伍拾壱【8月12日・午前11時23分~午後12時23分】
グギュル……という、奇妙な音が広間に響き渡った。
全員が緊張した表情で、周りを見わたすが、一人、冬歌ちゃんだけは俯いている。
若しかしてと思い、時計を見てみると、針は十一時半前をさしていた。
「瀬川さん? 冷蔵庫に何か入ってないか、見てきてくれませんか?」
霧絵さんも冬歌ちゃんの様子に気付いたのか、僕にそう云った。
僕は立ち上がり、厨房へと入り、冷蔵庫の中を覗いてみるや、僕は首を傾げる。
昨日見た時は、確かに充分すぎるほどにあったはずだ。
――それなのに……
「すっからかんですね?」
何時の間にか、僕の背後にいた深夏さんと春那さんが冷蔵庫を覗き込む。
二人の云う通り、冷蔵庫は蛻の殻同然だった。
「昨日は充分過ぎるくらいあったのに、若しかして犯人が盗んでったとか? それにしてはせこい気がするけど」
深夏さんがそう云うや、僕と春那さんは首を傾げる。
「だって、私たちを殺すために、屋敷の地下にある防空壕で息を潜めてるんでしょ? それだったら少なくとも食料は用意してるはずじゃない?」
深夏さんは指先を床に向けて云う。
「深夏の云う通りかもしれないわね。私だって、仕事が立て込んでる時はみんなと食べないで、部屋で食べてる時がありますから」
「つまり、犯人が食料を盗んだ理由は、僕達を餓死させるため……」
「でもそれだったら、早々に私たちを片付ける方が手っ取り早い気がしますけど?」
植木警視がそう告げる。
「怖い事云わないで下さいよ。今でも皆、極度に緊張してて、お腹が鳴るの我慢してたんですから」
深夏さんはそう云いながら、お腹を押さえていた。
「朝食の残りはないんですか?」
春那さんにそう云われ、霧絵さんと鹿波さんが採ってきてくれた野菜を見る。
人参が残っていたが、僕は深夏さんを見遣る。
「大丈夫ですよ。深夏と冬歌は人参食べれますから……あれ?」
春那さんが自分の言葉に疑問を持つように、首を傾げた。
「姉さん? 私と冬歌は、元から人参食べれたわよ? って、あれ?」
深夏さんが不満そうに云うが、彼女も首を傾げる。
「ねぇ? 深夏と冬歌って、人参嫌いじゃなかった?」
「だから、私と冬歌は、元から人参を……あれぇっ?」
深夏さんは困惑するような表情を浮かべる。
深夏さんと冬歌ちゃんは、僕の助言で人参を食べれるようにはなったが、それは一時的なものだったのかどうかはさて置き、この舞台では最初から人参嫌いと云う設定はなくなっているようだ。
だけど、当の深夏さんは如何して食べれるのかと云う事がわからないでいた。
「人参で何か作れます? 見たところ、ご飯も何もかも持ってかれてますよ?」
そう云われ、炊飯器を覗くと、内釜ごと無くなっていた。
「まぁ、ご飯は鍋でも炊けますから」
「鍋は無事みたいですね。そこまで手が届いて……」
春那さんが上の棚にある鍋を見てから、下を見ると、「ご飯は無理っぽいですよ?」
「それって、どういう意味?」
深夏さんが訊くと、春那さんは無言で床を指差した。
チュー、チュー、と鳴き声が聞こえ、そこを見てみるや、大小様々な鼠が、袋から零れ落ちた米を食べている。
「俵の鼠が米喰ってチュー」
と、春那さんが“ずいずいずっころばし”を歌うや、「って、歌ってる場合?」
と、深夏さんがツッコんだ。まぁ、確かに俵といえば俵だけど……
春那さんは極度の緊張で、頭が混乱してるようだ。
「駄目ですね。上の方もやられてる。とてもじゃないですけど、食べれる状態じゃない」
植木警視が袋の上を見ると、異様なまでに鼠が群がっていた。
「これは……見なかった事にしましょ?」
春那さんがそう云うと、扉を閉めた。
「後残ってるのは、卵くらいですか?」
冷蔵庫に入っていたのを確認しているし、充分な量が入っていたが、僕はボールに水を入れて、その中に卵を入れてみた。
卵は直ぐに水面へと浮かんできた。
「やっぱりなぁ……これも腐ってる」
多分、こういう知識がなかったら、卵を僕達が食べるだろうと思って入れたのだろう。
「それじゃ、食べる物が余りないって事ですか?」
「ちょっと危険かもしれませんけど、農園と鶏小屋に行って……」
「でも、鹿波さんと秋音が拉致されてるんですよ? 今朝はまだ舞さんが捜索隊を出していたから、相手はむこうに目を向けていたからよかったですけど、今は連絡が取れないって」
僕の言葉に対し、春那さんはそう云いながら、植木警視を見遣る。
「恐らく、やつらは屋敷の方から出入したんだと思います。その証拠に襖が閉められている」
「と云う事は、鶏小屋の方は使ってない?」
「使っていないというよりも、使えなかったと云った方がいいでしょうね」
植木警視はそう云いながらも、何か釈然としていなかった。
「鶏小屋を使っていたとしたら、襖が閉められているはずがないんです。何も態々危険な方を選ぶとは思えません。彼の話だと、私たちに事の真相や、何をするのかを報せにきたみたいですが」
植木警視は園塚さんを一瞥する。
「それで、どうします?」
そう云われ、僕は残った人参や野菜でどうにかならないかを考える。
結論的に云えば野菜スープがいいのだが、これからの事を考えると栄養が出るやつの方がいい。
春那さんたちも何かないか探してみるが、お中元で貰った素麺も無くなっていたようだ。
結局、野菜スープくらいしか思い浮かばなかったが、量的に足りるのだろうか……まぁ、作ってから考える事にする。
僕が料理をしているのを、春那さんと深夏さんの二人が覗き込む。
「そんなに珍しいですか?」
「いや、珍しいというか、うちの男性で厨房に入る人いなかったんですよ」
深夏さんはそう云いながら、僕を観察していた。
「それに私たちも、あんまり料理出来ないんですよね。昨夜だって、瀬川さんに教えて貰ったからできたまでですし」
「ちょっと! “私たちも”って、それって、少なくとも春那姉さんだけじゃないって意味じゃない?」
春那さんの言葉に深夏さんが言い寄ってきた。
「だって、深夏? あんた、繭さんから聞いたけど、調理実習の実技、てんで駄目だったらしいじゃない? 大体、この前のバレンタインの時だって、チョコ作るって云っときながら、結局市販のやつ買ってきてたじゃない!」
売り言葉に買い言葉なのか、僕のうしろで二人が喧嘩をし始めた。
「あれは感謝の意味で送ったし、そもそも私の通ってる高校って、去年まで女子高で、今年から共学になったのよ? バレンタインの時は、まだ男子なんていなかったわよ?」
「それじゃあさ? 意識してる人とかいるんじゃない?」
「いないわよ! そんな短期間で人を判断出来るほど、人が出来てない。それに姉さんは修平さんがいるじゃない」
深夏さんが香坂修平の名を云った時だった。
「いたわよ! いたよ! でももういないのよ!」
その言葉を聞いて、僕と深夏さんはハッとする。
「ご、ごめん……まだ見つかって……」
「修平さんは見つかったって、昨日早瀬警部から聞いたわ。でも、身元がわからなかったって」
そう云うや、春那さんは俯いてしまう。
知らなかった事とはいえ、禁句を云ってしまった事に、深夏さんは後悔する。
「でもね? だからといって、悲しんでたら、修平さんに申し訳ない気がするの」
春那さんの言葉に美香さんは首を傾げる。
「大体、死んだ人を思ったって、どうにもならないでしょ? だったら新しい恋愛をすればいい。別に引き摺る事をとやかく言わないけど、恋愛なんて切るか切られるかでしょ? それに修平さんだったら、さっさと新しい彼氏作って忘れろとか云いそうだしね」
そう云うと、春那さんは小さく笑みを浮かべる。
朝顔の花言葉に“短い愛”というのがある。多分春那さんもその事を知っていたのだろう。
“愛情の絆”という言葉があるにも拘らず、逆の意味をもっている。
これは別に朝顔にだけにあるわけじゃない。
まぁ、花言葉は後付でつけたようなものが多いらしい。
ギリシャ神話にも深く関わっているらしいが、正直そこまで興味がないので知らない。
香坂修平さんの話をしている時、春那さんは物思いに耽た表情を浮かべている。
彼女自身、気持ちの整理をしようと必死なのかもしれない。
二人の話を聞きながらも、僕は料理を作り終えていた。
量的にはどうかと思うが、これが精一杯の量だった。
皆はものの数分で食べる。冬歌ちゃんが少しばかり不満そうな顔を浮かべていたが、空気を呼んだのか、余り云わなかった。
そうこうしている間、壁時計の鳩が十二時を報せた。
食事を終えると、突然、園塚さんから押収した無線機から、音が鳴り響いた。
植木警視が少しばかり様子を見るが、途絶えることなく鳴り続いている。
植木警視は仕方なく、無線機を園塚さんに渡した。
「こちら子藩。感度良好。何があった?」
「こちら酉藩。同じく感度良好。そちらこそ、今まで連絡がなかったが、どうした?」
無線とのやり取りの間、僕達は息を殺していた。
出来る限り、彼の会話に声を拾われないようにするためだ。
「いや、ちょっと重傷を負ってな、今屋敷にいる」
園塚さんがそう云うと、早瀬警部と植木警視がギョッとする。
「な、なんだと? 本当か、それは」
「ああ、ちょっと揉め事が有ってな……」
園塚さんは仲間に事の流れを話した。
自分が今やっている事に嫌気が差し、自首しようとしたこと。
その事で、もう一人の見張りと揉め事が起きたこと。
重傷を負った彼は、近場だった事と、捕まる事を覚悟の上で、屋敷に入ったことを話した。
「それで訊きたいんだが、俺を撃った男は……」
「ああ、それも兼ねて訊きたかったんだ。お前と一緒に見張っていた男がいなくなってるんだ」
いなくなった……と、たったそれだけなのだが、その方法が見当たらない。
園塚さんを撃った男が、その場からいなくなったとしたら、必ず彼等の仲間が発見しているはずだ。
その事を尋ねるが、誰一人見ていないらしい。
「それとだ……鹿波巴と耶麻神秋音を拉致した後、屋敷からの入り口から出入したのか?」
「ああ。その後に襖を元に戻した……」
無線から聞こえる声は、何か様子が可笑しかった。
「ただな。その二人がいなくなってるんだ。監視していた男三人は気絶している」
「何か、手掛かりになるやつは?」
「いや、外傷がない」
僕は一瞬、鹿波さんの持つ、“鏖の力”を使ったと思ったが、外傷がないと云う事は、力は使っていないという事になる。
「それとな、何かを引き摺るような跡があるんだよ。今何人かがそれを追ってる」
「そうか……大内澪はどうだ?」
園塚さんがそう尋ねると、「大内澪は、人質なのか……なぁ……」
そう云われ、彼は不思議そうな表情を浮かべる。
「人質でありながら、俺たちに空手を教えたり、攻撃を避けたり……此処らへんで有名だとは云っても、桁違いだろ?」
無線からの話を聞いていた早瀬警部が植木警視を見遣る。
植木警視は何とも云い難い表情を浮かべていた。
「それとな……気になる事を云ってたんだよ」
「気になる事?」
「“心の篭っていないパンチなんて、ただの殴り合いに過ぎない”」
いったい何の事だろうと、もう一度訊ねるが、訊かれた彼も何のことかわからないでいた。
僕は植木警視を見遣る。彼女も何の事かわからないと云った感じだった。
彼女と澪さんは姉妹とは言え、澪さんがまだ生まれて間もない頃に、離別しているため、当人は知らないらしい。
「心の篭ってない……」
「それでな、その事をみんなで話してたんだよ……大内澪が何であんな事を云ったのかってな。それで彼女に関して噂があったんだよ」
その事を訊くや、植木警視はギョッとする。
彼女は中学の頃にいじめにあい、何度も自殺未遂を繰り返していたらしい。
手首自傷が主だったらしいが、それだと本当に自殺しようとしていたのだろうか……
“大聖さんは、直ぐに彼女が手首自傷症候群だと気付いてました。だからこそ、何をしたいのかを、彼女に訊いたんだと思います”
霧絵さんが小声で僕に云う。
まるで僕が考えていた事を見透かしたかのように……
「俺たちの中に澪さんと同じ中学だったやつがいたんだよ。そいつの話だと、無視や疎外は当たり前。班内の仕事とかも、無理矢理押し付けてられてたらしい。顔は狙わなかったらしいけど、実際は痣だらけだったらしいし、多分それが理由で、中学の時は一度も水泳の授業に出なかったんじゃないかって……」
僕は澪さんが如何してそんな事を云ったのか、なんとなくわかった。
彼女は空手を通して、本当の拳の痛みを知ったんだと思う。
イジメで受けた傷はただ相手を傷付けるだけ。
イジめていた人間は、まるで中毒のように何も考えなくなる。
それが当たり前になるから……そしてイジメを受けていた人間も、そうされる事が当たり前になる……
「手首自傷でもして、死のうとしたのか?」
「いや、それだったらもう死んでるだろ? 彼女の左手を一度見たが、無数の剃刀痕があったからな……それも腕一本切り刻んだみたいに……」
無線から聞こえる声はそう云うと、嗚咽を吐く。
どうやら相当のものだったらしい。
“澪さんが誰とも一緒にお風呂に入らなかったのって、それが理由だったんだ”
深夏さんがそう云うや、春那さんも深刻な表情を浮かべた。
「俺の知り合いにも、何人かそう云うやついたけど、あそこまでじゃなかったぜ……よほど彼女は酷なイジメにあってたんだろうな……」
無線からの声を聞いて、植木警視は、まるで苦虫を噛むような表情を浮かべていた。
「そうか……他に何かないか?」
園塚さんも、植木警視の表情に気付いたのだろう。
この話題を早々に切り上げようとしていた。
「後は特に……お前も話を聞いている限りじゃ、人質と云う訳じゃなさそうだな」
「ああ。さっきもご飯を食べさせてくれたよ」
「そうか……多分大内澪もまだ殺さないらしいから、食事は与えているらしい。行方不明になった二人はわからないがな……」
そう云うや、男の声が途切れた。
「おい、どうした?」
園塚さんがそう訊ねると、「そこに耶麻神の人間もいるんだよな?」
「あ、ああ……」
「今、女が戻ってきて、俺たちに、最終命令“鹿狩”を、今夜七時に実行すると命令した。行方不明になっているお前も含めてな」
声は小さくも荒げていた。
「いいか? この命令が下された時、誰一人逃がしてはいけない事になってる。女と、それに加担するやつら……以外も殺すつもりらしいからな……証拠を残したくないんだろう……」
「なんだよ? それ……全部なかった事にしようとってのか?」
「俺たちもやつらの隙を見て、大内澪を逃がすよ……」
無線から聞こえる声は、ゆっくりとそういった。
「これで赦されるかどうかはわからないが、やっぱり俺たちのやってきた事は間違いだったんだよ……」
ふと、早瀬警部が園塚さんに一言云うと、彼は何か確認するように言う。
そして、話を聞くや、早瀬警部は無線機を渡すように促す。
彼はどうするか迷ったが、無線機を早瀬警部に渡した。
「あ、あぁ……感度良好。ちょっと変わりますけど、私、長野県警刑事課捜査一課の早瀬庸一警部と云うんですけどね……。ええ……先程の話を聞く限りじゃ、そちらさんは何か焦っている感じがしますけど……何か都合が悪くなったんじゃないんですか? 私は四十年前、榊山で起きた“鹿狩”のことを知ってるんでね。その時も何か焦っている感じだったそうなんですよ」
早瀬警部がそう訪ねるが、どうやら無線の声は詳しい事は知らないようだ。
それが本当なのか、それとも嘘なのかはわからないけど、彼等にも危険があることには変わりない。
「とにかく、私たちは人質解放を願いますが、それに関しては貴方に委ねますよ」
そう云うと、早瀬警部は無線の電源を切った。
「ちょ、ちょっと! 何をやってるんですか?」
植木警視が狼狽するように、早瀬警部を攻め立てる。
「舞ちゃん。落ち着いてくださいな」
早瀬警部は植木警視を宥めながら、
「四十年前の“鹿狩”も、慌てたように始めたって、当時直前になって抜けた男がそう云ってたんですよ」
「それってどういう意味ですか?」
「四十年前に“鹿狩”をした理由は、定かではないですが、恐らく金鹿之神子を世間の目に曝そうとしたんでしょうな……まぁ結果は失敗に終わったそうですが」
植木警視はその話を聞くや、身震いをする。
「でも、どうしてそんな事を?」
「瀬川さんは知っているかわかりませんが、この山に昔、金色に輝く鹿がいたそうなんです。“神の使い”として崇められたその鹿には、その世話をする巫女がいたそうなんです」
「聞いた事あります。この辺じゃ有名な話ですよね?」
「ええ。その鹿は神の使いであることから、鹿の角に不思議な力があると云われていたそうなんですよ。“逆鬼山”といわれる理由もそれからきてます。もうひとつは、その鹿は“麒麟”だったのではないかと記された文献もあるらしいんですよ。真相が後者だったとしたら、絵に描かれている、色々な模様の説明が出来ると思うんです」
早瀬警部はそう云うと、「あの絵を描いた作者があのような模様をつけた理由はわかりませんが、恐らく“麒麟”なのではないかと考えていたんでしょうな」
早瀬警部の話を聞いていると、ふと、冬歌ちゃんが子犬を抱えながら、不思議そうに話を聞いていた。
「どうかした?」
「キリンに角はないよ?」
どうやら、冬歌ちゃんは、動物園にいる“キリン”を想像したらしい。
因みに“キリン”にも角はある。
「あのね? 首が長い方の“キリン”じゃなくて、伝説上の“麒麟”。お父さんが飲んでるビールに描かれてる絵がそれ」
深夏さんが説明するが、説明する方もどういえばいいのかわからない感じだった。
「“青龍”が“精留の瀧”だとしたら、“鶏小屋”は“朱雀”。“犬小屋”が“白虎”……いやあれは猫だっけ?」
まぁ、虎はネコ科だから、犬小屋は多分違うのだろう。
「それらは少しばかり保留して……本当に七時まで、何も仕掛けてこないんですか?」
植木警視はそう云いながら、園塚さんを見やった。
「ああ。余程のことがない限りな……大体、渡辺洋一が鶏小屋に入っていれば、そのまま行方不明にした後、あんたたちを殺す事になってたんだ」
彼が実行者ではないにしろ、そのシナリオは変ってなかったんだ……
それを鹿波さんが前々から変更したからこそ、回避出来た。
縁さんが云っていた。“実際あった事件は渡辺失踪のみ。他の事件は全く持って関係ない”と云う言葉。
今までの舞台で実際にあったのは、渡辺さんが行方不明になった事だけ。
それじゃ、後の惨殺は何だというんだろうか……まるで元からなかったような言い方だ……
「どうした?」
園塚さんが声をかけてくる。
「いや、ちょっと気になる事があってね……いや、全然関係ないんだけど」
僕はそう云うと、少しばかり壁に寄り掛かった。