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拾参【8月11日・午後4時42分】


 自分の部屋から外を覗き込んだ。相変わらず雨が降っている。

 僕はあれが聞き間違いだとは思えなかった。

 あの音が聞こえる時、いつも誰かが殺されている。

 でも、それがどうしてなのか……


 汗でビショビショになった仕事着を着替え、ボロシャツにジーバンという格好で部屋に居た。


「瀬川さん? いらっしゃいますか?」


 聞きなれない男の声が聞こえた。


「えっと? 誰でしょうか?」

「ああ! 申し訳ありません。私、長野県警捜査一課の早瀬庸一と申します」


 確か、水深中学校に行った時に来ていた刑事さんだ。


「その警察の人が、どうして?」

「いやぁ、チャイムを鳴らしても、誰も来てくれないので、勝手に上がってしまいました。あ、大丈夫ですよ。大聖さんから勝手に上がって良いと言われてましたし……」


 だからといって、無言で入って来るのはどうかと思うが……


「それで、どうして僕の部屋に?」

「他の部屋に行っても、誰もいなかったんでね? ただ、何か犬小屋の方が賑わっていたので、気を遣って、そっとしておこうかと思ったんですよ」

「多分、冬歌ちゃんが小犬達と遊んでいると思いますよ」

「でしょうね。でも、一番楽しみにしていたのは…… 秋音さんですけどね? ハナがクルルの子を孕んでいると知った時、皆さん驚いてましたけど、一番喜んでいたのは秋音さんでしたからね。自分が小さい時からあの大きさで、ハナは他のトレーナーの家から来た、タロウとクルルのどちらかの嫁として来たそうなんですよ」

「それじゃ? ハナは元から?」


 僕がそう訊ねると早瀬警部は頷いた。


「まぁ、どちらかのって言うのは大和のじいさんが調べてわかったみたいですけど」

「あの、鹿波さんが、大和先生をって……」


 僕がそう言うと早瀬警部は難しそうな顔をしながら、白髪混じりの頭をくしゃくしゃにしていた。


「その鹿波さんに会おうと思ったんですけどね」

「多分、部屋にいると思います」

「それじゃ、ちょっと呼んで来てくれませんかね?」


 そう言われ、僕は鹿波さんの部屋の前に来た。


「鹿波さん、いますか?」

「いますけど、瀬川さんですか?」

「はい。早瀬警部が……」


 僕の言葉より先に、襖が開く。


「どこに?」

「ぼ、僕の部屋ですけど?」


 余りにも突然、彼女の顔が近くに来たせいか、僕はドキッとしている。


「少しは落ち着いたみたいですね?」

「えっ?」


 云々(うんぬん)言わせずに彼女は僕の部屋へと入っていく。

 僕も慌てて後を追った。


 妙な感じだった。

 早瀬警部の話してくれている病内はまるで知っている感触だったからだ。


「それじゃ? 電話に出れなかったのって?」

「ええ! 鹿波さんの言う通りでしたよ。電話と言う電話全部が無残に壊されていました。それが殺した後なのか、それとも先に壊したのかと言った感じですし、まだ、鑑識結果が出てませんから、何時殺されたのか……。恐らく、昨日の晩からと考えるのが妥当じゃないでしょうかね?」

「病院なら、他に誰かが気付いたはずじゃ?」

「そこなんですよね? ロビーは荒されていなくて、他の部屋が無残にも荒されていました。今日、外来の患者さんが来ていなかったのが、何よりの救いかもしれませんね?」


 早瀬警部が複雑そうな顔で手遊びをしている。


「と、いいますと?」

「これは大和のじいさんが言ってたんですけどね? 病院に人が来ない事が何よりも嬉しいとね。病院に来ないって言う事はその分、健康って事でしょ? 人が来なければ病院は成り立たない。でも、その患者だった人が健康でいてくれる事、病気に罹らず、偶に連絡をしてくれる事が嬉しいといってましたよ。まぁ、その分、病院としてはきついかもしれませんけど」

「――それじゃ、今日誰も来ていなかった?」

「ロビーに予約している人の一覧表があったんですよ。昨日、そして今日は予約者が一人もいなかった」

「でも、通院している人もいるんじゃ?」

「いましたけど、大体が一、二週間おきに来ている人みたいですね」

「つまり、昨日と今日、その予約はなかったって事ですか?」

「まぁ、これは犯行を隠す為にもって事になりませんか?」


 早瀬警部がそう僕達に聞いた。


「隠すってどういう事ですか?」

「情報を余り報せるのはルール違反なんですけどね? 大和医院は耶麻神グループから援助を受けているんですよ」


 早瀬警部がそう言うと、突然部屋の襖が開いた。

 其処には霧絵さんが静かに立っていた。


「きっ、霧絵さん?」

「話を続けてください。春那達が犬小屋で遊んでいる内に……あの子達に耶麻神グループのしている事を知って欲しくないんです」

「でも、不祥事をしているってのはもう……」

「不祥事と言うのは確かに立派な犯罪ですけど…… 警察の目がそちらに向いてしまったらどうしますか?」


 早瀬警部がそう問い掛ける。


「ここ半年で不祥事を悔いり、自殺した役員が十四名……ただ、その自殺というのはどうもね? 死に方が考えられないんですよ? 普通だったら、首吊りとか、クスリを飲むとか、飛び降りるとか…… 色々有るじゃないですか? でも、これは警察の人間以外は不知ない事なんですけど…… 全員、共通して耳の処に注射の痕があったんですよ」

「それじゃ? 殺されたって事じゃないんですか?」

「犯人は殺した後、自殺に見せかけようとしたんでしょうな? 首吊り死体で発見された一人の首に縄の痕がなかったんですよ。普通だったら、自分の重みで首を締め付けられ、その縄の痕が出来る筈なんですけど、それがなかった」


 僕は想像してしまい、悪寒を感じた。


「でも、その痕がないと言う事は、絞殺ではないって事ですよね?」

「普通に考えればね? でも、仮に縄の先端で小さなわっかを作って、そこにもう片方を入れる。すると、大きなわっかが出来、その中に首を潜らせる。天井に縄の切れ端を取り付け、後は自然と重みで絞め殺されていく。これが首吊り自殺の原理。飛行装置なんて持っていない人間が、重力に逆らって、浮くなんてことはないから……」


 途端、鹿波さんの表情が暗くなった。


「ちょっと待って? 縄の痕がないって事は、絞殺じゃないって事でしょ? それなら、どうやって奴等はその痕を消す事が出来た訳? 第一、首吊りで発見されていたのなら、如何せん痕が着いている筈! 人間が重力に勝つなんて無理に等しい!!」

「そこなんですよ! これは鑑識の方に聞いたんですけどね? その死体が発見されたホテルの個室を検証しているのが【大牟田】っていうインデリ警視なんですけどね? こいつが、まぁ、親の七光ってやつですかね? 未だ二十八と若いんですけど、エリートクラス一直線みたいな感じで……でも、それでも巡査、巡査長、巡査部長、警部補、警部、警視と階級が有るんですよ。それをいきなり巡査長ですよ? まぁ、エリートクラスからですから、それくらいからなのはわかってるんですけどね? 翌年には警部補、すぐ三ヶ月後には警部と上がっていったんですよ? で、警視になる時に昇進試験の時、偶然私と一緒になりましてね? 私は別に階級なんてどうでも良いんですけどね? 忙しくなってしまったら、大聖君との約束を破る事になりますからね。『放浪癖のある大聖君の代りに私が皆さんを守る』と言う約束がね」


 それを聞きながら、霧絵さんが小さく微笑んでいるのがわかった。


「で、その昇進試験の時に大牟田警視が未だ警部だった頃に、私は一緒に試験を受けたんですよ。勉強なんててんでしてませんでしたから、諦めて、寝てたんですね。私が寝ていると思ったんでしょうね? 彼、携帯を取り出して、話していたんですよ。内容はまぁ、聞き取れませんでしたし、もう大分前の話なんで自信はないですから、敢えて割愛させてもらいますけど…… そんな事をしていた人間が、昇進出来たなんて可笑しいでしょ? で、珍しく実技試験なんてものがあったんですよ。まぁ、ただの柔道だったんですけど、私と組み手をした訳です。結果は秒殺。寧ろ素人も良い所でしたよ。形は為っていないし、増してや気合が見れなかった。言っちゃ悪いですけど、澪さんの方が素質は十分ありますね?」


 僕と同じ事を考えていたのだろうか、鹿波さんが引き攣った顔で聞いていた。


「で、試験結果、私は不合格でしたが、彼は合格でした。実技試験も、彼に負けてましたよ」

「ど、どういう事ですか? だ、だって! 勝ったんでしょ?」

「意図的に落とされたって事ですか?」

「どうもね? でも警察の人間全部がそうではないですから…… 組織関係はともかく、元から私を上に行かせたくなかったんでしょうな?」

「警部を慕っていた植野警視が昇進試験を受けた時は、そんな事ありませんでしたよね?」

「彼女は元から優秀ですからね? 上も欲しかったんでしょうな?」

「何か…… 嫌ですよね? それだけの実力があるのに、意図的にってのは?」


 早瀬警部の話を聞きながら、僕は秋音ちゃんの事を思い出していた。

 彼女はただ音楽が好きなだけだ。

 そして父親のくれたフルートを大切にしている。

 それだけなのに、イジメにあっていた。全ては勘違いで済まされるかもしれない。

 でも、彼女の受けた痛みが収まるまでは何年も掛かるかもしれない。


「まぁ、元から嫌われていましたからね? 別にどうとは思っていませんよ」


 早瀬警部がクックックッと笑った。

 そんな会話を遮るように襖を叩く音がした。


「はいっ!」

「あ、瀬川さん? 奥様見ませんでした? それと鹿波さんも……」


 繭さんの声だ。


「二人とも居ますよ。それと……」


 途端早瀬警部が僕の口を押さえた。


「良いですか? 私がここに来た事はどうぞ内密に……」


 そう言うと、窓から外へと抜け出していった。


「どうかしたんですか?」

「あ、いいえ!」

「奥様? お嬢様達がお呼びです。そろそろ名前を付けたいと……」

「ふふふっ。そうですか? 待ち切れていないでしょ?」


 霧絵さんはスッと立ち上がり、襖を開ける直前に聞くと、「はいっ。先程からそわそわしています」

「繭さん? 貴女もじゃないんですか?」

 襖を開け、廊下に立っている繭さんの表情が見えた。少しだけ口が緩んでいる。


 繭さんは霧絵さんと一緒に広間の方へと歩いて行き、部屋には僕と鹿波さんだけになった。


「正樹? 貴方は如何思う?」


 鹿波さんはまた僕を呼び捨てにした。が、敢えて聞かない事にした。


「不祥事で自殺した人の事ですか?」

「それがたった半年で十四人。つまり連続して不祥事が有ったって事よね? それだけの人が自殺しているって言うのに、知っているのは、霧絵と警察である早瀬警部。そして、それを企てている人間…… そんな状態で、態々求人情報なんて載せないでしょ?」


 僕はネットの求人情報でこの屋敷の事を知った。

 彼女の言う通りなら、そんな状態で求人なんて取らない筈だけど。


「でも、僕がここに来たのはあくまでこの屋敷の使用人としてですから……」

「求人情報を載せたのは、誰だか知っている?」

「霧絵さんか、春那さんじゃないんですか?」

「……大聖よ。渡部が信頼出来なくなったんでしょうね? 現に渡部は今行方不明になっている。思い出して、正樹。今迄あったこの屋敷での惨劇を! そこにいなかったのは誰?」


 鹿波さんが僕にそう聞く。が、どういう訳が聞き取れない。

 僕は頭を押さえ、呻いた。どんどん意識が遠退いていく。

 まただ! また僕の記憶を見せてくれない。

 ぼんやりとした靄が罹っている様に映像が途切れた。


 その刹那、鹿威しの音が聞こえた。


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