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廿壱【8月13日……】


「どういう事ですか? 先輩達と連絡が取れないなんて」

 長野県警刑事捜査一課。その部屋角のホワイトボードの前で苛立った表情を浮かべながら立っている女性が声を挙げた。

「そ、それがこちらからは何度遣っても……」

 無線機の前で慌てふためく二人の警官が彼女を見ていた。


 突然、机の上に置かれた電話が鳴り響いた。

 近くにいた警官が受話器を取り、

「山形県警と岐阜県警の人達がこちらに来ておりますが?」

「通してください」

「それが、警視長からの連絡でこの事件を打ち切れと」

 それを聞いて、植木舞警視は愕然とした。

「ど、どうして?」

「とにかく、本部長殿の命令です!」

 静かに電話を切られた刹那、ドアを開き、カツカツと乾いた皮靴の足音が部屋中に響き出した。


「本日を持って、この事件を打ち切ります」

「ど、どういう事ですか? 大牟田警視」

 舞は怪訝な表情を浮かべながら言った。

「云った通りです。この事件はもう打ち切りです」

「だからっ! どうして打ち切りなんですか? まだ、現場には早瀬警部と如月巡査がいるかも知れないじゃないですか?」

 するとうしろからこつこつと大柄な男が入って来た。


「こんな訳の解らない事件に時間を食うより! 今、出来る事件に時間を使いなさい! 君は彼より優秀だ。優秀な人間は優秀な組織の中に入れば良いんですよ。さぁ、備品を処分しなさい」

 それは余りにも横暴だった。

 普通どんな事件だろうと、事件証拠になる物は大切に保管される。それが後の事件解決のヒントになる可能性があるからだ。

 しかし47もの都道府県数を考えると、一日に約10件の事件があったとしよう。一日に最低でも470もの事件が毎日起きていると言う事になる。

 それがすぐに終わる事件でも、出来る限り保存していくはずだ。

 そう考えているからこそ、舞は納得がいかなかった。


「処分って…… 処分ってどういう事ですか? まだ、耶麻神大聖が行方不明になった事件だって解決していないと言うのに!!」

「それはこの長野県警の事件ではないです!」

「事件じゃないって? 事件を何処が担当してるとか! そんなの関係ないんじゃないんですか?」

「聞き分けのないねぇ? いいかい、本来君は早瀬警部より上の立場だ。それなのに、君は彼の()れ言に付き合っている。それにこの打ち切りは耶麻神グループからの要望だ」

 そう告げられ、机の上に置かれた舞の調べ上げた書類は、段ボールの中に入れられていった。

「あんな老耄(おいぼれ)爺さんの言う事を聞くより、私達と一緒に上の立場にいればいいんですよ?」

 大柄の男の乾いた笑い声が部屋中に響く。

 部屋の中にはただ、茫然と立っている舞と数人の警官がだけだった。


「け、警視殿」

「……何よそれ?」

「警視殿?」

 舞は思いっ切り壁を殴った。その衝撃音が部屋中に響きわたった。

「っ! ふっさっげんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 何度も何度も壁を殴り、

「早瀬先輩が老いぼれ? その老いぼれに何も言えなかったのはどこのどいつよっ!? はっきり言うわ! 早瀬警部は私の憧れ!! 確かに今は私の方が立場は上だけど!! 人間としては私はまだまだあの人には勝てない!! 勝てる訳がない!! だから私にとってあの人は目標!! 越える事の出来ない目標なの!! 先輩が私に協力を御願いしているのなら! 私は喜んで先輩の手助けをする!!」

 舞はキッと顔を挙げ、無線機の前にいる警官二人を見遣る。

「山形県警と岐阜県警から来られた方の連絡先は?」

「け、警視殿?」

「いいからっ! 連絡先を教えて!!」

「そ、そんな事をすれば警視殿が?」

「いいから教えてっ!! それとこの捜査は続行します!!」

「け、警視殿?」

 するとドアが開く音がこだまする。


「いやぁっ…… 舞ちゃんの啖呵たんか、胸に来ましたなぁ」

「み、三重野警察医殿? どうしてここに?」

 舞が驚くのも無理はなかった。目の前にいる三重野光彦は何年も前に停年退職をしている。

 だからこそ、この場所にいる事はまずなかったからだ。

「ふふふっ? 早瀬君がどうしてもと言うんでね。山形県警に所属している私の知り合いの警察医にお願いしてね? 若干無理矢理にですが・

あのバラバラ焼死死体のカルテのコピーを郵送で送ってもらいました」

「ゆ、郵送で?」

「ええ、これならただの手紙として見られるでしょ?」

 三重野監視長は鞄から白い封筒を取り出し、その場で開いた。


「確かに、これなら警察をあざむけられる」

 舞はその手紙に混じったカルテを手に取った。

 2枚の便箋には何も書かれていない。その間にカルテとカラープリントされたバラバラ死体の写真が挟まれていた。

「し、しかし、こんな事が若し上にばれたりしたら……」

「多分、私達全員の首はないでしょうね?」

 怯える警察官を横目に、三重野監視長は含み笑いをした。

「でも、耶麻神グループにとって大事な存在のはずである大聖さん…… そしてその家族が殺されたと言うのに、この事件の打ち切りを要求して来た。明らかに可笑しいでしょ? 山形県警と岐阜県警で耶麻神大聖を捜索していた警官を調べて」

 三重野光彦は舞を見つめていた。

「いやいや、若い頃の早瀬君そっくりですね。彼は自分が納得しない事が有ると直に上司に食って掛かっていた。今は円くなってしまいましたが、いやいや、昔の方が彼は生き生きしていましたよ」

「私もそう思います。だから憧れなんです」

 舞は小さく笑みを浮かべた。


「しかし、これは大変な事になりますねぇ?」

「はい、覚悟はしています」

「それじゃ、私も外から調べます。舞さん達は中から調べて下さいね」

 三重野警察医はそう言うと部屋を出た。


 ブラインドシャッターを開けると、舞は手傘をする。

 例年より暑い日差しが部屋に射し込んでいた。


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