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陸拾陸【8月12日・午後8時12分】


 正樹が深夏と冬歌の傍におり、その近くには精霊の瀧で溺れていた男を救い上げようとしている何人かがいる。


「ど、どうしてだ? お前! 確か犬に噛まれて死んだはずだぞ! 間違いない! おりゃぁ、目の前で犬がお前の首根っこ噛み付くところを見てるんだぁっ! ありえねぇ! 人間があんなところ噛まれてぇ生きてるはずがねぇっ!」


 私の目の前にいる男が、狼狽しながら狂ったように叫ぶ。

 まぁ確かに、私は防空壕の中で、タロウとクルルに首根っこを噛まれた。

 けど、実際噛まれたのは首ではなく、“首に見えるようにギリギリの部分を噛んだ”。

 それはつまり、タロウとクルルが噛んだのは肩の部分だったということ。

 あの子達は最初、確かに本気で私に噛み付いたけど、それは徐々に甘噛みへとかわっていた。

 さすがにそこまで犬が演技を出来るのかというと疑わしいけど、空気を読んだのだろう。

 最初に本気で噛んだ事で、私に操られているという錯覚をさせる。

 だからこそ私は本気で悲鳴をあげたし、違和感を持った。


 でも、最後に私の首を噛もうとした時にかすかに聞こえた。

 ――あの子達が小さく泣いていたのを……

 それに、そもそも私はこの世の人間じゃないから“死ぬ”ということはない。


「鹿波さんっ? タロウとクルルは?」


 正樹がそう叫ぶと、タロウとクルルがそちらに首を向ける。


「大丈夫っ! さっき澪が犬笛で指示をして、それに気付いていたから!」


 三匹が同時に同じようなことをやる指示は別にある。


 暗闇の中、作業着の男たちが冬歌に目掛けて銃を撃とうとした刹那、一瞬だけ犬笛が聞こえた。

 その音はハナに危険だと報せるもの。そのお陰でハナは冬歌に襲い掛かり、弾が外れた。

 その後も、ハナは作業員を襲い掛かっていたが、その近くにいたはずのタロウとクルルは微動だにしていない。

 二匹がその音に対しての命令を知らされていないから、知らされていない命令を実行するのは優秀な彼らには無形となる。


 タロウたちと澪の間に、主従としての信頼関係があることを信じていたからこそ、私と正樹はギリギリまで耐えられたんだ。


「冬歌っ! 足は大丈夫っ?」

「えっ? えっと…… 大丈夫!」


 もちろん大丈夫じゃないのはわかってるけど、強がっているのは重々理解出来た。

 深夏も気を失っていたけど、深夏と冬歌を早く霧絵の傍に連れて行かないと…… 取り返しがつかない。


「正樹っ! 今何時?」

「八時十四分ですっ!」


 そう云うと、正樹は冬歌を抱え、深夏に肩を貸す。


「まてぇやぁっ! このぉおおおおおおおおおっ!」


 近くにいた男が近くに落ちていた木の棒で正樹を殴りかかる。


「がはぁっ!」


 正樹は少しばかり蹌踉よろめくが、すぐに体勢を整えた。


「まーちゃん?」「おにいちゃん?」


 深夏と冬歌がそう叫ぶが、男はもう一度頭を殴った。


「おらぁあああっ! 余所見してんじゃねぇっ!」


 私と対峙していた男がそう叫び、私に襲い掛かってくる。


「げぇほっ」


 男の拳が私の鳩尾に深くはまり、私は嘔吐を催した。

 ダラダラと涎やらなんやらが胃の中から込み上げてくる。

 死んでいるとはいえ、痛みとかがあるから眩暈で足元が蹌踉めく。


「女が男に歯向かってんじゃねぇよぉっ! お嬢さん!」


 男が回し蹴りで私の頭を蹴りつける。


「ぐぅふぅっ!」


 硬い何かを頭に叩き付けられたかのように、私の意識は面白いくらいに揺らぐ。

 それでも私はまだ目を男に向けていた。男はその視線にギョッとする。


「おいっ…… お前、確か秋音ってがきと同じくらいだよなぁ? まだ生きたい年頃だよなぁ? おいっ! どうしてそんな目が出来る? 跪けっ! そして泣き叫べ! 慟哭しろ! 助けを求めろよぉ!」

「それが出来れば苦労しないわよ」


 その言葉に男は顔を引き攣る。


「いい? あなた達は私たちを殺すことを命令されている! そしてそれを実行している! だったら、殺すのが最低限の礼儀じゃないの? そして! 私たちはそれに歯向かい、抗う! それが私たちの礼儀! だからこそ! 私はあなたに! 何の恨みも持たないあなたたちに憾みの目を向けてるの!」

「るっせぇぞっ! がきぃいいいいいっ!」


 そう叫び、男は私に銃を放つ。動転して銃口がずれたのか、弾痕は左腕を貫く。


「なぁにをわかりきったこといってんだよ? いいかぁ? 人を殺すことに、礼儀なんてもんは! そんなもんないんだよっ!」


 男はもう一発銃を放つ。


「どうしたよ? 威勢がよかったのは最初だけか?」

「そう云ってるわりには、さっきから致命傷になってないわよ? 態と外してるわけ? だったらそれこそ礼儀知らずじゃないの? 人を殺す事を目撃としているのなら、最低限のことで殺しなさい!」

「うるせぇっ! うるせぇっ! うるせぇっ!」


 そう叫ぶや、男は銃を二、三発撃った。


 その銃口は最早私には当たっていなかった。

 最初の一発は虚空に……二発目は地面に……最後の一発は…… 自分の足に……


 銃を撃つ際、構えを取らなければいけない。

 それが片手しか使えなかったとしても、必ずブレを生じさせないためにも、姿勢を正せるようにしなければ撃つ事は出来ない。

 その支えが不安定になれば銃の焦点は可笑しくなる。


 いや、私に銃を向けていた時から、焦点は合っていなかった。

 最初に私の左腕を貫いたときがそうだったから……

 茂みの方からカサカサと物音が聞こえる。


 正樹を殴っていた男がその音に気付くや、舌打ちをし、銃をそちらへと向けた。

 ――“二つ”の銃声が闇夜に轟き、正樹と深夏の間で男が跪いた。


「殺人未遂および銃刀法違反。ならびに不法進入! お縄についてもらいますよ!」


 茂みの中から叫び声が聞こえたと同時に、数人の警官が一斉に飛び交ってくる。


「くっそぉっ! おい逃げるぞぉっ!」


 茂みで隠れていた男たちが一斉に逃げようとするが、


「うわ、何だこれ? こんなの生えてなかったぞ?」


 男たちの足元にはその言葉の通りに雑草が“蔓延って”おり、まるで道を塞いでいるようだった。

 そうか…… どうして精霊の瀧に住むといわれている神使がやつらをここに入れたのか……

 それはここに足止めしようとしたから……

 だからこそ、深夏と冬歌をこの場所に置いておく必要があった。


 そういう事でしょ? 本当の金鹿之神子さま……

 ううん…… 三十年前に殺された…… 少女……


 名前は“友依ともえ”…… 私と同じ名前。

 “友達のよりどころ”という意味でつけられた名前。

 それは多分本人は知らないと思う。死んだ後につけられていただろうから、でもそれをつけたのは……

 大聖が彼女の無縁仏を作った時に名前がないのは不便だという理由からだ。

 でも一番しっくりする。大聖にとって、少女は女職員の次によりどころとしていたはずだから……


「全員銃を捨てて、両手を頭につけろ! 変な動きをしたら撃ち殺すぞっ!」


 一人の警官が怒声をあげる。


「ちょっとちょっと、それじゃ脅迫になりますよ?」


 一人の老兵がいつもの含み笑いを浮かべ、若い警官の背中を叩く。


「は、早瀬警部?」

「皆さん無事とはいえませんけど、死ななかったからいいですねぇ?」


 早瀬警部は私や正樹たちを見ながら、もう一度小さく含み笑いを浮かべる。


「この状況で笑えるのは警部くらいですよ?」

「私は現場に何十年もいましたからね。こんなのは重要じゃないんですよ?」


 何か緊張の糸がプツリと切れたような感じだ。

 警官数名が茂みで隠れていた男たち、足を打った男、正樹と深夏の間で倒れている男が、繋がった手錠をはめられ、まるで大名行列のように並ばされている。

 何人かは抵抗していたが、抵抗すればするほど手錠の締めが強くなるらしく、しまいには観念したのか大人しくなっていた。


「では、警部。かれらを署に連衡し、調書をとります。何か指示は?」

「そうですね。一応彼らは殺人未遂と不法侵入の容疑は確定してますから、その+αを訊きとっておいてください」

「了解しました」


 そう云って、警官たちは屋敷の方へと戻っていった。


「ほ、他の犯人グループは? 確か十二支にあやかって、何グループかにわかれてるはずじゃ?」


 私がそう訊ねると、「一応捕らえてますよ。まぁ、何人かは逃げてしまっていますが、それも時間の問題でしょ? ただ、まだ春那さんと秋音さん。霧絵さんの姿を見てないんですよ」


 三人の行方を訊ねようとしたのだろうけど、私が知らなそうな表情を浮かべると、早瀬警部は少しばかり表情を暗くした。


「それじゃ、もう……」

「ええ。犯人が屋敷にいる事はもうないですよ」

「屋敷内を隈なく探しても、母さんたちが見付からなかったって事ですか?」


 目を覚ました深夏がそう云うと、早瀬警部は頷いた。


「他に閉まっている場所は?」

「ないと思う。あったとしても……」


 そう云うと、深夏は少しばかり思い出すような仕草をする。


「ねぇ、まーちゃん? 小さい時に父さんや大河内さんを驚かそうとした時、よく私や姉さんと一緒に箪笥や押し入れの中に隠れてたじゃない?」


 正樹の意識が戻ったことを確認すると、そう訊ねる。


「えっと、よく覚えてないけど、多分そんなことをしていたと思う」


 正樹は意識を朦朧としながら、言葉言葉を選んでいた。

 深夏の話だと、押し入れから入り、電気工事などをしているらしい。


「それはそれは、盲点でしたねぇ?」


 早瀬警部がくくくっと哂う。


「今まで防空壕に目がいってたし、犯人もそこから来ていた。深夏? その押し入れから屋根裏に上るのは全部の部屋に共通する事なの?」

「廊下をはさんだ部屋は押し入れ自体がないから無理だけど、書斎以外だったら全部に共通してる。でも、出来るのはその部屋の工事だけ」

「電話回線とかは?」

「春那姉さんの部屋にあるパソコンでネットは出来るけど、確かモデムを電話のある屋根裏にに置いて、LANケーブルを部屋に垂らしていたはずよ」


 私は深夏の説明にわかったような表情を浮かべるが、実際何の事だかさっぱりだった。


「まぁ、後はねずみに噛まれないように対策もしてるし、こんな山奥だと業者を呼ぶのも一苦労でしょ?」

「そうなると、春那と秋音は屋根裏に非難してるって事になる?」

「そうなりますかね? 警部の話だと、屋敷の中を隈なく探しても見付からなかったわけですから」

「もしくは犯人の誰かがそこに匿ったか……」


 此処であーだこーだと言い合っても埒が明かないので、全員で確かめる事にした。


「タロウっ! クルルっ! ハナっ! いくよ!」


 深夏がそう云うと、三匹は少しばかり山の方を見た。

 多分澪のことを心配したのだろう。


「大丈夫ですよ。アチラはアチラで決着をつけるでしょうから」


 早瀬警部がそう云うと、タロウたちはこちらへと歩み寄ってきた。


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