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拾玖【8月12日・午前2時42分】


 僕の部屋には鹿波さんと秋音ちゃんがいる。

 皆で話しあった結果、霧絵さんと春那さん、深夏さんは冬歌ちゃんの部屋にいる事にし、秋音ちゃんと鹿波さんは僕と一緒に部屋にいることにした。


 そんな中、ジッと秋音ちゃんが窓際に座って、空を眺めているのを、鹿波さんが怪訝な表情で見ていた。


「どうかしたんですか?」


 僕がそう問い掛けるが、鹿波さんは反応しない。


「秋音? あなた、雷怖くなくなったの?」


 そう言われ、秋音ちゃんは不思議そうに聞き返す。


「元々雷自体は怖くないんです。ただ、思い出すんです。嫌な事全部」

「貴女が誘拐され、その時一緒だった男の子の事を思ってるの?」


 鹿波さんの言い回しが余りにも知っているような口調だったのか、秋音ちゃんが眼を開き、鹿波さんを見つめた。


「どうして? どうしてそれを」

「知ってるわよ? 私はずっと貴女達を見て来たんだから…… それこそ生まれる前からずっとね?」

「生まれる前から? でも……」


 秋音ちゃんが言葉を濁らし、鹿波さんを見ていた。

 それもそうだろう。どう考えても自分と同じくらいの年齢でありながら、自分達より前から生きているというのは可笑しい。


 僕は出来る限り、話題を変えようと、「そう言えば、秋音ちゃん?」

「何ですか?」

「霧絵さんの部屋にいる時、【花鳥風月】の絵が可笑しいって言ってたよね? それってどういう意味なんだい?」

「いままでは恐くて、しっかりと見た事なかったんです。でも、何回も見ているうちに可笑しいところがあって…… 母さんが、あの絵は最初の金鹿之神子を描いた物って言ってたじゃないですか? それを聞いて、違和感があったんです」

『違和感?』


 僕と鹿波さんが同時に同じ言葉を発する。


「金鹿之神子は全盲の巫女だったんですよね? つまりは目が見えないし、周りに誰がいるのかもわからない。でも、あの絵は四枚とも同じ方向を向いてたんです。可笑しくないですか? それって」


 たしかに秋音ちゃんの云う通り、目が見えていないとすれば、同じ方向を向いていたのか、それともそちらに向くように何かしていたのか……


 鹿波さんがスッと立ち上がり、部屋を出ようとする。


「何処にいくんですか?」

「霧絵の部屋よ! まだ四枚ともあるんじゃないの……」


 それを言うや否や、神妙な面影になる。


「ねぇ、広間の襖を閉めてから、霧絵達が冬歌の部屋に行くまで、誰も廊下には出てないわよね?」


 そう言われ、僕と秋音ちゃんは頷いたが、「でも、私達がこの部屋にいる間、姉さん達がトイレか何処かに行ったかもしれませんし」


 秋音ちゃんがそう言うと、鹿波さんはシンと黙り込んでしまう。


「どうかしたんですか?」

「春那が警察に電話して、何分経つ?」

「えっと…… 一時間は経ってるんじゃ」


 僕がそう言うと、秋音ちゃんが何かを思い出したように「……遅すぎません?」

 そう言われ、僕も違和感を感じだした。


「秋音、この山って車で何分くらいで登れる?」

「麓からだったら、だいたい五分くらいで着くと思います。車が通れるように道は整備されてますし、一本道みたいなものですから、そんなには…… でも、万が一、土砂崩れが起きたら、普及されるまで身動きが……」

「しまった!」


 鹿波さんが悔しそうに部屋に戻って来る。


「土砂崩れの原理ってわかる?」

「えっと? 確か土砂の間に雨水が入り込んで、それが限界に達すると、その土砂が崩れるって原理でしたよね?」

「秋音、この山で土砂崩れってあった?」

「強力な台風が来た時はさすがにって思った事ありますけど…… でも、土砂降りが降っていても、土砂崩れは起きませんでしたよ?」

「それじゃ、自然の力以外で、土砂崩れを起こす事は可能と思う?」


 それを聞いて、僕は何故か違和感を感じた。


「秋音ちゃん? 今日雨降ってた?」

「え? あ、はい。でもそんなに長くは降って……」


 秋音ちゃんが何か思ったのか、言葉を止めた。


「か、鹿波さん? もしかして……」


 秋音ちゃんが悍ましい表情で鹿波さんを見つめる。

 その鹿波さんは跪き、頭を抱えた。


「奴等、秋音が雷が鳴る度に悲鳴を挙げる事を知ってたのよ。その雷の音と重なるように、ダイナマイトで意図的に土砂崩れを起こしていた。これなら、元々雷の音で掻き消されるダイナマイトの爆発音は秋音が悲鳴を挙げるから全員がその悲鳴が雷による物だって勘違いしてしまっていた」

「で、でも…… 仮にその奴等がダイナマイトで意図的に土砂崩れを起こしていたならどうやって? 雨が降っていたら、湿気って火薬なんて使い物にならな…… まさか、前々から用意していた?」

「じゃないと説明出来ないでしょ? この屋敷の地下は防空壕にあって、そこが崩れてさえいなければ! 誰彼構わずにこの屋敷に出入する事が出来た! 山にある集落なんて、空襲じゃ格好の的だったでしょうから!」

「格好の的?」

「それを知っているのは、集落に居た人間だけ! 大聖と霧絵は違うから…… 後はこの屋敷の前所有者! それを霧絵に聞こうと思ったけど、渡部と大聖しか知らないって言うし……」

「父さんの書斎にはないんですか? もしかしたら部屋に……」

「多分どちらにも無いわ。恐らく、早瀬警部に渡してるんだと思う」

「それじゃ! 早瀬警部を捜して……」


 僕がそう言うと秋音ちゃんが、「捜す? 早瀬警部来てたんですか?」

「えっ? えっと? その……」

「貴女達が小犬と戯れている時にね? 会社の不祥事で自殺していった人全員が奇妙な死にかたをしていた」

「か、鹿波さん?」

「今更隠したって仕様がないでしょ? それに、今は早瀬警部がこの屋敷の近くにいるのかどうかよ」


 僕と鹿波さんが言い合っていると、秋音ちゃんが、「そ、それなら…… 精留の瀧はどうでしょうか?」

「どういう意味?」

「あそこは水を汲みに行く以外、余り入らないようにしているんです。それに行くにも道は曲がりくねっていて、まるで誰かに案内されている様な感じで……」

「でもそんな場所に?」

「正樹? 貴方、精霊の瀧に行った事あった?」

「えっ? …………あった」

「えっ? それって何時の時ですか?」


秋音ちゃんが僕にそう聞き返すと、「ごめん。覚えてないけど…… でも、あそこに行った事は覚えてる」


 僕は出来る限り記憶を呼び起こそうとしていた。

 確かに……精留の瀧に行った事がある。

 その記憶が僕の頭の中にあった。

 それが何時の時の物なのかわからない。

 でも、不思議と迷わなかった。秋音ちゃんの言う通り、道が曲がりくねって迷いやすいなら、方向音痴の僕なら途方に暮れていたはずだ。


「もしかして? 早瀬警部はそこに?」

「奴等に見つかって、深手を負っていなければいいけど?」

「で、でも、奴等だって、警察に……」

「いくら早瀬警部が強くても、多勢に無勢って言葉があるでしょ?」

「奴等が拳銃が何かを持っていたら!」

「それこそ、音のしないように改良していたら、ひとたまりもないわよ」


 鹿波さんは窓から身を乗り出し、辺りを見渡す。

 分厚い雲が上空にあり、部屋の明かりで辛うじて地面は見えているが、それ以外、周りはほんの五メートル先も見えない。


「秋音ちゃんは冬歌ちゃんの部屋に行って!」

「えっ?」

「鹿波さん、奴等は金鹿之神子の力…… 強いては僕の双眸が目的なんでしょ?」

「な、何を言って……」


 鹿波さんが振り返り、「まさか、貴方、囮になるつもり?」

 その言葉に秋音ちゃんが僕と鹿波さんを交互に見遣る。


「駄目よッ! 奴等がどんな事をしているのか、貴方は十分知っているはずよ! こんな周りも見えない状態で、それこそ格好の餌食じゃな・

?」


 鹿波さんが止めるように襖の前に立ちふさがるが、

「大丈夫ですよ? 多分……」

「大丈夫って? 保証はあるの?」

「ないかもしれません。でも不思議と思えるんです。大丈夫だって……」

 僕がそう言うと、鹿波さんが哀しい表情を一瞬浮かべたが、静かに俯き、スッと片隅に座った。


「ど、どうしたんですか?」

「ま、正樹? 貴方…… 本当は……」


 そう彼女が苦虫を噛みしめる様な表情で僕を見ていた。

 僕は静かに襖を開ける。


「秋音ちゃん、もし、朝になっても帰って来なかったら……」

「な、何を言って?」


 僕は秋音ちゃんの言葉を遮るように……襖を閉めた。


「*******」

「*******」


 僕の部屋で鹿波さんと秋音ちゃんが言い合っている声が聞こえる。

 僕は静かに音を立てないようにしながら、玄関から屋敷を出た。

 自然と足は精留の瀧へと向かっていた。


 鹿威しが鳴った。


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