじゃないか」

―――新選組というのは結局、試衛館組とその他一派の絆がぶつかり合う戦いに終始する。山崎・尾形等どの絆にも属していなかった古株も、結局は試衛館の絆に組み込まれ、振り回されてきたという事だ。

「・・・其に、現にお前や山崎君だけでは難しい問題もあっただろう?尾形には伊東さんの相手を任せながら、お前達の反応や様子についても報告して貰ったよ・・・伊東さんは手強い相手だったし、近藤班(こちら)からも手を打っておいた心算ではあるが」

「余計な事を・・・・・・」

土方は公衆の面前でばつの悪い事情を暴露された心持になり、顔を紅くさせて尾形を睨んだ。尾形はぷいと土方から顔を逸らす。

尾形が近藤に色々と吹き込んだのは粗疑いようが無い。

「山崎君」

不意に近藤から声を掛けられ、山崎ははっと組んでいた腕を解いた。・・・数瞬後れて、・・・はっ。と返事をする。

「君を捲き込んで仕舞った事は、本当に済まないと思っている。君はトシとも総司とも近い位置にいたから、已むを得んかったのだ。

・・・其に、俺が信用できる古株も、試衛館以外では凸凹三人組(こいつら)くらいしかいなくてな」

「―――・・・いえ」

―――山崎は静かに首を横に振った。この任務第一というか、任務を理由に絆を蔑ろにしてきた文久3年5月組にとっても良い薬だったのだ。この様な劇的事件(ドラマ)が無ければ、彼等は互いを知らない侭に通りすがり、新選組(しごと)の根幹を知る事無く表面だけの任務を続けていた事だろう。

「ほれ、尾形も山崎君に謝れ」

近藤が子供を教育する様に尾形に向かって言う。其はそう、沖田に対して話し掛けているのに似ている。

「・・・・・・私は任務を忠実に果した迄の事。良心が痛む事は決して御座いませぬ」

尾形は山崎にも上司である土方に対しても、頑として謝る事は無かった。尤も、その想いは近藤よりも山崎や土方の方が理解できる。近藤という何処までも汚れなき人間の脇を固めるには、こちらが鬼にならねばならぬ。

「只―――・・・」

・・・尾形は背後を振り返り、前となる山崎を真直ぐに見つめた。―――・・・ 言い掛けて、ふっ、と目を伏せて止める。

「尾形の処遇についてだが」

近藤が重々しく口を開いた。尾形の眼は近藤に背を向けた侭、無表情で其を聴いている。凸凹の二人が表情を強張らせ、近藤・土方孰れかの言葉が出る事を俟った。

「・・・トシ、尾形は助勤から外して仕舞ったんだろう?」

「―――山口が復隊したからな。元より、尾形とはその約束でいたんだ。この様な事態にならなくても、尾形を助勤から外していたさ」

土方は未だ鋭い視線で尾形を見ていた。尾形は振り返り、土方の方を見る。土方と同じ様に高く結んだ髪の毛先が揺れる。

「殆どの隊士が尾形は御陵衛士に殺されたと思っている。山口の時と同様、尾形をひょっこり隊に戻す訳にはいかねえ」

「お前もまさかそう思って、尾形を隊の名簿から外したりとかは・・・」

「一瞬はそう思ったが、原田から尾形が生きている事は聞いた。生きていれば必ず尾形は新選組(ここ)へ戻って来る。そうだろう?尾形」

尾形と土方の視線がぶつかる。・・・・・・尾形が眼を細め、・・・・・・左様で御座います。と言った。土方は黙って、懐を探り始める。

土方が懐から出したのは、書状の如く折り畳まれた紙であった。2本ある。その内1本を広げると組織編制図。助勤の名がそこには列ねてある。確認のため列挙すると、沖田 総司・永倉 新八・山口 二郎・井上 源三郎・原田 左之助・山崎 烝。

もう1本は、監察方と勘定方の名簿であった。こちらは通常、平隊士には明かさない。監察方の名簿に、尾形 俊太郎の名は在った。

「おお!」

近藤が感激の声を上げる。同時に土蔵の扉が開き、二人の男が中へと入って来た。同じく監察方に名の在る、安藤 勇次郎と村上 清だ。

「今迄の話は一部始終、監察方には全員に聞いて貰った。安藤 勇次郎・村上 清・吉村 貫一郎・大石 鍬次郎・そして尾形 俊太郎。之が今回の監察方の編制だ。全員が監察仕事にはもう慣れているから各々で動いて貰うが、仕事の内容が少し変った。

―――尾形、この組織が最早“新選組”ではない事は、既に知っているな?」

「―――“新遊撃隊”ですね。存じております」

安藤と村上が再び土蔵の外に出てゆく。尾形は中腰の姿勢からきちんと坐り直し、土方の問いに肯いた。

「―――尤も、その名は早々に返上為された様ですが」

「尾形、耳に入れている事を全て話せ」

土方が尾形に食いつく様に訊いた。尾形も()り出す様な上目遣いで土方を見ている。今や敵対している仲ではないが、二人の会話は喧嘩しているかの様に熾烈だった。

「油小路の一件から本日に至る迄の情報は一通り、耳に入れて御座います。天満屋の件から2日後、王政復古が為されましたな。より解り易く言えば、大政奉還の中身が漸く実現された様なもの。徳川幕府は廃止され、京都守護職・京都所司代も廃止、慶喜公は政治職から追放された。詰りは薩長・土佐・安芸等の反幕派が政治的に力がつき、幕府の力を不要とする“新政府”へと成長したという事。そして今度は武力で以て、幕府の分子を根絶やしにするという事ですな。無論、新選組もその対象」

「その情報は何処で手に入れた」

「天満屋にて、近藤局長と魁さんより直々に。後は、伏見にて薩摩藩の保護を受けている御陵衛士の残党を度々張っておりました」

「あんな下っ(ヤツら)の許に迄、そんな情報は下りてくるのか」

「―――彼等は薩摩の軍隊に従属し、戦に参加する事になりますよ」

・・・・・・その場に居た全員が、息を呑んだ。

新政府(むこう)は最早皆兵で、誰彼構わず兵士に仕立てている。だからこそ、大政奉還より僅か一月(ひとつき)で王政復古(強制排除)に踏み切る事が出来た」

「・・・数さえ多ければ手練れは不要、という発想だな」

土方が苦い顔をした。誰彼構わずとは、其でも武士の棲む国に生れた人間かと思う。併しその数の前に、幕府は完全に凡ての権威・権力・権勢を奪われて仕舞っている。

新選組も同じである。京都守護職が強制的に廃止されたあの日から、新選組は一切の権利を失った。巡察の権利さえ、今は無い。

ならば彼等は今何をしているのか。警備と戦争の準備である。

彼等は警察組織を解散させられ、京都見廻組と共に新遊撃隊に編入・改称させられた。彼等はいわゆる軍隊に組み込まれたのだ。

新遊撃隊の名を返上しても、その立場が変る事は無い。―――併し。

「―――隊士の士気を保つ為には、新選組の名を残す事は非常に重要な事ですな」

土方と尾形は随所で意見が重なる、と近藤は思った。二人とも策士然とした頭で共通しているからなのか、話の進度が速くその上畳み掛ける様に早口だ。今まで別系統で動いていたから彼等がこの様に意見を組む事など無かったが、組ませたら、凄い。

「―――戦は、もう始っている様ですな」

「当然だ。何の為に全隊士を下坂させたと思っていやがる」

土方が憎まれ口を叩く。実のところ、まだ開戦はしていない。併し新選組、特に土方の中ではもう戦争は始っている。

土方の根本は、バラガキと呼ばれた江戸の喧嘩屋だ。策士的なのは才ではあるが、本質ではない。

「―――尾形。お前は幕臣取立の時に仰せつかった見廻組格の地位がある。表立って兵を率いる訳にはいかないが、率いる権力と腕は持っている。今度の戦にはお前を目付に推薦する。今まで散々足を引っ張ってきたんだ。信頼を取り戻せるよう、隊を補助してみせろ!」

この男は何故かこういう時いつも態度が大きい。島田が思わず苦笑する。其は空気を伝播してゆき、当人達と興味無げに笄で手遊びをしている大石を除いた全員から大なり小なりの笑みが漏れた。

ギロッ、と土方が特に笑い声の大きい島田と八十八を睨む。

「お前は何でそういつも・・・」

近藤も肩を押えつつ引きつった顔で苦笑いをする。尾形は傍観者の如く笑いを四方で聞き流していたが、

「―――承知しました」

と、言って頭を下げた。

「――――」

―――再び顔を上げ、尾形はじとりとした眼で近藤を見つめた。土方も近藤を横眼で見ながら、煙管を噛みつつ何やら思案している。

「・・・・・・?」

近藤は蒼い顔色で尾形を見返す。土方からの視線には気づいていない様だった。島田や八十八の口から笑いが消え、尾形を覗き込む。

「―――話は終りましたが」

「近藤さん、あんたいつまで土蔵(ここ)に居る心算だ?」

土方がすっくと立ち上がり、尾形が素知らぬ顔で目を閉じた。打ち合わせた訳ではないのだろうが、二人とも図ったかの様に同じ空気を醸している。・・・・・・非っ常ぅ~に険悪な空気を。

「あんた撃たれたばかりだろうが!ああほら掌まで血が流れている!こんな冷える処に居て、悪化したら如何すんだ!大将がよ!!」

土方が銃創の無い方の腕をぐいぐい引っ張り、乱暴に近藤を立たせる。之迄散々振り回されてきたストレスを本人にぶつけるかの様に。だが銃創を抉らない分、まだ容赦していると言ってよいだろう。

近藤は銃創に響く振動にうんうん呻りながら、

「だって・・・尾形の・・・・・・」

と、言うと、双方から

「そんな言い訳はいらねえ」 「其は言い訳に過ぎませぬ」

という台詞が同時に飛んでくる。

「幕医宛に書状を書く。こんな創で戦場になんか出られるか!大坂城で治療だよ、治療!チャンバラ禁止!」

「お・・・・・・っ、尾形っ」

ずりずりと土蔵の外に引き摺り出され、助けを求める近藤。だが尾形はしら~っと他所を向き、近藤の声を無視する。

お・・・・鬼っ!ばぁんっ! 勢いよく閉められる扉の音に、近藤の叫びは掻き消される。山崎と吉村の真面目な監察コンビは、局長副長の漫才みたいな退場にどんな顔をすればいいのか分らなかった。

・・・・・・炭も尽きかけている火鉢のみが置かれた土蔵に残っているのは、凸凹三人組と山崎・吉村、そして内職して遊ぶ大石のみ。

「・・・ふぁ~あ。じゃあ、俺達も出ますか」

八十八が伸びをしながら言う。何処までもマイ‐ペースな男だ。ここ迄飄々として態度に代り映えが無ければ、確かに正体を看破(みやぶ)るのは至難の業であったろう。

「そうだな」

おらおら、出るぞー! ひとりの世界に浸っている大石の事も見逃さず、島田が掛声を上げて全員を土蔵から出す。がらぁんと閉めて

「崎」

ぽんっ!と山崎の背を叩く。ってっ! 山崎は前につんのめった。本人は軽く叩いた心算なのだろうが、叩かれた方は超絶痛い。

「おう。すまんすまん」

島田は朗らかに笑った。どこをとっても豪快なのがこの男だ。結構な御節介でもある。其も、自分のペースで他人を振り回す類の。

「だましていてすまんかったな!」

・・・併し、素直で潔くもある。

「俊の分も謝っておく!俺は俊と違って、矜持なんて持ち合わせていないからな。(ハチ)公の分も謝っとく!アイツも謝っていないだろ」

「は、はぁ・・・・」

コレ、謝罪の安売りちゃうの・・・?山崎はそう思ったがツッコまない。何だか謝られる価値が下がった気がするけれども。

「併し、5年は長かったな・・・・・・如何だ、崎。俺達は之からでも親睦を深められると思うか」

・・・・・・; 山崎は答えに詰った。聞いているこちらが恥かしくなる様な直球をこの男は真顔で仕掛けて来る。良い奴である証だが。

「まぁ・・・・・・せや、島田はんの作ったんやない汁粉なら一緒に食べてもええでっせ。・・・いつかな」

島田がぴゅっと居なくなり、気がつけば、おい!崎が汁粉会に来るってぞ!俺の作った汁粉じゃなければ!八公、お前が汁粉を作れ!と八十八の処に吹聴しに行っている。自分で言っていて虚しくならないのか・・・?と思ったが其でも山崎はツッコまない。八十八は、あァ?やっすよ、俺ぁ山崎 烝と別に食いたかねェもん。とバッサリ却下している。

「・・・・・・尾形はん」

・・・・・・尾形が、少し離れた山崎の横を歩いていた。尾形はちら、と山崎の方を見る。

「―――崎さん」

・・・本の少しだけ、寄った。島田とは豪い違いである。まさかこの、如何にも淡泊で無口の男が、絆という最も湿っぽい結びつきの渦中に居たとは誰も思わないであろう。現在に至って猶、尾形の心裡(こころうち)というものは何処に在るのか判らない。凸凹の他の二人の隠れ蓑を演じた事さえ、任務的な要素を何処かしら感じる。

―――だが

「・・・先程も言った通り、私は私の任務(しごと)をした迄だ。何も言う事は無い。が―――職務は必ず全うしてみせよう」

頑固なのだ。其はもう辟易する程に。山崎以上に感傷を嫌うのも、人間らしい至らなさを否定するのも、自身を縛りつけている(しがらみ)たるものが尾形にも在っての事かも知れない。ええと、せや、確か肥後の人間に其を表す有名な国言葉があった気がする。

「―――へえ。期待してまっせ」

山崎がふっと笑う。飽く迄仕事という表現で凡てを包む。感じていたよりこの男は、精神的に青いのかも知れない。

吉村がそんな彼等を見て微笑む。吉村も叉、3年近くもの間彼等の仲を心配し、見守ってきた。ある種の一つの物語の結末が見られて嬉しいのだろう。


夜が明ける迄後少し。そして年が明ける迄も、後少しであった。

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