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肆 【8月10日・午後10時10分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


 春那さんが冬歌ちゃんの部屋を出た後、僕も部屋を出た。

 ただ、冬歌ちゃんに引っ張られていた所為(せい)もあって、どこがどこなのかがさっぱりわからなくなっていた。

 周りは窓から差し込む月明かりでうっすらとしているため、かろうじて見えるが、どっちが玄関で、どっちが裏口なのかてんでわからないでいた。

 当てもなく屋敷内を徘徊している自分を客観的に見て不審者極まりない。

 ぼんやりと薄緑に光る時計の文字盤を見てみると十時を過ぎていた。

「――あ、こんばんわ」

 声を掛けられ、吃驚してうしろを振り返った。

 声の主は秋音ちゃんだった。


 彼女の肩まで伸びた髪が少し濡れていて、彼女自身少し火照っている。

 恐らくお風呂に入っていたのだろう。格好は男物の大きなボロシャツを着ていて、足元は白桃色の綺麗な肌が露出されていた。

 それによく見るとまだ脹らみかけの胸がシャツに当たり皺を作っていた。

「――どうしたんですか? さっきからきょろきょろして?」

 やはり不信がっていたのか、ジッと僕を見ていたらしい。

「い、否? 同じ襖ばかりですから、どこが自分の部屋かわからなくなってしまって」

「それなら…… そこですけど? 丁度、瀬川さんが立っている所が……瀬川さんの部屋になってます」

 秋音ちゃんがピッと僕の後ろを指差す。

「……え? ……あ? ははは…… すみません」

 僕が慌てふためく。それが可笑しかったのだろうか、秋音ちゃんが小さく微笑む。


「瀬川さんって、こういう所に慣れてないんですね?」

「あ、ははは」

 僕は笑うしかなかった。

「それじゃ、また明日。恐らく、澪さんが起こしに来ると思います。丁度四時くらいに……」

「よ、四時ですか?」

 素っ頓狂な返事をした僕を秋音ちゃんが不思議そうに見詰める。

「それはそうですよ。だってこの屋敷で仕事をする以上、それ位の時間に起きないと朝食に間に合いませんから」

 秋音ちゃんがさぞ当たり前の様に言う。


「――具体的にどんな事を?」

「詳しくは澪さんが説明すると思いますけど…… まずは廊下の掃除。それから滝まで水汲み。農園で野菜の収穫。鶏小屋で卵取りや餌やり」

 ……忘れてた。此処は山奥にある屋敷だ。人里離れたこの屋敷では自給自足がほとんどである。

「それからタロウ達に餌やり。あ、これは大丈夫ですよ。あの子達、ドーベルマンだからって恐がられてますけど、元は大人しいし、人懐っこいですから」

 僕は此処に来て最初の洗礼を思い出し、身震いがした。死ぬかと思ったのだ。あの時、確実に……

「で、出来ますかね?」

 僕が不安そうに言うと

「それはわかりません。三日、三ヶ月、三年って言いますから」

「何ですか? それ」

 又も素っ頓狂な顔で僕は聞いてみた。

「人が物事に飽きる周期みたいです。三日坊主とかあるじゃないですか」

 確かにそんな事を聞いた事が有るような気が……

 何故か僕の脳裏に、あるデュエット曲が流れていた。


「それじゃ頑張ってください」

 そう言って秋音ちゃんは僕に向かって会釈し、そのまま廊下の奥へと消えていった。

 開いた窓から風が吹いたのか、秋音ちゃんのシャツが少しだけ捲くり上がった。

 それに気付かなかった訳ではないが、秋音ちゃんはすぐに手でおしりを抑え、僕を一瞥する。

 その眼は睨んでいる感じで、僕が激しく首を横に振ると秋音ちゃんはそんな格好をしている自分にも被があると思ったのか、それ以上責めるような事はしなかった。


 僕は自分の部屋に戻ると、床に倒れ込み、真っ暗な天井を見上げた。

 そう言えば深夏さんが“この部屋から滝が見える”と云っていたので、僕は起き上がり、窓を開けた。

 滝の水飛沫が部屋に入って来るまでではないが、顔を覗かせると、冷たい空気が流れ込んでくる。

 夕方目を覚ました時に感じた冷たい空気の元はこれだったと理解する。

 僕は明日早いこともあり、布団を敷こうとし、窓を閉めようとした時だった。

 誰かが瀧の所で水浴びをしている音が聞こえた。

 こんな時間に?と驚いた僕はその音がする先を探した。


 そこには一糸纏わぬ格好で水を浴びていた女性。……いや、若しかしたら少女と云えるかもしれない。とにかく、誰かが水浴びをしていた。

 丁度瀧壷の前ら辺におり、ここからでは後ろ姿しか見えず、誰なのかわからなかった。

 ただ月明かりが水面に反射して、彼女の姿を照らし出している。


 髪が腰まで伸びていて、それが宙を舞う度に陶磁器の様な白い身体が露になる。

 よく見ようと窓から身を乗り出させると、突然強風で巻き上がった埃が目に入った。

 僕は手で目を擦り、再び滝の方を見たが――誰もいなかった。

 はて、と首を傾げ、再度見遣るが、やはり誰もおらず、瀧の音だけが聞こえていた。


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