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伍拾伍【8月12日・午後3時21分】


「つまり、貴方達を雇っている女性は、三十年前、院長に殺された少女を探すために、この屋敷の地下にある防空壕の中を散策し、今や白骨と化した少女の遺体を発見するためだけに多額の金が必要だった」

「その金を作るために、青木ヶ原で自殺をする人間を発見し、本人が死んだ後、遺体を解剖して臓器を保存した後、それを売り飛ばしていた」

「君たちは自殺する事がわかっていて、見殺しにしていたと?」

「自殺するしないは本人の勝手だ。俺たちが止める道理はない」


 確かに園塚の云う通り、自分の命は結局その人間のものだ。どう扱おうと知ったことではない。


「次に昨日発見された長野県警本部長の死体ですが、それも貴方達が?」

「恐らく俺たちを雇っている女が一枚絡んでいる事には間違いないが、それに関して、俺は一切関わっていない」


 彼の話だと、本部長の行方がわからなくなった十日午後前後は長野には居らず、それを証明する人間もいた。

 事件当時、彼はこの事件とはまったく関係のない友人等と日帰りのキャンプに出掛けており、そのアリバイは完璧だった。


「こんな事をしている女性は、そこまでしてその少女を探したいんでしょうか?」


 霧絵がそう云うと、早瀬警部は少し首を傾げるが、「確かに……そのための資金を作るために臓器を売り捌き、耶麻神旅館の裏金にも関与していた。が、それをしていた本来の理由が少女の遺体を捜すことだった……」

「あんた達警察に頼めばよかったんじゃないのか? いくら昔に起きた事件の真犯人だったとしても、もう時効は過ぎてるんだ……」


 確かに時効は疾うに過ぎているし、何より警察以外で彼等を知る人間はいない。

 彼等の儀父母でさえ、真犯人である事を知らないのだから――


「女が防空壕で作業をし始めたのは?」

「多分五年前後だったと思う。俺はここ最近だったから詳しくはわからないが」


 “五年前……か”

 と、早瀬警部は何かを思い出そうとしていた。


「四年前に起きたバス転落事故も、その女性が?」

「いや、あの事件はあの後調べなおされていて、結局運転手の運転ミスが原因だったそうなんですよ。ブレーキ跡もなかったので、猛スピードだったでしょうね」

「何とも納得いってませんけど?」

「当たり前ですよ。本部長が裏金に関与していた事を知った今となっては、打ち切った事に納得がいきますけど、当時はまだそれすらわかりませんでしたからね」


 裏金の行き来はその女性にある。

 そして奇妙にも四年前、既に議員を辞めているはずの政治家が名前を連ねている。


「裏金に関与していた政治家に関しては?」

「それは追々。キチンとした証拠がない以上無理でしょうな。尤も、生きているかどうかわかりませんが……」


 早瀬警部は霧絵や舞には話していないが、大聖の死後、胃の中から発見されたマイクロSDカードに入っているデータのファイル作成時間が殺される三日前だった。

 その間、大聖が殺されたのは七日になるので、既に一週間前後が経っている。

 つまりはその間に殺されていても可笑しくない。

 それどころかリストアップされていた政治家は行方がわからないでいる。


「捜索には大体どれ位掛かるんですか?」

「飛行機事故や転覆事故などは災害になりますから、国が費用を出すんですけど、女性がやっている事は個人ですからね……人員や道具などの費用で一日に何十万も掛かるでしょうな」


 それを何年も続けているとなれば、一体どれくらいの金が掛かっただろうか……

 そして、早瀬警部はあえて捜索願に関して詳しくは云わなかった。

 捜索願を出したところで、警察は動く事はない。


 この作品ではしつこいほど云っているが、警察は事件があって初めて動く。

 捜索願が出ても、行方不明になった人間が何かしら事件に巻き込まれて、初めて照合される。


 もちろん願書は処理され、直ぐに見つかる場合もあるが、大抵は期待しない方が良い。

 同業者であるゆえ、仕組みを知っている早瀬警部はあえて、大聖に対しての捜索願を出させていなかった。

 一々放浪の際に願書を出していたら、幾ら大企業の家系だとしても、一体幾ら掛かるのか……

 それに大聖は出て行く前、早瀬警部に連絡をしている。


『今回の放浪で、大聖くんは岐阜の刀鍛冶のところに行っている。その事は私に報告しているし、霧絵さんや春那さんたちにも場所を云っている。霧絵さんたちは場所も帰る時間もわかっていた。少し遅れたくらいでどうにでもなると思っていたほどだったからな……』


 大聖が事件の事を知っていた以前に、この殺人劇が行われる事を知っていたのか…… いや……むしろ、それを止めようとしていた……


 突然、早瀬警部の携帯から着信音が鳴り出し、それが広間に響いた。


「もしもし?」

 早瀬警部は電話を取ると、“お? 首尾はどうかね?”

「み、三重野元警察医殿……?」

“ああ、今なぁ……そちらさんの近くまで来てるんじゃがな? どうも封鎖されとるんよ”

「封鎖? どのように」

“ああ。うちらがよく使っている“立ち入り禁止”のテープがな、そこらの木を使って張り巡らされとるんじゃよ”


 電話の内容が漏れているのか、霧絵がハッとする。

 そもそも今までだって土砂崩れによる封鎖はあったが、それは大雨が降っていた時に紛れて爆弾で崩していた。


「何とかは入れませんか?」

“取り外しに少しばかり手間が掛かるじゃろうが…… まぁ、何とかなるじゃろう”

「そうですか…… それじゃ、私も直ぐそこに……」


 早瀬警部はそう云うや、電話を切ろうとした時だった。


“君は屋敷にいなさい”

「え? ですが、人が多い方が……」

“君は大聖くんにお願いされたんじゃろう? 何があっても彼女達を護って欲しいと……それにな、こちらとしては人が少ない方が動きやすいんじゃよ……”

「……? と言いますと」


 途端、耳元から奇妙な音が聞こえる。

 微かに聞こえたその音は、自分が何度も聞いた事のある音だった。


“すまんなぁ……早瀬くん? 君はもう少し我慢すると言う事を勉強しなさい……”


 そう云うや、三重野は電話を切った。


「み、三重野さん? 三重野警察医!」


 早瀬警部は電話越しに叫ぶが、耳元からは無常にも電子音しか聞こえない。


「くっ!」


 早瀬警部は広間を出ようとしたが、「は、ハナ?」

 早瀬警部は目の前に立っているハナにギョッとする。

 普段、彼らは家で吠える事を禁じられている。

 増してやハナは冬歌を怯えさせないため、今までジッとしていた。

 以前ハナは冬歌とじゃれあっていた時、おなかを思いっきり頭で打たれた事があったが、それでも吠えていない。

 しかし今のハナは、早瀬警部をジッと見据えながら、喉を鳴らしている。


「ど、退いてください! ハナ! 今はあなたに構っている暇など!」


 そう怒鳴り散らすが、ハナが動く気配はしなかった。

 早瀬警部は次第にハナの声が微かに違ってきている事に気付く。

 最初は確かに確りとした音だった。それがどんどん可細くなっていく。


「ハナ……」


 早瀬警部はそう云いながら、ハナの首元を撫でる。


「本当は貴女もタロウやクルルを探したいんですね? でも、霧絵さんたちを護るのが番犬の役目でしたね……」


 ハナの首元を撫でながら、早瀬警部は霧絵を見据える。


「私は大聖くんにお願いされていた事を破るところでしたよ……いやはや、ジッとするのは性に合わない性格でね」

「大聖さんも同じですよ。ジッとしている性格じゃないですし、放浪は病気でしたからね。でも、ずっと私や春那たちの事を思って、何回も放浪をしてたんですから……」


 霧絵はそう云うや、ゆっくりと冬歌と遊んでいた子犬を抱き抱える。


「この子は…… この子の名前は“クリスマスカクタス”という花からあやかって、“クリス”と名付けましょう。花言葉は――“命の始まり”」


 そう云うや、霧絵はゆっくりと子犬をハナのところまで連れていき、「ハナ……あなたの母親であるセツは、あなたを生んだあと死んだわ。それをあなたは同じ事をこの子にするの?」


 ハナにそう言い聞かせるようにするが、実際はそうではなかった。

 今日、自分が自然に死ぬという運命を知っているからこそ、霧絵は母親になったハナに伝えたかったのだ。

 自分があの胎児を抱けなかった辛さと、母親であるセツが、ハナに何も出来なかった悔しさ。

 形は違うにしろ、同じ“母親”だからこそ、わかる悲しみだった。


 春那はジッと早瀬警部と園塚を見据えながら、「電話では警察がよく使っている立ち入り禁止のテープが貼られていたと言ってましたね? それは一般の人でも買えるんですか?」

「いや、舞台やドラマに使われる警察道具は買えるでしょうけど……実際は現場を調べている警察庁が入っているテープを使用しているんです。おそらくかれらに加担している警察が渡したんでしょうな」


 早瀬警部は園塚を見るや、「確かに俺たちの中に警察と関係している奴もいたが……あんたとさっき話していたやつは“テープが張り巡らされていた”と云っていたな。山の麓からこの屋敷に行くまでは一本道だ。張り巡らせる必要なんてあるか?」

 確かに園塚の云う通り、一本道なら一箇所。つまり、道を遮る様にすればいい。


「箱は確りテープで閉じないといけないって事じゃないのか?」


 園塚は冗談のつもりで云ったのだろうが、それが的を得ていた。



 早瀬警部との電話を一方的に切った三重野は、自分の隣りにいる渡辺を見遣りながら、「もう少し早く云えればよかったですね?」

 と、告げる。

 皮肉混じりの言葉だったが、渡辺は反論しなかった。

 いや、正論だったからこそ、何も云えなかっただけだ。

 もっと早くこの事を云っていれば、危険な目に合わさないですんだのかもしれない。

 いや、岐阜での一件で、大聖を殺した事でもそうだった。

 大聖は渡辺が何をしようとしているのかを知っているからこそ、あの場所を選んだ。


 霧絵と大聖、そして渡辺は大学時代の友人となっている。

 実を云うと大学時代、渡辺が霧絵に猛アタックしていたのだが、大聖が横恋慕するように割って入ってきて、奪うように霧絵と結婚していった。

 その事を怨みに持っている事は確かなのだが、今思えば、身を引いて正解だったと思っている。


 二十四年前、胎児を殺したのは……渡辺だった。

 妊娠中絶薬を裏で手に入れ、それを霧絵に飲ませた。

 渡辺の怨みはそこで終わった。

 大聖の子を霧絵に孕ませるのは癪だったからだ。


 ――そして、あの祭の晩。霧絵の胎児は流れて死んだ。


 それからの霧絵は真っ暗な部屋で空虚を仰ぐだけで、ほとんど何もしない。何か食べなければ、元々弱い体はさらに悪化する。

 渡辺も何か食べなければと云うが、霧絵は聞く耳を持たなかった。

 自分が本気で愛そうとしていた目の前の女性は、魂の抜けた人形のように見えた。


 目に生気は感じれず、綺麗だった長髪は婆娑羅髪と成り果てて、今の春那と同い年の女性だとは思えないほどに身窄らしかった。

 それほどまでにたった一人の男の“子”を持ちたかったのか……

 そこまで心を病ませるほどの事だったのか……


 いや、それは自分の子でも同じ事が云えるのではないか?

 もし自分の子供を身篭った女性に同じようなことが起きれば、また同じようになるのだろうか……


 いや、彼は一度見ている。

 三十年前の孤児院。男職員達に無理矢理孕まされ、蹴り殺されていった少女の表情は……あの時の霧絵と全く同じだった。

 あの少女たちの中に、一人たりとも、心から欲しいと思った子を身篭った者はいない。

 全員何回も妊娠させられては流されることを繰り返していたのだから、ボロボロの子宮では無理に等しい。

 ましてや衛生上良かったとはいえない環境で育ってきた彼等が、子供を育てる事は出来ただろうか……


「……っと、昔の事を悔やんでも仕方ないですよ?」


 三重野にそう云われ、渡辺は目の前を見据えた。

 立ち入り禁止のテープを剥がし、車が通れる状態にしたまではよかったが、まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされたテープは、入り口だけではなく、他のところにもあった。

 そこまでして全員を殺すつもりなのだろうか……と、渡辺は自分の過ちを悔やむ。

 それどころか、今こうやって渡辺を殺す事に失敗した女が、このまま屋敷に行かせるとは到底思えない。

 その証拠に、うしろでは三重野のSPがふたりを護る形になっていた。


「前方に従業員らしき服装の男四人。そのうち一人は回転式のリボルバーを処置」

「勝てる確立は……」

「わかりませんが……素人が持てる代物じゃないでしょ?」


 SPの一人がそう云うと、体勢を低くし、銃を持った男に走りこんだ。

 一瞬自殺行為に見えたが、そうではない。

 実は三重野が早瀬警部と電話をしていた前と間に、銃を持った男は無意味に五発ほど撃っている。

 ダブルアクションのものだったため、引き金を引くだけでいいし、すきを与える事もない。

 だが、銃を持った男はその力に頼っているだけだった。


 銃は“狙って撃たなければ”意味がない。

 何回も空虚を撃っていれば、弾はなくなり、そして、SPは男に弾を補充させる余地を与えていない。

 男が撃ったのは五発。回転式には五発と六発の二種類に分かれており、まだ銃を構えている事から、六発式だと見受けられる。


「う、うわあああああああああっ!!」


 男はSPに目掛けて銃を発射する。弾はSPの左肩を掠める。


「おおおおおおおおおおっ!!」


 SPはすぐさま体勢を整え、銃を撃った男を殴り飛ばした。

 男は顎を外し、その場に崩れるおちた。


「くっ!」


 従業員の男が、崩れ落ちた男の手から銃を取ろうとしたが、「ぐぅぎゃぁあああっ!!」

 地面に手をやったのが間違いだった。

 目の前にSPがいるにも拘らず、銃を取ろうとした事で、その手を踏み潰されたのだから……

 SPが足を外すや、男はボロボロになった手を必死に庇いながら、SPと距離を離すが、「せぇいっ!!」

 SPは離れた刹那を見切って、すかさず男に回し蹴りを入れた。


「がはぁっ!!」

 蹴り飛ばされた男は崖に背中を打ち、ズルズルと朽ち果てる。


「こんのぉおおおおおおおおおっ!」


 一瞬目を放した隙に男は、銃を奪い取り、SPに構えた。


「う、撃つぞ! 撃って殺すぞ!」


 男は足をガクガクと震わせている。銃を撃つのは初めてのようだった。

 銃を向けられているSPは呆れた表情で溜息を吐いた。


「な、なんだよ? 何でそんな風に出来るんだよ? お、おまえ! 殺されるんだぞ! それが殺される人間の表情かよ?」

「云っておくがなぁ? 俺たちはプロだ!」

「そ、それがなんだよ? プロでも殺される時だってあるだろう?」

「あぁ……プロでも、こんな危険な仕事をしてりゃあなぁ…… 何人も死んできたのを知ってんだよ。でもな? 俺たちは死んでも依頼主を護るのが仕事なんだよ!」


 SPはジッと銃を構える男を見据えながら、笑みを浮かべる。


「だぁかあぁらぁああっ! なんで死ぬかもしれない状態で! そんな表情が出来るんだよぉ?」


 銃を構えた男の口元が歪むや、SPは背後から残っていたもう一人から羽交い絞めされる。


「きゃははははっ! 形勢逆転だなぁ? いくらプロでも身動きが取れなかったら元も子もないだろう?」

「そうだよぉなぁ! そうだよぉなぁあっ!」


 銃を構えた男とSPを羽交い絞めにしている男が同時に嘲笑する。


「さぁ! 命乞いしろよ? そしたら、そこにいる爺さんと死に損ないだけにしとくからよぉお……」


 じわりじわりと銃を構えながら、近付き、そして、銃口をSPの額につけた。


「さぁて、どうしてくれようかね? どうせ命乞いもしないんだろう? それならさぁ、後三秒だけ待ってやるよ」


 そう云うや、男は、「いぃいいいち…… にぃいいいい……」

 だが、数字を数えていた声は次第に途切れていった。


「あ? がぁ?」


 手から銃が逃げ出すように男から離れていく。

 そして、男は何が起こったのかわからないと云った表情で、その場に崩れた。


「なぁっ!」


 SPを羽交い絞めにしていた男は何が起きたのかわからない状態だった。


「まったく……私たちは基本的、二人一組で行動するんですよ。まぁ、君みたいな猪突猛進がいると、相手がそちらに気を持っていってくれるのでやりやすくなりますけどね」


 眼鏡をかけたSPが、目の前で仲間が羽交い絞めされているにも拘らず、余裕すら見せていた。


「はぁ…… ったく……」


 捕まっている男は溜息を吐くや、「何時までやってんだよ?」

 そう云うや、SPは羽交い絞めにしている男の足を蹴る。

 そこが運悪く弁慶の泣き所、その痛みで締め上げていた腕は緩んだ。


「せぇぃやぁっ!」


 そして、腰を捻り、腕を男の首元に当てる。

 遠心力が加わっているのと、怯んでいた事もあってか、殴られた男は運悪く、頭をぶつけてしまった。


「ふぅ……これで全部か?」


 羽交い絞めにされていたSPが気を失っている犯人グループの四人を見ながら尋ねる。


「どうでしょうかね? 犯人グループの全体的な人数はわからないそうですしね」


 眼鏡をかけたSPが渡辺を見据えながらいう。


「私たちは子・丑・寅・卯でがあり、それからまた班にわかれているので、全体はわかりません」

「先程の人間たちは?」

「恐らく実行を担当している卯藩でしょうね……ただ、直ぐに負けていた事から、何人か、この事件から抜けているんでしょうな」


 SPの二人はそれを聞くや、何か釈然としない顔を浮かべる。

 今まであれだけの事をしていた人間たちが、これくらいのことで負けるとは到底思えない。

 それどころか銃を構えていた男は、まったく形がなっていなかった。

 恐怖に駆られて、咄嗟に構えたとしか云い様がなかった。


「大丈夫か?」


 眼鏡をかけたSPが銃を掠めたもう一人のSPに声をかける。


「大丈夫だ……こっちはもしもの事を想定して、防弾チョッキを着てるからな」


 弾を掠め、黒いスーツは左肩から左腋までに一閃を作っていた。

 そこから見えたのは灰色の防弾チョッキだった。


「三重野さん? こいつらはどうしますか?」

「近くに待機させている機動隊に報せて、私たちは先に進みましょう」


 三重野にそう云われ、眼鏡をかけたSPは無線機で連絡を取る。


「渡辺さん……私たちはゆっくり登っていきましょう」


 そう云うや、三重野は渡辺に肩を貸す。


「わかってます。霧絵さんが“死ぬ前”に、大聖が私に伝えた少女の居場所を……」


 そう渡辺が云った時だった。


“――――えっ?”


 三重野は一瞬何が起きたのかわからない状態だった。

 自分の腕から離れていく渡辺は、茂みから転がり落ちていく。


「わ、渡辺さんっ?」


 三重野は落ちていく渡辺に向かって叫ぶ。


「っ! くそぉっ! 何処から?」


 眼鏡をかけたSPが上空を見る。

 撃たれたのは二人より少し斜め向かいだった。

 つまりは崖の上にある茂みから撃ったのだ。


「先輩は三重野さんを!」


 もうひとりのSPは茂みには入り、渡辺を探した。

 渡辺は直ぐに見つかったが、ほとんど虫の息だった。


「はははっ……この山は鬼を入れてくれないようだ……」

「渡辺さん! 喋らないで下さい! 傷が広がります」


 SPに声をかけられ、渡辺はそちらを見る。


「これを霧絵さんに……本当なら……自分の口で言わないといけないんですけどね」


 そう云うや、渡辺はポケットから小さな紙を取り出し、それをSPに渡した。

 そして、それを受け取ったのを確認するや、ガクりと首を落とした。


「わ、渡辺さん? 渡辺さん!」


 SPの呼びかけに渡辺は反応を見せなかった。


「くそっ! くそおおおおっ!」


 SPの叫びが降り始めた雨に埋もれるように轟いた。



 目の前は真っ暗な森の中……いや、渡辺はこの景色を知っている。

 渡辺は辺りを見渡すと、そこは孤児院から少し離れた場所だった事を思い出す。

 それに気付くや、渡辺は、彼をジッと見つめる少女に気付く。


「あ、あなたは……」


 その少女を見るや、渡辺は不思議な気持ちだった。

 そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。諦めきったような表情で――


「あなたはずっと見ていたんですね。私たちがしてきたことを……」


 渡辺は少女に尋ねるが、少女は何も言わない。

 代わりに小さく頷いた。


「そうですか……ははは……本当に過去を引き摺ると、碌な事がないですね」


 渡辺は笑いながら、少女に言う。

 少女は物言わず、ただ渡辺の言葉を聞いていた。

 暫くの間、渡辺と少女は見詰めあうが……。


「くっ……くくっ……私たちは……あなたを探すのにどれだけ掛かったのか……どれだけの犠牲を払ったのか……あなたに! ねえさんに会うためだけに! 一体! 一体どれだけ……それなのに! ねえさんは! ずっと私たちを見ていたんですね? 私たちのやっていたことをずっと! ずっと傍で見ていたのに! それに! それに! それに私たちは気付こうとすらしなかった!」


 渡辺の慟哭は真っ暗な世界へと消えていく。

 消えゆく渡辺のすがたを身ながら、少女は何かを口走る。

 そして、その見えない表情からは、小さな雫が零れおちていた。


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