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廿【8月12日・午後7時50分】


「これが【花鳥風月】ですか?」

 如月巡査がテーブルの上に置かれた二枚の絵を繁々と見ている。

「はじめて見た。冬歌お嬢様がいつも恐かっていたから、どんなものかって興味はあったけど……」

 澪さんも繁々と絵を見つめる。


 絵は【花鳥風月】という四字熟語からもじられているのか、

 春那さんは【花】の絵を……

 深夏さんは【鳥】の絵を……

 秋音ちゃんは【風】の絵を……

 冬歌ちゃんは【月】の絵をそれぞれ所有しているそうだ。


「噂じゃ有名な画家が描いていて、時価数千万は下らないと言われていますけど……」

「す、数千万? 国宝レベルじゃないですか? でも4枚全部があっての値段ですよね?」

「いいえ、一枚に付き数千万ですよ?」

 想像も出来ない程の値段を聞かされたが、素人がよさも何もわかるものではない。

 ただ、先程から秋音ちゃんの視線の先が気になっていた。彼女は僕の横に座っていて、その眼前に絵が置かれている。

 話している人間の目を見て聞くのは当たり前なのだが、話していない時でも、誰かの顔を見ていた。

 絵をテーブルの上に置いてから今の今まで彼女は絵を見ていなかった。

 寧ろ拒絶しているようだった。

 確か、冬歌ちゃんも絵が恐いと言っていた。


「秋音ちゃん? 一つ聞いても良いかな?」

 突然、僕に声を掛けられたせいで、秋音ちゃんは驚いた顔を浮かべた。

「……何ですか?」

「冬歌ちゃんの部屋で絵が紛失した時、春那さんはまるで春那さんじゃないって感じに怒っていた。それに冬歌ちゃんは絵に描かれている女の子が恐いと言っていたんだ。春那さんの話だと、姉妹全員が恐いと感じているはずなのに、彼女はひどく妄執していた!」

「それはこれだけのお宝ですから、一枚でも亡くせば……」

「いや! 確かに一枚に付き、数千万は下らないと言われている絵だ! だけど、僕はこの絵を見て思ったんだ。どうして彼女達はこの絵を畏怖しているのか?」

 僕がそう説明しているのを秋音ちゃんはただ黙って聞いていた。


「確かに私もそんなに目利きは出来ませんから、絵に対しての評価は無理ですけど…… この絵を見ただけなら…… 恐いと思わないでしょうな?」

 早瀬警部が腕を組み、繁々と二つの絵を見比べた。


 深夏さんの部屋から持って来た【鳥】を意味する絵には、見た事のない鳥がいて、その鳥が少女の肩に止まっている。

 秋音ちゃんの部屋から持って来た【風】を意味する絵には、森林が描かれていて、その中央に同じ少女が描かれていた。

 二つの絵に共通しているのは、少女は何処を向いているのかわからない事だった。

 角度によって何処を向いているのかわかるはずなのだが、輪郭を隠されていて何処を見ているのかわからない。いや、元々わからないのだ。なにせ目が描かれていない。描かれていたのだろうが、それを隠すように描かれている。


「警部! 好い加減説明してくれませんか?」

 如月巡査にそう促され、早瀬警部は深呼吸をした。

「いいですか? みなさん…… 春那さんと深夏さん、そしてはっきりとはしませんが冬歌さんの死体の共通点は何かわかりますか?」

「あっ! 目が亡くなっている?」

「ええ! 目を亡くしているんです! 他に殺された死体には取れてははいますが、目はありました。姉妹の死体だけは何故か盗まれている! 何か似ていませんか?」

「……金鹿之神子?」

「そうです! 伝記では、金鹿之神子になる前に目を自分で抉り取ると言われています。自分の手でですよ? そんな事をするくらいなら私だったら死にますね……」

「でもなる前にそんな事をしたら……」

 澪さんが歯切れの悪い言い回しをする。


「ちょ、ちょっとまって? まさか? でも有り得ない訳じゃない!」

「み、澪さん? どうしたんですか?」

「は、犯人はただ眼を盗んでいるんじゃない! 眼を盗むんだったら、繭の目も盗んでいるはずでしょ?」

 そうは言っても、話が全然見えてこない。

「わかりやすく説明するとですね? 人間を直すのは人間だけと言う事ですよ?」

「いや、わかりやすくないです!」

「つまり、眼を入れ替えるって事よ!」

 澪さんと早瀬警部以外が唖然としている。


「い、入れ替える?」

「秋音さん! 貴女はどうしてこの絵が恐いと思うのか、説明してくれませんか?」

「……女性が私を見るんです。 夢の中にも出て来る」

 それはあの時、冬歌ちゃんが言っていた事と同じだった。

「しかし警部? そんな高度な技術をそれこそ何百年以上の小さな村に住んでいた百姓が出来ますか? それに今みたいに保存も出来ないはずでは?」

「普通に考えれば…… そうなりますね? だけど、技術と言うのは何時始まったのかわかりませんよ? その百姓がその手術が出来るほどの力量を持っていたと考えるのが妥当でしょ? 百姓の家で生まれた童女が自分で眼をえぐり取るというのが納得いかなかったんです。先程、春那さんの死体を見て確信しました。神経の途中で切られていたんですよ」

「それなら移植も出来るって事ですか?」

 僕は詳しくはわからないが、どうやら目の不自由な人の為に【アイバンク】という物があるらしい。 


「つまりそのアイバンクというものを…… それこそ何百年も前からあったって事ですか?」

「可能性としては説明出来るけど、ひとつ重大な事を忘れてるわよ? 金鹿之神子の眼を見ると殺される」

「確かにそうだとすると元々産まれ持っての力と言う事ですよね?」

「……早瀬警部? 想像が外れて欲しいっていうのは? まさか、金鹿之神子自身に力があるんじゃなくて、眼にその力が宿っているって事ですか?」

 僕自身も外れて欲しいと思ったが、それを裏切るように早瀬警部はコクリと頷いた。


「引っ掛かっていたんですよ。書斎で見つけた書物に書いてあったでしょ? その書物を書いた男性と思われる著者は、金鹿之神子の目を見ても恐くなかったと…… 目を見ると殺されると言われているのにですよ?」

「確かに矛盾していますね?」

「誰一人殺されていないにも関らず、その女性は忌み嫌われていた」

 秋音ちゃんは話をただジッと聞いていた。


「あれ?」

 僕は素っ頓狂な声を挙げた。

「どうしました? 瀬川さん」

「い、否? 絵の中の女性が此方を向いた様な?」

「はははっ! まさか?」

 早瀬警部が笑う。それにつられて、澪さんと如月巡査も笑っていた。


 唯一笑っていなかったのは秋音ちゃんだけだった。


 でも…… 確かに女性が僕を見た気がした。ただ、恐怖と言うよりも悲しさがあった。


 鹿威しが鳴った。


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