漆拾壱【8月12日・午後11時24分】
「えっと…… あっ! あったよぉっ!」
懐中電灯に照らされた倉庫の中で、冬歌ちゃんの声がこだまする。
「冬歌、大丈夫? 手伝おうか?」
「ううん、一人で持てる! ねぇ、おにいちゃん? スコップひとつでいいんだよね?」
春那さんの心配をよそに、冬歌ちゃんがそう尋ねてくるので、僕は頷いた。
「それにしても、どうするの? スコップなんて……」
「まさか…… 金銀財宝が眠ってるとか?」
鹿波さんと深夏さんがそう僕に訊く。
「鹿波さん……君は防空壕の中に“金銀財宝はない”って云ってたよね?」
「え、ええ……」
「僕は今までの舞台を考えると、どうして彼女たちの目が盗まれていたのか、それは君の力を持っていたからだと、多分最初と二回目の舞台ではそう考えてしまう。でも、実際、この舞台で金鹿之神子の力を持っていたのは、君や縁さん、友依ちゃんを除くと、霧絵さんだけだったのかもしれない……」
僕がそう云うと、鹿波さんはハッとする。
「それじゃ…… 霧絵の姉の娘である春那には最初から力なんてない。“耶麻神”という一族から、自然に全ての女性がその対象になると疑われた……ということ?」
「霧絵さんがどうして今までの舞台の記憶があったのか、それは君が教えてくれた事だ」
「――私が?」
「今までの舞台では、霧絵さんは誰かに殺されていた。でも今回は誰にも殺されていない。霧絵さんが死んだのは、持病による自然死になる」
そう云うと、鹿波さんは僕から視線を逸らした。
「私たち神子は自然に死なない以上、亡くなることはない。つまり私も同じだったということでしょ?」
鹿波さんは俯きながら、尋ねる。
「でも、君は僕たちを助けてくれた」
「助けてなんかないわよ。結局……私は何も出来なかった」
鹿波さんが震えながら、そう呟く。
「瀬川さん? 冬歌が呼んでますよ?」
秋音ちゃんにそう云われ、僕はそちらに振り向いた。
冬歌ちゃんが大きなスコップを両腕に抱え、ふらふらとした足取りで近付いてくる。
僕はそれを受け取ると、冬歌ちゃんの頭を撫でた。
「ありがとう。よし、君たちのお父さんがどうして友依ちゃんを神様にしたのか……その理由を今から確かめにいこう」
僕がそう云うと、周りの人たちはキョトンとする。
「神様って……どういう……」
早瀬警部の言葉を無視し、僕は先頭を切って歩き始めた。
「えっと…… 此処って祠……」
目の前に静かに佇んでいるのは、門の前にある小さな祠。
「どうして、今までの舞台では誰も気にしなかったんでしょうね?」
「そりゃ、こんなところに少女の遺体なんてないだろうし、そもそも金目のものなんてないって思うでしょ?」
深夏さんがそう云うと、他のみんなも同意見なのだろう、各々が頷いた。
「早瀬警部? 焼却された遺体は骨となり、それを骨壷にいれる。その後どうしますか?」
「うぅん? そりゃお寺に埋葬してもらうか…… あっ!」
そう云いかけると、僕の手からスコップを取り、祠の前らへんにスコップを突きさした。
「三十年前、この屋敷が孤児院だった頃、大聖さんや渡辺さんを含む子供たちには戸籍がなかった。つまり、亡くなっても無縁仏になってしまう」
早瀬警部は僕の云った言葉がわかったのだろう。
数十センチ掘ったところで、カチンという音が聞こえた。
「何か入ってるの?」
冬歌ちゃんがそう訊ねると、「――木の箱?」
それは土に塗れた古ぼけた箱だった。
「これくらいの大きさだったら、子供の骨くらい簡単に入るでしょうな」
「それじゃ、その中に……」
早瀬警部は意を決したのか、ゆっくりと箱を閉じた紐を切った。
箱の中身を見るや、全員が絶句した。
予想していたこととはいえ、実際見てみると怖いものだ。
箱の中には僕の推測通り、骨壷が入っており、壷の中には白骨が入っていた。
「ご丁寧に頭が最初になってますね」
「丁寧にって? どういうこと?」
「人間ってのは足が地面についてるでしょ? 骨壷に保存する時は足を下にして、それが人の形になるように入れていくの」
鹿波さんがそう説明すると、冬歌ちゃんはへぇ~と感心する。
「お父さん。最初から入れてたのかな?」
「多分、大聖さんはこの屋敷を見た時に、孤児院でのことを思い出したんだ。そして友依ちゃんのことも……」
「今更だけど、なんかこちょばゆいわね? 自分と同じ名前だからってのもあるのかしら?」
「若しかしたら、君とも関係してるかもしれない……」
僕がそう云うや、鹿波さんはキョトンとする。
「おや? 箱の下に何か……」
何か入っていたのか、早瀬警部が箱をひっくり返すと、ひらひらと何か紙のようなものが落ちてきた。
「手紙……かな?」
深夏さんがゆっくりとそれを拾い上げると、「えっと……差出人は…… 鹿波・・・…怜?」
そう告げるや、鹿波さんが信じられないような表情を浮かべた。
「なんで? なんでおばあちゃんの名前が?」
「鹿波さん知ってるんですか?」
「いや、違うかも……だっておばあちゃん……盲だから、字なんて書けるわけがない。それに四十年前にはすでに死んで……」
鹿波さんはそう云い切ると、僕の方へと振り向いた。
「おばあちゃん、銃で撃たれて……それじゃ、おばあちゃんも――」
「君や霧絵さん同様、他殺によるものだから、生きていたということになる」
僕がそう説明するが、鹿波さんは信じられないといった感じだった。
「手紙なんて書いてあるの?」
冬歌ちゃんにそう急かされ、深夏さんは封筒をゆっくりと開いた。
「うわ、結構ボロボロだ……」
三つ折りに畳まれていた手紙は、丁寧に開かないと破れてしまうほどに風化していた。
深夏さんは門壁に寄り掛かり座る。僕は読めるようにと、上から懐中電灯で手紙を照らした。
「鹿波さん……字とかちゃんと書けてますよ」
「多分代筆してもらったんでしょうね……」
覗き込むように春那さんがそう云った。
「それじゃ…… 読むね……」
深夏さんはゆっくりと手紙を読んだ……
『これを誰かが読んでいる時、わしはもう、本当の意味でこの世にはおらんじゃろう。
こうやって、暗くて寒い牢獄におりながら、代筆を頼んで最後の手紙を書いている。
わしは盲じゃから、字は元から書けん。じゃが、誰かに頼めば、手紙なんぞいくらでも書ける。
先ずはこれを早瀬庸一が読んでいたとして、最初に誤解を解くことにする。
わしは庸一の父親、早瀬文之助とは前々から知り合いじゃったし、彼が政治家一家殺害の件で、わしを疑いに来たのは本当じゃ。
じゃが、わしはもとより政治家のことは知らんし、世間様の迷惑な事などはしておらん。静かに“逆鬼山”で暮らしておっただけじゃよ。
彼が行方不明になったのは、恐らくわしに関わることを嫌う人間によるものじゃろう。
勘のいいあの文之助の子供じゃ、それが誰なのかはすぐにわかろうて――――』
「耶麻神乱世……いや、それを騙った人間」
「若し早瀬警部のお父さんが無事に山から降りてこれてたら」
「父なら真っ先に金鹿之神子……つまり鹿波怜による犯行ではないと報告するでしょうね」
早瀬警部はゆっくりと呟く。
「深夏さん。続きをどうぞ……」
「は、はい。それじゃ読むね」
深夏さんは再び手紙を読み直した。
『次に、もし、この山で暮らすことを金鹿から許しを得た人間がいたらじゃが、この山は本当にいいぞ。』
深夏さんはそう読むと、次の話に入ろうとする。
「ちょっと、それだけ?」
「ええ。それだけ…… 次の話には全くって言っていいほど触れてない」
「おばあちゃんらしいな……単純明快すぎる」
「いや、もう少しさぁ? 具体的なこと書くでしょ?」
「それじゃ、ほかに何か云える?」
鹿波さんにそう訊ねられ、僕たちは少しばかり考え込む。
「えっと、木が綺麗とか?」「雪景色が綺麗とか?」
「そうじゃない。人を好きになるのといっしょ。結局、理由なんてただの口実でしょ? おばあちゃんはこの山が好きだから」
「ぐ、具体的な理由になってない」
「秋音だって、どうしてフルートや吹奏楽部が好きになったのか、本当のところ、理由なんて忘れてるんじゃない?」
「えっと……」
「それは春那や深夏もいっしょ。どうして会社に尽くすんだろうとか、どうして姉の手伝いをしたいんだろうとか、結局、全てはその理由をつくりたいだけの口実なの」
「それじゃ、本来の理由なんてない……」
僕がそう云うと、鹿波さんは頷いた。
「私はこの山が好き。それだけで、十分理由にならない?」
鹿波さんが笑顔でそう云うものだから、僕は何も言い返せなかった。
『さて、これを読んでるのが大聖だったとしよう。
あの子たちには本当に申し訳ないと思っておる。あんな思いをさせ、あまつさえ人を殺めさせてしもうたんじゃからな……
わしには、老いぼれのわしにはあん子らを助ける術がなかった。
見えるものと見えないものとでは、世界が違うんじゃよ。
どうして、みなごろしの力を持っているにも拘らず、盲なんぞになったんじゃろうな?
もし、晴眼じゃったら、すぐにでも職員共をゴミのように殺して、あん子らをキチンとした場所に連れていって、保護してもらっておったのに』
手紙を読む深夏さんの手が震える。
「ちょっと待って、確か私たちの持っている花鳥風月の絵は、女職員の人が描いたんだよね?」
確かに目が見えていない人が絵を描けるとは到底思えない。
「それにお父さんたちの写真を撮ったのもこの人……若しかして、もう一人味方してくれていた人がいた?」
秋音ちゃんがそう云うと、「それを君が証明するんだ……」
うしろから足音が聞こえ、僕はそちらへと振り向きながら云った。
「ゆ、縁……!」
鹿波さんが身を構える。……が、当の“縁”はまるで怯えたように身を窄める。
それを見ているとなんだか調子が狂ってしまう。
今までの惨劇を企てていた人間とは到底思えなかったからだ。
「彼女も……君と同じだったという訳だ」
「私と同じ? それじゃこの子も……」
「ああ。彼女も金鹿之神子……力についてはもう知ってると思うけど」
「でも、神子同士の力は相殺してしまって……」
「耶麻神乱世の名を騙っていた人間が、どうして“鹿狩り”なんてしたのか、そして、どうして、麓から来た人間は真っ先に君のおばあさんを殺したのか……」
「――おばあちゃんを助けるため? 人に殺されることを許されてない私たち神子を助けるには、一度殺す必要があった……」
「殺すというより殺されたと思わせる必要があった」
“縁”はゆっくりとそう告げる。
「初めまして、私の名は由佳里。そこにいる鹿波巴の姉にございます」
そう云われ、一番驚いたのは鹿波さんだった。
「ちょっとまって! 私に姉なんていない!」
興奮する鹿波さんを横目に、“由佳里”と名乗る少女は話を続けた。
「驚くのも無理はありません。なにせ私は一度麓の人間に殺されていたのですから……そして何度も私を利用し、全てをなかった事にしたのですから……」
「なかったこと?」
「一つ目は、小倉靖という政治家が殺された晩。あの家には小倉靖の首吊り死体しかありませんでした。その晩は妻が子供二人を連れて実家に帰っていたんです」
「その遺体を発見した警察が、遺体が4つあったという理由だけで、一家心中だと結論に至ろうとした」
「でも、それじゃ周りの人間が不審がる……それを隠蔽するために、君の力を利用したという事か? だから渚さんが無事だったことが逆に可笑しかったのか……」
早瀬警部は狐につままれたような表情を浮かべた。
「渚さんが倉庫で発見された時、私は彼女に本当の事を言い、そして、その時私が見た、彼女の父親の最後を――――」
「記憶として、渚さんの脳の中に埋め込んだ」
そう春那さんが云うと、由佳里さんは頷いた。
「なんでそんな残酷なことを? 誰も好き好んで大切な人の死に顔なんて見たく――」
「だけど、それは彼女が選んだこと。あなたにも、もちろん私にもそれを拒む資格なんてない!」
由佳里さんがそう云うや、春那さんは何も云えなくなる。
「彼女が言語障害になってしまったのは、それが理由ですかね?」
「余りのショックに言葉を失ったのでしょうが、それは恐らく、時の流れが治してくれます」
「だといいんですけどね。精神的なショックかららしいですから」
由佳里さんと早瀬警部の話を聞きながら、春那さんは納得のいかない表情を浮かべている。
「それじゃ、僕が一番君に訊きたかったことをいくつか訊いてもいいかな?」
僕がそう云うと、由佳里さんは頷いた。
「先ず、四十年前の“鹿狩”が起きる前より先、耶麻神乱世はすでに死んでいる」
その考えは正解だと考えていいのだろう。由佳里さんは確りと頷いた。
「ふたつ目。早瀬警部の父親、早瀬文之助は、耶麻神乱世の名を騙った人間によって殺された」
「殺されたというべきでしょうか? 殺すとは何も相手を直接殺す事ではない」
「間接的なことを云うわね」
「それじゃ父は……殺されたのではなく、どこかに連れて行かれ、行方不明になった挙句、それが発見されなければ……」
「行方不明者が死体となって発見されることは――」
それと同様……だということだろう。
由佳里さんが云うには、恐らく早瀬警部の父親はどこかで監禁され、そしてそのまま放置されてしまったという事になる。
「それじゃ三つ目。文之助さんは君と鹿波さんのおばあさん。つまり鹿波怜さんに“鹿狩”が行われることを伝えに、この山を登ってきた」
その問いを聞くや、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。
「それに関しては、家に来たのを見ている巴でもその真意はわかりません。なにせ私は普段は籠の鳥ですから」
「誰かに監視されていた……ということ?」
深夏さんがそう云うと、由佳里さんはゆっくりと頷いた。
「考えみたら、直接見てる巴さんでもその真意はわからないんだよね?」
「いや、多分…… 私、“鹿狩”が行われることを間接的に知ってたのかも…… “鹿狩”が行われる少し前の日に、集落で誰かが話していたのを聞いてるから……」
「それを話していたのは…… 恐らく正樹……」
由佳里さんは僕を見ながら云う。
「ぼ、僕……?」
そう云いながら、僕は人差し指で自分の顔を指した。
「いいえ。正しくはあなたに似た人」
そう云いながらも由佳里さんの表情は和らぐ。そしてゆっくりと鹿波さんの方へと向きなおすや、「巴が好きだった人……」
そう云いながら、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっとなんで……」
よくよく見ると、鹿波さんの顔が真っ赤になっていく事がわかる。
「あなたも気付いていたはずよ。彼ら家族が元々麓の人間だったことを」
「でも、仮にそうだったとしても、どうして集落に入れたの?」
「金鹿様がそれを許した……」
「全てはこの山に住む神様が決めた事なのか?」
そう訊かれ、由佳里さんは頷いた。
「だからこそ正樹はあなたを助けたかった。おばあさまにしたように……」
「おばあちゃんを撃ったのは……正樹だったという事?」
由佳里さんがそう頷くや、鹿波さんはどう反応すればいいのかわからなかった。
「そして、それを見せたのが……」
「金鹿之神子……最初の神子だった」
「それじゃ……全ては幻だった?」
「いや、早瀬警部が当時、事件捜査に参加していたから、幻とは云えない」
「巴にだけその幻を見せた……」
そう彼女や僕たちを助けてくれたのは……
「友依だった……でも、彼女は三十年前に殺された」
「どうしておばあさまは少女をあなたと同じ名前にしたのか、それはおばあさまなりの感謝の意だったの…… 何せあの子はおばあさまに尽くしていたのだから」
「ちょっと待って、それを知っていたと言うことは」
「彼女が孤児院で怜さんに手助けをしていた少女だった」
僕がそう云うと、由佳里さんは頷いた。
「でも、だったらどうして、どうしてあの時、友依や、大聖たちを……」
鹿波さんは言葉を濁らせる。
由佳里さんの表情が曇り、ジッと僕たちを睨むように見詰めていたからだ。
その表情に、鹿波さんはその先を云えなかった。
「大聖や洋一、そしてこの舞台を作り出した脚本家……縁を助けられなかった理由は、私が病院に付き添ったのが原因なの……。そして私は、その日殺された……」
「だけど、神子の力を持っている君は他殺による死は、僕たちの考えている“死”とは違う」
「存在が無くなるだけで、その者自体が亡くなるわけではない」
「い、云ってる意味がわからない……」
僕たちの話を聞きながら、冬歌ちゃんが首を傾げながら云う。
「要するに幽霊ってこと?」
「どういう意味?」
「だって、存在…… つまり私たちの目には見えないから無くなるわけで、実際は存在して…… あれ?」
深夏さんは自分で説明しながら、首を傾げる。
「私と巴は空気なものだと思えばいい……」
「つまり存在しているけど、存在していないものってこと?」
「もっと具体的に云えば、水中の中の空気。泡となった空気は目で見ることは出来る。でも、水面から上がった空気は目に見ることは出来ない」
「なるほど、たしかにそれなら、“存在しているけど存在していない”になりますな」
「僕たちは目で見えているから存在していると思うのと同じでしょうか?」
「絵に描いた餅とでも云っておきましょうか?」
「どんなにおいしそうなもちの絵でも、食べられなければ何の意味もないって諺でしたっけ?」
春那さんがそう訊くや、由佳里さんは頷く。
「正樹さん。私からも質問します――どうして三度の舞台にて殺されたにも関わらず、何故この舞台に自ら立とうとしたのですか? 貴方にとって、四年前の事件は耶麻神と決別するよい好機だったはずです。そのために私は貴方の記憶を塗り替えた……」
その言葉を聞いて、僕は驚く。
「君が……僕の記憶を……」
「本来なら……これは全て、鹿神さまがみせた余興。もちろん誰一人殺すものではありません。全て夢の話とするのですから……」
「それじゃ……その夢に便乗して、今までの舞台が出来上がっていたという事?」
「でも、それじゃお父さんやお母さんは?」
「大聖が死んだのは八月七日。霧絵は元から今日死ぬ事になっていました。霧絵の運命は変えられなかったにしても、大聖のは残念で仕方がありません」
「それは変えることの出来ない運命。でも、僕たちがこうして生きていることは」
「この舞台の幕をあなたたちが下ろしたからです」
そう云う、僕は怪訝な表情を浮かべた。
「私たちが養子として、此処に来たのも、神様の気紛れ?」
「いいえ。それは孤児院で地獄のような毎日を過ごしていた大聖が抱いていた夢。あの子はその夢を叶えたかっただけ…… 霧絵の子があの祭りの日に死んだのもまた運命」
「運命、運命って! 何でもかんでも最初から決まってたようないい方するわね?」
深夏さんが怒号を放つと――
「でも、もしそれが運命じゃなく、普通にお父さんとお母さんの間に子供が出来ていたら、私たちはこうやっていっしょになってなかったんじゃないかな?」
秋音ちゃんがそう云うと、「確かにね。孤児院での事件だって、お父さんたちが幸せに過ごしていたら、あんな結末にはならなかっただろうし……」
春那さんも秋音ちゃんの意見に同意なのだろう。
「あの早瀬警部? その箱をそのままなかった事にしていただけないでしょうか?」
「うぅうむぅ、しかしですなぁ? こうやって白骨死体が見つかった以上、報告しないわけには……」
由佳里さんのお願いに、早瀬警部は苦笑いを浮かべる。
「ねぇ? 子供たちには元から戸籍ってのがなかったのよね?」
深夏さんがそう云うと、由佳里さんが頷いて答える。
「だったらさ、そのまま埋めてあげた方がいいんじゃない? その祠に神様が祭っていたのと同じようにさ、お墓だって、霊を鎮めるためにあるんでしょ?」
「つまりそれと同様にってこと?」
「そっ、そうすれば私たちはこの山に神様がいたという証明が出来る」
「あんまりお勧め出来ませんけどね?」
早瀬警部が再び苦笑いをする。
「でも、このままだと墓荒らしになりますし、大罪じゃないんですか?」
「白骨死体を遺棄してるほうがもっと大罪だと思いますけどね」
そう云いながらも、早瀬警部は骨壷を箱の中にしまう。
「でも……どうするんですか? あれだけ荒らされて……しかもこれから警察による捜索や貴方たちへの尋問が……いや、聞くまでもないですな――」
早瀬警部はそう云うや、由佳里さんを見遣る。
「屋敷内の惨状は幻ですかな?」
そう訊ねるが、由佳里さんは首を横に振る。
「それじゃ少なくとも警察のお世話になるんですなぁ…… うぅぅん、少しばかり面倒ですね」
それを聞いて、春那さんがキョトンとする。
「あの、面倒って……」
「いぃやぁねぇ…… だいぶ昔に、大聖くんから少しばかりお願いされてたんですよ」
「お父さんから? 何を……」
そう訊かれ、早瀬警部はひとつばかり咳き込むと――
「もし自分や霧絵の身に何かあって、あなたたち姉妹のことを見れなくなったら、私に後見人として見守ってほしいと云われましてね。なははははっ! こりゃまぁ、驚いたことで」
それを聞いて驚いたのは、云うまでもなく春那さんたち姉妹だった。