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拾壱【8月11日・午後12時10分】


 校舎を出るとすぐ近くに二台のパトカーが校門前に停まっていた。


「一体、いつ?」


 鹿波さんが早瀬警部にそう訊ねると、「つい先程ですよ。こちらも別件で大川先生の事を調べていましてね。まさか、秋音さんの事も若干関っていたとは…… はははっ! 夢にも思いませんでしたよ!」


 早瀬警部が笑いながら言う。


「大川先生はこれからどうなるんでしょうか?」

「まぁ、この学校以外にも余罪がありますからなぁ。ただ、一人で遣ったとは思えないんですよね。あれだけの大罪を……」


 その言葉に秋音ちゃんが首を傾げた。


「妙なんですよ。今回だってバレる可能性だってあったのに、逃げようとしなかった」


 早瀬警部はパトカーに乗せられていく大川先生を一瞥した。


「如月くん。私は少しこの人達と談笑しますので、上には調べるとかなんとか言って、適当にはぐらかしておいてください」

「うぅーすっ!」


 如月巡査はそう言うとパトカーに乗り込み、サイレンを鳴らすことなく、学校を後にした。


『ごめんなさい 秋音さん』

「宮野部長、大渕副部長」


 二人の女生徒が秋音ちゃんに深々と頭を下げている。

 何か話しているようだが、聞くのは野暮だろう。


 逆に鹿波さんは難しそうな顔で早瀬警部を見ていた。


「どうしてサイレンを鳴らしていなかったんですか?」


 そう訊かれ、早瀬警部は含み笑いを浮かべる。


「別に深い意味はありませんが、学校ですからね。事件が起こると後々面倒だと思いましてね?」

「ふざけないでください! 結局、大川が不祥事を起こしているという徹底的証拠がなかっただけなんじゃないんですか?」


 鹿波さんがそう怒鳴りつける。


「――巴ちゃん」


 校長先生が鹿波さんを宥める。


「いやいや威勢が良いですな。こちらの生徒さんで?」

「いえ、先日から耶麻神邸の使用人をしている、鹿波巴というものです」


 そう言われ、早瀬警部は驚いた顔を浮かべる。


「はははっ! こりゃ失礼しました。いやいや、容姿が余りにも幼いのでね」


 鹿波さんがムッとした表情で早瀬警部を見つめていた。


「それじゃ、秋音さん」

「はい、また二学期に……」


 秋音ちゃんはそう頷き、手を振った。


「それじゃ、帰ってみんなに報告を……」


 鹿波さんが言葉を途中で止めた。


「秋音お嬢様? 春那お嬢様から連絡は?」

「頂きました。やっぱり大川先生は耶麻神グループの人間から多額の借金があったそうです。その返済に吹奏楽部の部費を当てていたそうです」

「他に、他に何か言ってませんでした?」

「どうしたんですか? 姉さんはそれ以外何も……」


 秋音ちゃんは驚いた顔で鹿波さんにそう言った。


(どういう事? 昨日霧絵が春那に耳打ちをしていたから、本当の場所を奴等が知らない筈なのに…… だって、あの事を知っているのは霧絵と大聖だけ……)


 鹿波さんがブツブツと何かを呟いている。


「どうかしたんですか?」

「えっ? あっ! まぁ終わりよければ何とやらですかね」


 鹿波さんが笑いながら言った。


「そういえばもうお昼ですね? どうです? これから一緒に昼食でも?」


 早瀬警部が僕達を食事に誘おうとすると、「お誘いは嬉しいのですが、今日はこれと同じくらい大事な用がありますので……」

 秋音ちゃんが丁寧に断り、頭を下げた。

 ――多分タロウ達の事だろう。


「はははっ! そうですか? いやいや元気な子が生まれると良いですな」


 知っていたのか、そう言うと秋音ちゃんは笑顔を浮かべた。


「それでは帰りましょうか?」


 秋音ちゃんにそう言われ、僕と鹿波さんは帰ろうとした。


「巴ちゃん?」


 校長先生が鹿波さんを呼び止める。


「千智おねえちゃん」

 鹿波さんが申し訳なさそうな声をあげる。


「もう本当にお別れなのね?」

「わからない。でも、私に残された最後の役目はこの力を終わらせる事かもしれない」


 その言葉に校長先生が驚いた声をあげた。


「この力は人間が持っていたらいけないものだって…… そもそも、こんな残酷な力や道具が無くても人は人を殺せる。だって、私がいた時よりこの時代はもっと残酷だから…… つまらない事で憎しみあって、つまらない事で喧嘩して…… でも、それが笑い話で終わってくれれば、どれだけいいんだろうって…… でも、それがどんどん拍車を掛けていって、いつしか殺戮で終わってしまう。おばあちゃんが体験した事だって、本当はつまらない事だって思ってる。考えが違うだけで殺戮が起きてしまうなら、人間は存在事態が罪なのかもしれない」


 僕は鹿波さんがどんな人なのかわからない。

 だけど、彼女が人を馬鹿にしているとは思えなかった。


「私もどれだけ貴女の持っている力が悪用されそうになったのか…… その事をよく母から聞かされたわ。でも、あの戦争が起きる前から集落は隔離していた。それでも貴女のおばあちゃんは頑なに戦争を反対していた。きっと、人を殺すという――その罪の重さを知っているからこそ言えるのよね? だって、本当に罪の重さを知っているのはその人だけだから……」


 話を聞けば聞くほど、僕の頭の中は混乱する。一体二人が話していることはなんなのだろうか。


「許してもらおうなんて思っていない。私達が巴ちゃんを見捨てて、のうのうと生きている事が…… どれだけ…… どれだけ貴女に……」


 校長先生がその場に跪く。


「終わった事を一々言わないっ!」


 鹿波さんが怒声を散らす。


「だって、もう四十年前の話だよ? それを今更許すだの、赦さないだの、そんな事はもう良いの! だって、私はこうやって千智おねえちゃんに逢えたんだもの! 大好きな集落の人に逢えたんだもの! それだけで私は嬉しいの!! だから…… ねっ? もう苦しまないで…… 私はもうこの世界に存在していないけど、ずっとみんなを見てるから」

「えっ?」


 校長先生が驚いた顔を浮かべ、鹿波さんを見なおす。


「それじゃ、そろそろ失礼します」


 鹿波さんがそう校長先生に告げた。


「それじゃ、失礼します。校長先生。早瀬警部」


 秋音ちゃんが二人に向かって深々と頭を下げた。

 僕も二人に頭を下げる。

 そして僕達は屋敷へと帰った。


「……早瀬……警部?」


 千智が帰ろうとする早瀬警部を呼び止めた。


「何ですかな? 校長先生」


「警部は確か、四十年前の惨殺事件を調査していましたよね?」

「ええっ? まぁ既に時効は過ぎていますからね?」

「でも、どうしてずっと【警部】をしてらっしゃるのですか? 警部ほどの実力を持っておられる方が、昇級試験を(わざ)と落ちるまでしてこの町にいると言う事は警部自身あの事件を納得していないからじゃないんですか?」


 千智にそう言われ、早瀬警部は(とぼ)けた顔を浮かべた。


「まぁ過ぎた事を一々……」

「――あの事件はまだ終わっていません。あの事件の発端はあの時代、政治家の家族四人が目茶苦茶に殺された猟奇殺人がそもそもの始まりなんですよね? でも、おばあさまは白内障に掛かっていた。そもそも、集落の人間が人里に下りる事なんて今までなかった。それに…… あなたのお父さんが集落に行っていたという証拠すらないんじゃないんですか?」

「父があなたたちの集落に行っていたという記録はあるんですけどね? 帰ってきてないんですよ……あれからもう四十年経っているっていうのに――それにあの力が本当なのか、私も半信半疑ですからね。あの死屍累々も何時間もかけた物だと思っていましたが……」


 途端、早瀬警部は言葉を止めた。


「あの巴という少女、彼女が怪しいんですよね」

「でもあの子は罪を認めています。それに、あの子はあの屋敷を護ろうとしています。自分と同じ力を持った何かから…… 彼女は言いませんでしたが、遣る事があると。だから、お願いです。もう彼女を『金鹿之神子』を苦しめないでください」

「こちらも出来る限りの事はします。四十年前の事件と耶麻神グループで起きている奇妙な自殺の連鎖……」


 早瀬警部が難しい顔を浮かべる。


「奇妙なんですよね? 他殺というか、自殺と言うべきなのか……ほとんどが不祥事を起こした人物ですし、何より、ある人物から多額の借金をしているんですよ? ただ、その人物がわからない」

「それがその自殺連鎖に関係があると?」

「そもそも自殺というのも考え直さなければいけないのかもしれませんね? 自殺に見せかけた殺人事件……」


 早瀬警部はそう言うと千智に頭を下げた。


「警部。出来る事ならかれらを…… あの子達を護ってください。春那さん、深夏さん、秋音さんはこの学校の生徒です。そして、いつか来てくれる冬歌さんの為にも…… この負の連鎖から断ち切って欲しいんです」

「わかりました。今日はこのまま署に戻ります。大川の事もありますからね?」


 そう早瀬警部が言った時だった。

 懐にしまっていた携帯が鳴り響き、早瀬警部は携帯を取った。


「もしもし? あぁっ、如月君? どうしました」

『……あぁ…… 早瀬警部……』


 電話から聞こえてくる如月巡査の声が震えている。


「どうしました? 声に張りがないですね?」

『い、いま、近くの病院にいるんですけど……』

「どうして病院なんかに?」


 早瀬警部が訊ねると、電話先の如月巡査は心を落ち着かせるように一息深呼吸すると、『そ、それが…… 大川が車内で自殺したんです』

 その言葉を聞くや、早瀬警部は悪寒を感じた。


「はぁ? ちょ、ちょっと待ってください? いっ、言ってる意味が全然わからないんですけど?」

『いっ、一瞬でした。目を離したすきに大川は眼球を…… 眼球をかき出して! そこから血がドバッと出て来て! 病院に連れて来た時には…… 脳の神経を傷つけてしまっていて!』


 途端、電話越しから誰かと話している声がした。


『あ、早瀬警部? 大川が――死んだそうです』


 そう言われ、早瀬警部は携帯を地面に落とした。


「は、早瀬警部?」


 只ならぬ空気に千智は恐る恐る早瀬警部に問い掛けた。


「お、大川が…… 死んだそうです」

「――えっ?」

(みずか)らの眼球をかき出し、脳神経を傷つけ死亡したと……」

「どうして、どうしてそんな事を?」

「恐らく、秘密を護ったんでしょうな? 自分のした事より以上の何か大きな事を……」


 その時、早瀬警部は悪寒を感じた。

 彼は悪寒を感じた先を見るや、声をあげそうになった。


 聞こえる訳がない! 聞こえる訳がないからだ!

 ただ、早瀬警部にははっきりとその音が聞こえた。


 鹿威しの響き渡る音が…… まるで彼のすぐ近くで鳴り響くかのように大きく聞こえていた。


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