vol.3『空気』
「はぁっ…。もういいや、遅刻で」
園を出た直後は必死に走っていた佑羽だったが息も切れてきて、とうとう歩き始める。辺りに同じ制服を纏った人達の姿は無く、すっかり諦めた佑羽はいつになくのんびりと歩いていた。
昨日の雨とは一転、清々しく晴れた青空を見上げていると背後から近付いてくるチリンチリンというベルの音。
ふと視線を下ろした佑羽の目の前で止まった赤い自転車に乗っていたのは見覚えのある男の子だった。
「おはよ、比槻サン」
「おはよう…」
佑羽の驚きがその表情に露わになる。声をかけてきたその人…佑羽にとってはとても意外な人物だったのだ。
茶色みを帯びた印象的な瞳、クセのある黒髪。耳にはピアスがいくつも光り、首もとにはネックレス。銀色に光るそれらはとても似合ってるなとふと思う。
「乗ってく?」
「え…?」
「これ。ボロく見えるけどまだまだいけるよ?オレの愛車♪」
「でも…」
「今から飛ばせばまだ間に合うし。ハイ、乗って!」
半ば強制的に自転車の後ろに乗せられる。何も言えないまま、仕方なく赤い自転車の後部に横向きに座ったかと思えばすでにそれは軽快に走り出していた。
急なことに思わずぎゅっと腰に手を回してしまう。
「あのっ、皆川くん」
引っ込みがつかなくなって、回した手はそのまま。それでもやっぱり気恥ずかしくなってしまい、佑羽は何か話そうと言葉を探した。
そんな佑羽の気配を察知しているのかいないのか…当の本人はまったく動じない。ただ、呼ばれた名前に擽ったそうに小さく笑った。
「ハルカでいいよ。みんなそう呼ぶ」
佑羽は少し戸惑ったが、思いきった様子で、それでも呟くように口を開いた。
「…ハルカ?」
「何でしょ〜?」
「呼んでみただけ♪」
「はぁ?」
佑羽がハルカと話したのはこれが初めて。彼が自分の名前を知っていたこと自体驚きだった。同じクラスと言っても彼は目立つし独特の世界があるような気がして、佑羽自身関わることは無いだろうなと思っていたのだ。
でもそんなことはどうでもいい。いざ話してみると、まるでずっと前から一緒だったみたい。自然に笑顔が溢れてくる…そんな不思議な空気がそこにはあった。
なんとか遅刻は免れて、無事チャイムが鳴ると同時にハルカと共に教室に滑り込んできた佑羽。HRが終わった途端に明日香が慌てた様子で佑羽の席にやってきた。
「佑羽〜!おはよう!」
「おはよ…朝からどしたの?」
「それはこっちのセリフ!!」
明日香は本当に心配そうな目をしている。明日香とは高校で知り合ったのだが妙に気が合い、今では佑羽の大事な友達。何か大変なことがあったのかと自ずとこちらも心配になってくる。
しかし次の言葉でそんなものはまったく無用になるのだが。
「佑羽ってば、あの皆川遥と来るんだもん!」
「なんだ、そのこと?途中でたまたま会っただけだよ」
「何もなかった!?無事!?」
「明日香ってば大袈裟だよ」
もっとも、明日香の“大袈裟”は今に始まったことではない。佑羽は『またか』といった表情でため息混じりに笑う。
それでも明日香はまったく収まりを見せず、逆にヒートアップしていく一方だった。
「どこが!!あたしの可愛い可愛い佑羽があんなエロエロ大魔王の魔の手にかかったかと思ったら…気が気じゃ無いんだから!」
「エロエロ大魔王…ですか…」
明日香の言いたいことも、まぁ分からないでもない。
皆川遥と言えば『4股5股は当たり前』とか『父親は裏社会のボス』とか『女の子を抱いてお金をとる』とか…それはもう、口ではとうてい言えないようなことまで、とにかくものすごい噂が流れまくっているのだ。
むしろ良い噂のが稀なもので、すっかり本当のことのようにそれらの話が語り継がれている。
そんなに悪い人って感じでもなかったけどなぁ…。
そんなことを思いながらちらりとハルカの方を見やれば、廊下で派手な3年生のお姉様方と楽しそうに話している。
…やっぱり私が単純なだけ?
「佑羽?聞いてる〜!?」
「え?あ、うん」
明日香の話は右から左へ貫通状態の中、悶々と思考を巡らしているとハルカと目が合いそうになって慌ててそらす。
「ね、明日香。そういえばさ、昨日のあのテレビ見た?」
佑羽は何事もなかったように明日香に話を振った。
「もちろん!兄貴に邪魔されないように1時間前からリモコンキープしてたもん♪」
「そこまでしたの!?」
いつもの日常に戻り始める空気。
しかしそれにいつもと少しちがったものが混じっているのには誰も気が付かなかった──。
読んでいただきありがとうございました♪
vol.3にしてやーっとハルカを登場させることができました。。
日々精進ですね!もっと勉強します(ノ_・。)
明日香にっぃてゎちょっとだけこころと似てるところがぁったりなかったり。
一家に一台(一人?)いたら確実にうるさいタイプですι
ではでは、みなさまの感想を首をキリンよりも長くして待っております((*uεu*))
こころでした☆☆