丗伍
事件から一週間後…… 長野県警刑事課捜査本部……
「おい? 早瀬警部、植木警視と連絡は取れたか?」
「いえ、取れません。それに耶麻神邸は先日の土砂崩れで入ることが」
「裏から入ればよかろう!」
「ですが、あそこはあの道以外、人が通れるような道は……」
「獣道を使えばいいだろう? 何年警察遣ってんだ? 足を使え足を!」
慌しい中、静かに男が部屋に入った。
その男が部屋にいるのに気付くや、全員が敬礼をする。
「何の騒ぎだ?」
「これは県警長殿。実は早瀬警部と植木警視。ならびに耶麻神邸の関係者と連絡が取れず…… もしかすると何かしら事件があったかと思われます」
初老の男がそう云うと……男は嗤った。
「早瀬警部なら此処にいる」
男が少し身体を横にずらすと、隙間から衰弱した姿の男が出てきた。それがあの早瀬警部だと…… 誰が想像出来るだろうか?
「それとな? こんな手紙を持っていた。切り抜きとコピーみたいでなぁ……」
冷静に、単純に言葉を言う。
「それでは…… 私は失礼するよ」
そういって、県警長は早瀬警部を残し、部屋を出て行った。
突然のことで、部屋にいる全員が固まっていたが、一息吐き出し、
「早瀬警部? 御無事でしたか?」
如月巡査が早瀬警部に声をかける。
「あ、あああ、ああああああ」
口はワナワナと震え、何を云っているのかわからない。
「おい? 手紙は? 手紙をよこせ!」
そう云われ、如月巡査は落ちている手紙を手に取り、催促する警官に渡した。
「なんだよ? これ?」
手紙を読んでいた警官はそう云って、赤紙を床に捨てる。如月巡査はそれを拾い上げ、読み上げる。
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一人逃してしまった…… だけど…… 逃してはいない……
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たったそれだけの一文。後は何も書かれていない。
「なんだよ? それ?」
「一人逃してしまった…… 犯人は早瀬警部を殺そうとした? でも逃してはいないって……」
如月巡査がそう云った時だった。
「あがあああああぁあがああああがああああ……」
突然横にいた。早瀬警部が発狂し、辺り構わずに暴れだす。
「くっ! 早瀬警部を取り押さえろ!」
「落ち着いてください!」
「ぐぁかあああああがあああぁあああがああああ……」
「くそっ! さすが早瀬警部だ! 力がつえぇ……」
「おいおい? 本当に定年迎える人の力か?」
「悠長な事云ってる暇があったら、押さえろ……」
多くの警官が早瀬警部を取り押さえる。
その時だった。余りにも静かな静寂が来たのは……
「……早瀬警部?」
一人…… また一人が…… 早瀬警部から離れていく。
最後の一人が離れた時、それはわかった。
「うわああああああああああああああああああああああ……」
誰が叫んだのかわからない。ただそれは突然だったから。
「なんだよ? これ?」
「口の中が血だらけじゃないか?」
早瀬警部の口はグチャグチャで、歯がなく、血だけが残っていた。
――その後、土砂崩れは解除され、警官一同は耶麻神低へと行ったが、例により……何一つ見つけることは出来なかった。
唯一つわかった事はこの屋敷で殺人が起きた事。
それは壁にある無数の銃痕が残っていたから……
だけど、誰が殺されたのか、それがわからなかった。
鹿威しが鳴り響く。
【金鹿の住みし箱庭 第三話】-了-