表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/165

Tips【夢魔の始まり】

今回はおまけです。知らなくても別に必要になりません。


 昭和四三年 五月十五日


 当時の長野県議員『小倉おぐらやすし』(六二)が殺害された。


 現場はまるで争いがあったかのように、物が散乱しており、四人程の死体が発見された。

 その遺体から殺されたのは、小倉靖をはじめ、妻の美奈子、娘の香織、その妹、渚だと推測される。

 電話機は粉々に崩されており、警察が来たのは殺されてから、三日が経っていた。


 小倉靖は誠実な男である。

 そんな男が三日も無断欠勤するのは可笑しいと思ったのだろう。

 部下の一人が家に訪問し、この凄惨な殺人現場を目撃している。

 そして、警察に連絡が届いたのはそのすぐ後であった。


 最初、この事件は気違いな人間による犯行だと誰もが思った。

 しかし、一人だけが、死体に関しての疑問を持っていた。

 早瀬文之助、言わずもかな、早瀬警部の父親だ。


 死体は発見時には、既に白骨化していた。

 さらにその骨は部屋中に、バラバラになった状態で発見された。


 可笑しいとは思わないだろうか? 普通に考えて、白骨が部屋中で、バラバラになって発見されると言う事は有り得ない。

 死体が腐蝕し、溶け切った後、初めて白骨化する。

 つまり、白骨化した死体をバラバラに巻き散らかしたか、それとも死体をバラバラにした後、放置したかの何れかである。


 白骨死体には外傷が一つもなかった。

 となれば、五臓六腑が便りになるがその五臓六腑すらなかった。


 誰かが持ち去ったとしか考えられない。

 もしくは、白骨した後、五臓六腑を抜き取ったかである。


 しかし、殺害されたのは三日前だ。

 数々の推理小説。もとい、医学的知識がある方なら既にお気付きかもしれない。

 人間が三日で自然に白骨化する事など有り得ない事だ。


 つまり、その白骨死体が本当に小倉靖のものであるのか、増してや発見された四人の白骨死体が本当に政治家一家のものであるのか……

 ただ単純に背格好の似ている人間の白骨をばらまき、捜査を混乱させようとする犯人の思惑と考えるだろう。


 しかし、文之助にはある仮説が脳裏にあった。

 皆殺しの力を持った、金鹿之神子であれば、出来るのではないかと……

 その可能性は本人も首を傾げている。

 伝記による神子の力は、その者に対して激しい憎悪を持たない以上、殺す事は出来ない。その可能性を否定出来ないからこそ、文之助は集落に行き、鹿波怜に事件当時のアリバイを確認したのだ。


 結果、彼女は集落を一歩も出ていないどころか、小倉靖の存在すら知らなかった。

 増してや白内障に掛かった彼女が相手の眼を果たして見れるだろうか?

 その事が頭にあった。

 そして、その考えを上に伝えようとしたが、誰かの圧力によって掻き消される結果になった。


 そして、その一週間後、麓の人間による、榊山での鹿狩が始まった。

 そう、総ての始まり。この凄惨な夢魔の始まりでもあった。


 此処で敢えて、この政治家殺人の真相を教えよう。


 小倉靖はある病に伏していた。

 当時、人から見れば、気分転換すれば治るだろうと、軽く見られていた病だ。


 今で言う【鬱病うつびょう】である。鬱病と言う言葉が世間体に広がったのは、僅か十年ほど前からだ。それまでは先に述べた通り、気の持ちようだと思われていた。

 しかし、鬱病に掛かった人間は、それ以上にネガティブになってしまう。

 故に自殺をするのも多々有るが、今はそれを治す環境、医術がある。

 しかし、四十年前の時代にその様な環境が果たしてあっただろうか? あったとしても、あまり広がっていなかっただろう。


 此処まで言えば、既に気付いているかもしれない。


 ……小倉靖は他殺ではなく、自殺である。


 だが自殺したのは飽くまで鬱病に掛かっていた小倉靖本人だけである。

 ならば、どうして家族全員が死ぬ事になったのか?


 ……奴等によって、殺されたのだ。

 そう、耶麻神邸でひっそりと潜んでいる。奴等に……


 つまり、警察は奴等に躍らされているか、警察の中に奴等の仲間がいるかのどちらかである。



「どうした?」

「父さん、何か面白い昔話の本ない? 冬歌が持ってる本、全部読んだって言うのよ? 買いに行こうにも、澪さん達は既に出て行ってるから……」


 珍しく大聖が書斎の整理をしていた時だった。

 書斎に入って来た深夏がそう言うと、大聖は少しばかり首を傾げると、「うーん、だったらこんなのはどうだ?」

 大聖は本棚から古ぼけた本を取り出す。凧糸で閉じられており、表紙は少しばかり痛んでいる。

 表紙には大きく、【娘りぶか灰】と書かれている。


「と、父さん? これどう読むの?」


 首を傾げながら、深夏がそう聞き返す。


「んっ? それは右から読むんだよ? はいかぶりむすめ」


 そう聞くと、深夏はペラペラと頁を捲っていく。


「と、父さん? これ…… シンデレラ?」


 深夏がそう聞くと、大聖は頷いた。


「まぁ、お前達が読んだ事のあるのは子供用に改良されたやつだ。それは昔、欧州で書かれた書物を日本に輸入された時の物を、その侭訳した本だから、違った意味で面白いぞ?」


 と、大聖は笑いながら説明する。


「……他には?」

「竹取物語とか……ヘンゼルとグレーデル」

「前から思ったけど? この書斎って昔の御伽話の本ばっかりね?」

「御伽話って言うのは、本当に御伽話だと思ってるか?」

「当たり前でしょ? かぐや姫なんていい例じゃない? 竹の中から女の子が現れて、月の民だなんて……」


 深夏が不思議そうに言うと、大聖はその侭椅子に座り、「昔はな? 本当にあったかもしれない。それが今の科学では説けないから、みんな御伽話にしてしまうんだよ?」

「言ってる事がよくわからないけど?」


 深夏は首を傾げる。


「それじゃ、例えば金太郎って知ってるだろう? あの「マサカリ担いだ金太郎。熊に跨り」ってやつ」

「えっと、確か男の子の記念日によく飾られているやつだっけ? 何か、元気な男の子に育つようにって願掛けで選ばれたって思ってたけど?」

「実はな? 金太郎は実際するんだよ?」

「まぁたぁ? 私が歴史に疎いからって」

「本当だって、坂田金時。平安時代末期、足利山付近の出身と言われている武将だ。金時は山婆に育てられたとか、詩の通り、熊に稽古をつけてもらっていたと言われている。実際、金時の幼児時代の事ははっきりされていない」


 こういう事を話している時の大聖は、凄く楽しそうである。


「それじゃ、かぐや姫とか、桃太郎とか、一寸法師とかも本当だったって言うの?」

「流石にかぐや姫は脚色されているだろうけどな? でも、実際に鬼ヶ城って言うのが三重県にある。父さんはな、其処が鬼ヶ島の元になってるんじゃないかと思ってるんだよ?」

「あはは、でもさ? 今だったら誰か鬼退治しないかな?」

「どういう意味だ? 深夏」

「だって桃太郎って、村人を苦しめていた鬼を退治するって話でしょ? それを今に例えたら、年貢を無理矢理納めさせようとしているお役人が鬼に例えられているって考えられない? それならさ? 考えると鬼は政治家かなって? よくわからないけどさ? 何かそんな気がした」

「がはははっ! いい事いってるじゃないか? 確かに、昔は年貢を納めないとどんな目にあっていたか解らないからな? それに反発する事を一揆というんだ。確かに今の若者は一揆する事を知らない。昔は学生が不満を持つと、学校に反発をしていたものだ!!」


 深夏は大聖につられて、笑ってはいるが、そうはいかなかった。

 深夏は自分の学校で生徒会長をしている。

 つまり、余り学校の事を関して悪く言えない立場だからだ。


「それじゃ、シンデレラとかぐや姫の本。借りてくね?」

「ああっ! ちゃんとかえせよぉ? それは大切な資料なんだからな?」

「わかってるっ!」


 廊下から聞こえて来た深夏の声を聞きながら大聖は机に向かい、蹲った。


「本当の事か……そろそろ春那に教えないといけないかもな……母さんが後……」


 そう悩んでいた時だった。

 突然書斎の近くに置かれている電話が鳴った。

 近くに自分が居たので、その侭大聖は電話を取りに行った。


「もしもし?」


 大聖が応対するが、電話の声はしなかった。


「もしもし? 耶麻神ですが? どちら様でしょうか?」

「大聖さん? どちらからですか?」


 丁度お風呂から上がって来て間もないのか、仄かに濡れた髪をタオルで拭きながら、長襦袢を着た霧絵が不思議そうに大聖に近付いた。


「否、電話は繋がっているみたいだが、少しばかり聞き取れなくてな? それより、お前は大丈夫か? 暖かくしていなさい」


 自分を心配してくれているとわかると霧絵は小さく笑みを浮かべた時だった。


「耶麻神大聖さん?」


 電話から声がした。が、変声機を使っているのか、男性だか女性だかわからなかった。


「そうだが? 君は誰かね?」

「金鹿之神子と言えば、解りますかね? 私の大切なものを返してもらいに来ました」

「冗談を言うでない! 金鹿之神子は伝説上の人物だろう?」

「いいえ、四十年前、貴方様方が今住んでいる榊山で起きた大量猟奇殺戮を起こした張本人で御座います。あの時、耶麻神乱世の命で麓の人間は私達の集落を有ろう事か襲い殺した。くはははっ! これは弔い合戦をする前兆の報せで御座います。貴方も私の恐ろしさは知っておられましょう? 私が殺そうと思えば、総て殺せる! 手始めに、貴方の会社の役員を何人か殺してみましょうか? 後、一時間程したら、テレビを見て下さい? そうそう、これは貴方の大切な娘さん達には言わないように? 私が狙っているのは…… 私の血を受け付いている姉妹の誰かと…… 山に眠る、兆ともいわれている金銀が眠る隠し金山。それが榊山に眠っていますからね?」

「出鱈目を? 出鱈目を言うな!」


 大聖の怒声が廊下に響き渡る。


「出鱈目ではありません? 貴方が頑なに閉ざしているあの開かずの間。それが隠し金山の入り口なのでしょ? そして…… ん? どうした?」


 近くに誰か居るのか、電話の声は何か小さく話し声が聞こえる。


「すみませんね? 丁度一人殺し終えたところでしたよ? それじゃ? 一時間後。 テレビの臨時ニュースで……」


 ……電話は切られた。

 大聖は咄嗟に、廊下を見渡した。


「大聖さん?」


 その行動に霧絵は驚いていた。


「否、気のせいか?」

「それで? 相手は何と?」

「後一時間後に会社の役員の内誰かを殺したという報告をテレビの臨時ニュースでされるらしい」

「そ、そんな事?」


 霧絵が立ち眩みしそうになるが、咄嗟に大聖が受け止めた。

 やつは? 死体が発見される事を前提で殺している?

 殺しは発見されなければ、犯行は解らない。だが、一時間……たった一時間の後に臨時ニュースをされると言う事は……既に殺しているか?

 大聖はそう考えながら、自分と霧絵しかいない広間でテレビを見ていた。

 時間は午後十時を過ぎようとしていた。


 突然、画面上に臨時ニュースの文字が点滅する。


【今夜未明 女性の死体が長野県**市で発見された】


 次の文字が出て来た時、二人は愕然とした。


【発見された女性は耶麻神グループの役員『鮫島渚(36)』 被害者は自室で自殺したと警察は見ています】


「さ、鮫島さんが? どうして?」


 霧絵が食い入るように画面を見ている。


「か、彼女が自殺するような様子はあったか?」

「いいえ、ありませんでした。春那がよく助けてくれていると言ってましたから……」


 霧絵の言う通り、鮫島渚は春那を助けてくれている。

 大聖は霧絵が未だ耶麻神グループの社長をしていた時から知っているからこそ、彼女が自殺をするとは思えなかった。

 鮫島渚が大学を卒業し、初めて従業員として来たのは耶麻神グループだった。

 その時、素晴らしい仕事振りから役員へと昇格していた。


 その事がわかっているからこそ、彼女が自殺したとは思えなかった。

 ストレスによる自殺か?と思ったが最近その様な事は聞いていない。

 春那は事業等で不安になると、大聖と霧絵に会社の事を相談していたからだ。

 だからこそ、大聖はこれから起きる不可解な自殺連鎖に納得していなかった。


 最初の鮫島渚の自殺にしたってそうだ。

 マスコミは耶麻神グループの不祥事に対して、役員が自殺していると思っていたが、大聖はその事を早瀬警部に連絡していた。


 そして、八月九日。

 大聖が岐阜県美濃の刀鍛冶の小屋の前で殺された前日。

 使用人には山形県で土地の偵察に行くと嘘を吐き、姉妹達には岐阜に行くと言ったのは……その事に確信を持ったからであろう。

 大聖は刀鍛冶から治してもらった懐剣を受け取り、その剣を祠に納めた後……話そうと思っていたからだ。


 自分の知っている榊山の事、金鹿について……

 そして、姉妹の持っている花鳥風月の真の意味を……

 彼女等の持っている宝石の意味を教えようと思っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ