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漆【8月10日・午前9時14分】


「ただいま戻りました」


 玄関の方から渡辺の声が聞こえ、それを待っていたかのようにドタドタとけたたましい足音が屋敷内に鳴り響いた。


「お帰りなさい。また随分と遅い用事でしたが?」


玄関で春那が渡辺に尋ねる。


「いえいえ、ちょっと手間を取ってしまいましてね」


 渡辺は笑いながら答えると、「手間……ですか?」

 春那が不審そうな目で渡辺を見据える。


「ちょっと麓の方で事故があったらしくて、道路整備されてたんですよ。それで遠回りをしなければいけなくなって……」


 その話を聞いていたのか、繭が自分の携帯で何かを調べはじめる。


「あ、確かに渡辺さんの云う通りですね。今朝早くに交通事故があったようです」


 自分たちとはてんで関係のない第三者がそう書いてるのだから、本当なのだろうが、春那はまだ信用が出来なかったらしく、繭に携帯を見せてもらい納得した。


「それなら少し遅れると連絡してください」

「はい。心得ています」


 渡辺はそう云うと、屋敷へと上がり、自分の部屋に入っていった。


「繭さん、旅館に渡辺さんが来たか、確認してくれませんか?」


 春那がそう尋ねると、繭は首を傾げる。


「春那さん、いくらなんでも疑い過ぎじゃ」


 繭がそう云うが、春那は険しい顔をしながら、「私だって疑いたくありません。でも昨今の渡辺さんの行動には目を焼いてるんです……」


 春那はそれ以上のことを口に出せなかった。

 異常なまでの春那のうたぐぶかさをみて、繭は再び携帯を弄る。

 数分して、渡辺が来ていたことを云うと、春那は納得がいかない表情で屋敷の奥へと消えていった。


「どうしたんでしょね? 春那さん……」


 繭が私にそう尋ねるが、無言でしか反応出来なかった。


「それと巴さん? 腕とか大丈夫なんですか?」


 繭が眉をひそめながら云う。さっきタロウと格闘した時に生じた傷の事を云ってるのだろう。


「こんなの平気ですよ。私、里山育ちですから、こういう傷はしょっちゅうでしたよ」


 心配要らないと云わんばかりに、私は怪我をしている方の腕を回す。


「まぁ怪我をした本人が大丈夫と云っているならあれですが、くれぐれも無理だけはしないでくださいね?」

「わかってます」


 繭の忠告に私は素っ気無く返答する。

 本当にわかってるのかな?といわんばかりに繭は再び眉を顰めた。



 人の部屋と云うのは、その人間の性格が垣間見せる。

 だが、霧絵の部屋はそれを感じさせない。あるのは万年布団と小さなテーブルに、着物が入れてある桐で出来た箪笥。そして仏壇だけだった。

 霧絵はその仏壇の前でお香を焚き、合掌をする。

 仏壇に祭られているのは、耶麻神乱世を含む先祖代々の御霊みたまと、あの時の水子の霊。

 ただ、水子はあの祭囃子の中で流産しているので、本来この仏壇に祭られる事はない。

 実際はまだ霧絵の両親は生きているのだが、小さなボロアパートで、ひっそりと年金暮らしをしている。

 部屋が小さいため、仏壇が置ける場所がなく、仕方なく霧絵の部屋に置かれている。


 お経を読んでいる点では宗教に入ってるような感じがするが、霧絵はてんでそう云うのには興味はなく、仏や神に縋りはしなかった。

 が、二十四年前のあの時は、さすがに神に縋りたい思いだった。


「奥様…… 只今戻りました」


 襖を二、三度叩き、渡辺が声を掛けた。


「渡辺さんですか、また遅い帰りでしたね」


 母娘おやこ揃って同じ事を……と、渡辺は襖で見えないのをいい事に、小さく舌打ちをする。


「途中事故がありましてね、それで遅くなったんですよ」

「そうですか……」


 それ以上の事は聞かなかったが、鈴を鳴らす音がいつも以上に大きく鳴った。


「それで先方は喜ばれてましたか?」

「ええ、今日もまた立派な玉子と野菜だと……」


 渡辺は喜ばしい事だと言わんばかりの口調で話す。


「それで次の仕事はありますかな?」

「いえ、今日は瀬川さんが来る以外は、特に大事な用もないでしょう」

「では、瀬川さんが来るまで、私は自分の部屋で休んでおります」


 そう渡辺が云うや、静かに部屋から離れた。

 渡辺が離れていくのを耳で感じると、霧絵は小さく息を吐いた。



 広間では何かやっていないか、暇を持て余してる冬歌がチャンネルを変えていた。

 広間には自分しかいないし、かといって自分の部屋で漫画を読んでもいいのだが、やはり一人は詰まらない。

 テレビなら一人でも面白いだろうが、それは自分が楽しめるものがあればの話だった。


「冬歌お嬢様? そんなにチャンネルを変えられますと、壊れてしまいますよ」


 冷蔵庫の整理をしていた澪が手拭てぬぐいで手を拭きながら、冬歌に声を掛ける。


「だってぇ…… 面白いのやってないもん」


 と、冬歌は愚痴を零す。


「なら面白い話をしてあげましょうか?」


 澪がそう云うと、冬歌は耳を傾ける。


「どんな話?」


 澪はゆっくりと深呼吸をし、語り始めた。


~昔、昔……。時代ときさかのぼる事、六百年以上前の室町時代。

 今私たちが暮らしている榊山には“カミサマ”が住んでいました。

 本来“榊”というのは“栄える木”を意味していまして、この山に生っている榊は、この屋敷が建てられる前からあったそうです。

 ですが、この山里には“カミサマ”は恐れられていました。


 天災があれば、それはカミサマのせい。

 流行り病があれば、それはカミサマのせい。

 誰かが事故にあえば、それはカミサマのせい。

 と、不幸があれば、何でもカミサマのせいにしていました。


 全てを“カミサマ”の責任にし、山の住人達は地下深くまで掘り下げた地下牢に閉じ込めました。

 これで山里は平和になると、住人達は喜びました。

 が、その数日後、武田信玄がひきいる軍に滅ぼされてしまいました。


 地下牢に閉じ込められていた“カミサマ”は何が起きたのかわからず、そして、数日経っても誰も来ない事で、“カミサマ”は餓死してしまいました。


 それで“カミサマ”がいなくなった山里には、前々から狙っていた鬼達がそこに住まおうとしていましたが、どういう訳か入る事すら出来ませんでした。


 自分を陥れようとしていた住人達がいつか戻ってくるように、“カミサマ”が自らの力を使って、山里に結界を張っていたんです。


 ですので、この話から“榊山”は“鬼”を“逆”らうという意味で、“逆鬼さかき”山と云われている~


「……と云う話です。庭にある鹿威しはそれを尊重そんちょうしているみたいですよ」


 澪が話を終えると、冬歌は何とも云えない複雑な表情を浮かべていた。


「えっと…… どこが面白かったの?」

「えっと、ですからね? 榊山が何故そういわれているのか、その由来を話しておりまして……」

「でも、それじゃ、どうして“逆鬼山”じゃなくて“榊山”って云ってるの? 山に“榊”があるからそういわれてるんじゃないの? 何でわざわざ言葉を変えてるの?」


 と、わからないことを素直に尋ねているのだが、澪はどう説明しようか悩んでいた。

 自分にとっては少しは面白い話だったのだが、然程さほど興味が有ったわけではないので、根本的な知識まではなかった。


「あれ、冬歌? もうすぐ“ゴーガー”始まるよ?」


 麦茶を飲みに来た秋音がそう冬歌に答える。


 因みに“ゴーガー”とは“GOゴー! GOゴー! GIRLSガールズ”の略称で、どういう訳か、夏休みにしか放送しない番組である。

 元々休みに外に出る事が出来ない環境であるから、これだけが一番の楽しみだった。放送は毎日やっているため、いい暇潰しになっていた。


「あ、本当だ! えっと……」


 と、冬歌は慌ててチャンネルを合わせる。

 合わせた時には、丁度始まる時だった。


「秋音おねえちゃん! ほら、始まった!」


 とまだ始まったばかりなのに、冬歌は興奮しながら、秋音を自分のところまで呼びかける。


「えっと、澪さん。私と冬歌に麦茶お願いできませんか?」


 秋音が申し訳なさそうにいう。澪は何もいわず厨房へと入っていき、コップに麦茶を注ぎ始めた。


「“おきらき!”」


と、冬歌の声が聞こえる。


「冬歌、ちょっと落ち着いて…… まっ、いっか……」


 宥めようとしたが、自分も同じくらいの時は一緒のことをしていたことを思い出した秋音はそれ以上何も言わなかった。


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