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漆【8月11日・午前5時~午前5時54分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


 僕と繭さんは倉庫から板と釘、それから金槌を取りに来ていた。

「やっぱり、鍵は中から閉められていたんですかね?」

 繭さんが奥にいる僕に話し掛ける。

「繭さんの考えが仮にあっていたとすると、鳥小屋は大きな密室って事になりますね?」

 振り向きながら僕がそう言うと、繭さんは首を横に振った。

「小屋の天井には開閉出来る小窓があるけど、あそこには梯子(はしご)を持って来ない以上、登る事も出来ないし、持って来たとしても、空気を入れ替えるだけでいいから、少ししか開かないのよ。だから人間が逃げる事なんてまず無理!」

 犯人が狂暴な鳥類か、飛ぶ事の出切る生物であったとしても、人間みたいな事は出来ない筈だ。


 顔を思い出してみろ。鳥が人間の皮を引ん剥く事が可能か?

 出切る訳が無い! 頭の良い烏ですら、そんな凄絶な事は出来ない筈だ。

 僕は得体の知れない何かに脅えているのかもしれない。


 倉庫から出てきた僕と繭さんは、電話台の前で受話器を持った春那さんを見かけた。

 その様子はどこか可笑しく、さっきから電話のフックをガチャガチャと苛立ちながら扱っている。


「どうしました? 春那お嬢様」

「あ、繭さん? それが電話の調子が可笑しいんですよ」

 繭さんは春那さんから受話器を渡してもらい、それを耳に当てた。

「ほんと、何も聞こえない」

 繭さんは僕にも確かめさせる様に受話器を渡した。

 耳を当てて聞いてみたが、何も音がしなかった。

「昨日は使えたんですけどね」

 春那さんが電話機を恨めしそうに見る。電話機は昭和を思わせる程に古い黒いダイヤル式の電話機だった。

 よく見ると電話線が切れている訳でもないし、コードは電話機本体に埋め込まれている。

 反対は壁に埋め込まれていた。

 プラグ式ではなく、電線の様な物だ。


「携帯は使えないんですか?」

「此処は圏外ですから、使えませんよ」

「でも、警察に連絡は出来るんじゃ?」

 そう言うと、二人が首を横に振った。

「仮に来てもらって、どう状況説明するんですか?」

 繭さんが僕に問う。

 その質問に僕は答えられなかった。繭さんと春那さんだって、同じ答えだっただろう。

 説明する事すら出来ない凄絶な現場。

 思い出しただけで吐き気を催したのか、春那さんは口に手を当てながら、僕と繭さんの間を割って入るように去っていった。

「と、とにかく、今は言われた通り、これを持って、澪さんの所に行きましょ?」

 繭さんにそう言われ、僕は頷いた。


 倉庫の近くに有る扉からはお風呂場があり、その先にまた、扉がある。

 そこから中庭へと出入り出来るようになっている。

 その扉の前にはペンチがあり、そこに澪さんが座っていた。

「……遅いわよ、二人とも?」

「澪さんこそ、小屋の方にいなくていいんですか?」

「臭い物には蓋をしろって言葉有るでしょ? あれがそうなのかもね」

 澪さんが恨めしそうに小屋の方を向いた。

「とにかく、板を貼り付けましょう」

 そう言うと、繭さんは威風堂々と言わんばかりに先頭を切っていた。


 小屋の中はあれから誰も入っていないらしく、あの侭の状態になっていた。

 死体が吊るされている所には水たまりが出来ていた。

 その水たまりから異臭が立ち上り、扉近くにいる僕達ですら、眩暈がしそうだった。

「蝶番は使い物にならないわね?」

 繭さんは澪さんが扉を蹴り壊した際、捻じれた様に扉と門に付いている蝶番を見ながら言った。

「脚立は? 扉は結構高いから、天井の方に板が貼れないでしょ?」

「そう言えば、倉庫に脚立はなかったですね?」

「え? ああ! 脚立は農園の方に有るのよ。ちょっと待ってて、今取ってくるから……」

 そう言って、繭さんは野菜農園の方へと走っていった。


「瀬川さん。繭が戻って来るまで、手が届く所をしておきましょ」

「あ、はい!」

 倒れたままになっていた扉を立てて、門に引っ付ける。

 澪さんが外れた方の扉の裏に入り、後ろから支える。僕は表から板をを打っていく。こうすれば、外れる事はないだろう。

「何かで支えてたのかしらね? 扉には釘も何も、扉を閉めれるような物はなかった」

 首を傾げながら戻って来た澪さんが、辛うじて門に着けられていた扉を閉めながら呟いた。


 今度は真ん中に板を貼り、下の方にも板を貼る。

「匂いは幽かに漏れてますけど、しようがないですね」

 僕がそう言うと、澪さんは黙って頷いた。彼女もこれがただの悪足掻(わるあが)きでしかないと思っているのだろう。

 いくら扉を頑丈に閉じた所で、あの死屍累々から発する異臭を閉じ込める、強いては小屋の中に有る空気を閉じ込める事なんて出切る筈が無い。

 そうするなら、天窓全てを閉め、(ふち)にガムテープを貼って密封しない以上、空気の行き来など防ぐ事など出来ない。


「脚立あったわよ!」

 繭さんが脚立を肩に担ぎ、僕達の方に走って来る。

 脚立は木製で、僕の腰くらいまである。

「だ、大丈夫なんですか? これ……」

「まぁ、音はするけど、するだけで、危なくはないと思うわよ?」

 僕がそう訊いたのも無理はない。

 脚立は木製で、所々に罅が入ってはいるし、農園にあったのだからしようがないかもしれないが、踏み板の所には泥がこびりついている。


 意を決した僕は唇に二、三本釘を咥え、脚立の下から二段目に足を掛け昇った。

 木製の脚立が軋む音を鳴らすが、辛うじて壊れる事はなかった。

 上近くまで昇った僕は下を向き、繭さんから板を渡され、門の上に貼り付けた。

 一回、二回と釘を打っていく。その反動からか、脚立からキシキシと軋む音がした。


「もうちょっと、ちゃんとした脚立はなかったんですか?」

「元々農園でしか、使わないと思ったから。それに文句が有るなら、渡部さんに言って! 造ったのは彼だから」

 僕の質問に答えたのは澪さんだった。

 確かに、こんな所、普段扱うなんて事ないだろうし、扱うとしたら、高い所にある電球を取り替える時くらいだろうな。

 何とか上の方にも板が貼れ、ホッと肩の力が抜けた時だった。

 グラッと脚立が傾き、僕は仰向けの状態で倒れた。

 衝撃で頭を打ったが、芝生だったおかげで大事には至らなかったし、意識も保てた。


「だ、大丈夫ですか?」

 澪さんと繭さんが僕を見下ろしながら言った。

「し、下が芝生で助かりました」

 僕が引き攣った笑みを浮かべると、二人がクスクスと笑った。

 手に持っていた筈の金槌がなかったが、扉の前に落ちている。

「これで大丈夫かな?」

 澪さんが僕達を見ながら言う。僕は何も言えなかった。

 繭さんもそうだが、訊いた澪さん自身も何も言えるものではなかった

 扉の前に立っているだけで、あの異臭が漏れているのだから――


 繭さんが扉の前に放り投げられた金槌を拾い上げ、それを手遊びする様に回している。

「……そう言えば―― あの、今何時かわかります?」

 僕と澪さんの方に振り向き、誰彼構わずに時間を訊ねた。

「えーと、タロウ達に餌を遣り終えたのが四時半前くらいだから、あれから一時間は経ってるんじゃないかな?」

 その後に鳥小屋で死体が発見されている。から、まぁ、妥当と云えるだろう。

「と言う事は…… 大方五時半くらいですね?」

「それがどうかしたの?」

「いや、さっきから、何か忘れているような?」

 繭さんは腕を組み、首を傾げた。


「何か、頼まれ事をされていたって事ですか?」

「そうなんだけど…… すごく大切な事を……」

 そう言い掛けた繭さんの手から、くるくると回されていた金槌が落ちた。

 その刹那……


「あああああああああああああああああああああああっ!!」

 突然の大声に僕と澪さんは唖然とする。

「ど、どうしたの?」

「ねぇ? 考えたら、それって六時前よね?」

「まぁ、正しい時間はわからないけど」

 時計を持っていないのか、澪さんは困惑した顔で僕を見た。

「瀬川さん! 確か携帯持ってましたよね? 今何時かわかります?」

「えーと、五時五四分」

 携帯を見ながらそう告げると、繭さんは更に慌てふためく。

「だから! どうしたの?」

「今日!深夏お嬢様朝早いのよ!! 昨日、寝る前に『六時くらいに起こして欲しい』って言われていたのすっかり忘れてたっ!」

 それくらいなら、未だ間に合うと思うのだが……

「深夏お嬢様は、寝起きが悪いのよ。五分が気付けば、二十分以上掛かる時もあるんだから!」

 僕の考えが見過ごされたかように繭さんは頭を抱えた。


「未だ、間に合うかもしれないじゃない? 第一、どうしてそんな早くに用があるのよ?」

 澪さんが宥めようと、繭さんの顔を覗き込んだ。

「今日は生徒会の大事な用があるって言ってたのよ」

 その言葉に僕は首を傾げた。

「あっ! 今、あの深夏お嬢様が生徒会委員とか想像出来ないって思ったでしょ? と・こ・ろ・が残念な事に、深夏お嬢様は生徒会長なのよっ! これが」

 澪さんにそう言われ、更に僕は困惑した。どう考えても、イメージ出来ない。

「とにかく! 私ちょっと、深夏お嬢様起こしてくるわ!!」

 そう言って繭さんはお風呂場の方の入り口の方へと消えたかと思ったが……


「あ、澪さん! おにぎり握っといて!」

「それくらいなら構わないけど?」

 そう言われ、繭さんは「ありうがとう」と告げるや、そそくさと屋敷の中に入っていった。

 呆れた顔をしていた澪さんは鶏小屋を一瞥した。

 そして、繭さんと同様、風呂場からの出入口の方から屋敷へと消えた。


 僕は一瞬、狐に摘ままれたような感じがした。

 鶏小屋を見るとまるで「パンドラの箱」といわんばかりに静かに存在していた。

 僕は開けてはいけない、決して開けてはならない箱を開けてしまった。

 そんな気がしてならなかった。


 鹿威しが鳴った。


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