廿参【9月】
長野県警にある手紙が届いた。真っ赤に染まったその封筒には以下の内容が書かれていた。
-私は金鹿之神子と申す者で御座います。
この度、私の戯れ言にお付き合い下さいまして誠に有り難う御座いました。
今回、皆様の同僚である早瀬慶一警部様、並びに如月英昭巡査様を私の宴へと招待した事をご了承下さいませ。
捜査が混乱されておられるようなので、私が今言える事を伝えようと考え、この様な手紙を皆様に送らせて頂きます。
当件に関して、その時に屋敷にいた全員の死体発見場所は下記の様になっておりますが、皆様は一生、その屍を見る事も拝む事も出来ないでしょう。
一日目 8月11日
一人目 渡 部 洋 一 鶏小屋で発見される。
二人目 耶麻神 春 那 自室で発見される。
二日目 8月12日
三人目 耶麻神 霧 絵 風炉釜の中で焼死死体として発見される。
四人目 耶麻神 冬 歌 精留の滝で発見される。
五人目 坂 口 繭 自室で発見される
六人目 耶麻神 秋 音 女風呂で発見される。
七人目 大 内 澪 廊下で発見される。
八人目 如 月 英 昭 霧絵の部屋で発見される。
九人目 耶麻神 深 夏 霧絵の部屋で発見される。
十人目 早 瀬 庸 一 霧絵の部屋で発見される。
十一人目 瀬 川 正 樹 霧絵の部屋で発見される。
死体の形状は皆様が想像しているものとは懸け離れております故、敢えて書き加えませんが、皆様が好きに想像しても良いです。
見つけられると言うのならいくらでも屋敷を見せてさしあげましょう。
然し、皆様がいくら屋敷内を、いいえ、敷地内を捜そうと彼等の死屍を見つける事は出来ません。
地面を掘り起こしても骨一本も見つける事は出来ないでしょう。
何故なら彼等の死体は金鹿によって食らわれたのですから。
草々
金鹿之神子-
手紙を読むや否や、居ても立ってもいられず、舞は部屋を飛び出した。
が、廊下で大牟田警視と大柄の男が道を塞いでいた。その理不尽な行動に、舞は怪訝の表情を向けた。
「退いてくれませんか?」
「何処へ行こうとしているんですか?」
「……現場にです!」
「ですから何処の?」
「耶麻神邸に決まっているじゃないですか!?」
「もう必要はないと言ったのがまだ解りませんか?」
大牟田警視の視線が自分に向けられていないのに気付くと、「怖いんですか?」
「怖い? 何を言っているんですか? これは上司命令です!」
「それじゃ、言いますけど? 数年前に早瀬先輩に昇進試験を大差で負けた挙げ句、先輩を未だに妬んでいる警視殿の言う事なんて聞けませんね?」
「まったく、君もあの老耄も変人だ。上に目指すのが人間でしょ? それなのにあいつは昇進試験で僕に勝ったくせに昇進を蹴った」
「それが理由ですか? 私は先輩がした事は正しいと思いますけど?」
そう言うとそのまま署内を出ようとした舞に、「ああ、そうだそうだ。君に面白い話が有るんだけどきくかい?」
大柄の男が舞を呼び止めた。
「貴方達の話を聞いている時間は」
「明日から君は大阪府警への配属になった。つまり、この事件からは一つも関与は愚か、調べる事も出来なくなったと言う事だ。それと、早瀬警部と如月巡査はこの署に最初からいなかったと上からの指示だ。つまり、私達が関与する事じゃなくなったと言う事だよ?」
くくくっと、大牟田警視の乾いた笑い声が廊下に響く。
信じられないと言わんばかりの表情で、舞は去っていく二人の背中を見ていた。
「ふっ、さげんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!! あんた達!! それでも警察だって言うのッ!!」
彼女の咆哮がただ虚しく署内に響いた。
その数日後、植木舞は自宅で自殺をした。
しかし、これに関して幾つかの矛盾点が有る。
一つは遺書がなかった事。
もう一つはテーブルのない部屋の中で、椅子も使わずに首を吊ったという事。
彼女は百六三センチという小柄な体系である。
だからこそ、椅子も使わずに首を吊って自殺をする事など不可能に近かった。
しかし、大阪府警による発表は、あくまで彼女の自殺と言う報告だけだった。
鹿威しが鳴り響く。
【金鹿の住みし箱庭 第二話】 -了-
第二話終了です。この話は全四話という構成上、起承転結の承の部分にあたるように書いています。
つまり、第一話はただのプロローグでしかないわけです。
また殺す順番にもヒントがあります。