拾伍【8月11日・午後4時20分】
HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。
警察官の二人は浴衣を着て、広間に座っていた。
「後は鶏小屋ですけど…… 澪さん、入れるようになっているんですか?」
春那さんが澪さんにそう訊ねると、澪さんは首を横に振りながら、
「それが、春那お嬢様…… 釘抜きが何処にも見当たらないんです。繭と瀬川さんとで倉庫内を隈無く探しましたが見つからず……」
澪さんが僕を見ながら話す。
「いつもの場所に置いておきなさいと言っているでしょ」
「それが打ち終えて、繭が金槌で手遊びしている時、深夏お嬢様を起こす事を思い出して落としたっ切り、その場に放置したままだったのですが、その金槌が元の場所にあったのです。釘入れも同様に……」
「他の二人が持って直したのでは?」
早瀬警部が僕と澪さんを見るが、二人とも首を横に振る。
「それにしても解せませんな? 直した覚えがなく、無くした覚えもない。今日、倉庫に入ったのは…… 貴方達使用人の三人だけですか?」
そう言われて、僕と澪さん、そして繭さんは頷いた。
咄嗟に春那さんを見るが、彼女も入ってはいないのだろう。
僕の視線に気付くなり、首を横に振った。
「それにしても、秋音ちゃん遅いですね?」
「多分、髪を乾かしてるんだと思うわよ」
「うーん、男は気にしないからな」
「ふふふ、それが男女の違いよね。女の子は少しでも髪の毛が濡れていると嫌だから」
どうして僕が秋音ちゃんを気に掛けたのか。それは、既に三十分ほど経っていたからだ。普通、着替えるだけだったら、十分とかからない。
そう話していると、広間の襖が開く。全員がそちらを見るが、入って来たのは秋音ちゃんだった。
彼女は戸惑いながら、警察官の二人に会釈すると、いつも座っている場所に座った。
「全員そろいましたね?」
「……全員? 深夏姉さんと冬歌…… 渡部さんと……母さんは?」
まだ状況が飲み込めていないのか、秋音ちゃんが全員の顔を見渡しながら言う。
「秋音、落ち着いて聞きなさい。今朝早く、貴女が出た後、渡部さんが鶏小屋で殺されていたの」
その言葉に秋音ちゃんは怪訝の表情を浮かべる。
「ね、姉さん、冗談だよね?」
「こんな事を冗談で言いますか? 渡部さんが殺された後、深夏も何者かに殺されていました。その後にタロウ達が惨い殺され方を……」
春那さんは言葉を止めた。
惨い殺され方。まだあの凄絶な地獄絵図を見ていない秋音ちゃんに対しての心遣いだろう。
実際に見てしまえば、その言葉を容易く裏切るからだ。
「冬歌と母さんは?」
「二人とも行方不明よ」
「えっ! 嘘っ? だって、靴が……」
「靴があるからって必ずいるとは限らないでしょ?」
秋音ちゃんは他の人達の顔を見る。春那さんが言っている事が今一つ信じられなかったのだろう。
「それで、秋音さん? 貴女は朝早く何処に?」
如月巡査が質問を始める。
「――学校です。同級生に呼び出されて」
その言葉に僕と澪さんは首を傾げた。
「……あれ? 秋音ちゃん? 確か、吹奏楽の練習で屋敷を……?」
僕は咄嗟に澪さんを見た。
澪さんも可笑しいと思ったのだろう。しかし、思い出すに連れ、二人とも勘違いだと気付く。
あの時、彼女自身の口で聞いてはいない。澪さんが聞いて、それに対して頷いただけだ。
第一、いくらなんでも午前四時に学校に向かうと言うのがそもそも可笑しかった。
元より彼女がしっかりしている為だったのだろう、澪さんは何の疑いも持たなかったのだ。
だが、学校に行っていた事には間違いないのだろう。
『最新の天気予報をお送りいたします。先程長野県北部で大粒の雨を観測。一時間で50センチの雨量と推測されます』
繭さんが点けたのか、テレビからニュースが流れる。
『昨夜、長野県**市にあります、耶麻神グループの支部店で死体が発見されました。
死亡者の名前は【叶啓介】(39) 警察は自殺と他殺の両面での捜査を開始しているとの事です』
「またですか?」
早瀬警部が怪訝な顔でテレビを見ながら呟いた。
「――また?」
僕がそう聞き返すと、早瀬警部は咳き込んで誤魔化した。
そんな早瀬警部を僕と如月巡査以外が訝しく見つめていた。
「他に入れない場所は?」
話題を変えようと早瀬警部は春那さんに話し掛ける。
「書斎だけは入れません。あそこは父の仕事場ですから、私でも鍵を持っていないんです」
「つまり、他の所は入れると?」
そう言われ、春那さんは頷いた。
「つまり…… そこを除けば、どこでも自由に出入り出来るのは…… 春那さんだけとなりますかな?」
早瀬警部は僕達を見渡しながら聞く。春那さん以外、全員が頷いた。
「うーん、二人が殺されて、二人が消えて…… 何処かの小説みたいですね? 既存の小説を捩った殺人事件……」
よもやそんな事で片付くならその方が良い。
これは歴とした殺人事件だ。だけど、それが殺人事件というのも可笑しい。
要するに殺せるだろうが、殺すにも行動時間が明らかに短すぎると言う事だろう。
深夏さんが殺された時、時間は沢山用意されていただろうが、他の二つ、渡部さんが殺されたのと、タロウ達が殺された時を考えるとそれがあてはまらなかった。
しかし、5つの死体を見ていない秋音ちゃんはやはり信じられないといった様子だった。
「雨が強くなって来ましたなぁ」
早瀬警部が誰彼無しに訊ねる。そんな彼の質問に答えるかのように、テレビで土砂崩れの速報が入った。
『長野県**郡にあります山群で大量の土砂崩れが発生した模様。突然の大雨と重なり、登山者が数名行方不明になっている模様』
繭さんがスッと立ち上がり、台所の方へ行く。
「繭? どうしたの?」
「いや、食料あったかなって? なかったら、今日、深夏さんと待ち合わせだったのよ」
厨房にある大きな冷蔵庫が開く音がした。
「うーん、まだ一週間くらいは持つかな?」
「瀬川さん以外、大事なお客様が来る予定もありませんでしたから……」
春那さんが早瀬警部と如月巡査を一瞥すると吐き捨てるように言う。
「はははっ! 職業柄、嫌われていますなぁ?」
早瀬警部が笑う。
「ねぇ?」
秋音ちゃんが誰に声をかけたわけでもないのだが、全員が視線を其方に向けた。
「深夏姉さんの顔見ても良いよね? 渡部さんが殺された鶏小屋に入れないんじゃ……」
その問い掛けに誰も答えようとしなかった。その不可解な行動に秋音ちゃんは首を傾げる。
「どうして? そんなに酷いの」
まだ死体を見ていないからこそ訊ける質問だった。
彼女の中では深夏さんの胸か何処かに鋭利な刃物で刺し殺したか、撲殺、あるいは絞殺されたとしか思えないのだろう。
――殺人は殺せば良いだけの話だ。
だから、トリックを考え、それを実行すれば済むだけの殺し方で人を殺す。
だが、現実の殺人事件では使われない。
何故なら殆どが突発的過ぎるのだ。
通り魔の様にうしろから殺すのもあれば、感情的になり無我夢中で殺すというのもある。
つまり推理小説みたいに綺麗な殺し方など皆無に等しい。
ようするに推理小説はあくまでエンターテイメントで、殺人事件の推理を解かせるのが目的であり、犯人を見つけるのが目的ではない。
例に【古畑任三郎】が出て来る作品を思い出して欲しい。
あの作品は既に犯人がわかっている。つまり、最初二十分で終わってしまうのだ。
しかし、それではドラマとして成り立たない。
犯人が使用したトリックを考え、それを推理するのがあの作品の本来の姿なのだろう。
「ねぇ? そんなに酷いの? 深夏姉さん」
彼女の問い掛けに誰も応えない。
「いいわ! 自分で見て来る!」
誰も自分の質問に応えてくれない歯痒さからか、彼女はスッと立ち上がり、広間を出ようとした。
「――秋音?」
「どうして? 姉妹なのよ! 姉の死顔を見るのがどうしていけないの?」
彼女の意見は尤もだ。
「落ち着きなさい! 警察の方は余り触れてはいけないって」
「顔を見るだけよ! それがどうしていけないの?」
春那さんの制止を振り切り、秋音ちゃんは多少乱暴に襖を開け、深夏さんの部屋へと消えて行った。
「と、止めなきゃ! あれを秋音お嬢様に見せたら」
澪さんが立ち上がろうとしたが、時既に遅かった。
深夏さんの部屋で悲鳴が聞こえた。
その荒んだ声は彼女の想像を遥かに超越していただろう。
「いぃやぁ! なっ…… なにぃ? 何これ? 何なの? 何なの? 本当に? これ? 本当にぃ? 本当に、姉さんなの? ねぇ? 誰が来てぇ! どうして、こんな風になっているの? ねぇっ!? 教えてよぉっ!! どぉぅしぃてぇ! 姉さんの目がなくなってるのぉっ!?」
秋音ちゃんの絹を裂く声が広間まで聞こえる。
数秒して、彼女は広間に戻って来た。
その顔はまるで生ける屍だった。目が虚ろで何処を見ているのかわからない。
今にも姉の後を追いそうだった。息も正常ではない。
ガクンと自分の座るべき場所に跪き、ジッとテーブルの木目を見ていた。
「け、警部?」
如月巡査が早瀬警部を見るが、彼も秋音ちゃんの失望した顔をただ見るしかなかった。
勿論、僕達も誰一人声をかける事が出来なかった。
否、秋音ちゃん自身がそれを拒んでいる。今、彼女に掛けてやる言葉が出てこない。
くそっ! 犯人は誰なんだ?
……否! 違う! 犯人は人間なのか? 若し、人間なら……人間の出来る所業なら…… 犯人は……一体何を考え、何を思って彼等にあんな殺し方をした?
また聞こえるはずのない鹿威しが鳴った。