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廿肆【8月12日・午前9時40分~午前11時24分】


 昨夜、あれだけの惨劇があったとは、夢にも思えないほど綺麗になっている広間の卓袱台ちゃぶだいには、躑躅つつじ色のケーキが堂々と真ん中を陣取っている。

 春那がケーキを人数分切り分け、小皿に乗せ渡していく。

 秋音と冬歌は冷蔵庫からジューズを取り出し、コップに注いでいた。


「しかし、この状況でよくやりますな?」

「まぁ、いいじゃないですか? ――気を紛らすには」


 早瀬警部が訝しく言うと正樹が宥めていた。

 私も早瀬警部とまったく同じ考えだった。

 だけど、前の舞台でも似たような感じがいくつかあった。

 どこか楽屋裏といった感じに思えるし、なにか不自然な部分も多かった。


「それじゃ、皆に渡りましたね?」


 春那が確認すると全員が頷いた。深夏と冬歌はジッとキャロットケーキを見つめていた。


「あら? 二人とも、人参は食べられるようになったんじゃないの?」


 霧絵が悪戯っぽく訊くと、「それはそうなんだけど――」

「大丈夫よ、澪さんに教えてもらったんだから……」

「それさっきも言った――」

 冬歌が頬を膨らませて言う。


「――美味しい」


 開口一番。先に食べた正樹が口にする。


「確かに手伝ってもらったとはいえ、食えなくもないですね?」


 早瀬警部もそう言うと、春那は肩の力を抜いた。

 どうやら不味いとかそう云われる事を覚悟していたのだろう。


「うん、食えなくもない」


 何時の間にか深夏と冬歌もケーキを半分くらい食していた。


「食べた、食べた」

「凄く美味しかったですよ。春那さん、秋音ちゃん」

「――お粗末さまです」


 そう言うと、春那は空になった大皿に食べ終わった小皿とフォークを乗せ、厨房へと持っていく。


「霧絵? あの【花鳥風月】は誰から買ったの?」


 私が隣で茶を啜っていた霧絵に訊く。


「あの絵は大聖さんが……金鹿之神子を調べる為に必要だと」

「――父さんが?」

「一枚何千万もするのを誰の相談もなしに?」


 深夏と秋音が驚いた声を挙げる。


「二人とも? あれが本当に一枚何千万もする絵だと思う?」


 私がそう言うと、深夏と秋音は首を傾げる。


「――どういう意味ですか?」

「だって、鑑定士の人があの絵は平安時代に描かれたものだって」

「貴女達はその鑑定を間近で見たの?」

「いいえ、父さんがこの絵を私達に渡した時に」

「もしかして、何の価値もない?」


 そう春那が云うと、私は頷いた。


「だけど、どうしてお父さんはそんな嘘を私達に?」

「一つは春那達に金鹿の正体を知ってもらいたかったんでしょうね。金鹿は滅びの巫女として戦の道具にされていた―― それは前に話したから知ってるわよね?」


 そう言うと、姉妹は頷く。


「でも、本当はどこにでもいる普通の少女だった。ただ自分の占いや予知が当たってしまっていただけ――秋音が神子に違和感を感じたのはそれだと思うの。霧絵達が冬歌の部屋で休んでいる時に、四枚の絵を見ると春の絵には亀甲が書かれていた」


 私は正樹に頼んで霧絵の部屋から絵を持って来てもらっていた。


「それと同様に鳥の絵には引っ掻き傷、風の絵には鳥の羽根、月の絵には鱗の様な模様が同様に薄く描かれている」

「――それが何か?」


 春那が何事かと訝しく訊き返す。


「亀甲はそのままの意味で亀――――」

「――それじゃ、他の絵にも意味があるって事ですか?」

「青龍、百虎、朱雀、玄武」


 冬歌がそう言うと全員が驚いた表情を浮かべる。

 私もまさか冬歌が言うとは思わなかった。

 せいぜい秋音か霧絵、早瀬警部あたりが気付くと思ったからだ。


「――何よそれ?」

「知らないの? 深夏お姉ちゃん! この四匹は【四神】って云って、東西南北を守護する神様なんだよ」


 冬歌が威張るような態度でそう言うと、深夏はへぇーと軽くあしらう感じに返答する。


「冬歌? それって父さんに教えてもらったの?」

「それで、それには何の意味が」

「気付かない? 青龍って言葉」

「せいりゅう…… 精留の瀧?」


 正樹がそう言うと私は畳の上に四枚の絵を並べた。


「青龍、つまり東を守る神を精留の瀧のある方に向ける」

「それって、夜中霧絵さんの部屋で遣っていた事」

「あの時は正樹が入って来たから詳しくは確認出来なかったけど でも、これでどうしてこの四枚なのか説明出来るわ」


 私はあの晩、霧絵の部屋でやったことと、同様に四枚の絵を並べていく。


「白虎って、虎だよね? それだとそこは犬小屋」

「玄武は亀だから、そう云えば前に池に亀を飼って…… そう云えばあの亀、何時の間にか居なくなってたのよね」


 姉妹が確認しあうように話し合う。


「最後は朱雀。しかしそちらは鶏小屋にはならないですな」


 確かに早瀬警部の言う通り、南を位置する朱雀が鶏小屋を意味していたのなら、方向的に可笑しい。そもそもこの推理だって、青龍と精留を掛けているだけ。


「でもどうしてその絵にはそれが薄く描いているんでしょうか?」

「それはやっぱり父さんだからじゃない?」

「あっ! 開かずの間!」


 春那と深夏が、二人で解かったような会話をする。


「――と言いますと?」

「母さんと早瀬警部は知っていると思うけど、この屋敷には開かずの間がどうしてそう云われているか知ってるでしょ?」


 そう言われ、霧絵と早瀬警部は小さく笑い出す。


「えっ? 何? 何なの?」


 状況が理解出来ない秋音と冬歌が聞き出す。

 私と正樹も何が何なのかサッパリだ。


「あれね? 本当は幽霊が出るとかそんなんじゃなくて、ただ単に建付けが悪くて、あそこの襖だけが歪んで動かないだけなの。それでまだ小さかった秋音を恐がらせようと思って、嘘を云っただけなのよ」

「それに父さんが便乗したって訳。それで秋音はずっと前を通る時だけ早歩きだったでしょ?」


 そう言われ、怒っていいのか、呆れていいのかわからない複雑な表情で、秋音は姉二人を見遣った.


「それじゃ、あの部屋には何もないんだ?」

「ないわよ! 有ったとしたら、書斎に入りきらない父さんの資料があるだけよ」


 春那にそう言われ、秋音は溜め息を漏らす。


「それじゃ、あの部屋に入ることは出来たって事ですか?」

「ええ、あのお札や釘はただの見せ掛け。壁と襖の間を穿っている釘だって簡単に取れるんだから」


 そう言われ、正樹は信じられないと云いたそうな顔をし出す。


「どうかしました? 凄く恐い顔してますけど」

「あ、いいや…… なんでもないんだ」


 そう言うと正樹はそれ以降、口を出さなかった.

 それじゃ今まであの部屋に入る時、苦労していたのはいったいなんだったんだろうか……



 春那さんと深夏さんが云っていた通り、その忌々しい空気を漂わせていた扉を封じている釘はいとも簡単に外れた。


「ね、ねぇ? 本当に何もでないの?」


 僕のうしろで秋音ちゃんが尋ねる。


「確かに、ちょっと建付けが悪いわね?」


 鹿波さんが襖を開けようとしているが、うまく開かないみたいだ。


「正樹、ボサッとしていないで、ちょっと手伝ってくれない?」


 そう促され、僕は襖に触れた。

 何かがベットリと手にこびり付いた……

 それを見るなり、僕は声をあげそうになる。


「なによそれ?」


 鹿波さんも秋音ちゃんもその異変に気付いて声を挙げる。

 僕の掌にこびり付いた汚れは、真っ黒に変色した血だった。

 どうして血だとすぐにわかかったのか。

 それは血に含まれている鉄独特の臭いが厭なほどに鼻についたからだ。

 恐らく、この襖に血がついてから、何日も経っているのだろう。


「でも、最近誰かが怪我したなんて」


 秋音ちゃんが言葉を濁らす。恐らく、彼女自身、ここで誰かがそんなめにあったなどと考えてはいないだろう。

 現に、屋敷の中で殺されたのは澪さんと繭さん。

 だけど、二人が殺されたのは広間の中で、ここは広間の前にはなるが、入り口は使用人達の前になっている。


「でも、どうしてここだけ入り口が逆なんだろう?」

「それは建てた人に訊いた方がいいわね? まぁ、その建てた人間が誰なのかわかればの話だけど……」


 鹿波さんが再び襖を開けようとしていた。

 ――ようやく襖が開いた。


「あぁぁっ! もうっ!」


 苛立ちを露にしながら、鹿波さんが手を激しく振る。

 襖を開けている際、黒ずんだ血が手についたのだろう。

 秋音ちゃんがスカートのポケットからハンカチを取り出し、それを鹿波さんに渡していた。


 部屋の中はほとんどの部屋と大差なかった。

 違うといえば、ガランとしていて、隅っこにポツンと本棚があるだけだ。

 誰も入らなかったのだろう。本棚に被せられている布は埃で汚れていたし、畳は歩く度に僕達の足跡を作っていく。

 それこそ足の裏に汚れがついていた。

 不意に埃を吸い込んだのか、全員が咳をした。


「なにかありました?」


 本棚から何冊か本を取り出している最中、入り口から深夏さんが声をかけて来た。


「これと言って何も。少しは期待してたんだけどね?」


 鹿波さんが皮肉っぽく言う。

 その時、本棚を探っていた僕の手に小さな手帳が当たった。


 それは四冊纏まって大切に保管されていた。

 否、こんな状態になっている本棚でそれだけがビニールに入っていた。

 よく見てみると、それは母子手帳だった。


「これって?」


 僕が秋音ちゃんと深夏さんに見せると、二人とも驚いた表情を浮かべた。

 二人とも見るのは初めてといったような感じだった。


「父さん? こんなところに入れていたんだ」


 深夏さんが小さくそう呟くと――「ねぇ、普通こんなところに置かないんじゃない?」

 鹿波さんがそう二人に訊く。

 確かに母子手帳をこんなところに直すのは如何せん可笑しい。


「確かに、鹿波さんの云う通り、こんなところに」


 母子手帳の一つを深夏さんが一瞥していたが、次第に手が止まった。


「秋音? あんた、何月生まれだっけ?」


 突然訊かれ、秋音ちゃんは困惑しながらも「えっ? 九月だけど? 九月の十三日」

 確か、秋音ちゃんの持っている青玉サファイアは九月の誕生石だったはずだ。


「そ、そうよね? 間違ってないわよね? でさ? 私の誕生日って、八月…… 八月二十四日よね?」


 今度は自分の誕生日を確認しだす。

 赤縞瑪瑙サードニックスは八月の誕生石の一つ。姉妹はそれぞれ自分の誕生月の宝石を持っている。


「ど、どうしたの? そんなこといきなり訊いて――」


 秋音ちゃんが困惑した表情で訊く。


「ずれてるのよ?」

「えっ?」


 深夏さんの言葉に秋音ちゃんは首を傾げる。


「ずれてるのよ! 産まれた日が綺麗に! 一月ひとつきずれてるの。私も、秋音も、春那姉や、冬歌も」


 そう言いながら、深夏さんは手帳を秋音ちゃんに手渡す。

背の小さい秋音ちゃんの後ろからそれを覗き込む。


「こ、これって? ど、どういう」

「わからないわよ!! それよりどうして父母欄のところが皆違う人なのかって話よ!!」


 母子手帳には父親と母親の名前が書かれている。

 普通だったら、この場所に霧絵さんと大聖さんの名前が書かれていなければいけないはずだが、四冊ある母子手帳のうち、一つも名前が書かれていなかった。


「もしかして、これを見られたくなかったから? だって、ここが開かずの間だって思っていたのは、秋音と冬歌だけなのよね? もしかしたら、貴女達姉妹にこれを見せたくなくて、否、そうじゃないと説明がつかないかも」


 鹿波さんが深々と考え込む。


「ど、どういう意味ですか? 鹿波さん」

「二人とも、霧絵の病気の事は知ってるのよね?」

「うん、お母さんの病気は小さい時からって」

「そんな状態の霧絵が貴女達姉妹を産んだ――」

「ちょっ! ちょっと! 好い加減言いなさいよ!!」

「だって! そうとしか説明がつかないのよ。虚弱体性の霧絵が子供を産もうなんて、それこそ自殺行為なのよ? 一人産めただけでも奇跡的、それを貴女達四姉妹を産めるなんて事」


 鹿波さんが苛立ちを見せる。


「ちょっと! 母さんに聞いてくる」


 そう吐き捨て、深夏さんがきびすを返すと「待ちなさいよ! 深夏!」

「何よ? 本当の事を聞こうとしているだけよ?」

「あんたっ! こんな状況で、こんな事を訊いたら、精神が衰弱しかけている霧絵にとどめを刺すようなものよ? 今だって、冬歌を恐がらせないように強がってるんだから」

「――じゃ、どうするのよ?」

「知っているのは、私達だけ、いいえ、貴女達二人だけ……」

「隠しておくって事ですか?」

 秋音ちゃんがそう訊くと、鹿波さんは頷いた。


「恐らく、大聖はこの事を貴女達に話すつもりだった。会社で起きている奇妙な自殺の連鎖の犯人を見つけた後、貴女達に本当の事を」


 鹿波さんはそう言いながら、本棚から一冊の本を出した。

 それは小さな一冊のアルバムだった。

 そこには四枚の写真が貼ってあるだけだった。


「これって? 冬歌が小さい時の?」


 いの一番に声を出したのは深夏さんだった。

 秋音ちゃんは不思議そうに写真を見入っている。


「それじゃ、他のって私達?」


 秋音ちゃんが確認するように訊く。

 四枚の写真は赤ん坊の写真だった。

 その一枚、一枚には幸せそうに赤ん坊を抱いている一組の夫婦が写っていた。


「これが私達の本当の親?」

「それじゃ私達、姉妹じゃない?」

「体外受精?」


 僕がそう言うと、二人が不思議そうに僕の方を見た。


「なんですか? それ」

「霧絵さんの容体では、子供を産む事なんて出来なかったんだよね?」

「出来なかったじゃなくて、出来ないのよ?」

「それだったら、その人達が霧絵さんの代わりに産んでくれたんじゃないかな?」

「母さんの代わりに?」


 深夏さんがそう言うと「ねぇ、私達なんでもないよね?」

 秋音ちゃんがそう深夏さんに訊く。


「だって私達、ずっと一緒にいたんだよ? 確かにお父さんがこれを隠していたのは私達を傷付けたくなくってしたんだと思うけど、でも本当の事を知って、逆に良かったと思ってる」

「なっ? どういう意味よ?」

「本当の事をずっと伝えてもらえないまま、父さんとはもう逢えないけど、でも、父さんは私達がいつか大人になって、この屋敷を出る時が来た時に、この事を話そうと思っていたんだと思う。お父さんこういう事苦手でしょ?」

「確かに、父さんの性格からいって、すぐにでも言いそうだからね」

「父さんなりに私達の事を思ってくれていたんだよ? じゃなかったら、これを私達に渡さなかったと思う」


 そう言うと、秋音ちゃんは首にかけていたお守りから青玉サファイアを取り出した。

 ふと、畳の上に放置された母子手帳を手に取った。

 それは冬歌ちゃんのだった。


 冬歌ちゃんの誕生日は紫水晶アメシスト、二月だが、手帳には三月と書かれていた。

 同様に金剛石ダイヤモンドを持つ春那さんの誕生日は四月。これだと、五月という事になる。

 本棚をそれこそ隈なく探したが、それ以外に収穫はなかった。


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