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Tips【40年前の出来事】

知り合いからTipsを公開してくれ。と言われたので、まとめました。


 草木がすっかり萌え、蝉の鳴き声が周りに森から聞こえて来る。

 私は祖母に言われ【精霊(しょうりょう)の滝】まで水汲みに来ていた。


 此処は昔から不思議な話を聞く。

 滝の辺で言霊(ことだま)が遊んでいるだとか、麒麟(きりん)が明け方に水を飲みに来るとか……

 まぁ、私は自分で見たもの以外は余り信じない方だ。

 だから、こんな話を聞いたところで信じる事はなかったが、別にこの話が嫌いだからではない。夢があって好きだったりする。


 滝は静かに音を鳴らす。それに合わせるかのように蝉時雨が起きる。

 まるでそこだけに広がる小さな世界のようだった。

 此処だけは別世界だと来る度に思ってしまう。


「こんなところにおったがねぇ?」


 集落へ戻る道から声がした。私は振り向き、それが誰だかすぐにわかった。


「貴方も、水を汲みに来たの?」

「んにゃ? 水浴びに来た」


 男は大きく口元を緩めた。

 私はこの男のそういう笑顔が好きだった。


「でも、此処は水浴びしちゃ駄目だって、おばあちゃん達から言い聞かされてるでしょ? 人間が入ると水が汚れるって!」

「んなの迷信じゃってっ! それに水源のところでせんどきゃ、怒られんって」


 そう言いながら、男は私が見ているのを気にせずに着物を脱ぎ始めた。


「ちょ、ちょっと!」

「なんじゃ? 別に恥ずかしがるこたぁなかろうて? 昔はよう一緒に水浴びしたがなぁ?」

「む、昔の事でしょ? い、今は……」


 顔を背けながらも、私は確りと男の躰を見ていた。

 昔からこの男とはよく遊んでいた。

 小さい頃、一緒にお風呂に入った事だってあるし、二人で裸になって水浴びをした事だってある。


 ……だからこそ意識してしまう。

 すっかり逞しい青年へと成長してしまっている男の躰を……

 私が不知ない間に、男が成長してしまっているのが少し淋しかった。

 かという私も男が不知ない内に色々なところが成長している。

 胸元は小さいながらにそれなりに膨らんでいるし、腰も細くなっている。それに月経を身を持って知ったのもつい二年前ほどだった。


「ん、どうした? 一緒に遊ぶか?」


 男があっけらかんとした表情で私に声を掛けた。


「なっ? ってかっ! 前を隠しなさいよッ!!」

「ああ、別に減るもんじゃないだろ?」

「へ、減るとかそういう問題じゃないでしょうが!!」


 かぁ~っと、顔が赤くなっている私を尻目に男は笑っていた。

 完全に男は私をからかっている。

 ムッときた私は、桶に入っていた水を男に掛けた。

 バシャンッと大きな音が鳴り響く。


「わっぷっ! おいっ! いきなり、なにすんだよ?」

「るっさいっ!」


 私は急いで桶に水を汲み、男を不見に滝を離れた。

 集落への帰り道、私は必死になって笑うのに堪えていた。


 集落では何人かを除いて、誰一人私の眼を見て話してはくれない。

 私自身がそう思わない以上、何の害もないと知っているのだろうけど、それでも私と目を合わせてはくれなかった。


 相手から話掛けてはくれるし、私の話も聞いてくれる。

 それでも決して目を合わせてくれない。

 別にそれでもかまわないが、却って淋しさが増していた。


 庭の野菜を採り、小屋に戻ろうとした時だった。


「ようっ! 元気にしてるかぁ?」


 先ほど池で水浴びをしていた男が笑みを浮かべながら、わしの方に近付いてくる。


「元気に決まってるでしょッ?」

「しょぼくれた顔見せやがって! それで元気って言えるのかねぇ?」

「なぁっ! べ、別にいいでしょ? どんな顔していたって!」

「顔はなぁ、隠せないんだぜ!」


 彼が何を言いたいのかわからない。


「何か悩みでもあるんだろう? おまえ嘘がへたいからなぁ?」


 男は私の顔を覗き込む。


「言ってみろッ! 俺でよければなぁっ! まぁつまらない事だろうけどなぁ!」

「つ、つまらないって! あ、あんたに私の何がわかるって言うのよッ!」

「どうせっ! 目を見て話してくれないとかそんなのだろうっ?」


 男にそう告げられ、私は唖然とした。


「ほらっ! やっぱりそうだっ! おまえ本当に嘘がへたいなっ? そうやってすぐに顔に出る」


 じっと私の顔を見ながら、男は話している。

 私は背けるように視線を外した。


「ほらっ! そうやっておまえから逃げてるからみんな怖がるんだよッ! おまえは誰も殺さないッ!」


 そう言って、男は無理矢理私を振り向かせる。

 不意に男と目があった。

 だけどジッとまっすぐ男は私の目を見ている。

 怖いほど、まっすぐ、私を見ている。私が特異体質であるとか、畏怖べき存在だとかそんなものは関係ないというほどだった。


「殺してみろ! おまえが例え金鹿之神子だとしてもっ! おまえは誰も殺さない! だって、そうだろ! おまえを苦しめている時代は終わっているんだっ! おまえのもっている力を悪用するやつはもういないんだっ! さぁっ! 殺してみろっ! 俺を殺せるものなら殺してみろッ!!」


 男がまっすぐ確りと私の目を見て話している。

 殺されるとわかっていて、それでも私の目を見て話している。


 私の肩は震えている。


「いぃやぁだぁっ! 殺したくないッ! 誰も殺したくないッ!!」


 自分の目から大粒の雫が落ちているのがわかった。

 男が無言で私を抱き締めている。

 身を委ねるように私も彼を抱き締めていた。


「――もうおまえが苦しむ時代じゃないんだ」


 小さく男が私の耳元で呟く。

 私もそれに答えるように無言で頷いた。


 自分で自分を怖いと思った事は何度もあった。

 噂話とはいえ、自分がその力を持っている事が怖かったからだ。

 それでも彼は私を受け入れてくれている。

 それだけが心の支えだった。


 あの惨劇が起きる四日ほど前の晩だった。

 久し振りに空には一片の雲もない、綺麗な星空が広がっていた。


 ちょうど庭先で寛いでいた私の視界に男が現れた。

 私はそれだけで嬉しくなり、スリッパだったのをいい事にそのまま庭先まで出た。


 男に駆け寄ろうとしたが、様子が何時もと違っていた。

 何時もだったら、男の方から来るはずだし、家の電気が此処まで漏れているのだから、影が其処まで伸びて気付くはずだ。


 幽かに男が誰かと話しているが姿が見えない。


「どうしてっ! どうしてそんな事をするんだ?」

「いいかっ? ****! この村はもう終わりだ! もう時期、市の方針で此処一帯がダムで埋め尽くされる事になっている!」

「そ、そんな! お役人さん達は何をしとるっ! まだ人が住んでいるじゃそ!?」


 男の躰が震えている。それよりも、村がダムで消えるって……どういうこと?


「否、それは表向きじゃろうな? 一番の理由は神子様を殺す事じゃろう!」

「神子様をって…… まさか、お父っ! あの子は本当は優しい子なんじゃ! 人が殺せる訳ないじゃろうッ!」


 男が必死になって私を庇ってくれている。


「****! お前が神子様に惚れている事はみんな知っている。 じゃがな? 神子様の心が何時替わりなさるがわからん。それゆえわし等はこの村を護るんじゃよ?」

「彼女を殺すって事か? それがこの村を護る一番いい方法なのか!?」

「わかってくれ! 犠牲を最小限にするにはこうするしかないんじゃっ!」

「認めねぇッ! 認めねぇぞ! そんな事!」


 男が相手を振り切って、そのまま去って行った。

 それを聞いていた私は、ただ茫然と其処につっ立っていた。

 私が危険な存在だっていう事を、私だって解っている。

 でも、みんなは私をそうとしか見ていなかった。


 【殺したい】と言う感情よりも先に【泣きたい】という思いの方が強かった。

 それほどまでに私はこの村が好きだったから。どんなに(さげす)まされても、私はやっぱりこの村が好きだった。

――――この村の人達が大好きだった。



 家に数人のお役人さん達が来ている。

 否、簡単に言えば、警察官なのだが、如何せん此処は古い集落だ。

 既に解り難くなってしまっている言葉の方が、かえって解り易いのが、この集落だった。


「お役人さん達が、揃いも揃って、何ねぇ?」


 祖母が玄関でお役人達の応対をしていた。


「否、噂は聞いとるがねぇ?」


 白髪混じりで初老の役人が警察帽を外し、祖母と話している。


「噂ぁっ? 不知しらんがなぁ? 何の事じゃいなあっ?」

「否、ねぇ? 麓で殺人事件があったんよ」


 初老の役人が私に気付く。私は咄嗟に襖を閉めた。


「あの子も大きゅうなったなぁ?」

「あんたんとこのせがれも大きゅうなっとるがねぇ?」

「はははっ! わしの若い頃にそっくりじゃったわい! まぁ、当の本人は知ってる訳ないがねぇ?」


 祖母はまるであの役人を昔から知っているかのように話し込んでいる。


「……でっ? 本当はそんな詰まらん世間話ば、しよう思って来てる訳じゃなかろう?」

「っくっくっくっ! さぁすぅがっ! いやなぁ? ガイシャの殺され方が異常過ぎるんじゃよなぁ?」

「ほう? で、どんな感じに殺されとったんじゃ?」


 私は少しだけ襖を開け、二人の様子を見た。


「躰がバラバラでなぁ? それこそ、臓器も何もかもぶち撒けられとってなぁ?」

「気味ぃの悪い話じゃな? で、何でそんな事をうちらに聞くんじゃ?」

「……聞く理由があるから聞いておるじゃよ? こんな気味の悪い殺し方を出来るのは、金鹿の力を持ったあんたら一族しかおらんでなぁ? で、生き残っているのはおみゃあさん一家だけじゃから来たんじゃよ? それでなかったら、こんな山奥まで来んでなぁ?」

「わしゃ、もうそんな事が出来る力はもっとらんでなぁ?」

「でも、あんな殺し方が出来るのは、あんたら一族じゃろう?」

「仮にその人間を殺した所で、わしらに何の得がある? それにわしらは静かに暮らしたいんじゃよ? バラバラにして、臓器をえぐり取って、ぶちまける事は、人間でも出来るじゃろう?」


 祖母が半ばキレたかのように声を荒げる。


「うんにゃ、それが人間には出来ん事なんじゃよ? 殺されたのは一人じゃない。五人だ。五人の人間をたった数分であんな事が出来るのは金鹿の力を持ったあんたら一族しかいねぇ!」

「くどいねぇ? わしゃあ、今、あんたを殺そう思うて、ずっとあんたを見ている。あんたも、わしの目を見とるがねぇ?」


 祖母の言葉を聞いた役人はコクリと頷いた。


「あんたも、わしらの力を知っとるから、殺されるのを覚悟で来たんじゃろう? でも、今! あんたは死んでいない。つまり、わしにはもう力はないんじゃよ? 白内障(しろそこひ)に罹っとてな? あんたの顔すら見えんのじゃよ?」

「それは……」


 役人が言葉を出そうとした時だった。


「署長? どうしました? 早く逮捕を! 容疑は固まっておるのですぞ?」

「まてっ! ――彼女ではない」


 若い男が初老の役人に声を掛け、促している。

 が、初老の役人は躊躇らっていた。


「いいえ、県警本部からの連絡です。伝説とはいえ、危険な能力をもっている人物が入れば、有無を言わさずに連れて来いと!」

「そうじゃが? 彼女はわしらを殺そう思っても殺せない! つまり! 彼女等にあの政治家一家を殺す事は無理なんじゃよ?」

「――政治家? 誰の事じゃ?」


 祖母は驚いたように問う。


「政治家の名は『小倉靖(おぐらやすし)』じゃが? 結構有名じゃけどなぁ?」

「この集落にテレビなんぞないからなぁ? まぁ、隔離された場所じゃから、不知んのが当たり前じゃろうて?」

「そ、それじゃ、県知事も知らないと?」


 若い男が驚くが、祖母はコクリと頷く。第一、私も不知ない。


「………… とにかく、彼女達は無実に等しい。却って邪魔をしてしもうたな?」


 初老の役人が警察帽を被り、頭を降ろした。


「なんじゃ?」


 祖母は怪訝の表情を浮かべた。


「んにゃ、失礼な事を言った詫びじゃ?」

「そんな事せんでも、あんたら役人がわしらを疑ったのは仕様がないでなぁ? 一々気にしとったら、生きていけんって……」


 祖母は自分が無実であると理解してくれたのが少し嬉しいのか、小さく微笑んだ。


「そういう事だ、みんな! 戻るぞ!」


 初老の役人が玄関の戸を開け、出ていく。ゾロゾロと玄関に入って来ていた他の役人達も続いて出て行く。


「あ、ああっ! 言い忘れとったわ? 其処の娘さん……仮に力が備わっても……誰も殺《、》()()()()生きて欲しいやなぁ?」


 初老の役人が祖母ではなく、私を見て話した。

 否、見間違いではない。しっかりと私を見ながら話している。


「ああ、そうじゃな。わしらの力を必要としない……そんな世の中になっとればいいんじゃがなぁ?」


 祖母が言い終える前に玄関の戸は閉まった。

 それから数日経ってだ。あんな事が起きたのは……



 昔話をしよう。……と、祖母が言った。

 数名の男達もそれに聞き入る。

 私は祖母の横にチョコンと座り、まだかな? まだかな?と、まるではしゃぐように目を輝かせながら祖母の顔を見ていた。


「昔々の事じゃった。時は戦が盛んな時でなぁ? それこそ、今みたいに平和など有り得ないと思えてならない時代じゃった。あるところの将軍様がなぁ、小さな村に出向いたそうじゃ。村人は何事かとその将軍様を見ておった。将軍様はその村人に目も向けず、ある一件の、この家と同じ、村の中で一番古い小屋に出向いたのじゃ。其処にはなぁ? ひとつの一族が生き残っていると言う噂があったんじゃ。その一族の娘は日本人なのに、瞳の色が赤黒くてなぁっ、その瞳を見た人間は不可解な殺され方をされるそうじゃ? 村人はその一族を毛嫌いし、疎外しておったんじゃ。それを聞きつけた将軍様が戦の道具として娘を……」


 話の途中だった。割ってはいる様に小屋の扉が乱暴に開けられた。


「ばっちゃん!! 奴等だ! 奴等がっ! 此処まで来ただぁ!!」


 男が慌てた声で言う。それに触発され、周りの大人たちが騒ぎ出した。


「な、何だとぉ? くぅそぉ! やつらめぇ! 何処までわし等を苦しめれば気が済む!? あの因縁は既に終わっておるはずじゃ!! それなのに、何故此処までわし等を苦しめる?」


 男達が悔しそうに喚く。


「ほうじゃ! あれはもう終わった! 和解したはずじゃ!」

「ばっちゃん! 早よう逃げいっ!」


 男にそう促されるが祖母は動こうとしない。


「おばあちゃん? 早く逃げないと!」


 私の問いに祖母は首を振った。


「いぃやぁ? わぁしゃ、もう疲れた」

「な、何を言っとんのじゃ? ばっちゃん?」

「みんなぁ、今まで無理させてしもうたなぁ? だがなぁ? もうわしも……わしの中のソレも疲れ切っとんのじゃ…… ここらでもう終わらせたいんじゃよ」


 そう言うと、祖母は私の頭を撫でた。


「ありがたい事に、この子はこの歳になっても何も変わらなかった。もう終わったんじゃろうとわしは信じたい。さぁ! 此処はわしだけが残ってどうにかする!!」

「お、おばあちゃん? な、何を言っているの?」


 驚きを隠せない私を祖母は優しい目で私を見た。すると、ゆっくりと自分の頭に巻かれていた包帯を取り外す。其処には綺麗な朱色の瞳があった。


「いいか? 全ては奴等の……!」


 祖母が話そうとした時だった。外から銃声が聞こえた途端、私の顔に何かが降り懸かった。

 それを拭いとると、ベットリとして気持ちが悪い。

 自分の手を見る。真っ赤に染まっていた。


「ごぉほぉっ!! げぇほぉっ!」


 ドボドボと祖母の口から血が大量に吐かれていく。


「おばあちゃん? おばあちゃん!!」


 私は祖母の体を揺さぶった。祖母は既に虫の息だった。


「****…… 感情に流されては…… ごほぉっ!!」

「な、なに? 何を言っているの?」

「****!! はよう逃げるぞぉ!」

「いっ! いやだぁ!! 私もここでおばあちゃんと!」

「わぁがままをいうでないよっ!」

「で、でもっ!!」

「いいこだから…… みんなの迷惑をかけるんじゃないよ」


 そう言って、祖母は動かなくなった。


「おばあちゃん? おばあちゃん!!」


 男に羽交い締めされているにも関らず、私はそれを振り解こうとする。 無理なのは承知でだ。


「**** ごめん!!」


 ドスッとお腹を殴られ、私は意識を失った。


 感情に流されては? ねぇ? おばあちゃん? どういう意味? ねぇ? どういう意味なの?


 次に私が目を覚ました時には、周りには死屍累々の地獄絵図で、風景は見知らぬ場所だった。

 それこそ、人間だったのかわからないほど引き裂かれ砕かれた骸が、塵のようにばらばらにされて私の周りに捨てらていた。


 私の足元には麓の人間達が死屍累々と化していた。

 当然悲鳴を挙げようとしたが、奴等が私の大切な人達にした仕打ちに比べれば……

 此奴等は私の力が欲しかっただけ! なのに村人を全員殺した。


 私の目の前でおばあちゃんが殺された!

 あの人も殺された!

 それを考えれば、奴等を殺したいと願わないのが嘘になる!


 本当は殺したくなんかない! でも、それとは全く逆に! 心が蝕まれるように殺戮を私は楽しんでいた。


「ふふふっ! きゃはははっ! きゅはははあはあああああああああぇぇぇけけけけけっさけけけさけけっ!!」


 月は雲に隠れ、虫達も恐れを為して逃げ失せ、常闇と化した森の中では、私の咆哮が響きわたっていた。


「貴様等に受けたこの憎しみを! 誰に植えようぞ! 誰に与えようぞ! 貴様等の家族! 友人! 恋人! 全てを! 引き裂き! 砕き! 剥がし! 悲鳴すら挙げられないように! 殺し…… 殺す…… 殺さ……」


 突然背後に足音が聞こえた。

 咄嗟に私はその男を見た。

 あの力を持っている状態で……


 ――それがいけなかった。

 私は目の前でおばあちゃんが殺された。

 それ故に……村の人達全員が麓の人間達に殺されたと思っていたからだ!


 でも……


「ぐぅあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 男は悲鳴を挙げ、自らの手で顔を爪で引っ掻いていた。


「あ、ああっ! あああああっ!」


 私は声がでなかった。

 余りの衝撃に言葉が出なかった。

 男は跪き、なおも顔面を引っ掻き回している。


「あ、ああああああっ! ****! ****!」

「あっ! ああ! どうして? どうして?」


 私は混乱していた。


「お前は本当は人を殺す事なんでしない! 俺で最後にしてくれ! これ以上お前を苦しむ所を見たくない!」

「だ、だったら! だったら私も!」

「だ、駄目ぇだっ! お前は自然に息を絶える以外に死ぬ術がない!」

「ど、どういう事?」


 それを聞こうとしたが、男の爪が喉の大動脈を切ったのだろう。血飛沫が私の顔に罹り、その血が目に入った。


「くっ!」


 私は咄嗟に目をこすったが、目が霞んで前が見えなくなっている。


「おいっ! 居たぞ!」

「いけっ! お前は誰も殺していない!」


 男が最後の力を振り絞って、私にそう言った。

 私はただ我武者羅に麓の人間達から逃げていた。

 そして、精霊の滝壷に落ち、息を絶えたはず()()()



 見えない訳ではないが、二(たけ)(約六メートル)先ですら薄っすらと見える程度だった。

 私は息遣いの荒いからだを引きずるようにやつらから逃げていた。

 じわじわと獲物を狙うような奴等の視線が遠くからでも感じ取れた。やつらにとって私はただの邪魔な存在でしかないのだ。


 足場の悪い山道が徐々に体力をむしばんでいき、衰弱していく身体を重たくさせていく。

 喉はカラカラで、逃げるのに精一杯だったから何も飲んでいない。

 目が霞み、前のめりに倒れ込んだ。

 それを見計らったかのように、やつらの内の何人かが私の周りに現れる。


 やつらがお経か何かを呟くように唱える。

 私は必死になってやつらから逃げようとする。

 私が逃げようとしているのに、やつらは追って来ない。

 やつらは私が動けなくなるのを待っているだけだった。

 動けなくなったところを狙って、殺そうとしている。


 必死な思いで、私はやつらから逃げる。

 足はさっき(ひね)ってしまい、最早腕の力で逃げていた。


 目の前に瀧が見える。

 水が飲める……と思い、ほとりまで重たい躯を引きずる。

 後少し……後少しと、ようやく水が飲めると確信した矢先だった。


 ――ガクンと薄汚れた視界が急転直下するかのように暗転した。


 岩にこびりついていたこけに腕を取られ、私は池の中に落とされた。

 一瞬何が起きたのか、私自身が理解出来ておらず、私は何も出来なかった。

 否、する事すら出来なかった。

 最早腕の力で自分の身体を浮かべる事すら出来ない。


 水面そらに浮かぶ月明かりが真っ赤に染まっていた。


時系列順に並べ替えてみました。

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