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拾弐【8月11日・午後6時50分~午後8時20分】


 静寂した広間の中。ここ以外に電気は点けられていなかった。

 早瀬警部が無線で連絡している中、僕達は誰一人広間から出ないようにと言われている。

「み、見間違いじゃないんですか?」

 繭さんが震えた声で僕に訊ねる。

 それに答えるように僕は無言のまま首を横に振った。

 それを見るや秋音ちゃんは恐怖で躰を窄めていた。

 深夏さんと澪さんは物言わず、厨房で夕食の準備をしている。

 本来辛いはずなのに、深夏さんが無理に虚勢をはっている事は誰もが解っていた。


「姉さん……」

 秋音ちゃんがジッと深夏さんのうしろ姿を見ている。

「やはり駄目ですね。むこうも大和のじいさんを捜索中らしいですし…… こちらに応援として来れないようです」

 早瀬警部が悔しそうな表情を浮かべながら、戻ってきた。

「土砂降りがひどいって事ですか?」

「そのせいで土砂崩れが起きてますからね」

「閉じ込められているって事ですか。でも、それって犯人もって事じゃ?」

 僕の問いに早瀬警部が、

「逃げ道は無し。あるとすれば精留の滝の川を下っていくしか…… でも、あそこは人が通れない獣道になってますし、こんな雨の中あそこを通る事は自殺行為と言ってもいいですね」

 遠雷が聞こえて来る。目の前に座っている繭さんの隣で、秋音ちゃんが必死になって悲鳴を挙げる事を我慢していた。

 雷が鳴る度に肩を震わせている。


「大和のおじいちゃんも行方不明になっているんですか?」

 夕食をお盆に乗せ、厨房から戻ってきた澪さんが早瀬警部に尋ねる。

「ええ、昨日の夕方から…… 往診に言って来ると行ったきり」

「大和先生が奥様の往診に来たのは一昨日でしたよね? 瀬川さんがこの屋敷に来る前日」

 澪さんがそう尋ねると、深夏さんは少し俯きながらも、

「ええ、確かに瀬川さんが来る前日に、母さんの往診に来てたけど」

「姉さん? おじいちゃん何か言ってた?」

「母さんの容体を聞くのは大概春那姉さんだったから、私は何も……」

 それを聞いて、僕の脳裏にまたあの記憶が流れ出した。

 記憶の中の僕…… 同じような惨劇を体験している。

 ただ、今までと少しばかり違っていた。


「瀬川さん、どうしたんです? 難しい顔をして」

 気が付くと早瀬警部が僕の顔を覗いていた。

「深夏さん、その大和って人が屋敷を出たのって何時くらいなんですか?」

「えっ? えっと、来たのが確か午後二時くらいで……少しばかり母さんと話していたと思うから…… 帰ったのは、午後三時半くらいじゃないかしら? 近況確認と問診くらいだと思うから」

 深夏さんが不安そうに澪さんを見た。

「深夏お嬢様の言う通りだと思います。確かにそれくらいの時間に戻られたようでした」

「……と、いうことは、大和のじいさんが来た事には間違いないって事ですな?」

 早瀬警部が広間を出る。もう一度無線で連絡をするらしい。


「秋音、ご飯食べられる?」

 深夏さんが秋音ちゃんに問う。秋音ちゃんは無言で頷いた。

 用意された夕食を残った者で食べたが、誰一人口を開こうとはしなかった。その為、ものの小一時間で済んでしまった。


 夕食を片付けていた僕は広間を一瞥した。

 早瀬警部と如月巡査が確認をしあっている。

「瀬川さん…… 奥様は一体……」

 繭さんが広間に秋音ちゃんがいない事を確認すると、呟くように僕に尋ねた。

 僕が答えたくない事は察しているのだろうが、それでも彼女は聞きたいのだろう。

「バラバラにされてました。霧絵さんだとわかったのは、まだ完全に皮が燃えきっていなかったからなんです」

「奥様がいなくなってから、たった数十分の間に犯人はバラバラにしたっていうの?」

「そうとしか考えられません。あの小さな釜口にどうやって霧絵さんの躰を入れるんですか?」

「わかってるわよっ! でもタロウ達の事といい、渡部さんの事といい、どうして春那お嬢様と殺し方が極端に違うのかって思ったから……」

 繭さんの言う通りだ。犬達も、渡部さんも、そして霧絵さんも見るに耐えられない殺され方をされている。

 それなのに、春那さんだけ目を抉り取られているだけで他に外傷がない。

 あんな殺し方をした犯人が何故、春那さんだけ綺麗に殺しているのだろうか?


「なんか理由があるんでしょうかね? 他とは違う何かが……」

「すみませんけど、水を一杯もらえませんかねぇ?」

 僕と繭さんの間を割って入るように早瀬警部が催促する。

 繭さんがコップに水を汲み、それを早瀬警部に渡した。

「いやぁ、すみませんね?」

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら早瀬警部はコップの水を一気に飲み干した。

 そして少しばかり深呼吸をし、僕達を見遣った。

「相変わらず雨が降ってますな?」

「え? ええ、そうですね」

 僕は呆気に取られたような声を挙げた。


「だいぶおさまってはいますけど、天気予報じゃ明日の明朝までって言ってましたよ? あ、それと、深夏さんの部屋の横の空部屋には入れないようになっていましたけど、あれはどうしてなんですか?」

「あの空部屋は……」

 繭さんが困った表情を浮かべる。

「いや、ちょっと気になっただけですよ。まさかあの中に人が入れる訳がないですしね。第一、扉が頑丈に閉められてましたし…… いや、訊きたかったのはそれだけです。すみませんお忙しい中」

 早瀬警部は僕達に小さく会釈すると広間に戻り、元の場所に座った。


「警部さんの言っていた部屋って一体?」

「それが…… 私も知らないんですよ。多分知っているのは奥様と旦那様。それから……」

 恐らく渡部さん、そして春那さんだろう。

「部屋の中に会社の総資産が隠されていたりして……」

 僕は冗談で言った。

「それだと余程大きな箪笥貯金ですよね。会社が会社だけに一億円分の紙幣が部屋の箪笥の中に入れられていたりして」

 繭さんも表情こそ柔らかいが、声が覚束無い。


「これで終わりかしらね?」 

 繭さんは気を紛らわそうと、食器棚に洗い終えた食器を片付ける。

「あ、はい」

「それじゃ、今日は終わり…… あ、見回り頼めないかな?」

「それくらいだったら……」

「ねぇ、瀬川さん? 犯人はいるのかしらね?」

 突然繭さんがとんでもない事を言った。

「え? こ、こんな事が起きているのに犯人がいないって? どういう意味ですか?」

「ずっと考えてたのよ。殺し方が尋常じゃないって。って事は人間じゃないかもしれないって事も考えられない?」

「でも、現に人が殺されているんですよ!」

「でも、どう考えても殺され方が普通じゃないでしょ! いいえ! 普通って何が普通なのかって思ったけど! あの殺し方は人間が出来る事じゃない! たった数十分であんな殺し方は出来ないって、瀬川さん言ったわよね? それって、春那お嬢様やタロウ達にも言える事じゃないの? たった数分であんな殺し方を出来る人間がこの世にいると思う! 増してや、あんな見るに耐えられない殺し方を!!」

 繭さんの目から大粒の涙が零れている。

 そんな彼女を見て、僕は声を掛けられなかった。

「あ、ごめんなさい。私だけ興奮して…… タロウ達の事を考えたらね…… あの子達が抵抗出来ずに殺されたと考えたら…… 犯人は既にあの子達と面識があるって事なのよ。つまりそれは私達も既に知っている人物って事になる」

「それって、僕達の中に犯人がいるって事ですか?」

「普通の人間が推理出来る殺人事件なら! 消去法でそうなるでしょっ? でも、いくら考えても必ず誰かと一緒にいるから、みんなアリバイがあるの!」

「それじゃ! 渡部さんが殺された時! 繭さんは何処にいたんですか?」

「タロウ達の餌遣りを終えて、裏口から屋敷に入って、此処で水を飲んでたの!」

「その時に僕が戻って来たのを確認したんですよね? ……ちょっと待って下さい! その時、春那さんの部屋で何か見ました?」

「見てはないけど、部屋からキーボードを叩く音がしてたから、多分パソコンで何かしていたって事にはなるんだろうけど」

「それを証明出来るのは?」

「疑っているならそうなるけど、残念ながら、私達使用人以外は寝てたから……」

 となると渡部さん殺しは全員が犯人となる。


「でも、春那さんは渡部さんの死体を確認したその直後でしたよね?」

「それは貴方も知っている通り、深夏さんが第一発見者だからね? でも、渡部さんは殺される三十分くらい前には私達が見ているのよ! それを考えても、たった数十分であんな高い所に人を吊り上げられる? それを入れて考えると、春那お嬢様は渡部さんが殺される前に既に殺されていたって事になるのよ!」

「若しかして犯人が春那さんの部屋で何かしていたのかも……」

「それも考えられないでしょ? 私が屋敷を出て、瀬川さん達と合流し、鶏小屋に行ったのがせいぜい五、六分よ! その間に犯人は渡部さんの死体を天井に吊り上げるどころか、扉を開けている最中に私達と鉢合わせしているはずよ!」

 それを聞いて僕は愕然としていた。


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