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丗参【8月12日・午後6時34分】


 背後で鹿波さんたちが広間を出ていったのがわかると、僕はグッと拳を握った。

 外からガリガリと爪を引っ掻く音が聞こえる。

 ゆっくりとドアノブを回した。

 その音がわかったのか、ガリガリとなる音も聞こえなくなり、開くのを待っている感じだった。


 カラカラになった口で生唾を飲み、ゆっくりとドアを開いた瞬間だった。

 開いた時、赤黒い影が僕の腕下を通り去った。

 それを見るとすぐさま僕は扉を閉めた。

 一瞬何が起きたのがわからなかった。でもその直後だった。

 銃声が聞こえ、ギリギリ僕の足元を掠める。

 威嚇するように二、三発銃声が聞こえた。

 一息おいて、人の気配が消える。諦めてくれたのだろうか?


 その時だった、僕の手に冷たい感触が伝わったのは……

 その感触がした方を見ると、ハナが片方の目を失い、顔半分を爛れた状態で、僕の手を舐めていた。

 爛れたところから血が流れてきている。


「……ハナ?」


 僕は『生きていたんだね?』

 と云おうと思ったが、そんなの気休めでしかない。

 彼女は既に死んでいても可笑しくない。

 それでもここに戻ってきた。

 ハナは僕が自分に気付くと、首元を目の前に持ってきた。

 首輪に何かが挟まっている?

 それは真っ赤な血に染まったビニールで、中には小さく折り畳まれた紙が入っていた。

 それを取り出し、広げてみると何かが書いてあった。


『この手がみをよんでくれている人がいたとしたら、私はすでこの世にいないでしょう。これをよんでくれているひとがどなたかはしりませんが、もしこの手がみをよんでくれていたら、このぶたいのしんそうをあばいてください。このぶたいを作りあげたきゃく本家は、私のし体をさがそうとしています。だけど、そんなことしないでほしい。私はだれもうらんでいない。私を殺した人は、私を助けようとしたから。それを知らないあの子たちに、このような事をしてほしくなんてない。もし、この手がみをよんでいるい人がいたのなら、どうか助けてあげてください。どうかあの子達を助けてやってください。このやしきはけっして、おには近づけない。』


 手紙はここで途絶えている。

 この手紙をハナに持たせたという事は、殺人者の一人なのだろうか? それにしてはなにか引っ掛かる。

 それは余りにもひらがなが多すぎる事だ。

 まるで子供が書いた稚拙な文章といった感じすらしてくる。


 でも、こんな事をしているのだから、相手は大人だ。


「くそぉっ!」


 僕は拳を強く床に叩きつけた。

 相手がわからない。いや、相手の素性すらわからない。

 ハナは僕の頬を舐めた。

 僕を慰めてくれているんだ。

 唇からタラタラ流れる血を見て、僕は愕然とした。

 本当は吼えたかったんだ…… ここにいると…… だけど声が出なくて…… だから爪で戸を掻き続けたんだ。足を見ると爪が剥がれていた。

 それでもハナは僕達が気付いてくれる事を信じて、掻き続けたんだ。


 ドサッと何かが倒れる音がした。痙攣を起こすわけでもなく、静かに……ハナは息絶えた。


「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 僕は叫んだ。屋敷の中にいる鹿波さんたちにも、外にいる犯人にも聞こえるほど、大きな大きな咆哮。それは犯人に対しての怒りと僕に対しての憤りへの咆哮だった。

 叫んだことで頭の中がスッキリしたのか、不思議と冷静になれた。


 冷静になって、誰がハナを此処まで連れてきたのかがわかる。

 それは澪さんだという事。

 タロウ達は澪さんの命令以外は余り聞かない。

 ドーベルマンは忠誠心が強く、主の命令は絶対であるからこそ、澪さんと繭さん……少なくとも澪さんは殺されていない!

 殺されていないからこそハナはここに戻ってきた。


 もう一度紙を見る。手紙には三十年前のことが書いてあった。

 三十年前? 霧絵さんと大聖さんが結婚し、この屋敷にきたのは二十六年位前だったはず。

 それを知っているのは、確か渡辺さんと、渚という春那さんの元秘書。でも、僕たちは今まで四年前の事に目が行っていた。

 だけど本当は違っていた?

 やつらの目的はそれではなく、本当は三十年前、この屋敷に何かがあったんだ。


 僕は過去の出来事を、断片的に思い出す。


『四十年前に起きた『鹿狩』から三十年前に起きた事件の十年間。そして霧絵さんたちが屋敷に住み始めてからの計十四年もの間、榊山は誰のものでもなくなっていた』


 早瀬警部は確かに三十年前、この山で事件が起きたといっていた。

 つまり、殺人者はそのことで霧絵さんたちを殺してるのか?


 僕は手紙を裏返すと『マユ ヘヤ ツクエ』

 と、まるで電報のような文字が書かれていた。

 広間を出て、廊下に出る。近くには赤い扉が見えた。

 小さく開いているのに気付いたが、僕はそのまま繭さんの部屋に行った。


 繭さんの部屋に入り、机を漁る。

 引き出しに手紙が入っており、それをみると大量の切抜きが入っており、それらは全て四年前の出来事に関するものだった。


『耶麻神旅館社員バス転落』

『白川郷への旅行の帰りに転落』

『運転手による運転ミス? 岐阜県警は事故として捜査』

『全員殺された? チェーンが付けられていないタイヤで雪道を通る事は、自殺行為である』

『タイヤにチェーンの後なし。運転手は殺人関与していた?』

『耶麻神霧絵氏 事件捜査を決意。長野県警に申し出る』

『長野県警、岐阜県警と合同で事件捜査。しかし情報行き渡らず、捜査は難航』

『耶麻神旅館に亡くなった社員の遺族達による訴え「ひところし」』

『遺族による救済団体結束』

『遺族達次々と離脱。原因は不明』

『耶麻神旅館関係者が遺族に対して裏金工作?』

『耶麻神旅館に抗議殺到』

『リストラ社員は優秀な人ばかり?』

『耶麻神旅館に脅迫電話。耶麻神霧絵は人殺しの孫』


 ――どういう事だ?

 霧絵さんの祖父、耶麻神乱世が鹿波さんの住んでいた集落を襲った事を知っているのは当人達だけのはず……

 赤の他人が知っているとは思えない。

 それに警察内でも知ってる人は少ないし、資料も残っていないと植木警視が言っていた。

 発見された資料には虫食いのようなものがあり、読むことも出来ないとも言っている。


 もしかして、水深中の校長先生みたいにあの事件の生き残りが霧絵さん達に脅迫していたのか?

 いや、校長先生の話だと、集落から逃げたのは女性や子供たちだった。もし子供たちに誰がしたのか……

 そんなのは大人になって調べればわかることだ。

 誰かに教えてもらわなくても自分で調べればいい。

 でも、警察が公にしていないことを、どうやって知る事が出来るだろうか?


 それに霧絵さんは事件に関しての情報をお金で得ていた。

 社員は家族同然の霧絵さんにとって、どんなことをしても事故原因の情報を得たかった。

 それがたとえ嘘でも……


 情報を賞金で募集する人は一杯いる。

 それはいち早く事件解決を願っているから、だからどんなにお金を注ぎ込んででも、情報が欲しかった。

 だけど、あれはたしか岐阜県警に振り込んでいたといっていた。

 それに霧絵さんの口から脅迫されていたとは聞いていない。

 記事に脅迫内容は榊山での出来事に関する事と白川郷で起きたバス転落事故の事しか載っていない。


 脅迫内容でお金をせしめられているという事も書かれていない。それに公開されていない情報を知っているという事はそれを知っている人だという事だ。

 でなければ出鱈目に脅迫なんて出来ない。

 それにお金をせしめられていれば会社も黙ってはいないだろう。

 ただ情報が曖昧だと云うこと。

 お金以上の何かで脅迫されていた。

 霧絵さんにとってお金以上に大切なもの……


 ――家族……それ以外考え難い。


 もう一度封筒の中を見る。

 切り抜き以外にも繭さん自身が深夏さんをはじめ、霧絵さん達を観察し、得た情報を纏めている……

 そんな中、気になる一文があった。


『三年くらい深夏さんや霧絵さん達を見てきたけど、本当に優しく、他人である私や澪さん。他の使用人たちもまるで家族のように接してくれている。本当にこんな人たちが人殺しなんてするのだろうか? でも霧絵さんの祖父は平気で人を殺し、それを金で揉み消す狂人という噂らしい。だけど霧絵さんはけしてそんな事をしないと信じたい。私は何を信じればいいのだろうか? 観察すればするほど、わからなくなってきた』


 もう一枚紙が入っており、それも読んでみる。


『どうしてか使用人たちが次々と辞めていく。霧絵さんと旦那様がその人達に連絡を取るが、どうしてか取れないらしい。家族の人に行方を尋ねるが、先方もわからないという。気分的に辞めるとしても、理由があるし、それに辞めると本人の口から聞いていない。すべて渡辺さんの口から聞いている。それなら渡辺さんが知っているはずだと思い、旦那様が渡辺さんに訊いたが、本人も知らないらしく、まるで誤魔化されている気がする』


『ハナのお腹が大きくなっていく。そろそろ生まれるだろう。霧絵さんも旦那様もお嬢様たち……そして、飼い主である澪さんも楽しみにしている。一体どんな子犬が産まれるんだろう?』


『明日、新しい使用人の人が来る。名前は瀬川正樹というらしい。初めて聞く名前なのに何故か知っている。それに今日急に使用人になった人もいる。名前は鹿波巴。何処の人なのか素性を知らない。だけど霧絵さんや私たちの事を知っている。彼女は何者なのだろうか? それに金鹿之神子についても尋ねてきた。何故、秋音お嬢様くらいの子が、あれを知っているのか不思議でしかたがない』


 これは日記だよな?

 他人の日記を読むのは後ろめたいが、それでも続きが気になって仕方がなかった。


『渡辺さんがいなくなった。私たちが眼をはなしているうちにだ。人の目を盗んで抜け出す事は出来るが、鶏小屋から抜け出すには、少なくともタロウ達が反応する。あの子達は渡辺さんを毛嫌いにしているから、それが吠えないとなると、タロウ達は寝ていたのだろうか?』


 まぁ、あんな早くから起きているとは考え難い……

 いや? 可笑しい……

 あの時、一度目の時だ。僕は澪さんと一緒にタロウ達に餌を与えにいっている。

 その後に渡辺さんが行方不明になってるし……それに今回は誰も犬小屋に行っていない。

 だからタロウ達が起きている事も寝ている事も証明出来ない。


 繭さんの部屋には窓があり、そこから外が見える。

 時間的に暗くなっており、ぼんやりと月明かりが見えた。


 にしても解せない…… ここが旅館だとはとても思えない。

 まぁお風呂も男女別になっているし、部屋の数も僕達以外にも客人用に用意されている部屋もある。

 それに部屋の鍵はそれぞれあって、マスターキーは春那さんが持っている。

 まるで監視されているような感じがする。

 まぁ女性しかいなかったらしいし、プライベートな事にはたとえ家族でも、遠慮するだろうし……


 窓があるのは外側の部屋にしかないのも可笑しい。

 いや可笑しくはないんだけど、部屋の間に障子窓があっても可笑しくない造りだ。でもあるのは書斎だけだし、それが開けられた形跡はなかった。


 考えてみたら、ここは元々旅館としてではなかった。

 大聖さんがこの屋敷を借りているといっていたし……

 そもそも、どうして霧絵さんの姓を名乗っているのだろうか? 何か理由があるのか?


 僕は部屋を出て、書斎に行こうとした時だった。

 外からガタンと云う物音が聞こえ、そちらを見遣った。


「誰だっ!」


 そう叫び問うが、何も反応がない。

 僕はゆっくりと窓に近付く。


「そこに誰かいるんですか?」


 出来るだけ近付くが、窓からは顔を出さない。

 いや、さっきの銃声を考えると、いつでも逃げられるように、鹿波さん達がいる赤い扉以外の、全部の部屋の戸を開けている。


「誰ですか?」


 窓に影が見える。

 それが女性なのか、男性なのかわからない……


「死ね……」


 言葉と同時に銃声が鳴る。

 僕は咄嗟に壁に背を向けた。

 ちょうど、窓縁より外側になるからだ。

 でも相手もそれがわかっている。逃げる場所は? 赤い部屋に行くか? でもそんな事したら、皆が……


 銃声はハナを襲った時よりしつこく、僕は書斎と広間の間にある廊下で身を隠している。

 それに何かあっても、部屋を出ないようにと皆に言っている。

 だからこそ、逃げることが出来なかった。


 それにここだって危ない。銃声は一つだが、相手は一人か?

 少なくともそれ以上だ。なら銃声で威嚇して、僕がここにいることがわかれば裏口から入ってくる。

 ……いや、逆にそれを利用出来ないか?


 銃声が止んだ。いや恐らく弾を補給しているのだろう。

 その間、ゆっくりと音を立てずに僕は裏口に回った。

 裏口が見えてきた。僕はゆっくりとドアの開く側に立つ。

 ここにいれば、たとえ開いても多少は相手に見つからない。

 でも、相手も僕がここに立っているというのがわかっているかもしれない。

 でもどこに立っているのかわからないだろう。……十秒経って何の反応もなければ、意を決してドアを開いた。


 銃声が聞こえた。それと同時に僕の身体が崩れる。

 僕が倒れると同時にしつこいほどの銃声。

 それに合わせるように出鱈目に僕の身体は痙攣を起こす。


 此処で死ぬのか? 僕は朦朧とした中、ゆっくりと相手を見た。

 影になって顔はわからない。だけど二人……いや三人?

 意識が遠のいていく。

 待てよ? しっかり眼に焼き付けて、覚えてろよ?

 もし、ここにまたこれた時のための保険だ。

 たとえ今までのことを忘れていたとしても、これだけ絶対忘れるな!


 相手が…… 誰だったのか…… ただそれだけを! 絶対に忘れるなっ!


はい。HPで書いていた時と微妙に違う部分があります。それはハナが持ってきた手紙の内容です。HPでは繭が四年前、兄が殺された云々という手紙を書いていますが、第四話(解決)にはそのことに触れていませんでしたので、没にしました。また、ひらがなというのも複線になります。

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