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拾捌【8月12日・午後1時20分~午後3時】


「あれ? 春那姉さんは?」

 昼食を済ませ、厨房で後片付けをしていた僕に秋音ちゃんが問い掛ける。

「そう言えば、他の使用人さん達もいらっしゃいませんね?」

 一宿一飯の礼か、早瀬警部も食器洗いを手伝ってくれている。

「あっ…… 繭さんと澪さんは恐らく風呂場に行っているみたいですよ。さっき、近くを通ったら水の音がしましたから……」

「そうですか。で、連絡は?」

 如月巡査は黙って首を横に振った。

「……本当だったら、今日生まれてくるはずだったのに…… 何であんな非道い事…… 平気で……」

 恐らくハナの事を言っているのだろう。

「確かに、あれは少々遣り過ぎですね。金鹿之神子はどういう経緯で殺すんですか?」

「タロウ達が彼女を怒らせる様な事はしないと思います。別に何もしなければ、例え目を見ても殺されないらしいです」

「ほぉぅ? それにしても結構詳しいですね?」

「小さい時、父から読み聞かされていた絵本にそう書かれていました。恐い夢とか、昨日みたいに激しい雷が鳴っている時とか、お恥ずかしい話、それが小学四年生まで続いてました」

 そう言うと秋音ちゃんは俯いてしまった。

「まぁ、苦手なものは誰にでもありますからね」

「ですが、彼女が言っている事が正しいとすれば、犯人は金鹿之神子がしたという嘘を我々に植え付けさせていると言う事でしょうか?」

「それは私も思いましたけどね。でも変でしょ? 目茶苦茶に殺すと言われているのに、そうしているのは渡部氏と鶏と犬達だけ。深夏さんは目を抉られているだけで何処も傷つけられていない」

「そうすると、彼女を犯人として見ても説明が付かないと言う事ですかね?」

「またそれですか? 全く…… 警部? 良いですか? 殺したのは人間です。でなければどうやって殺すというんです?」

「如月君の言っている事も筋が通ってますね。それじゃ、一番不可解な渡部氏の死体をどうやって箱から取り出すんです?」

『――箱?』

 僕と秋音ちゃん、如月巡査は同じタイミングで聞き返した。


「ええ、誰も入れない鶏小屋を解りやすく『箱』と短縮します。出入の出来ない箱にどうやって潜入し、あの高い天井から死体だけを取り出しますか?」

「そ、それは?」

 如月巡査が切羽詰まった状態になった時だった。


「警部さん!! ちょっと来て下さい!!」

 廊下からバスタオル姿の繭さんが現れ、僕達は焦った。

「ちょ、ちょっと繭さん!! なんて格好しているですか?」

 秋音ちゃんが繭さんを廊下に戻そうとするが、年の差か余り意味はなかった。

「着替えを持って行くの忘れていて自分の部屋に戻ろうとしたんですけど…… その時、書斎の扉が…… 勝手に……」

 よく見ると繭さんは拭き取っていなかったのか、歩いていた跡に水跡が残っていた。今もポツポツと彼女の身体から雫が落ちていた。


「書斎の扉がどうしたの?」

「開いているです!!」

 そう言われるや否や、早瀬警部はそちらに向かった。

 僕と秋音ちゃんもそれに続き、その後に如月巡査が走った。


 妙にシンとしていたが、そこだけ他の部屋と違っていた。

「真っ暗ですね? 明かりを点けましょう」

 扉近くのスイッチを押すと、チカチカと裸電球が点く。

 部屋の中は書斎と云われているだけあって、本棚が壁一面にあり、その真ん中辺りに大きな机がある。

「凄い本の数ですね。足の踏み場もない」

 本棚に入り切らなかったのか、床にも束ねた本が敷かれていた。

「ここは一体どれくらい前まで?」

「父が出張する二日ほど前まで使っていたと思います。現にあの机に……」

 秋音ちゃんが机を指差した瞬間だった。


 ギィッ……と、回転式の椅子が僕たちの方を向くように動いた。

 椅子には白骨とかした子供の遺体が座っていた。

 否? 違う! 僕も秋音ちゃんもこの子を知っている。

 知らないのは早瀬警部と如月巡査だけだ。

 それは完全に白骨と化していた。だから可笑しいんだ。その子がいなくなってから一日しか経っていない。そんな短い間に人間が白骨死体になるなんて有り得ないんだ!

 死体が白骨になるには、最低でも全部が腐り溶けるか、焼けるしかない。

 でも、あの白骨死体は綺麗過ぎる。

 奇麗に骨だけを抜き取っているとしか思えないくらいに綺麗だった。

 その白骨死体はその子が最後に着ていた服を着用していた。

 シャツも…… スカートも…… 靴下も……

「……ふ、冬歌?」

 秋音ちゃんがベタリと床に跪いた。

「こ、これが冬歌さん? でも、冬歌さんは昨日行方不明になったはずじゃ?」

 早瀬警部が聞きたい事があっても僕自身わからないでいる。

 パラパラと風で本のページが捲られる音がした。


「ここには誰も入れないはずなんですよね? それじゃ、どうやって? これじゃ渡部氏と同じじゃないですか?」

「それと! 人間の骨をこんなにまで奇麗に……」

 僕は一瞬、これが白骨模型と思ったが、全然違っていた。骨の背丈が彼女自身を物語っていたからだ。



「確かに冬歌お嬢様の着ていた服だけど……」

「どこも汚されていない……」

 澪さんと繭さんが、慎重に冬歌ちゃんと思われる白骨死体を調べていた。

 もちろん早瀬警部の指示を受けながらだ。

 春那さんと秋音ちゃんは広間で待機している。

 これ以上、彼女達に見せる事は精神的に危険だと判断しての事だろう。

「つまり、外に連れていかれておらず、ここで殺されてたのか? もしくは同い年くらいの子の白骨死体を(あたか)も冬歌さんみたいに見立てているかのどちらかでしょうな?」

「でも、ここ最近、白骨死体なんて発見されてませんよ?」

「確かに聞きませんね?」

 早瀬警部が腕を組み、首を傾げた。

「それよりも…… これが冬歌お嬢様だったら、まず何時殺されたかでしょ? 骨を奇麗に抜き取るなんて事が本当に出来るんですか?」

 繭さんが早瀬警部を見ながら問う。

「まぁ、出来ると言えば出来ますけどね? でも…… それほどまでの医術の力量を持っている人物が周りにいましたか?」

 そう言われ、澪さんと繭さんは首を横に振った。

「でもその知識を持っていれば‥‥」

「まぁ、骨を取り出すだけなら素人でも出来ますけどね、骨を組み立てるって事はその細かな骨の場所まで知っている知識が必要なんですよ。身体の方を触りましたけどね、肋骨も、背骨も、細かな位置まで全部綺麗に組み込まれていたんですよ」

「でも、骨は取れるんじゃないんですか?」

「恐らく、何かでくっつけているんでしょうな?」

 物言わぬ白骨死体は綺麗な形で椅子に座っている。


「でも、この白骨死体、何を読んでいたのかしら?」

 繭さんが机の上で開かれたままの本を手に取った。

「あ、こら! 勝手に触ったら!!」

「如月君? 別にいいでしょ? 協力をしてもらっているのは此方ですから」

「ですが……」

 納得いかないのか、如月巡査は不服な顔で繭さんと早瀬警部を見たが、早瀬警部に宥められ、渋々了解した。


「えーと…… あれ? これってどう読むわけ?」

 繭さんは見ていた本の中身を澪さんに見せた。

「えっ…… とっ……」

 澪さんも困った表情で僕を見た。

「何をしてるんですか? その歳で本も読めないんですか?」

 如月巡査が呆れた顔で二人を笑った。

 それがむかついたのか、二人は如月巡査を睨みながらも、本を見せた。

「えーと…… は? な、何ですか? これは?」

 僕と早瀬警部は横からその本を覗いて見た。


『たれらえ教に父うそ だ険危は目の子彼』

 本にはそう書かれていた。

「ほぅ、なるほど? 金鹿之神子についての書物ですか? しかも、結構凝っていますね」

 唯一読めたのは早瀬警部だけだった。

「よ、読めるんですか? こんな出鱈目な文章?」

「おや? これは暗号でも何でもない普通の文章ですよ」

「でも、普通、右から書くんじゃ?」

「日本語は普通、左から縦に書くんですよ。横書きが入ってきたのは確か、明治後期だったかな? それまでの日本人はそういう風に書いてましたからね。ほら、それくらいに建てられた老舗のお店とかは結構左から文字が書かれている看板を掲げているでしょ?」

「つまり、読み直すと『かれこのめはきけんだ そうちちにおしえられた』って、やっぱり可笑しいですよ、これ」

「普通に読んじゃ駄目ですよ。『かれ』ではなく『あれ』と読みますから、恐らく『あの子の目は危険だ そう父に教えられた』って事になりますね」

 やはり年の功か、本に書かれている文章を整理してくれた。


『あの子の目は危険だ そう父に教えられた

 だけど私はどうして危険なのかわからなかった

 彼女の持っている瞳は確かに朱色に染まっている

 だけど、私はその目が夕日みたいに綺麗に見えている

 私はいつも彼女の目を見ていた

 彼女の目を見ると殺されると村の人間全員が口を揃えて言う

 しかし、私は一度足りとも彼女に殺されていない

 どうして彼女だけがそんな事を言われるのかわからない』


「な、なんか悲しいお話ですね?」

「で、続きは?」

「それが、虫食いにあったんでしょうな? 文章はここまでしか書かれていません」

 そう言いながら、ページを捲ると、虫に食われた痕があり、読めたものじゃなかった。

「でも、ここだけ綺麗なのも不思議よね? まるでここまでしか知ってはいけないって感じ……」

「彼女にもプライバシーはありますからな?」

「他の書物は?」

 如月巡査がそう促し、他の書物を読もうとした時だった。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 どうしてか僕はみんなの動きを止めてしまい、その反動で全員が僕を見た。

「可笑しくないですか? さっき、早瀬警部が言っていた『日本語は普通左から縦に書いていく』って。でも、この本は左から右に横へと書かれている。普通、書物だったら、早瀬警部が言ってた通りに書くのが妥当じゃないんですか?」

「た、確かにそうですね? これじゃまるで読めない事を前提に書かれている! 如月君! 他の書物はどうですか?」

 そう促され、如月巡査は近くにあった本を棚から取り出し、パラパラと巡った。


「け、警部! 此方も左から右へと書かれています! これも! これも! これも!」

 手当たり次第に近くに置かれていた本を捲っていく。それらは殆ど左から右へと横に書かれていた。

「それにしても、彼女の目を見ても殺されないと言う事は……」

 そう早瀬警部が言った時だった。

 雷鳴が轟くや、誰かが驚き、本棚に体をぶつけてしまった。

 その反動で、本棚の上に積み立てられていた本が雪崩の様に落ちてきた。

「み、皆さん! だ、大丈夫ですか?」

「え、ええ! 繭さん! 澪さん! 大丈夫?」

 その時、僕の手に何かが当たった。その物言わぬ骸骨がジッと僕を見ていた。

 僕は「ヒッ!」と情けない悲鳴を挙げた。

「け、警部? これは何かでくっつけられているものじゃありせんよ?」

 如月巡査が骨の一本を手に持ち、接触部分を指で触った。が、くっつく気配がなかった。


 結局、崩れてきた本に紛れ込んでしまい、骨はその中に埋もれてしまった。


 ――鹿威しが鳴った。


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