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丗壱【8月12日・午後5時40分】


 頭が痛い。鹿波さんが今までの出来事を断片とはいえ、僕にもその記憶があるといっていた。

 それは僕がこの屋敷に来てからの二日間での出来事。

 そのすべてが凄惨な殺戮だった。

 その記憶が薄らと残っているにも拘らず、どうしてだろうか?

 四年前の事が思い出せない。


 高校生の時、何があったんだろう?

 みんなで下らないこといって遊んだり、つまらない授業を受けたり、誰かに恋をしたり……

 でも四年前……ある部分だけが思い出せない。

 とても重要だと云う事だけは確かなんだけど……


「冷えてきましたね?」


 植木警視が身を震わせながら云う。


「冷房効きすぎてるのかな?」


 春那さんはテーブルの上においてあるクーラーのリモコンに触れるが、それに備えられている液晶画面を見て訝しげな表情を浮かべた。


「電源は入ってませんね? それじゃ何処かから風が入り込んでるんじゃ……」


 そう云うと、広間を壁伝いにグルリと一周する。


「隙間風があいてる訳でもないし、厨房にも行ってみます」


 春那さんはそう言いながら、戸代わりの暖簾を潜り、奥まで入っていった。


「ここの窓、建て付けが悪くなってきたから直すようにって渡辺さんに云ってたんだけどなぁ……」


 奥から春那さんが愚痴を零すような声が聞こえる。


「あれ、春那姉さんは?」


 秋音ちゃんの声がし、そちらを振り向いた。

 鹿波さんと早瀬警部も一緒だ。


「警部? 何かわかった事は?」


 植木警視がそう訊くと「いや、何にも……顔を耕されて、眼球を盗まれている。それ以外は特にめぼしいものは無かったですね」

「そうですか? 冬歌ちゃんや、深夏さんみたいに誕生石を盗まれたわけではないんですね?」

 早瀬警部の報告に植木警視は落胆したような表情を浮かべた。


 鹿波さんを見ると、何か思いつめたような顔をしており、何か訊こうと思ったが、口に出せなかった。


「あの、姉さんは?」


 二度ふたたび秋音ちゃんが春那さんの事を尋ねる。


「春那さんなら厨房の方に……」


 そう植木警視が云った時だった。それは云った本人も気付いたのだろう。


「……遅すぎません? だって、さっき隙間風は立て付けの悪くなった窓からだって……わかったらこちらに戻ってくるはずなのに……」


 僕と鹿波さんは急いで厨房の方へと駆けていった。

 その後を早瀬警部と植木警視……秋音ちゃんと続いていく。

 厨房に入ると、一目でわかるほど、違和感を感じた。

 いるはずの春那さんがいない。

 ほんの数分……その間に音も立てずに?

 早瀬警部と植木警視は小さな扉の前に屈み込み、ドアノブを回す。何回も回して、ガチャガチャと音を鳴らす。


「鍵が掛かってる……それじゃドアを閉まっていたって事ですか?」

「それとも最初っからここに潜んでいたということですかね? ここにはテーブルがありますし、その下に隠れていれば――」


 植木警視は途中で言葉を止めた。

 もしそうだとしたら、春那さんは悲鳴をあげるはずだったから。

 それは冬歌ちゃんにしても、深夏さんにしても、霧絵さんにしても、みんな悲鳴をあげているはずなんだ……

 澪さんも舞さんも……もしグルではなかったら、やはり悲鳴をあげているはずなんだ。


「まぁ、ここに入るチャンスはいくらでもありますね? でも入る事は出来ても、出る事は出来ないんじゃないですかな?」


 早瀬警部の云う通り、春那さんを連れ去ったと推測して、何か薬のようなものを嗅がせ眠らせる。

 そしてポケットからドアの鍵を盗み取り、彼女を……


 その時、最悪の想像しか出てこなかった。

 くそ! 何でだよ? 助かったとか? 無事だとか? まだ殺されていないとか! どうして…… どうして希望を持たせてくれないんだよ?

 もし、もしもだ! そんな事だったら、そんな事だったら、こんな短時間に遣ったって事だろう?

 たった数分で十分も無い、たった数分だ。

 殺すのに十分と要らない。

 ほんの数分あれば十分。

 でも……今までの殺し方を考えると、数分で済むとは思えない。

 だからこそ無事という限りない希望すら脆いんだ。


「くぅそぉっ!」


 僕は急いで玄関まで走った。


「……正樹?」


 僕の腕が鹿波さんに当たる。彼女は吹き飛んだように壁に背中をぶつけ、凭れ崩れた。


「――せ、瀬川さん?」

「舞ちゃん! 二人をお願いします! 絶対見失わないで下さい!」

「わかりました!」


 そう云うと早瀬警部は正樹の後を追った。


 僕は無我夢中で厨房のドアの前に遣ってきた。

 目の前に想像していたものがあった。


「あああああああああああああああっ!!」


 何でだよ? なんでそうなるんだよ?

 何回も…… 何回も…… 僕に何が出来るんだよ? 何も出来ないじゃないか?

 一瞬目を放したすきに、どうしてこうなるんだよ?

 何で悲鳴をあげないんだよ? 襲われたらあげるのが普通だろ?

 何でそんな風に寝てるんだよ? 有り得ないだろう?


 有り得ないだろう? 有り得ないだろう?

 どうしして背中をこっちに向けているのに、何でこっちを見てるんだよ? 顔はどこだよ、顔はどこなんだよ?


「瀬川さん? 勝手なことを……」


 背後から早瀬警部の声が聞こえる。

 でも、僕には遠いところから聞こえているとしか思えなかった。


「何なんですかぁ! これはぁ!」


 早瀬警部が大声を張り上げる。ああ、これは現実なんだな。

 今までのことで頭の中が衰弱して、幻覚を見ているわけじゃないんだな……それじゃ目の前で倒れているのは……

 紛れもなく、春那さん、なんだな……


「どうしたんですか? 何かあったんですか?」

「舞ちゃんはそのままで!」


 いままでだって、顔をぐちゃぐちゃにされている事だってあった。

 目が盗まれていた……でも、後はまるで手をつけていなかった。

 深夏さんの時は無理矢理お守り袋を取ろうとして、ブラウズのボタンが外れかけていた。

 でもそれ以外は何も手をつけていなかった。


 春那さんをよく見ると、腕も、足も、有り得ない方に曲がっていた。今までで一番残酷な殺し方。

 なぁ? どうしてこんな事するんだよ? なぁ…… どうしてだよ? どうして?

 怨みを持っているなら、別に文句は云わない。

 人間だから、誰かを嫌いになるのは当たり前だ。

 僕だって嫌いな人くらいいたし、殺したいと思った事だって何回もある。死んでほしいと思った事だって……

 でもここまで残酷に…… まるで殺すひとを人だと思っていないようなことが出来るんだよ?


 包丁で刺し殺す事も、拳銃で撃ち殺す事も、首を絞める事も、毒薬を飲ませる事も……

 そう云うのが殺人だろう? わからなくするのが殺人だろう?


 まるで早く見つけてください。私はここですよって、ケラケラと笑いながら殺しているとしか思えなかった。

 何の怨みがあるんだよ? 霧絵さんや春那さん達に何の怨みがあるんだよ? 僕はたった一日しか彼女達を見ていない。

 でも今まで知らない僕が彼女達にあっていたとしたら、それは一日とはいえない時間の彼女達を見ているんだ。

 でも彼女達が誰かに怨みを買うようなことは決してない。


 耶麻神家自体に恨みがあるのか?

 それとも彼女達が金鹿之神子の持っていた皆殺しの力を持っているからか?

 それを手に入れるために眼球を盗んでいるとしても、ここまでしなくていいだろう?

 目を盗むんだったら、それだけでいいだろう? どうしてこんな殺し方をするんだよ?


 目が痛い。……目が痛い。ズギズギする。

 角膜を引き裂かれるような、強い光を浴びて目眩しをされたような……


「早瀬警部? 秋音ちゃんにはどう説明するんですか?」


 僕は朦朧とした意識の中で、その事が気になった。

 前にも同じ事があった。姉妹の中で最後に残った秋音ちゃん…… 彼女も殺された。今回も似たような状況に……

 いや、そんなんでどうするんだよ? 秋音ちゃんだけでも……


「秋音ちゃん! 其処にいるんだろ?」


 僕は大声で呼びかける。


「あ、はい……」

「春那さんが殺された……」


 僕は静かにそう云った。

 ドア越しから、秋音ちゃんが驚いた声が聞こえる。


「ただこっちには来ないでくれないか? 鹿波さんと植木警視と一緒にいてくれ。お願いだ……」


 これは賭けだった。秋音ちゃんは僕以上にここに来たいはずだ。

 でも、それじゃ一人にさせてしまうのと一緒……

 やつらがどこに居るのか……外に居るのか、中に潜んでいるのかわからない。

 たった数秒の間に連れて行かれ、殺されてしまう。

 だからこそ、秋音ちゃんはみんなと一緒に居てほしいんだ。


「わかりました」


 窓越しから聞こえてきたのは、しっかりとした声だった。


「姉さんがどんな死に方をしているのか、安易に想像は出来てます。それに身勝手な行動をしてはいけないことも……」


 見えなくても、彼女がグッと我慢しているのがわかる。


「だから…… 早く戻ってきてください……」


 そう云うと、何かが倒れた音がした。


「秋音ちゃん?」


 ドアを挟んで叫ぶ。


「大丈夫よ? 気を失ってるみたい。元々そんなに強くないのに、よく耐えてたと思うわよ?」


 鹿波さんの声が聞こえ、僕と早瀬警部は胸を撫で下ろした。


「それじゃ急いで戻りましょう」

「その前に…… 彼女の誕生石ダイヤモンドが盗まれていないか見ないといけませんね」


 そう云うと、早瀬警部は春那さんの身体を翻し、首に掛けられたお守り袋を探る。


「やはり盗まれてますね……」


 それからポケットにも触れた。ドアの鍵はあるらしい。


「必要がないということでしょうかね?」


 それは僕にではなく、犯人に聞いてほしい。


「もしかしたら、春那さんが自分からドアを開けた……とは考えられませんかね?」


 早瀬警部はそう云うと、鍵を使ってドアを開けた。

 秋音ちゃんが気を失っているという事もあるが、此処から入ったほうが危険が少ないと判断したのだろう。


 入る時、あの音が聞こえた…… 鹿威しの音が――


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