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廿弐【8月12日・午前8時23分】


 早瀬警部が書斎の椅子に腰を深々と乗せ、古い書物を読んでいる。

 その近くで鹿波さんと僕は早瀬警部が何を話そうとしているのかをただじっと待っていた。

 読んでいた書物を読み終えたのか、早瀬警部はそれを閉じると机の上に置き、一つ深呼吸をした。


「では、どこから話せばいいんですかね?」


 その言葉に僕と鹿波さんは唖然としていた。

 早瀬警部が話したい事があるから此処にいる。


「まずは病院の事を話してくれませんか?」


 口火を切ったのは鹿波さんだった。


「病院はまるで地獄絵図でしたよ。私がはじめて刑事事件に加わったこの榊山の猟奇殺戮と同じようにね…… 鹿波さんが云っていた四十年前の政治家家族殺人事件とまったく同じだと。一つ聞きたい事があるんです。どうして、秋音さんと対して年齢の違わない貴女が四十年前の、ましてや警察ですら知らない事を……」


 そう言われ、鹿波さんは視線を合わせないようにしているが、「早瀬警部の父親である『早瀬文之助』は私の祖母の知り合いだったんです。それを祖母が教えてくれたのは、猟奇殺戮の前日でした。もちろん、文之介さんが政治家事件を聞きに来たのは祖母が力を使ったのではという考えだったみたいですけど、その時には既に祖母は白内障しらそこひに罹っていて、私の顔すら見えなかったんです。でも、声でそれが文之介さんだとわかったみたいです……」

「しらそこひって?」


 僕がそう聞き返すと「白内障はくないしょうの別の言い方です」

 と、早瀬警部が答えてくれた。


「それって目が見えないって事ですよね? ちょっと待ってください、それって最初の――」


 僕がそう言うと、鹿波さんが何かを思い出そうとしていた。


「――最初の何ですかな?」

「最初の金鹿之神子と同じなんですよ。彼女も目が見えないと云われていたらしいです。それを物語っているのが、春那さん達が持っている【花鳥風月】の四枚」


 ――その時、明朝僕が戻ってきた時に、鹿波さんが霧絵さんの部屋でその四枚を見ていた事を思い出した。


「鹿波さん、あの時何をしていたんですか?」

「【花鳥風月】は自然の趣深い景色という意味っていうのは知ってるわよね? あの時、秋音が妙な事云っていたでしょ? 描かれた巫女が同じ方を向いているって。それで気になって絵を見てみたら――花の絵には亀甲模様のような物があった。同様に鳥の絵には引っ掻き傷、風の絵には鳥の羽根、月の絵には鱗の様な模様が薄く描かれていた」

「――何か暗示してるんでしょうかね?」

「亀甲って事は、亀って事ですよね?」

「――まぁ、そうなるわね?」 ただ一つがわかっても、他の三枚に何の意味があるのかがわからないのよ……」


 鹿波さんが申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 彼女も出来る限りの事をしてくれているんだ。

 彼女が金鹿之神子だとしても、この殺戮を企てているとは考えたくない。

 第一、渡辺さんが鶏小屋で失踪した時だって、彼女は慌てていた。

 それに澪さんと繭さんが殺された時だって、ずっと鹿波さんは僕達といた。

 だから、鹿波さんに二人を殺せるチャンスなんてなかったんだ。


「わかっている事とは?」


 早瀬警部がそう聞きだすと「鱗が描かれているし、引っ掻き傷のようなものもあった。それは恐らくその【四神】を表してるんだと思う。それにそれは何百年前に書かれたものじゃなくて、ここ最近手を加えられたものだと私は思ってる。そうじゃなかったらこの山で暮らしていた私が、この絵を知らない訳が――」

「――暮らしていていた?」


 鹿波さんが失言してしまった事を早瀬警部は聞き逃さなかった。


「この榊山に住んでいたのは猟奇殺戮があってからの十年間、この屋敷が出来るまで誰一人暮らしていないんですよ? それは、貴女が四十年前に生きていたという事になりますね? それに、貴女言いましたよね? 私の父に逢ったのは政治家家族殺人について聴きに来た時だって! それは四十年前の話なんですよ!」


 早瀬警部が鹿波さんに詰め寄っていく。


「もしかして、榊山で起きた猟奇殺戮を起こしたのは…… 鹿波さん! 貴女じゃないんですか?」


 早瀬警部がそう言うと、僕は愕然としていた。


「麓の人間も! 集落の人間も貴女が一人で――」

「――違う……」


 鹿波さんが可細い声で何かを言おうとしている。

 その声はさっきまでの勇ましい雰囲気とは違い、まるで幼い…… それこそ年相応の少女の声だった。


「昨日学校で千智おねえちゃんに逢った時、集落のまだ幼い子達は助かったって言っていた。それに私が殺したのは麓の人間だけ! それと――」

「それと――誰ですかな?」

「は、早瀬警部? 彼女が話したくない事だって!」


 僕が止めようと話を逸らそうとした。


「元々集落が襲われた理由は何なんですか?」

「政治家一家殺人事件を私のおばあちゃんが関与していたって言う、嘘も甚だしい事をある新聞会社がでっちあげたの!」

「その事は私の父も言っていました。父は金鹿之神子の能力を知っていましたから……」

「それじゃ! 鹿波さんのおばあさんが政治家を殺していないって言ってるようなものじゃないですか?」

「しかし、それは政治家の方の話で―― 否、待って下さいよ? まさか政治家事件と榊山猟奇殺戮は……同じ人間が企てた?」


 早瀬警部の言葉に僕と鹿波さんは「どういう意味ですか?」

 と、口を揃えた。


「政治家殺人が集落を襲う理由としては、余りにも極端過ぎる。第一、あの事件は警察の中でも難航していたんですよ! それを、高々一つの新聞会社が……」

「春那さんが警察に連絡した時と同じ事?」

「否、当時の電話は黒電話が主流で、内線なんてものはなかった。だから電話が出られるのは其処に居座っている人間だけ」

「それじゃ、近くに盗聴器がつけられていた!」


 僕はありとあらゆる可能性を言ったが、ことごとく首を横に降られてしまった。

 僕自身何故か納得が出来なかった。

 確かに鹿波さんがその力を使って、皆殺しをしたことは考えられる。

 でも、どうしても彼女がそんな事をしたとは考えられない。

 そうじゃなかったら! 昨日、鹿波さんが学校の校長室で流した涙が嘘だという事になってしまう。

 彼女がその力を使ったのは、飽くまで集落の人達が麓の人間に殺されたと思ったから――


「鹿波さん! 校長先生が鹿波さんを先生のお兄さんが殴り気絶させたって言ってましたよね? その後なんですか? 麓の人間を殺したのは?」

「ち、千智おねえちゃんが言っていた通り。私は皆に捨てられたと思った。でも、それは私の一方的な勘違いだった。おねえちゃんは私も助けてくれようとしていたけど……」

「――それじゃ? 集落の中に……」

「確か、おばあちゃんが殺された時、外で銃声がして――」


 鹿波さんが言おうとした事を止め、「――同じだ! 土砂崩れが起きた時と同じ…… だって、おばあちゃんが座っていたのは私の横だったし、おばあちゃんは集落の皆に昔話をしていた。おばあちゃんは胸を撃たれていた! 場所や角度からして、集落の誰かが殺したとしか考えられない」

「どうしてそんな事が? だって大事な人たちをどうして?」

「あの時は混乱していて何が起きたのかわからなかったし、おばあちゃんが何を言っているのかわからなかった。私が千智おねえちゃんのお兄さんに殴られたのも、そのすぐ後だったから! でも、今冷静に考えたらそうとしか考えられないのよ!」

 鹿波さんも自分自身納得していなかった。


「警察の中にもそれを企てた人間がいた。――でなければ、鹿波さんや集落の人達を苦しめる事はなかった」


 早瀬警部が申し訳なさそうに目を伏せている。


「――捕まえましょう」


 僕の言葉に二人が唖然としている。


「だって! 少なくとも四十年前と同じ事が今起きているって事じゃないですか? 警察に連絡しても助けに来なかった。この殺人事件を企てている人間の仲間がいるって事じゃないですか?」

「確かにそうだけど――」


 二人が呆然とただ僕を見ている。


「考えていたんですけど、何がやつらをそうさせているのか、それはまだわかりません…… でも、四十年前と同じ事が起きているという事―― それはその時と同じ目的があるからじゃないんですか? 何か、この山に伝わる財宝みたいなものだったり――」

「――考えられなくもないですね? 当時高度成長期でしたし、それに此処には――」


 途端、早瀬警部の言葉が聞こえなくなった。

 それは鹿波さんも同様で、何かを話しているが早瀬警部は言葉を止める仕草を見せなかった。

 それは、鹿波さんの声が聞こえていないという事。


 何か、聞いてはいけないのだろうか?

 それでも――あの音だけは聞こえていた。


 鹿威しが鳴る音が――


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