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陸【8月11日・午前4時20分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


「……あら?」

 玄関に戻ろうとした時、澪さんが急に立ち止まる。

「秋音お嬢様、おはようございます」

 玄関先にいたのは制服姿の秋音ちゃんだった。

 年齢を聞いていなかったのでわからなかったが、制服の種類からして僕の思った通り、中学生のようだ。

「おはようございます。澪さん、瀬川さん」

 秋音ちゃんが僕達に気付くと軽く会釈する。

「吹奏楽部の練習ですか?」

 澪さんがそう訊ねると秋音ちゃんは頷いた。

「ここから学校まで遠いから、早く出ないと皆に迷惑掛かるから」

 その言葉に僕は少しばかり違和感を感じた。

 まだ午前四時を過ぎたばかりで、太陽も昇っていない真っ暗なままだ。

 中学校の校門が開けられているとは到底思えない。

「それなら車をお出しいたしましょうか?」

 澪さんの提案に秋音ちゃんは首を横に振った。

「私、体力ないし、それに肺活量もないから、早めに出た方が運動になるし」

「そうですか―― あ、お弁当はお持ちでしょうか?」

「大丈夫、朝はコンビニでパンか何か買うから」

 秋音ちゃんが再び会釈すると、そのまま門の方へと去っていった。

「それにしても、こんな早くから行かなきゃいけないほど遠いんですね」

「まぁ、この山が私有地とはいえ、町まで2キロは軽くありますから」

 まぁ、運動には持って来いだろうな。


「澪さん、瀬川さん、渡部さん見ませんでした?」

 僕達が出て来た犬小屋の方から繭さんの声が聞こえてきた。なにやら慌てている様子である。

「いいえ、見てないけど?」

 澪さんが茂みの方に声をかける。

「そうですか? 可笑しいな、まだ鶏小屋に居るのかな?」

 澪さんが茂みの中に入って行く。僕もその後を追った。


 繭さんは屋敷に比べると小さいがそれでも大きな建物の前にいた。

 どうやら此処が鳥小屋のようだ。

「繭、渡部さんいた?」

「それがね、開かないのよ」

 そう言われ、澪さんは首を傾げる。

「中から鍵が閉まってるんじゃないんですか?」

 僕がそう尋ねると繭さんは首を横に振った。

「そんな事はないですよ。熊が入って来る訳じゃないし! それに犬小屋と屋敷以外は鍵なんて無いんだから」

 確かに鶏小屋の扉は閉じられてはいるが、鍵がかけられているようには見えなかった。


「渡部さん! いらっしゃいますか? 渡部さん」

 繭さんが扉を叩き、呼び掛けるが返事がない。

 二度、三度同じ様に呼び掛けるが、まったく返事は返ってこなかった。

 繭さんが再び扉に手を掛けようとした時、何を思ったのか澪さんがそれを遮った。

 突然の事で何事かと思ったがその表情は少し険しかった。

「鶏が……鳴いてない」

 そう言われ、僕はハッとした。

 言われてみれば、元々鳴き声が聞こえてくるはずの鶏の声が、今の今まで聞こえていなかった。

 しかも、さっきから大声を出して騒ぎ立てているのに、鶏が騒がないのが逆に可笑しい。

「瀬川さん…… ちょっと離れてください」

 僕はそう言われ、扉から離れた。

 何をするのだろう?と、澪さんを見ていた。

 澪さんはゆっくりと息をし、まるで獲物を狙うような鋭い目で扉を睨んだ。

 そしてその刹那――――


「でぇりゃあああああああっっっ!!」


 勢いの有る叫び声と同時に澪さんは扉を蹴った。

 扉を蹴った衝撃で屋根上に止まっていた雀の群れが逃げるようにいっせいに飛びだっていく。

 そして、扉は元々、外開きだったのだろう、衝撃で蝶番(ちょうづかい)が壊れ、扉と門に捻じれた様に引っ付いていた。

「す、凄い……」

 余りの衝撃的な事に僕は呆気にとられていると、

「さ、さすが、県大会で戦神って云われていただけはあるわ……」

 繭さんがそう呟いた。

 後で聞いた話だが、澪さんは昔、長野では結構知られた空手の有段者で、中学高校と一度も負けた事がなかったらしい。


「なんですか? 今の音は」

 さっきの音で春那さんと奥様の霧絵さんが裏口から中庭へと入ってくる。

 二人とも寝ていたのだろう。霧絵さんは薄い襦袢を来ていて、上に上着を羽織っているだけ。

 春那さんはピンク色のパジャマを着ている。

「一体……って! 何をしているんですか?」

 春那さんが驚くのも無理はない。目の前にある鶏小屋の扉が無残に壊されているのだから。

「すみませんお嬢様。ですが……」

「一体何があったというんです?」

 春那さんが澪さんを問い掛けた時だった。

 ツンッと鼻を刺す様な異臭がした。

 そのにおいに気付いたのか、全員が鼻を押さえていた。


「な、何? この変な臭い」

「小屋の方から?」

 春那さんが鶏小屋の方を見る。僕達もそれに続く。

 辛うじて離れなかった片方の扉が、ゆらゆらと風で開閉している。

 あれ、今? 何か中で揺れたような?

 僕はもう一度、小屋の中を見た。薄暗い小屋の中でギシギシと何かが軋む音がする。

 天井から何かが吊るされているようだった。

「電球ですかね? ほら、裸電球とかって言う」

 僕がそう言うと、全員が驚いた顔で僕を見た。

「小屋の電球は天井に取り付けた棒状の物ですけど?」

 澪さんがそう言うと、全員の血の気が引く様な悪寒を感じた。

 それじゃ…… 今…… 天井に吊るされているのって――


 意を決して、僕は小屋の中に入った。

 小屋の中はやはり薄暗く、開けられた扉から昇って来た太陽の光がその物体を映し出していたが、何かが影になっていてうまく見えないでいた。

「瀬川さん? 何かありました?」

 澪さんと繭さんが小屋の中に入って来る。

「ワヒャッ!?」

 僕の肩に冷たい水が落ち、情けない悲鳴を挙げてしまった。

「もう、なに情けない声出してるんですか?」

 繭さんが笑いながら僕を見たが、その顔は次第に青褪めていく。

「せ、瀬川さん? それ…… 血じゃないんですか?」

 僕はそう言われ、手を肩に当てて拭い取り、それを見た。

 ベットリと赤い何かが掌にこびりついている。

 僕と繭さん、そして澪さんはゆっくりと天井を見上げた。

 それはゆっくりと振り子の様に揺られていた。

「あ、ああ、ああああ」

「な、何? これ――」

 その時、何かの悪戯か、先刻まで真っ暗だった部屋に明かりが点いた。


 天井には皮膚をボロボロに剥がされた顔が体に付いているだけで、四肢が無残にも引き千切られた男の死体が、まるで操り人形の様に無数の糸に吊るされていた。

 千切られた部分からはダラダラと血が滴り落ち、振り子のように身体を揺らしているせいで、あちらこちらに蒔き散らしている。

 真っ赤に染まった顔からは両方の眼球はおろか、歯茎は剥き出しで、歯なんてボロボロであったもんじゃない。

 否、それだけじゃない。辺りを見渡すと、首をちょん切られた鶏の残骸がまるで塵芥(ちりあくた)のように小屋の中に巻き散らかされていた。


『うぅああああああああああああああああああっっ!!』

 僕達三人は後退(あとずさ)りし、漸く扉の前まで戻る事が出来た。

「な、何なんですか? あれ?」

「わ、わからないわよ!」

「で、でも? あの服? それにあの帳簿…… 渡部さんじゃ?」

 そういえば、渡部さんは玄関で屋敷の中を帳簿かなにかの紙に描いて、僕達に渡してる。


「如何したんですか?」

 何事かと春那さんと霧絵さんが僕達を見ていた。

「小屋に何かあったんですか?」

 そう言うと春那さんが小屋を覗き込んだ。

 誰が止めようとしたのかは定かではないが…… 結局遮る事は出来なかった。

 春那さんは口を押さえ込みながら跪いた。

「け、警察! 警察に連絡を!」

 狼狽するように繭さんが警察に連絡しようと提案する。

「連絡してどうするの?」

「どうするって、人が死んでるのよ?」

「人が死んでるって。人間が考えられる殺され方と次元が違うわよ! ちょっとしか見えなかったけど、頭はグチャグチャに剥がされているし、手足は切ったんじゃない! 強い力で引き千切られたみたいになっているのよ! それに、あの首の無い鶏も、どう説明するのよ?」

 澪さんの言う通り、あの凄絶な状況をどう説明、否、どう理解すればいい?

 それにどう考えても可笑しい所があった。


 渡部さんは何時殺された?

 それはたぶん鶏小屋の中にいた時だろう。

 それなら、誰が殺した? 状況からみて、僕と澪さんは犬小屋にいて、繭さんは野菜農園に行っていた。

 霧絵さんや春那さんは屋敷の中で未だ寝ていただろうし、深夏さんや冬歌ちゃんも寝ていたはずだ。

 秋音ちゃんと玄関先で会ったのだって、ついさっきで、出て来たのも屋敷からだから、どう考えても犯行は無理だ。

 いや、この屋敷にいる全員には無理に等しい行為だ。

 考えてみろ! 渡部さんの死体。鶏の残骸。それをたった二、三十分で行えるか?

 出来ない! 断じて出来る訳が無い!

 だって、渡部さんはそのあたりにはまだ僕は姿を見ているんだぞ? それは澪さんだって、繭さんだって同じだ。

 仮に夜中に鶏を先に殺していたとしても、鳴き声を挙げない事自体可笑しい。

 眠らされていたというのなら、利点はつく。


「とにかく! これを他の二人に見せてはいけません。扉を元に戻して、閉めておいてください」

「春那お嬢様、警察に連絡するのですか?」

 澪さんがそう訊くと、春那さんはコクリと頷いたが……

「連絡はします。……ですが、これを警察官が理解出来ますか?」

 そう言われて、僕はハッとする。理解なんて出来る訳が無い。

 その言葉をまるで答えるように庭の鹿脅しが鳴り響いた。


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