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拾【8月11日・午前11時50分】


 秋音が抱えこんでいた悩みがようやく解き放たれた気がする。

 素直に喜んでいたいけど、今は悠長な事は言えない。


「すみません。それで、私の話はどこに?」


 大川が全員を見ながら訊ねる。もちろん、今回は大川が主役だ。

 ――主役は堂々としていたほうが主役らしい。


「もちろん、大川先生にもお話を聞きます」


 千智おねえちゃんが静かにそう言う。


「ですから! 身に覚えがない事をどうして話し合わなければいけないんですか」


 大川が声を荒げる。


「それじゃ! どうして大川先生は備品修理代を私達生徒に請求しているんですか?」


 宮野という女生徒がそう大川に問い質す。


「それは、君達が誤って音楽室の備品を壊しているからじゃないか? 先月だって、譜面台の足を折ってしまっていたじゃないですか」

「確かに譜面台の足は折れてしまいました」

「ほら! そうじゃないですか!」

「でも、譜面台はあれ一つじゃありませんですし、そもそも譜面台一つを買うのにどうして五千円も請求するんですか? 捜せば二千円でもお釣りがくる店だってありますから、そこで買えば良いじゃないですか?」

「ですから、貴女達にはよりよい環境で……」

「さっきの秋音さんの話でよくわかりました。高くて良い物を買えばよい訳じゃないって事が」

「譜面台だけじゃありません。指揮棒だって、使えれば指でもいいんです。でも先生は直に取り寄せなさいと言って、一万円を私達に請求した。江川先生、備品代は予算から出るんでしたよね?」


 大渕と名乗る女生徒が江川という女性を見ながら言う。


「ええ、部員が誤って壊してしまった備品は、集めた部費によって(まかな)っています。確か、それは月の最初にみんなから集金しているはずでしたよね?」


 江川が大川を見て話す。


「その集めた部費から備品修理をお願いするのが当たり前だったはずですよ? 足りなかったら確か学校が負担するんでしたよね?」


 江川が千智おねえちゃんを見ながら言う。

 千智おねえちゃんは答えるように頷いた。


「吹奏楽部の部員は現在二十四人。その生徒から仮に五千円集金すると、十二万ほど集まります。その中から色々と差し引いて部活動は成り立っているんですよ」


 江川は大渕の方を見た。


「さっき、此処に来る前に銀行に行って来ました。すると、私が校長先生に頂いた吹奏楽部の口座は使用不可能になっていました。その担当者にお願いして、再発行してもらいましたが……」


 江川が悔しそうに伏した。


「どうしたんですか? 江川先生」


 大川が心配そうな振りをしながら江川を見る。


「調べたらですね」


 江川が小さく呟いた。


「聞こえませんね。江川先生、そんな事までして、何を調べていたんですか?」

「大川先生が部費を不正に使い、借金返済にまわしていた事です」


 まるで打ち合わせていたように、宮野・大渕・江川の三人は声を合わせた。

 そして、大渕はバックから銀行の通帳を取り出した。


「これが吹奏楽部の部費が入っている預金通帳です」


 大渕がそう言うと、大川が「ど、どうしてそれを!?」

「さっき言いましたよね? 私が再発行したと…… 本来、顧問である教師が持つ物ですが…… 大川先生…… 私はどうしても貴方を信用出来なかった。だから代りに大渕さんに預かってもらっていたんです」

「え、江川先生。それはルール違反だと言う事じゃないんですか? 生徒である大渕さんにそれを預けていれば、彼女が何をするか」

「何もしないと信じているからこそ! 私は預けたんです」

「今の子供は何をするかわかりませんよ? 裏では何をしているか」


 大川は大渕を見ながらいう。


「教師が……一教師が生徒を信じるのがいけませんか? 大人が子供も信じるのがそんなに悪い事ですか? 私は一年の時から彼女達を見ているんです。彼女達がこの学校に初めて入学した時から見ているんです。高々半年しか彼女達を見ていない貴方が、何の躊躇(ちゅうちょ)も無しに生徒を疑う事を(はなは)だしいと思いなさいっ!!」


 江川はそう叫ぶと少し深呼吸をし、「大渕さん? 皆さんにコピーを」

 そう言われ、大渕は立ち上がり、コピー用紙を全員に渡した。


「それは今日までに使用された通帳の中身です。月初めに十二万円が口座に入金されています。それが部費となる元値です。ですが、そのすぐ下の欄を見て下さい。入金された一日後に全額出金と為っている筈です」


 確かによくわからないが、十二万もあったものがいきなり金なしになっている。


「大川先生、これは昨日まで貴方が使っていた通帳を再発行した物です。十二万もの大金を何に使ったんですか?」

「そ、それは今後の吹奏楽部の為に……」

「何に? 十二万もの大金を一度に使うほどの事をしているんですか?」


 千智おねえちゃんが大川にそう問い質す。


「ですから! よりよい環境の為に!」

「そのよりよい環境って言うのが……貴方が故意に壊した備品代を請求して、それを借金返済に回していたと言う事ですか!?」


 千智お姉ちゃんがはっきりとそう言った。


「ですから、私は何もしていません。皆さん! 今日は変だ! 私は身に覚えがない!」


 大川が泣きながら椅子に座る。


「待ってください。これを私が使ったという証拠は?」


 大川は江川と大渕を見ながら言う。少しばかり希望が持てたのだろう。


「証拠なら……ありますよ」


 途端ドアが開いた。


「すみません。お遅れましたぁ」


 そこには早瀬警部が覗き込むように部屋を見ていた。


「は、早瀬警部?」


 入って来た早瀬警部を見て秋音が驚いている。

 そのうしろには如月巡査もいた。


「だ、誰なんですか? 貴方達は?」


 大川は入って来た二人に戸惑いを隠せないでいる。


「ん? ああ、私もさっきから狼狽うろたえている人から騙されましてね? お金が増えると言う出鱈目な嘘でね? いやはや、人を信じるのは昔からの悪い癖なんですよ。えーと、確か二十万でしたっけ?」


 早瀬警部は含み笑いを浮かべる。もちろん、これは嘘であろう。

 私は彼が狸だという事は知っている。


「しょ、証拠は? 証拠はあるんですか?」

「ええ、さっきから証拠はあると言っているですよ。確かその通帳が自分で使ったという証拠はの事ですが…… 使用された店と貴方が映っているこの写真が撮影された日付を照らし合わせれば簡単な事ですよ。日付さえ合えば貴方が通帳からお金を引き出したと言う事がわかりますからね?」


 早瀬警部はそう言うと、一枚の写真を懐から取り出した。

 そこには機械の前に立っている大川の姿が綺麗に映し出されていた。


「これが撮影されたお店は**銀行**支店! そしてその通帳に書かれている銀行名は**銀行!!」


 早瀬警部の言う通り、銀行名が一致している。


「しかし、私がその銀行から……」

「それじゃぁ、その銀行から耶麻神グループに入金しているのはどうしてですかね?」


 早瀬警部がにんまりと笑った。


「同じ日に、この**銀行からある人間の口座に入金されている事は如何説明するんですか?」


 そう早瀬警部に言われ、「な、何なんですか?」

 大川は早瀬警部を睨んだ。


「それと……まぁ、これは関係ない話なんですけどね? 貴方…… 他の学校でも同じ事していたでしょ? で、バレると感付くと突然と辞めてしまう。他の学校から調べて欲しいと言う要求がきていたんですよ。いやはや、警察はこれだから大変ですなぁ?」


 早瀬警部の言葉に大川は耳を疑った。


「――け、警察?」


 大川は早瀬警部と如月巡査が警察だと言う事に気付いていなかった。私服で入って来たのだから、そう思うのが普通だろう。

 否、それよりも、早瀬警部が入って来た時、秋音が声を挙げていた。

 ――それが耳に入らなかったのだろう。


「皆さん、申し遅れました。私、長野県警刑事課の早瀬と申します。大川先生、貴方を詐欺容疑で御同行をお願いしたいんですけど? あ、もちろん詐欺は刑事処罰ですから……」


 そう告げられ、大川は崩れるように椅子から転げ落ちた。


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