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捌【8月11日・午前6時5分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


「深夏さん! 深夏さんっ!!」

 外の忙しさとは打って変わって、屋敷の中は静寂に包まれていた。

 繭は深夏の部屋の前に来るまで、誰一人すれ違ってはいない。

 霧絵と春那は広間に居るのか、それとも自分の部屋に居るのかわからなかった。

 深夏の部屋隣に二人の部屋がそれぞれ繋がっており、部屋の襖は閉められているし、確認する理由もなかった。


「深夏さん? 起きてますか?」

 繭は再び襖を叩いた。叩く度に鈍い音がする。

「失礼します!」

 繭は静かに襖を全開にした。

 部屋を見渡しながら、繭は眉を顰めた。

 部屋の中は冬歌の部屋と同様に散らかっていた。

 少し違うといえば、20型のテレビに繋がられたDVDレコーダーが部屋の角に置かれていて、その前には多種多様なゲーム機が散乱している。更にはそれらのコードが絡まっていた。

 それを見ながら繭は溜め息を吐いた。同じ高校に通っている繭は元々深夏に憧れていた。

 学校では凛としており、全校生徒からは憧れの的となっている。

 教師からも絶大な信頼が深夏には向けられていた。

 無論、繭もその中の一人で、去年の終わりからこの屋敷でアルバイトをしている。


 元々は電車通学だったのだが、繭自身も朝が弱く、よく遅刻をしていた。――という事を深夏に話した。

 それがこの屋敷に住み込みで働く事になった理由である。

 自分の朝が弱いのは毎朝三時半に起きている事で多少なりとも治ってはいるが……

 まぁ、繭自身は嬉しい事この上なしだったのだが、いざ蓋を開けてみると、実際の深夏は自分の思っていたものとは正反対に違っていて、最初は戸惑っていたが、学校では自分しか不知ない事という秘密を持てただけでもよしとした。


 テレビに付けられたヘッドホンを耳に着けたまま布団の中に入り、うつ伏せになって深夏は眠っていた。

「深夏さん! 起きて下さい!」

 繭は布団の横に座り、深夏に呼び掛けたが、深夏は反応しない。

「起きて下さい!!」

 再度呼び掛けるが反応がしない。

 繭は手を伸ばし、揺さぶろうとしたが、どういう訳か躊躇していた。

 その自分の不可解な感覚に繭自身が困惑していた。

 その感覚は(あらかじ)め決められたシナリオなのか、どうして自分がその様な事をしたのか、繭は後に後悔する事になる。


 掛け布団を取り、深夏を起こそうとしたが、やはり、反応はしなかった。

 それが視界に入らなかったのだろう。繭は未だ気付かなかった。

「好い加減に起きて下さいっ!!」

 顔を見ようとした時、枕元に違和感を感じた。

 深夏の肩部分が異常に湿っていた。

 昨日は熱帯夜だった。

 だからこそ汗で湿っていると感じるだろうが、そうでもなかった。

 この部屋は場所的に窓はない。だからこそ、扇風機が備えられていて、それが今も微々たるモーターの音を立てながら廻り続けている。

 だから布団ごと汗で湿る事は先ず有り得ないという事だ。

 それにさきほどは気付かなかったが、妙な臭いがしていた。

 鼻を曲げるほどの異臭を何故今の今まで気付かなかったのか、繭自身わからないでいた。


 ――それを確認しようと部屋の明かりをつけたのが不幸か?

 ジジジ、と買い替えなければいけないほどに頼りなくなった蛍光燈が部屋を照らし始めた。

 その光景を理解するのに数秒は掛かっただろう。


 自分の目の前で深夏が眠っている。

 眠っているという説明は正しいのだろうか?

 正しくいえば、深夏の死体が横たわっている?

 しかし、だからこそ、その説明が繭自身の脳裏に入らなかったのだ。

 脳裏に入らない情報は処理されない。

 だからこそ、その光景が未だ理解出来ないでいた。

 布団のシーツを真っ赤に染めているのは間違いなく深夏本人の血だろう。


 だからこそだ! 繭は深夏の首元を見たが、傷一つないし、大動脈が鋭利な何かで切られた痕もなかった。

 繭はまるで夢でも見ているのかという感じさえしていた。

 さっきも渡部洋一の死体を見ているからこそ、連続して死体を見るとは(ゆめ)にも思っていなかったからだ。

 あの死体だけでも悪夢といわんばかりだというのに、未だ自分は寝ているのだろうか?と思ってしまうほどだった。

 困惑した考えを振り払おうと繭は顔を震わせた。


 その時、不意に視界にそれが入り込んだ。

 最初は見間違いと考えただろうが、それを確認するのが如何せん恐ろしかった。

 見るだけでも理解出来なかったからだ。

 如何してその様な状態になってしまっているのか?

 何故これほどまでにキレイに抜かれているのか?

 それを理解出来るほど繭自身、頭がいいとは思っていないし、頭がいい人間でも理解出来ないだろう。

 今朝の渡部洋一の死体ほど恐ろしい形状ではない。

 手足はきちんと繋がっている。

 首もあるし、顔が剥がされた様子もない。

 顔が血で真っ赤なのは傷つけられているからと思ったがそうでもない。


 普通、傷がついたところは赤黒くなるはずだ。

 これほどまで血にを流しているのなら、なおの事。

 しかし、その傷すらない。

 だからこそだ! だからこそ繭はわからないでいた。

 何故、本来双眸にあるはずのものが外されているのか!?

 真っ赤に染まってはいるが、奇麗な顔のそこだけが窪んでいるのか?

 その光景を理解するのに数秒以上掛かっていた。


 深呼吸すら侭ならない繭はそれほどまでに気が動転している。

 自分の目の前で人が死んでいる。

 死んでいるという事自体が不思議でたまらなかった。

 血が抜かれたところから今も流れているのだ。

 血が体内の2/3以上ほど抜けてしまうと人間は死ぬ。

 それはわかっているがそれがわからないでいた。

 周りに血が飛び散っているわけではない。

 だから、抜く時に血が飛び散っていないと言う事になる。

 血液を止める薬など多種多様ある。

 然し、そんなものがこの屋敷にあるはずもない。

 霧絵の部屋に常備されいる薬以外、あるのはどこの家庭にでもあるような薬だ。

 それを考えると、血液を止めるようなものはない。

 血は未だに流れて落ちている。

 つまり、体内にある血は流れきっていないと言う事になる。

 然し、先刻もいったが、2/3以上の血液が抜ければ人間は死ぬ。

 つまり、心臓が動いていようがいまいが、抜けてしまえば死ぬという事になる。

 血液は心臓から送り込まれている。

 それが拙い知識の奥底にあったからこそ、繭は混乱しているのだ。


「繭? 深夏お嬢様は起きた?」

 廊下から澪の呼び声が聞こえ、足音が部屋に近付いてくる。

 その声に漸く繭は気が付いた。

「繭?」

 澪が部屋に入って来た。

「あれ? 未だ深夏お嬢様は寝てるの?」

 澪は未だ事情がわからないでいた。

 繭自身もこの状況がわからないでいた。

「どうしたのよ? 凄い驚いた顔して?」

 澪がそう言いながら、繭を見つめた。


 繭は横目に深夏の顔を見た。

 視界に映っているのは、間違いなく深夏だ。

 自分の憧れである深夏が目の前で死んでいる。

 それだけでも辛いが、想像出来る死顔とは程遠い。

 硬直していた顔が震え、ガタガタと歯を鳴らす。

 震え上がって、出るはずの声が出ない。

 尤も、見て直に出したかった声が今の今まで出ていなかった。

「どうしたのよ? そんなに脅えた顔して」

 澪が心配そうに繭に話し掛けた。

 繭の目は焦点があっていなかった。

 どこを見ているのかわからないでいた。

 そして漸く出なかった音声が再生された。


「いぃやああああああああああああああっ!!」

 突然目の前で悲鳴を挙げられた澪は、怪訝な表情を浮かべた。

「ちょっ! ちょっと! いきなり大きな声を出さないでよっ!!」

 そう言いながら繭を見ると、肩で息をし、先程以上に震えていた。

「ど、どうしたのよ?」

 繭は何もいわず、視線を深夏に向けた。

「深夏お嬢様がどうかしたの?」

 何もわからないまま深夏を見たが事情が飲み込めない。

 しかし、それが視界に入ると多少なりとも事情がわかるだろう。


「……なに? これ?」

 澪は振り向かず、繭に聞く。

「なんなのっ? これ!?」

 訊ねようとした時、廊下から足音が聞こえた。

「どうしたの?」

 足音の主は冬歌だった。眠たそうに目を擦っていた。


『ふ、冬歌ちゃん』

 二人は驚いた顔で冬歌を見た。

「ねぇ? さっき大きな声がしたんだけど? どうしたの?」

「えっ? え-と?」

 澪は深夏を一瞥した。

「あれ? 深夏お姉ちゃん? 今日は早いの?」

 冬歌は当り前の様に深夏の部屋に入ってきた。

「ちょ、ちょっと冬歌お嬢様!!」

 咄嗟に澪が冬歌を止めた。

 突然自分の歩みを止められた冬歌は不快な顔で澪を見た。

「繭っ!! 今日は深夏お嬢様が早く起きるほど大切な御用はないんじゃないの?」

「……?」

 突然の事で繭は理解出来ていなかった。

「夏休みなのに、深夏お嬢様が早く起きるほどの用があるのかって聞いてるの」

 繭は漸く澪の考えが理解出来た。

 あんな死体を幼い冬歌に見せる事なんて出来ない。

 だからこその苦肉の考えだろう。

「……ううんっ! ないわ! ごめんっ! 私、勘違いしてたっ!!」

 引き攣った笑みを浮かべながらも、繭は答えた。

「でしょう! もう! 何してるのよ!!」

「あはははっ! ごめん!」

 澪と繭はお互いに笑いながら場を納めていた。


「さ、冬歌お嬢様! 深夏お嬢様が起きないよう、静かに部屋に戻りましょう」

 そう言いながら、澪は冬歌を部屋から一緒に出た。

 その時、澪は専ら繭に視線を向けていた。

 繭は自分だけになった部屋の天井を見た。頼りない蛍光燈が今にも切れそうなほどに深夏を照らしていた。


 ――鹿威しが鳴った。


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