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伍拾弐【8月12日・午後1時22分】


 屋敷の地下にある防空壕で、犯行グループの人間たちのざわめきだけがこだましていた。


「おいっ! どういう事だよ?」

「知るかよっ! そんなことっ!」

「あんのくそおんなぁっ! 最初からこうするつもりだったんじゃねぇのか?」


 ――等々(とうとう)、“鹿狩”を発言した女への罵詈雑言が彼方此方あちらこちらから聞こえてくる。


「でもよぉ? 俺たちあの女に騙された訳じゃないだろう? 今屋敷にいるやつだって、自分のやってる事に嫌気がさしたんだからよ?」

「確かにな……あいつが一番、俺たちの先頭に立って、あの女の命令を聞いてたんだ。俺たちはその手伝いをしていた」

「それによ? 俺たちは自殺した人間の遺体を解剖していた。殺人は犯してねぇんだ」


 と、ひとりの男が言うが、実際は“死体遺棄”に当たるので罪になる。

 自殺の場合は、死んだ本人に責任があるため、彼らが殺人の罪にはならないが、“埋葬義務”という法律があるので、身元がわからなければ、無縁仏となるが、少なくとも埋葬する義務はある。

 その死体を勝手に解剖するとなると、やはり殺人になる。

 女は法律知識のない彼等に嘘八百を吹き込んだのだ。


「どうするよ? 場合によっては俺達も殺されるんだろ?」

「――みたいだな……」

「屋敷の方は入れないし、俺たちが入ってきた方も、あの女に加担するやつらが見張ってるしな……」


 そんな話をしている中、巴と秋音が捕まっていた場所に残された引き摺り跡を辿っていた仲間が戻ってきた。


「どうだった? 二人はいたか?」


 彼等はしくも、屋敷の人間を誰一人殺す気はなかった。

 いや、今までの舞台を考えると、事件は起こしていたが、それらは女が用意した死体を使っていたからである。


 先ずは第一、第二の舞台。鶏小屋で発見された宙吊りの死体。

 次に、第一の舞台、書斎で発見された、冬歌と思われた少女の白骨死体。

 第二の舞台、繭の自室で発見された、敷布団と一緒に三つ折りに畳まれた死体。


 その時の描写で、

 ――顔に至っては頬骨が砕かれ、血塗れの口からは、ドクドクと綺麗な朱色の血が止め処無く流れている。鼻骨が砕かれたかのように鼻がペチャリと潰れ、眼球は爛れ落ちていた。

 ――とある。


 つまりは、顔がグチャグチャなうえ、冷静な判断が出来なかったといえる。

 頬骨が変形し、顔の形が歪んでいては、それが誰なのかわからない。

 仮に繭だったとしても、同じ事が云えただろう。

 さらに云えば、釜の中で発見された焼死体は、実際に霧絵だったのか……

 それに関して、霧絵本人であると言う描写はない。

 深夏が興奮状態で、それが“いなくなった霧絵”だと勘違いしたとしても可笑しくない。


 女はその事を考慮の上、殺人を犯している。

 なお、顔がわかっているものは本人である。

 そこだけはご了承頂きたい。


 話を元に戻すが、澪を見張っている男たちはどうしたものかと考えていた。

 女に加担するのは簡単だが、先程澪が云っていた事と、彼女の左腕を見て、考えが変わりはじめていたのだ。


 澪は生まれ変わったと云えるほどだった。

 彼女の中学時代を知っている男が、澪を見た時、澪本人は、男の事を覚えていないだろうが、男は逆に澪がいじめられていたのを傍観していたとはいえ、鮮明に覚えていた。

 そんな彼が中学時代の事を思い出しても、今の澪は別人のように明るかった……


 ――そんな中、縛り上げられていた澪が目を覚ました。


「んっ……」


 ひとつ呻き声をあげると、薄らと目を開き、周りを見渡した。

 さきほどまで気を失っていたため、このあわただしい状況を理解出来ないでいる。


「何があったの?」


 澪が近くにいた男性に尋ねると、「あっ…… 起きたかい? 今ちょっと大変な事になってねぇ」

 質問に答えた男は、何とも飄々とし、まるで蚊帳の外にいるような人間の口調だった。


「大変な事?」

「あぁ……ちょっと女がなぁ……」


 話し方が何とも特徴的と云うか、ゆっくりと云うべきか、焦らされるのが嫌いな澪にとっては、男の喋り方は苛立ちでしかなかった。


「先程、女が“鹿狩”を命令しましてね。今、それで騒いでるんですよ」


 少なからずとも、榊山の歴史を知っている澪は、“鹿狩”という言葉に寒気がしていた。


「奥様達が何をしたって云うの?」

「耶麻神家が何をした……と云う訳じゃないさ……。ただ、邪魔なだけという理由だろう……」


 その言葉にさらに違和感を感じた。


「邪魔なだけって? それだけの理由で?」


 確かに、少なくとも危険な目に合わされている澪にとっては、理解出来ない理由だった。


「おいっ! うるさいぞ! 少しは静かにしろ!」


 突然、ライフル銃を持った、迷彩服の男が怒号をあげる。


「いいかぁ? お前達! これから夜の七時まで、何もしないでいい。その間、逃げるのはいいが……」


 そう云うや、男は一人を見据える。


「そうだなぁ? 逃げるのは構わないが……」


 男は見据えるのをやめるや……

 ――余りにも聞きたくない音が、生きている人間の耳元で嘲笑ちょうしょうした。

 当然の事ながら、少しばかり静寂した空気が、掌返しのように騒然となった。


「きゃはぁはははぁぁぁははあは! くぅぁきゅくくっくっくぅっ…… さぁ! こんな風になりたくなかったら! お前達ゴミムシに、選択肢なんて一つしかないよなぁ!」


 男が嘲笑するや、銃を乱射する。

 いや、乱射しているように見えるが、実際は殺す人間を、刹那見据え撃ち殺している。

 しかし、乱射しているようにしか見えていないため、腰を抜かしたり、逃げようとしている人間は、当たらない事を願うだけだった。

 ――ライフル銃の弾がなくなり、カチカチという音が異常に大きく聞こえた。


「っ! もう弾切れかよ? おい! 今ので死んだ奴いんのかぁ? いねぇよなぁ? こんなんで死ぬわけねぇよなぁ!」


 そう云うや、男は撃った一人を蹴った。


「げぇほっ!」


 蹴られた男は血反吐を吐き、呻き声をあげる。

 よく見ると、撃たれた他の人間も重症には変わりないが、それでも“殺された”わけではなかった。

 要するに男がした事は――――脅迫だった。


「わかったかぁ? 若し裏切るなんて事があったら、こんなにやさしくしねぇからなぁ」


 そう云うや、男はライフルを掲げて、奥へと消えた。

 ――男が消え去った後、少しばかり静寂が訪れていたが……


「うわぁあああああああああああっ! どうすんだよ? にげれねぇじゃなぇえかぁあああっ!」


 一人が呻き声を上げると、感染するかのように、周りの人間達も今まで以上に、慌てふためいていた。


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! あんたたち! そんなにいて、誰も男を止めようとしなかったじゃない! 殺されるのが怖いのはわかるけど! 誰かが動かないと、何も解決……」

「お前! わかってんのか? 相手は銃を持ってたんだぞ?」


 狼狽するように、男は澪の胸倉を掴みあげながら喚いた。


「おいおい? 今、やっと気が付いたんだ……」


 澪の横にいた男が止めに入る。


「それに……彼女の言い分は正しい。たった一人に君たちは何もしなかった! もし、止めに入ったとして、殺されたのは恐らく、少なくとも一人ですんでいただろう! 然し、君たちが躊躇した事で! 重症を負った人間が多く出てしまった! 狼狽する暇があるのなら! 彼等の応急処置くらいしたまえ!」


 男はそう云うと、横たわっている男の上着を脱がし、それを引き裂いた。

 そして、撃たれたところを見るや、ピンセットのようなもので、狂う事無く弾丸を抉り取った。


 その時に、激しい血飛沫がおきるが、「誰か! 酒は持っているか? 出来る限り強烈な奴だ! それと、ライター……」


 そういいながらも、一人、また一人と治していく。

 ふと、男が地面に捨てた小さな物が、澪の視界に入った。


「なっ!?」


 それを見るや、澪は絶句する。

 それはどう見てもBB弾だった。

 エアーガンで使われるおもちゃの弾だが、横たわっている人間達は、どう見ても瀕死の状態である。


「あいつが使っていたのはライフル型のエアーガンだよ」


 治療していた男は難しそうな表情を浮かべる。

 一昔前に改造遊戯銃による事件があったが、それと同等か、それ以上の改造をされている可能性があった。

 澪は難しい事はわからなかったが、ただひとつ


「あなた……どうしてそんなにテキパキと出来るわけ?」


 澪がそう云うと、応急処置が終わった男はスッと立ち上がるや、澪のほうへと近付いた。

 そして、澪にだけ見えるように、男は上着の内ポケットをから黒い手帳を覗かせた。


「なっ!」


 それを見るや、澪は大声を挙げるが、「しっ!」

 男は澪の口を塞ぎ、うしろの人間達を警戒した。


「ど、どうして? どうして警察の人が、犯人グループに加担して……」


 いや、だからこそ、テキパキと応急処置が出来たのかもしれないと、澪は勝手に解釈してしまう。


「いやね? 殺された本部長の命令で、前々から彼等に同行してたんですよ」


 とはいっても、見逃していた事には変わりない。

 そして、犯人だとわかっていたとしたら、こんな事件は起きない。

 その事を澪は云ったが、


「私たち警察は徹底的証拠がなければ、逮捕できないんですよ。それに彼等は死体を解剖していますし、私たちも身元がわかれば……ね」


 つまり、自分で身元がわからないようにしている自殺者を狙っていた理由はそれにあった。

 年間三万人以上も出ている日本の自殺者数だ。

 そして、発見されていない数を合わせると……想像もしたくない数が出てくる。

 これは寧ろ、警察の大雑把な捜査対策が原因でもあった。


 それは死後二十四時間以内に発見されている事。

 そして、その故人が書いたと思われる遺書がある事。

 樹海などに自殺しに来た人間が、二十四時間内で発見されるとは考え難く、さらに云えば、遺書を書くとも思えない。

 自分の身元を隠して死のうとしているのだから、遺書を残すとは考え難い。故に総計数以上に自殺者はいる事になる。

 そして、警察の捜索能力と人員。さらに云えば監察医と警察医の不足にも原因があった。


「それにね? 多分、女を捕まえても、ずっと同じ事を繰り返すと思いますよ」


 そう云うや、男は澪に聞こえる程度の声で事の流れを話した。


「女の目的は、三十年前に殺された少女の遺体。既に白骨となっているかもしれないが、それでも探そうと必死なんだ……まるで狂人のように……」


 男はまるで女を同情するような言い方だった。


「それなら、そうだと云えばいいじゃない? それにこの山で殺人が起きたなんて聞いた事……」

「ああ。全ては女の狂言だとみてもいいんだが、でも、女の言い分もあってるんだ。昔この山に孤児院があった事は知っているか?」


 そう云われ、澪は首を横に振った。

 澪が知っているのは、榊山に関する伝記のみだった。

 その中に“鹿狩”という言葉があった。


「三十年前、この山に孤児院があってな、ひとつは院長の死体。そして、もうひとつがその院長に殺されたと思われる少女の遺体」

「それじゃ、こんな事を企ててる女は、その死体を捜すためだけに、こんな手の混んだことをしてるって訳?」


 澪が憤怒するのも頷ける。

 話をしてくれれば、防空壕内を探す事くらいわけないのだ。

 寧ろあの歴史蒐集家の大聖だ。快く了解を出してくれただろう。


 しかし、そうはいかなかった。

 女にとって、大聖たちは余所者でしかない。

 余所者がいけしゃあしゃあと、自分が住んでいた施設を、そのまま使用していた事が赦せなかった。


 故に女……“縁”は屋敷で、巴に聞こえるように、そう呟いたのだった……


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