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拾肆【8月11日・午後3時】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


「け、警部? こ、これは? 一体?」

 ソレを見ていた若い警官は引き攣った表情で初老の警察官を見ていた。

 しかし、その男も顔を強張(こわば)らせていた。


「一体、何時?」

「発見は恐らく午前六時前後。第一発見者は大内繭。この屋敷で働いている使用人です」

「そ、それにしても、このガイシャは何時殺されているんでしょうな」

「昨夜は十一時くらいまでゲームをしていたと思います。隣部屋が私の部屋ですから、その時間まで私も起きて、仕事をしていましたから」

「仕事?」

 若い警官が春那にそう尋ねると、

「確か、春那さんは耶麻神グループの社長でしたね? ……すると、仕事というのは?」

「会社の運営をパソコンのチャットで、他の支部の方と連絡を取り合っていました」

 淡々と説明する春那を見るが、視線は深夏の死体に向けられていた。


 その死体を見ながら、初老の警察官。早瀬廣一(はやせやすかず)は部屋の周りを見ていた。

 度々、枕許(まくらもと)の赤黒んだ血の(あと)とあまり(よご)れていない周りの風景を見比べていた。

 それもそうだろう。普通だったら、血が敷布団と枕に染み付いているなら、血飛沫を上げて、部屋の天井まで届くとまではいかないが、周りに散らばっているはずである。

 それなのに、この綺麗な部屋の壁は、まったくそれを為していなかった。

「う~ん、如月きさらぎ君? どうしました?」

 早瀬警部は若い警察官を一瞥した。

 若い警察官の名は『如月英昭きさらぎひであき』と言う。階級は巡査。まだ十九歳である。

 その如月巡査は口を押さえていた。彼にとっては初めての事件である。

 その初めての事件に立ち合って、本物の死体を見るのも初めてである。

 しかし、深夏の死体は生温いかもしれないが、それは虚構の話でだ。

 ゾンビ映画だと顔が爛れ、眼球は今にも落ちそうなものかもしれないが、それは作り物。顔に特殊メイクを施せば済む話だ。

 しかし、今目の前にあるのは現実だ。

 双眸は窪んでいる。そこから流れていた血が目尻に筋を引いていた。

「うぅうぅ……」

 医師を目指す学生が初めて死体を見る。そして本物の五臓六腑や大小の腸を見た時と同じ反応をする如月巡査は、死体から視線を外していた。

「如月君? 駄目ですよ、ここで吐いたら」

 早瀬警部は振り向かず、ジッと深夏の死体を見ながら言った。

「うぅん? 私は鑑識員ではないですから、詳しい死亡内容はわかりませんね。まぁ、眼球が抉り取られていて、そのショック死でしょう」

 そう告げられると春那は俯いたが告げた早瀬警部も自分で言って納得がいかなかった。


 体の至る所、いや全てに血管は張り巡らされている。無論、眼球にも細い血管が無数に入り込んでいる。

 しかし、眼球内にある血管は他のよりも細く、血管自身が血の流れを止める性質がある。

 カサブタはそんな性質で出来る。

 もちろん皮膚が自己再生しようとしているから出来るものだ。

 しかし、それを考えると、深夏が死んでいるのが如何せん妙だった。眼球を抉り取られていただけなら、目に繋がる血管はさきほど言った通り、傷の入った所を自己修復する。

 つまり、奇跡的には違いないが生きていたという可能性も否定出来ない。

 窪みの奥まで調べないとわからないだろうが、早瀬警部は恐らくそれ以上の事をされていると想像し身震いをした。


「他に入れる場所は?」

「犬小屋が入れるかと、その鍵は私が持っていますから」

「そ、それじゃ…… 僕は先に行っていますから……」

 如月巡査は口を押さえながら、足早に部屋を出た。

「ふふふ……青いですなぁ? これが初めてとはいえ、これからもっと凄い、凄絶な死体も見るかもしれませんのでねぇ」

 早瀬警部が冗談交じりに言った。それが本当だと言う事を露知らずにだ。


 正樹達が倉庫で話していた時はまだそんなに雨が降っていなかった。

 なので、泥濘(ぬかるみ)も何もなく、三人の足跡は残らないだろう。

 春那はカチャカチャと犬小屋の鍵を開け、中ドアも開けた。

「それでは、見てみま……」

 早瀬警部は口を止めた。如月巡査は耐え切れずにその場で吐いた。

「こ、これは? は、ははは…… 一体、これはどういう状況なんですかね? こ、こんな! こんな死体、今の今まで!!」

 早瀬警部が狼狽するのも無理はない。

 彼は確かにベテランの警察官だ。しかし、彼の想像すら侭ならないタロウ達三匹の言葉通り、物言わぬ死体は何十、何百もの死体を見た彼ですら理解出来ないだろう。

 それこそ、想像でしか把握出来ない一般人が見ただけでも吐き気を催す事は言うまでもないが、人間のする事など高が知れている。想像と現実は一致しない事が殆どだ。


 車で轢き殺す事を轢殺(れきさつ)と言う。

 押し潰して殺す事を圧殺あっさつ)と言う。

 家畜を食用に裁く事を屠殺(とさつ)と言う。

 暗闇の中に潜んで殺す事を暗殺と言う。

 企てて殺す事を謀殺(ぼうさつ)と言う。

 故意に殺す事を故殺と言う。

 毒を盛って殺す事を毒殺と言う。

 同様の意味で薬殺と言う言葉もある。

 殴り殺す事を撲殺と言う。

 一人残らず殺す事を塵殺(おうさつ)と言う。

 銃で殺す事を射殺と言い、銃殺とも言う。

 焼き殺す事を焼殺と言う。

 刺し殺す事を刺殺と言う。

 一通り【殺】という意味を含めた単語だけでもこれだけの意味がある。

 しかし、人間が出来る事は大概ひとつやふたつだろう。余程の狂人でなければそこまで出来ないかもしれない。

 余程の覚悟を持っている人間でしか出来ないかもしれないだろうが、タロウ達の骸はそれを何度も何度もされたかの様だった。

 時間が経っていた為、彼等の死体は強い日に当てられていて腐蝕が始まっていた。

 胎児に至ってはその形すらわからない、黒い塊か塵くらいにしか見えないだろう。

 鏤められた臓器は天井もない犬小屋に入り込んで来た(カラス)達が啄ばんでいた。

 その烏達の(くちばし)は赫々に染まっていた。


 雨が激しく振り出した。

 その雨粒に当てられた鴉達は逃げるように飛び立っていった。

 後に残ったのは無残に食い荒らされたゴミだけだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 僕と繭さん、そして澪さんの三人で倉庫内を探していたが、数分以上経っても釘抜きは見つからなかった。

「これだけ探しても見つからないって事は、何処か他の所にあるんじゃないんですか?」

「それはないわよ! 使い終えたら必ず元のところに戻すように言われていますから」

「でも最近使ってないわよね」

 澪さんがそう言うと、繭さんは黙って頷いた。


「そ、それにしても、雨音が強くなってきましたね」

「本当だ。春那お嬢様達……大丈夫かしら?」

「それもあるけど、秋音お嬢様は傘持ってなかったわよね?」

 確か今朝見た時秋音ちゃんは傘を持っていなかった。

 恐らく、折り畳みの傘を持って行ったのだろうが、これだけ雨が強ければ、折り畳みの小さな傘では頼りないだろう。

 その事を話していた時だった。


 劈く様な雷鳴が轟き、屋敷内に響いた。その直後、更に外の雨音が激しく鳴り喚く。

 その音で吃驚して、三人ともお互いの顔を見渡していた。

 もう一度、雷鳴が轟く。その瞬間だった。


「いぃやぁあああああああああああああああああっ!!」

 玄関から雷鳴に掻き消されそうなほどの可細いが絹を裂くような声が聞こえた。

「い、今? 悲鳴が聞こえませんでした?」

「えっ? 聞こえませんでしたけど」

 繭さんと澪さんがお互いを見るが気付かなかったようだ。

「いや! 確かに…… 玄関の方から悲鳴みたいなものが……」

 そう言うと澪さんが驚いた顔を浮かべた。

「――秋音お嬢様?」

 そう言い捨てると足早に倉庫を出た。僕と繭さんはその後を追った。


 玄関にはずぶ濡れになって帰ってきた秋音ちゃんがいた。

 薄い夏服の制服の下に着ているシャツを通り越して、ピンク色のブラジャーが透けている。

「……繭! バスタオル持って来て!」

 澪さんにそう言われ、繭さんは風呂場の方へと走って行くと、二、三十秒も経たない内に戻ってくる。

 繭さんはバスタオルを広げ、秋音ちゃんの髪の毛を拭う。


 また雷鳴が轟いた。先程と違ってかなり大きい。

 ――その刹那だった。

「ぃいぃゃやぁああああああああああっ!!」

 秋音ちゃんがまるで小動物の様に震え上がって、目の前の澪さんに抱きついて悲鳴を挙げていた。まるで音を拒むかのように。

「秋音お嬢様は、幼女の頃から極端に大きな音を嫌っているそうよ。吹奏楽部に入ったのもそれを克服する為だって、深夏さんが言ってた」

「ぅうぅ…… ぁああぁ……」

 余程恐かったのか、秋音ちゃんは濡れたまま澪さんにしがみつき、泣きじゃくっている。


「秋音?」

 背後から春那さんの声がした。振り返って見ると、裏口から戻って来たのだろう。

 警察官の二人がバスタオルを頭に被って此方に来ていた。春那さんも突然の暴雨で濡れたのか、バスタオルを頭に被っている。

「今おかえりになったみたいです」

 拭き終えたか、澪さんはゆっくり秋音ちゃんに被せていたバスタオルを取った。

 青褪めた表情で周りを見る。その表情は何処か恥ずかしさがあった。

 恐らく、中二にもなって、雷の音で悲鳴を挙げてしまう自分が恥ずかしかったのだろうけど、あれだけの雷鳴を聞いて、驚かない人はいないだろう。なので、僕も周りの人間も彼女を笑おうとはしなかった。


「ね、姉さん? その人達は?」

 漸く周りが見えたのか、秋音ちゃんは警察官の二人を見ながら言った。

「警察の人よ」

「け、警察? どうして?」

「……後で説明するわ。それより秋音、早く着替えて来なさい。お二人も、そのまま濡れているのも癪でしょうから、浴衣にお着替えください。澪さん、お二人に浴衣の用意を」

 そう言われて、澪さんは押し入れの方へと走って行った。秋音ちゃんも警察の二人に会釈すると自分の部屋の方へと消えて行った。


「う~ん…… 如月君、県警に連絡をしてくれませんかね? 無線なら通じるかもしれませんし」

 早瀬警部に言われた如月巡査は僕の靴を借り、玄関を出たが、余りにも強い殴り込むような雨が遣らずの雨と化していた。

 まるで白い緞帳が降ろされた様に5m先も見えない状態だった。

「け、警部?」

狼狽(うろた)えるな! 若人(わこうど)よ! それくらいが何ですか? 5m先までしか見えないなら、其処まで見えているって事でしょ?」

「そうではなく、車がないんです」

 その不可解な言葉に早瀬警部は訝しい表情を浮かべた。


 否、元々可笑しかったんだ。大体、秋音ちゃんが聞いていたじゃないか?

 それを警察の二人を見ながら言った。若し、パトカーが庭に止まっている事に気付いていたなら、あの二人が警察官だと言う事に結び付ける事も出来たはず。

 それなのに聞いたとすれば、パトカーを見ていないという事だ。


 ……あれ?

 今、確かに聞こえた。

 聞こえるはずのない音が確かに僕の耳に入った。

 閉められた玄関はガタガタと雨粒に叩かれ、音を鳴らす。

 それほどまでに外は暴雨となっている。だから、本来聞こえるはずがないんだ。

 だけど、確かに聞こえた。


 庭の鹿威しが音を鳴らすのが……


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