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壱. 1863年、京都

―――文久3年5月。男も圧倒される巨漢と男も魅了される美男に連れられて、一人の男が壬生浪士組に入隊した。濃い二人に挟まれ影が霞んだどこといって特徴の無いその男こそを、土方 歳三は注意深い眼で観察していた。



「1863年、京都」


肥後国熊本藩出身。『亦楽舎(えきらくしゃ)』という、藩校ではない無名の塾を出たのちに脱藩した浪士。「血を苦手とする」。

―――以上が、尾形 俊太郎に纏わる情報である。

「血を見るのが嫌だと・・・・・・?」

尾形の入隊当初から、土方は尾形について不信の眼で視ていた。

「なら何で浪士組に入ると決めた」

浪士組の仕事が刀を血で染め上げる事だとは言わない。併し、必要と有らばその剣先が鈍る事無く相手の肉を断ち、刀身を血に濡らさなければならない。・・・・・・仮令その相手が、敵であろうと味方であろうと。

近々、人を斬る心算である土方は、己の手を穢す覚悟の無い新入隊士を早々に見限った。その者の入隊を断る事が出来なかったのは

現在(いま)の浪士組には参謀(ブレイン)が在ませぬ故」

・・・・・・インテリに弱い近藤さんがその台詞にコロリと絆され、ブレインが必要だブレインが必要だと言葉の意味もよく知らないのに発話を覚えた許の赤子の如く繰り返して利かない為、流石の土方も押し切られて仕舞ったからであった。

「・・・ーーーー・・・・・・」

・・・土方はばつが悪そうに煙管を燻らし、肘を着いた手にこめかみを乗せた。ちらりと尾形を見遣ると、背筋を真直ぐに伸ばした正坐の状態で、浮ぶ茶柱を見つめている。その視線は静かで、眼に光が無く、凡ての希望を失くした様に虹彩が真黒に塗り潰されていた。

「・・・・・・」

・・・・・・変った奴だな

其が、土方の当面の印象であった。併し、その様な仕種をとる人物に出会うのは今回が初めてではない。自身をブレインと喩えるだけあってかその者よりは線も細く小柄だが、尾形の放つ空気は土方が嘗て執拗に入隊を迫ったあの男に似ていた。

(浪士組にアイツは二人と要らねぇ。況してや―――狡猾(ブレイン)とあっちゃな)


浪士組に入隊したからといって無条件に隊士として迎え入れられる訳ではない。『仮同志』と呼ばれる試用期間が待っている。その時に再度見定めて追放(おと)すと土方は決めた。



尾形 俊太郎は実に怪態(けったい)な男であった。特徴的な二人と共に、結成して間も無い浪士組にふらりと遣って来たその男は、以後は己をインテリとひけらかす事も無く只ひっそりと其処に在り続けた。謂ってみれば“空気”である。併し、他の二人が余りに個性が強すぎる為、入隊当初から隊士達には、藤堂 平助・永倉 新八・原田 左之助の『三馬鹿』と対比して呼ばれる様になった『凸凹三人組』の真ん中の人間として認識されていた。『凸凹三人組』の構成員(メンバー)は、

諸士取調役兼監察方として暗躍し、永倉を片手一本で軽々と引き上げたという逸話を残す島田 魁

新選組美男五人衆の一人と称され、沖田 総司率いる一番隊で活躍する事となる山野 八十八

そしてこの尾形 俊太郎である。彼等も三馬鹿と同じ様に、入隊してからも三人共に居る事が多く、三馬鹿とは違った意味で目を引いた。面白いモノ好きな三馬鹿が彼等を放っておく訳が無い。見掛ける度に彼等は何故かいつも汁粉を食べており、三馬鹿は遂に彼等を訪ねてみる事にした。

「おー三馬鹿。汁粉食うか。俺の作った汁粉。美味いぞー」

島田が下宿屋の女将さんの様に玉杓子をカンカン汁粉のいっぱい詰った大鍋にぶつけながら言う。甘味好きの藤堂は眼を輝かせて

「汁粉!?」

と反応した。原田も食う気満々だったが、玉杓子からボタボタと落ちる代物を見て動きが止る。

「おしるこですかぁー?」

何処から話を聞いて来たのか、否、甘い匂いを辿って来たのだろう、沖田も引き寄せられる様にして来た。

併し、その幸せに満ちた表情が、突如苦悶の色に変る。

「うっ!」

総司? 不思議に思った藤堂が、沖田の視線の先に延びる白い糸を見て顔を真っ蒼にした。杓子を滴る汁粉が(最早滴ってなどいない)糸を引いているのである。

「腐ってる・・・・・・!?」

「んなもん食わすか!!失礼な!」

・・・・・・併し、見た目は小豆色に発酵した残飯と然して変らない。

「あー・・・力さんは、度を超えた大の甘党なんだよな・・・」

島田と旧知の仲である永倉がぼっそり呟く。原田に至っては最早その『島田汁粉』を人間の食べ物として見ていない。砂糖の大量投入に因り粘度を含んだ島田汁粉は、隊内で最も騒がしい男と言われる彼をも黙らせた。

―――だが其を淡々と、口に掻き込み己の胃に受け入れる強者どもがいた。

『凸凹三人組』の華担当・山野 八十八と中和剤の尾形 俊太郎だ。

「―――お、おいおがっちよ。そんなん食って大丈夫か?」

原田が尾形に恐る恐る訊く。尾形は食べる手を止めて、ぼぅと原田の顔を暫し見つめた。おがっちって誰の事かと思ったのだろう。

「―――特に問題は無い」

と素気無く返すと、再び汁粉に自らを映し、箸を動かして無心に汁粉を啜った。

尾形の向い側に坐る八十八は、御代りに汁粉を装っている。其を見た永倉は、

「・・・・・・左之」

とにやりと笑って言い、自身は尾形と八十八の居る方へと回った。

・・・・・・原田、其に藤堂と沖田が上から覗き込むと、島田汁粉の入った大きな鍋の向うに小さな鍋が。

艶やかに上空を映し、さらさらと玉杓子から滴る汁粉があった。

「おしるこーーーっ♪♪」

藤堂と沖田が表情をきらきらさせて喜ぶ。之ぞ本物の汁粉。原田もゴクリと生唾を呑み込んだ。

「・・・あ、折角二人占めしようとしてたのに」

自分達を囲む痛い位の視線と呉れ呉れオーラに、八十八は軽くイジワルを言いつつ御椀を島田の所から手繰り寄せる。

「おいおい、何で俺のじゃなくて八公(ハチこう)の方行くんだよ」

島田が苦笑しつつ言うと、八十八が助勤の分の汁粉を自分達の鍋から装いながら

「力さんの汁粉は力さんしか食えませんもん。犬だって食いやァしねェ」

と言う。如何やら、味覚が異常なのは三人組の中でも島田だけらしい。『味覚音痴三人組』の異名を明日から頂戴しなくて済みそうだ。

「な、何だって!?」

島田が大袈裟にがなり声を上げる。永倉がポンポンと島田の肩を叩き

「・・・力さん、本当の事だから仕方無い」

と宥める様な口振りで火に油を注いだ。永倉の視界が反転する。小柄な永倉を島田が羽交締めにした為であった。

「良し!新八、お前は罰として俺の汁粉を食うんだからな!三馬鹿の他二人!お前達も連帯責任だ。俺の汁粉を食え!」

「えぇーーーーっっっ!!?」

八十八が装った汁粉を澄まし顔で小鍋に戻し、そそ、と空の御椀を島田へ手渡す。こういう事に関する連携ばかり目を瞠るものがある。島田はにやにや笑いながら、空になった三つの御椀にお手製の「犬も食わない島田汁粉」を装った。

「新八っつぁぁーーん!!」

「済まーーーんっ!!」

・・・あむ。美味し♪ 三馬鹿とは一線を画している沖田は、そそくさと尾形の脇に隠れて上等な汁粉に在り付いた。



「―――尾形さんって、何処と無く斎藤さんに似てますね」

「・・・・・・・・・総司か」

土方が顔を上げ、障子の向うで揺らめく影を鋭い眼光で睨めつけた。するすると襖が開き、沖田 総司が中へ入る。

「そんな恐い顔、しないでくださいよ。折角入って来た新しい隊士に逃げられて仕舞いますよ?」

沖田が態と茶化して土方の肩の荷を下ろそうとする。併し土方は沖田の冗談に乗らず、眉間に皴を寄せた侭眼つきを変えない。ふぅ、と沖田は呆れとも苦慮とも言える溜息を吐いた。

「・・・・・・尾形さん、懼るるに足らず。と私は思いますけど」

「うるせえ。余計な詮索はするな、総司」

・・・沖田は叉溜息を吐く。試衛館時代からの付き合いとは謂え、この人が之程迄に疑り深く、物事を抱え込む人間だとは知らなかった。

「斎藤さんはあんなに熱心に誘ったのに、如何して尾形さんは追い出そうとするんです?」

自身でも解り切った事を訊く。斎藤 一は試衛館時代の食客で、土方のみならず近藤・沖田も性格を知り尽した同志だ。

併し、浪士組を結成して京へ出で、芹沢率いる水戸派と共に『壬生』浪士となってからは、剣の流派に限らず様々な思想を持った者が雑多に入り込んできた。中には良からぬ事を考え、未だ舵の取り切れぬ浪士組を私物化しようとしたり、内側から評判を陥れようと謀る者がおり、今でも陰謀の脅威に常に曝されている。

斎藤は一見、何を考えているのか解り難いがその実非常に明快である。只無心に斬る。其だけだ。沖田も飄々と取り繕ってはいるが、内実斎藤と違いは無い為、斎藤の事もある程度は手に取る様に解る。

だが、尾形は未知数だ。インテリである事は教養が高いという事になるが、其故の思想の脆さを土方は現在進行形で観察していた。

―――武田観柳斎。浪士組から『新選組』へと隊名が革められた直後に近藤に連れられて来た、インテリの典型とも謂える男。

尾形より3ヶ月ほど後れて入隊しているものの、早くも良くない噂が副長である土方の耳にも入ってきている。

確かに弁舌巧みの様だが、信念というものが感じられない。武士たるものは信念が思想へと発展するが、教養人は知識が思想を形成する。知識は利用されるべきものであり、選択の幅を広げるが、其故自分の都合のいい様に積み重ね論ずる。時流の波に乗ろうとし、上の者に媚び(へつら)い、平気で他者を敵に売る。その様な者を誰が信用するだろうか。

(―――だが、近藤さんなら大いにあり得るな・・・・・・)

無論、尾形をコロコロ立場を変化させる利己的な思想の持主であると決めつける気は土方自身も毛頭無い。早々にして評判の良くない武田とは対照的に、尾形に関してはこの一年一つも悪い噂を聞いた事が無かった。策士足り得るからと無条件に尾形を疑う心算も無い。だが、其でも土方が気をつけているのは放っておいても粛清の対象になるであろう武田よりも今でも沈黙を守り続ける尾形だった。

―――能有る鷹は爪を隠す。尾形の“信念”が翳んだ事態を、土方は目敏くも逃さなかった。

『仮同志』と呼ばれる試用期間中の出来事である。


『仮同志』は新入隊士の本性を明かにするのに適しており、東下する等して隊士を直接募集する事の多い近藤は兎も角として、人事も掌る土方は割合重視している制度だ。

この期間の最中にいるからといって新隊士に課せられた責務がある訳ではなく、他の平隊士と同様に過して貰えばよいのだが、真夜中寝静まった時、或いは寛いで油断している時に突如周囲の救いも無い侭に襲われる。いわゆる度胸試しというものだ。非常に古典的な方法だが、之がなかなか効果がある。

土方や襲い懸る側の隊士の裁量に依るが、臆病な振舞いをすれば追放となるのだ。

襲い懸る隊士は助勤(組長)クラスで、大抵は原田が担った。他の助勤は手加減できず、加えて剣の実力で彼等に敵う者は実戦でも極めて少ないので追放ばかりが増えそうだからであった。原田は剣というより槍術使いであり、剣の腕は多少劣る。併し精神を圧倒される大男で殺気は他の幹部に並ぶ為、この役に抜擢されたのである。

尾形に差し向けられたのも、忍装束に身を包んだ原田であった。


急襲の前に使える頭など高が知れている。前線に立ちたがらない者には武士として死ぬ覚悟が出来ていない。そういう者達を一掃するのがこの制度だ。近藤から勧誘され直接幹部の座に着いた者を除き、この期間を誰も避けては通れない。

血を見たくないとのたまった新隊士を体よく追い出す事が出来る。そういう土方の思惑は、予期せぬ形で疑念へ変る。


尾形を襲ったのは帰屯直後の部屋の中。遊びに興じる他の隊士達を尻目にさっさと食事を済ませて帰り、共に帰屯した島田・八十八と別れ部屋に独りの状態になってすぐだった。

すぱぁん!!

灯りを燈す(いとま)も与えず暗闇の中背後から斬り懸る。尾形が振り返るのが判った。左手が何かを攫んだところ迄は夜目で見届けたが、其以後、場は静寂に徹し、尾形の気配はおろか己の斬撃のゆく末さえも手応えとなって戻って来なかった。原田が気づいた瞬間には疾うに試験は終っており、尾形の声が軈てすぐ近くで聴こえた。

「―――で?」

―――原田は何度も瞬いて眼を凝らした。暗い色の着物を着た尾形の輪郭が少しずつ浮き上がってくる。

隊士の各部屋に飾りとして置いてある木刀の先が今は原田の眉間すれすれに在り、そこから延びる木刀の柄は左手が握っている。木刀は攫んでから握り変えられる事が無く、其の侭原田の急所に持って行かれたものだった。

全く無駄の無い動き。否、抑々(そもそも)左手一本以外剣術としての動きは無いのだろう。構えが全く無く、叉殆どその場から動いてもいない。だが最も原田が驚いたのはその(はや)さではなく。

常に感情の籠らない顔で、光を宿さない瞳が、何を零しもしない口が。

――――微笑(わら)っていたのである。


『剣を振るうのが愉しくて仕方無いって顔してたぜ、あれは』

―――原田からの報告を聞いて、土方は先日幕府から受けた尊攘派の危険人物の事を想い返していた。

『―――河上 彦斎。つい先日、肥後熊本藩で宮部 鼎蔵と同格の幹部に選抜された人物だそうだ。京に潜伏している可能性が高いとな。畠に作った茄子や胡瓜をいい季節の時に収穫する様な感覚で時機を視て人を斬る殺し屋らしい』

尾形も叉その様な素質があるかも知れないという事だろう。現に技量と好戦的な殺伐さは、平隊士より寧ろ助勤に近いと原田は言う。

『アイツ、斎藤や総司と通じるものがあるぜ土方さん。斎藤は左利きだがアイツは右も左も使える。両利きなんだよ』

原田は興奮醒め遣らぬ表情で言う。左、というのは土方自身も初耳であった。打込稽古の時は土方も平隊士と立ち合うが、尾形はいつも右で剣を抜いていた。構えに癖が無く、日頃は覇気も無いので何処から来るのか予測がつかなかったのを憶えている。

箸を持つ時も常に右だ。汁粉を食べていた時も、玉杓子こそ左で持ったが其は他者の日常でも普通にある。

『あれはどこの流派なんだ、土方さん』

『・・・・・・本人からは我流だと聞いている。地元でいろんな流派を学んでそのいいところを融合させたとな』

瞳の色とは対照的に、剣筋には確かに一点の曇りも無い。土方自身は実戦向きなので剣の型に余り聡くはないが、彼から見ても非常に合理的で目標に向かって真直ぐに飛んで来る刃であった。

左手・右手を問わず取った方の手で自在に剣を使い熟す。「構える」という戦いの合図無しに即座に相手を斬って捨てる、極めてスマートで非情な剣は尾形の笑みを冷酷に映した。



「追い出そうとはしちゃいねえ。ただ選り好みはする。組織なら当然の事だ。・・・・・・いいか総司、お前が言った事の先は俺の領域(しごと)だ。之以上意見すれば――――斬る」

土方は一際厳しい顔をして沖田を睨んだ。沖田はそんな土方の顔をぼんやりと見つめ返したのち

「私は別に土方さんの敵ではないんですけどねぇ。その凶相は、来る朝敵の為に温存しておくべきですよ」

と、やはり茶化す。いい加減に腹が立った土方は、な・・・・・・!と声を上げて挑発に乗った。荒らいだ怒号が飛ぶ前に沖田は逃げる様に部屋を出る。

「総司ぃーーーー!!」

♪♪♪小走りで屯所内の廊下を進みながら、土方さんは変ったなぁと沖田は想う。・・・いや、自分や近藤さんが変らなさすぎるのか。土方が鬼副長として汚れ役に徹すると決心したのは、恐らく壬生浪士の名を利用した乱暴狼藉の末の芹沢 鴨の粛清の時であろう。

芹沢が死ぬ以前にも浪士組は運営の主権を巡って血みどろの爭いを繰り広げてきた。当時、浪士組には近藤・土方を始めとする試衛館派と芹沢・新見 錦を中心とする水戸派、殿内 義雄と家里 次郎、根岸 友山等の一派など数々の派閥が存在し、まるで巫蠱の獄の様に互いが互いを殺し合い、最後に生き残ったのが試衛館派、乃ち近藤をトップに据え置く彼等であった。

蠱毒の最後で最強の一匹・芹沢にとどめを刺した時

――――ズブリ。

『・・・――――』

・・・・・・(かしら)は一人でなければ隊内の統率が取れず、今日迄の様な悲劇が今後も幾度と無く繰り返され

流れる殺伐とした空気や身体に染みつく血の臭いは、京の住人達の「人斬り集団」の印象を猶一層強くする。

只でさえ評判も地に落ちた壬生狼(みぼろ)だ。頭だけは地に落しちゃなんねえ。

そう、土方が思ったのか如何かは定かではない。

土方だって江戸の男である。宵越の銭など持たず、気風のいい女が好きだ。序でに言うと俳句も好き。小難しい考えや人を疑う事など性に合わないだろうに。

沖田は大きく伸びをして、ひくひくと嗅覚に神経を集中させる。今日は彼等はお汁粉を食べているだろうか。



原田からの高評価と近藤の引き立てを受けて、尾形は副長助勤に抜擢された。試衛館派に属していた訳でも縁故があった訳でもなく、完全なる実力のみで平隊士から助勤に引き上げられたのは後にも先にも彼と山崎 烝くらいしか在ない。

「ヨロシクな!おがっち!」

実際に手合せをした事で尾形の昇格を逸早く知っていた原田が、永倉や藤堂にする様に後ろからその巨体と言わずも長身の身体を覆い被さらせてくる。尾形にしてみれば汁粉を食べていた時に一言交した程度の関係しか無いので、突然のスキンシップに少し驚いた顔で原田を見た。

「・・・・・・よろしく」

尾形は一言短く返すと、するりと原田の腕から抜けてすたすたと速歩(はやあし)で去ってゆく。如何やら未だ心を開いて貰っていないらしい。

「左之、おがっちを気に入ってるな」

藤堂が些か原田よりもぎこちないアクセントで言う。永倉はこくりと肯いた。二人とも微笑ましい表情で原田を見守っている。

「見た目は全然違うが、雰囲気が斎藤と似ているからな。他人と余り思えないんだろう」

新八っつぁぁーーん!案の定、振られた原田が滝の様に流れる涙を空気中にぶち撒けながら泣きつきに来る。永倉と藤堂は傷心を引き摺る家族を優しく迎えて遣るが、加減を知らない太い両腕で首を抱き着かれた瞬間、二人の意識は消失した。


長州間者の大元締である古高 俊太郎の拷問に依って明るみとなった『御所焼討、徳川 慶喜・松平 容保暗殺及び孝明天皇拉致計画』。尾形の助勤としての時期は之を阻止した元治元(1864)年の池田屋事変に丁度重なる。

この日、倒幕派志士が会合を開くと思われる二つの候補・池田屋と四国屋に出動する隊士を決定する為、局長・副長・助勤で話し合いが行なわれていた。この時期は隊士の数がまだ少ない上に古高を収容しており出動できる人数に限りがあった。

土方が開いた書面を皆一斉に覗き込み、各々最初に己の名前を探す。

先ず、近藤隊は言わずもがな沖田 総司・永倉 新八・藤堂 平助等剣豪と言われる者達が軒を連なり、少数精鋭の部隊となっていた。こちらは池田屋を最終地点として四条方面の狭い範囲を巡察したのち、池田屋より倒幕派志士の潜伏している可能性の高い四国屋に応援へ駆けつけるルートである。一方、土方隊は祇園の方を広範囲に亘って探索し、最終的に四国屋に辿り着くルートであった。連なる名前は井上 源三郎・斎藤 一・原田 左之助・谷 三十郎・松原 忠司で、後は平隊士(かず)で占めている。

屯所待ちのメンバーもおり、幹部では山南 敬助・武田観柳斎がその任に充てられていた。倒幕派の仲間が古高を奪還しに屯所を襲撃する危険がある為非常に重要な役回りであるのだが、武田は不服そうな顔をしている。

「―――何か不服か。尾形」

ずばりと土方に言い中てられて、武田はどぎーん!!と心臓が弾け飛びそうな程に愕いた。めっ、めめめ、めめっそうもございませんですよははっーーーぁっ!!と飛び跳ねて土下座をする。

「・・・・・・」

近藤がぽかんとする。山南も開いた口が塞がらない様だった。土方ですら何があったといった顔で武田の方を見ている。

「・・・・・・ぷっ」

沖田が堪え切らずに吹き出す。ギロリと土方が沖田を睨んで黙らせた。崩れかかった緊迫した空気は鬼副長に依って何とか保たれる。

「何だ、尾形」

土方が促す事で尾形以外の人間は発言すれば切腹させられそうな空気となる。武田の失態にも全く和らぐ事の無かった尾形の空気がそこにぶつかり、刃を交えた。

「私を、屯所守備の方に移して頂きたい」

「―――なに?」

土方は思わず顔を顰めた。近藤隊の方に尾形 俊太郎の名は在る。可能性は低いが倒幕派志士とかち合った場合、死の危険は高い隊だ。

「・・・私は剣の腕が劣る故、大した戦力にはなりますまい」

「なにを言ってんだよおがっち!!」

誰よりも愕かされるは他でも無い原田である。土方が

「原田」

と言って彼を制止した。この男は新選組に残る為に剣先を原田に向けたのだとわかった。そして新選組の為に剣を抜く気は無いらしい。

「―――同郷の者と戦うは嫌か?」

古高の自白に依り、今回の計画の首謀者が長州藩・土佐藩・肥後藩の志士である事が明かとなっていた。肥後藩は佐幕派でありながらこういう過激な反乱となると長州藩士並みに藩士の名が躍り出てくる。薩長土肥の肥は肥前藩の事であるが、粛清と血の世界に生きる新選組には肥後藩の方が比較的耳に届く。全く怪態(けったい)な藩である。

「そんな事は御座いませぬ。―――が」

ふと尾形が視線のみ松原を越えた横へ(すべ)らせる。尾形が見たのは武田観柳斎であった。武田は視線に気がつくと、途端にへらへらとした笑顔になった。

「局長隊は少数精鋭の部隊とありて、一名たりとも他に手を割く暇は無いと思われまする。足手纏いが入るよりは、軍学に素養のある者の方が良いかと」

「いやーーぁ、尾形君の(たの)みとあっては僕も断れませんですなぁ。正直僕もね、局長隊に彼を配属させるのは荷が勝ち過ぎるのではないかと思っていたものなのですよ。彼は軍学者の僕から見ましたら動きが遅くて構えを取る時間もありませんからね。ははっ」

尾形の言葉の続きを奪う様にして引き継いで雄弁に吹聴する武田に、三馬鹿(特に原田)がムッとする。沖田は再び込み上げてくる笑いを必死に堪える。斎藤はまるで聞いていなかったかの様に(否、恐らく本当に聴いていない)先程と変らず眠そうな顔をしている。

「戦いの時に御意見番なんか必要ねぇ。理論は実践の前に勉強するものだろうが」

土方が武田の法螺を一瞬でバッサリと斬り捨てる。三馬鹿は判り易くもさっすが土方さん!と大絶賛して盛り上げた。叉もうわつき始める空気に、土方はギッ!と三馬鹿を睨む。

「其に」

土方はつり上げた目尻を少し弛めて、先程から発言も控えめに大人しくしている山南を見つめた。

「・・・山南(サンナン)さん、あんたまだ体調悪いんだろう。今日の戦いで怪我人が出る事も容易に想像がつく。屯所に怪我人が運ばれて来る事もあるだろう。武田観柳、お前、医学に精通しているそうだったな」

山南に対する声音が心なしか優しい。山南は役職が副長から総長へと変って以来、体調の悪い日がずっと続いていた。

山南は少しやつれた顔に努めて笑みを浮べると

「いいんだよ土方君。皆武士なんだから行きたいに決っているさ。こんな身体でも、屯所を守るだけの力は私にも残っている心算だよ」

と、土方を宥める。だが土方はきっぱりと

「いや、古高が居る以上何れにしろ屯所には一定数隊士を置かなきゃなんねぇ。其に都合がいいのが武田観柳だって言ってんだ」

と、山南の厚意を突っ撥ねた。

「し、併し僕は医学ではなく甲州流軍学が専門なのでして・・・」

尾形や他の助勤にはすらすら出てくる言葉も、立場が上である土方にはなかなか言えない。尾形が口火を切らなければ逆らえない侭に屯所待ちに落ち着いていただろう。・・・尤も、きちんと職務を全うするかは別の話であるが。

武田が屯所待ちを嫌がる理由など皆解っている。褒賞されないからだ。之で近藤か土方が屯所に残るのならば引き立てて貰う為に奮戦するのだろうが、山南では性格が優し過ぎて近藤や土方に強く言えない事ばかりは妙に敏感に感じ取っている。いつ来るか判らない敵襲に恩賞も無く上司の眼も届いていない中待ち構えているよりは、敵に遭遇する可能性も比較的低く局長の眼もある部隊に居る方が俄然やる気も出るものだ。

「まぁまぁ、トシ」

山南まで捲き込んで空気を益々険悪化させる彼等に俟ったを掛けたのは、土方よりは優しくも、山南よりは貫禄のある太い声だった。

「いいじゃないか。屯所守備には監察方の山崎君も配置しているんだ。医学者はそんなに何人も要る訳ではないだろう?」

「近藤さん・・・」

土方の声色が突如勢いを失わせられる。新選組局長・近藤 勇。土方が頭の上がらない唯一の相手だ。

「・・・だが、山崎は監察方としての仕事がいつ入るか判らねぇ。余り頭数に入れねぇ方が・・・」

「佐倉君がいるではないか」

「・・・・・・は?」

近藤の突飛とも謂える発言に、土方のよく回る頭も完全に思考停止する。寧ろ佐倉君!?ガタッと過剰な反応を示した武田に、周囲の眼は釘づけとなる。

「ーーーーー!!」

沖田は最早自分では如何する事も出来ず、腹と口を押えて声無く泣いた。

・・・・・・ 話し合いの席に座ってから表情一つ変っていないのは、斎藤 一と尾形のみである。

「あの子も医家出身だし、手際もいいから大丈夫じゃないか。何より総司の下についているんだから色々と鍛えられているだろう」

土方は暫く逡巡させた後、何故か少し顔を紅くした。三馬鹿は三者三様引いた眼だったり冷めた眼だったりを武田に向けている。

斎藤は其でも黙って眠そうな顔をしていたが、軈て

「・・・・・・(いず)れにせよ」

―――土方の眼に鋭利さが戻る。・・・何だ、斎藤。と先を促す。試衛館時代からの古株以外はまだ知らない事だが、頭の上がらない近藤とは別に土方が自分から意見を求め、参考にする相手が在る。その人物が斎藤 一だ。

「・・・・・・今回の戦いは、技というよりは気概での戦いとなりましょう。敵とて必死。中途半端な覚悟と士気では確実に死ぬ。結局は、真剣での斬り合いとは夢中になって相手を斬る事。相手を斬る気の有る方を局長隊に行かせるべきでしょうな」

ごくりと唾を呑んだのは武田観柳斎の方であった。尾形は他人事であるかの様に表情をぴくりとも変えない。・・・・・・そうか。と土方は重々しく呟いた。確かに屯所待ちに変っても武田の様なあからさまな怠慢はしないだろう。けれども尾形の真意は判然としない侭、武田は近藤隊、尾形は屯所待ちと入れ替って池田屋の夜を迎える事となった。




がた・がた・・・

扉が左右に弱々しく傾き、床を身体が摺る音がする。助けてくれぇ・・・と蚊の鳴く様な声と共に聞える微かな嗚咽。

恐らく古高が人の通る気配に気がつき、力を振り絞って必死にもがいているのだろう。誰彼構わずに。

古高が察した通りに蔵の前に居た尾形は、古高自身の後悔と絶望を背にしてきびすを返す。


―――池田屋事変、当日―――

屯所内はいつもの夜の様に静かで表面上は平和に見えた。・・・少なくとも、古高を捕えたあの夜よりは。

併し、司令塔となって奥の部屋に留まる山南に代って尾形は忙しく立ち回っていた。屯所内巡回というものである。

屯所組は抑々(そもそも)の割り当てられた人数が更に少なく、その上暑さに中てられてか病人は山南だけではなかった。尾関 雅次郎や、名目上は佐倉 真一郎も体調不良という事で隊士部屋に引き篭っている。

「―――俊」

着流しの姿で部屋を出た美貌の隊士・山野 八十八が庭を通り掛った尾形の名を呼び、自らの立つ縁側へと引き寄せる。ごほごほと咳き込みながら歩く彼も叉、風邪を引いて今回の出動を諦めた一人だ。

―――ちょいちょいともっと寄るよう手招きをすると、己の身体を傾けて八十八は尾形に耳打をした。

「・・・山崎 烝が戻って来たぜィ」

―――その台詞を聞いて、尾形は目線だけを短い時間、辺りに巡らす。声に出さず行動にも出さず、一周して戻って来た瞳が先を促す。

「俊を探していた。恐らく今は、山南さんの許だ」

「此処に居んで」

尾形が振り返ったのと振り返る先にある茂みから声が聞えてきたのは粗同時であった。聴こえるか聴こえないかに葉の擦る音をとどめ茂みの向うから出で現れたのは、諸士取調役兼監察方・山崎 烝である。

ストッ

之叉余計な音を立てずに、乾いた地面に爪先のみが着地する。

「なーんや楽しそうやな、あんたはん達は」

・・・山崎が立ち上がり、尾形と八十八を見て早くも軽口を叩く。八十八は男にしては綺麗に整い過ぎた顔を歪め、うわっと言った。

「出た・・・ススム・・・・・・ヤマザキ!!」

「さっき山野はんには会ったやんけ。あと何で毎回姓名で呼ぶねん」

山崎の笑顔がすぐに崩れ、呆れた顔で八十八にツッコむ。山崎と彼等は入隊時期が同じ同期で、尾形と同じく入隊して間も無く実力を買われ副長助勤を務めた嘗ての同僚である。忍の技術をもつ為池田屋に当っては監察方に異動した。

「・・・屯所組(ここ)は他と違って平和やなぁ」

山崎は古高の収容されている蔵を眼前にしておきながら嘯く。時々古高の呻きがそよ風に乗って聞えてくるのに。山崎も叉、副長助勤を務めた程の冷酷さをもった人間であると謂えよう。

「・・・崎さん」

尾形が遂に口を開く。山崎は・・・ああ、せやな。と言った。山崎は尾形に用があった筈なのだ。

「―――敵が居ったんは池田屋やさかい」

山崎が簡潔に情報を伝える。尾形は表情一つ変える事無く山崎の手に入れた池田屋の情況を聴いた。そして、出動部隊の動き。

「池田屋には局長の部隊が斬り込んどる。やけど、隊士(こっち)の数が敵と比べて圧倒的に足らん。押されるのも時間の問題や。

―――で、や」

・・・ここで山崎が何故か微笑った。悪戯を思いついた子供の様に。尾形は己と同じく長い前髪で隠れがちな山崎の目許を見上げる。

「―――屯所待ちの隊士を一人、局長隊の方に送ってもええやろか?」

―――双方の前髪がさらりと顔の片側へ流れた。

ああ、山野はんちゃうねん。山崎は八十八の方を見ると、からかう様な眼でにやにやと哂った。あんたはんはほんまもんの足手纏いやねんなぁ。

「・・・よし、ならァお前、今回の池田屋で褒賞金貰えなかったら、偵察の任務は女装でしろよ」

八十八はごほごほ言いながら荒ぶる。山崎はその言葉を聞かなかった事にした。既に女装は日常化している事をこいつにはバレない様にしようとだけ心に留めた。

「―――山南総長の許可があれば別に構わぬ」

尾形は誰をとも訊かずすぐに答える。

「―――おおきに」

・・・山崎はにっこりと微笑んだ。

「山南総長の許可はもう下りとるさかい、後は本人と話つけるだけや。上二人の話が早よぅて、あの子も運がなかなかええなぁ」

愉しそうな表情はよくするが、こういった純粋に嬉しそうな表情は余り見せない。いつに無く無邪気な表情を彼等同期に向けると、次の瞬間にはどろんと消え失せていた。

「・・・何なんだァ?」

八十八が山崎の立っていた地面をぼんやりと見つめ、呟く。目が潤んでいる。少し身体を動かした事で、熱が上がってきた様だ。

「・・・・・・八十は気にせず休めばいい」

・・・・・・尾形は草履を脱いで縁側へ上がる。八十八の身体を支えながら、彼は隊士部屋の戸を開けた。



「―――山南総長」

障子が音も無く開き、奥の間に山崎が入る。続いて尾形が手拭と水を張った洗面器を持って中へ入り、音も無く障子を閉めた。

「・・・山崎君。尾形君」

山南は身体を起して正坐をしていた。先程からずっと起きていたのか、羽織を肩に掛けていた。有明行燈の光では暗闇に負けるのか、山南の表情は暗く視え、起きていていい情態とは言い難かった。

「―――薬はお飲みになりましたか、山南総長。・・・熱が下がっておらぬ様ですが」

尾形が薬の載った盆に置いてある手拭を持ち上げた際、低い声で言った。山崎は看護の方は尾形に任せ、淡々と報告のみを行なう。

「・・・佐倉はんはたった今仕度を終え、池田屋に向かいました。俺も之から池田屋へ向かい、闘いの補佐をしてきます」

山南も佐倉の不調を気に掛けていたのか、報告を聞いてホッと表情を和らげた。顔色の方は余り改善しなかったが。

「―――そうか・・・良かった。助かったよ、山崎君。佐倉君の事もぜひとも助けてあげて欲しい」

―――は。山崎は頭を下げる。自分と同じ様に俯き、薬の用意をする尾形の手許が目に入った。

「・・・・・・尾形君にも助かっているよ。武田君が留守組配置の侭だったら、正直どうしようかと思っていたところだったんだ」

山崎が頭を上げて山南を正面から見据える。尾形は山崎ほど顕著ではないが山南を横から見上げた。

「・・・・・・ほら、山野君に佐倉君と、今回の留守組は何と言うか・・・その・・・別嬪が多いだろう?だから、武田君が彼等に懸想でもしたら私は其を止められるだろうかと心配でね・・・・・・」

「・・・・・・は?」

うわ、我ながらめっちゃ間抜な声が出た、と山崎は思った。

山南は山崎の反応を見て、恥かしさを自覚した様にぽりぽりと己の頬を掻いた。先程より声を抑えて少し言い難そうに言った。

「土方君もあの感じだと出動隊士を決める時に考慮し忘れていたんだろうけど武田君は結構な男色家なんだよ。

新隊士の馬越君が計らずしてすぐに除隊されただろう?あれは、馬越君が武田君に関係を迫られて、其を土方君に訴えて・・・・・・」


馬越 三郎とは山崎や尾形と同期の隊士で、八十八と共に美男五人衆を成す一人であった。女に対する免疫が其形に強い山崎も思わず眼を追う程の美男で、(やや)もすれば女の方が翳んで視えた。その御蔭で恋人が一向に出来ないと両頬に笑窪をつくりながらニクイ事を言っていたが、つい先日、突然新選組から脱退した。

『仮同志』期間を過ぎれば基本的に脱退は即ち切腹であるので、この特例を不思議に思う者は多かった。・・・この馬越の新選組脱退が隊士の第一次脱走ブームを引き起す事になるのだが。


・・・・・・土方は馬越が新選組を脱退した日の夜

『・・・山南(サンナン)さん・・・俺ぁ・・・・・・男色で新選組での地位が危ぶまれる様になったら・・・・・・恥かしくて切腹するぜ・・・・・・』

と、酒を呷ったと云う。


「馬越君もまるで女人の様な美人だったからね。今回、山野君と佐倉君が揃って屯所に残ると知った時は本当に佳人薄命だと思ったよ。只でさえ彼等は今弱っているし・・・・・・尾形君が武田君と替ってくれたから屯所内は平和で済んでいる。有り難う、尾形君」

・・・・・・詰りは、出動と待機どちらに転んでも武田にとってはオイシイ展開だったという訳だ。

こんな噂になってそうな話、何で知らんかったんやろと山崎は乾いた笑いをした。武田が就く前に自分が助勤職を辞したからか。

併し、尾形が凡てを聞かなかった事にしたのを彼は見逃さなかった。・・・山南の言葉に相槌を打たず、黙々と己のすべき事をする。

恐らく助勤にもまだ及んでいない新しい情報なのだろう。知りたくなかったけど。

(尾形はんはあんたにとっての恩人やで・・・・・・佐倉はん・・・・・・感謝しぃや・・・・・・)

助けて遣ってくれとは詰りそういう意味でかいな。山崎は之から死闘の繰り広げられている場へ赴くのに、しょんもなーという何とも緊張感の無い気持ちを抱えていかなければならなくなった。




―――現場は終始血みどろに徹した。40人余りの尊攘派志士に対して斬り込んだ近藤隊は、屋外を固めた3人が死亡、沖田が昏倒、藤堂が斬られ戦線離脱し、一時窮地に陥るも、佐倉の応援と山崎の情報が齎した土方隊の到着に依り戦局は一気に新選組側に味方した。尊攘派志士の代表格である吉田 稔麿や宮部 鼎蔵等逸材の芽を摘み、御所焼討を未然に防ぎ猶且再起が難しい程の打撃を与える事に成功する。

併し尊攘派、特に長州藩士が其で黙っている筈が無く、すぐさま挙兵・上洛。池田屋事変から1ヶ月余りしか経っていない元治元年7月19日(1864年8月20日)、京都市中を燃え尽す陰惨な事件が発生する。


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