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肆拾玖【8月12日・午前10時22分】


 早瀬警部が付き添いで誰か一緒にトイレに行ってくれないかと言い出し、僕が付き添う事になり、広間に出ようとした時、誰かの携帯が鳴り響いた。

 それが早瀬警部のものだったのは、本人がポケットから取り出したからだ。

 早瀬警部は霧絵さんを一瞥する。彼女の心臓にはベースメーカーが埋められているからだ。


「構いませんよ。そんなにやわなベースメーカーじゃないですから」


 そう云われ、早瀬警部は電話を取った。


「もしもし」

“おっ? 早瀬くんか? 首尾はうまくいってるかのぉう?”


 声の主は大和医師だった。


「大和先生?」


 早瀬警部の言葉を聞いて、霧絵さんたちは驚きを隠せないでいた。


「えっと? 確か大和先生って、旅行に行ってたんじゃ?」


 春那さんがそう尋ねると、「大和先生にはちょっと鑑識でお願いしてたんですよ。それで何かあったんですか?」

“今日の未明、大町警察署で死体が送られ、三重野の爺さんが検死の立会いをしたって聞いてな、それで検死結果を送ってもらったんじゃよ”


 そう聞いて、早瀬警部は首を傾げる。


「何か関係性があるんですか?」

“わしが鑑識にたちあった本部長の死体には、他の人間の腕が一緒に発見されたじゃろ? それと殺された警察官二人の中にも違う人間の血液反応があったそうなんじゃよ?”

「つまり殺された時、車の中は三人だったと?」


 早瀬警部は園塚さんを一瞥する。


「あなたは一昨日の昼から晩にかけて、長野県警本部長を殺してませんか?」

「“殺した”というのは、自分の手でやったことを云うんだ。俺たちはあくまでも自殺した人間の死体しか狙っていない」

「それじゃ! 本部長は自殺したって事になるじゃない!」

“そっちで何か賑わっとるが、もうひとつ奇妙なことがあったんじゃよ?”

「……っと云いますと?」

“本部長の遺体は五体バラバラになっていたじゃろ? それでよく見てみたらな、絞死こうしの痕があったんじゃよ”

「それじゃ、本部長は首吊り自殺をしたって事ですか?」

“絞死っていうのは、首を絞め殺すことを云うじゃろ? ただな、他の“首”にもその痕があったんじゃよ?”

「えっと……首って、首はひとつしか……」

“人間の身体で首と呼ばれる場所は、胴体と頭を繋ぐ場所以外にも云うぞ”

「まさか他の部分にも?」

“手“首”、足“首”にも絞死の痕があったんじゃよ?”

「それじゃ吊り上げられていたって事ですか?」

“バラバラになった五体の切り口は何処じゃと思う?”

「え? そりゃ間接部分でしょうね」

“肉が引き裂かれたような痕じゃったのに、切り口なんてのは可笑しいかもしれんな”

「ちょっと待って下さい! もしその方法で殺したと云うなら、早百合が云っていた“非通知設定の携帯番号から渓谷で撲殺死体を発見した”という内容の電話に不審な点が出てきますよ」

“舞ちゃんの云う通り、撲殺された後、バラバラにされたとも考えられるが……それが果たして死因じゃたのかのう?”

「どういう意味ですかな?」

“頭部にこぶがあったから、何かで叩いたと云う事になるんじゃがな。それが死因とは云えんのじゃよ。脳内出血していれば、それが死因になるんじゃが、検死結果にそういった項目がなかったんじゃよ。つまりは本部長を殺した犯人が撲殺し損ねたか、気を失わせるためにしたかのどちらかじゃろうな”

「本部長が裏金に関わっている事を知って……」

「渡辺洋一を監視していた警官二人も同じような?」

“いや、三重野元警察医から聞いた話じゃが、死因は撲殺とみているらしい。その後に頭をかち割って、大量の血を車の中に撒き散らしたと考えられるな”


 電話の内容を聞きながら、僕は身震いを起こした。

 早瀬警部が見た首だけの死体の方が、まだましだったのかもしれない。死体が誰なのかわかるのだから……

 死体が発見されたと云う事は、多かれ少なかれ遺体を見る事になる。

 つまりはどんな状況だったとはいえ、覚悟は出来る。


“とまぁ、今わかっている事はこれくらいじゃな。三重野元警察医が発見した遺体も、同じ犯人だと考えられるじゃろうから――ああ、ちょっと待ってくれ……何かメール着信したみたいじゃから、一辺切るわ”

「大和先生はいったい何を?」


 舞さんが訊ねようとすると同時に、再び早瀬警部の携帯が鳴った。


「もしもし」

“ああ、すまなんだ。むつみから連絡よこせってメールじゃったよ。で、どこまで話したかのぉ?”

「渡辺洋一を監視していた警官を殺した犯人が、本部長を殺した犯人と同一人物かもしれないと云うところですな」

“ああ、そうじゃったな。まぁ同一人物なのかというよりは、関わっていると考えるべきじゃろうがな。遺体をバラバラにするにも一人でやったとは思えんしな……”

「何か心当たりがあるんですか?」

“まさかとは思うんじゃがな…… 似とるんじゃよ……”

「――え?」

“三十年前、榊山で孤児院の院長を転落死に見せかけ殺した事件があったじゃろ? その遺体に転落時に出来たとは思えん痕があったんじゃよ。それが絞死だったのかどうかはわからんが、殺した後に突き落としたと考えられるんじゃよ”

「つまり、他の遺体もそれと同様に、致命傷と思われる場所と実際の死因は異なると云うことですか?」

“まぁ、そうなるな……”


 大和医師の返答は何とも納得がいかない様なものだった。


「何か思い当たるところがあるみたいですが……」

“三十年前の事件は既に終わっておるんじゃよ。自首してきた女職員が院長を呼び出した後、口論の末に誤って突き落としてしまった……警察もその時に出来た傷だと考えたし、絞痕もその後に混乱させるように作ったとも考えられるんじゃが……もしかしたら、誰かを庇うためにしたのかもしれんな”

「それが……孤児院にいた子供たちだったと?」

“そう考えられるが……警察がその時、孤児院で事情聴取してるんじゃが、なんとも荒んだ捜査だったそうじゃよ。それに誰も孤児院の子供たちが真犯人だとは思わんかったじゃろうな”

「先生がそう思った理由は?」

“女職員の言動じゃよ。本当に自分が院長を殺し、その罪を償おうと自首してきたのなら、それでいいんじゃがな……ただ、女職員は年が年じゃったから、就職先はないようなもんだったんじゃよ。それにいく場所もなかった。自分の身を第一に考えるとしたら、黙っておいた方が得策じゃろ?”


 確かに山での転落事故なら、死んだ本人が誤って転落したと考えられる。

 つまりは黙っていれば誰も疑われる事はない。

 しかし、それはあくまで転落したという前提でだ。

 院長の首には、絞死の痕があったため、他殺と判明されている。

 女職員が院長を怨んでいたどころか、職員全員が院長に恨みを持っていた。

 つまりは職員全員にアリバイがない。

 仲間内でのアリバイ証言など、ないようなものなのだから……


「子供たちが殺した……でもその理由がわからない」

“女職員以外の荒んだ管理の下で育てられた事はわかるが、それが殺人の理由になるんじゃろうかな? 院長を殺さなんでも、自分たちで逃げ出せばよかったじゃろうよ?”


 昨今の孤児院。強いては保護養護施設での管理は何とも云い難い。

 そもそも孤児院とは親がいない子を保護する施設だ。

 それに対して養護施設は親はいるが育てる事の出来ないという理由から預けられている。

 いってしまえば、姉妹たちや繭がそれに当たる。

 姉妹たちの両親は健在のため、養護施設と考えられるが、繭の両親はいない。


「それをしなかったと云う事は、何か殺害を決意させる切っ掛けがあったという事ですな」

“殺人にはな、必ず理由があるんじゃよ。わしは頭が古い人間じゃからな、最近の衝動的殺害は納得いかんのじゃよ。そんな簡単に人間を殺せるもんかの?”


 それを聞いて、早瀬警部は聞き返した。


“殺された本部長にしろ、監視していた警官にしろ、殺される理由があったから殺された……もし衝動的に殺したのなら、あんな無残な殺され方はされたかのう?”


 そう云われ、早瀬警部は何ともいえない表情を浮かべた。

 自分の仕事は刑事捜査一課であるため、殺人や事故、誘拐等々を担当している。

 つまりは多々ある事件を担当してきたと云うことになる。

 その中にも理不尽な殺人はあった。


 だが、彼が父から学んだのはなんだろうか? 少なくとも正義の名を穢すなと云う事だけだった。

 そんな父を通して警察を見ていた彼が、初めて警官になった時、どんなに嬉しかっただろうか……

 そして父の云っていた事を今でもそう願いたかった。


“人を殺すには必ず理由がある。理由のない殺人など殺人ではない。ただの快楽行為だ”と……


 早瀬警部は大和医師の電話を聞きながら、三十年前の事件を思い出すと、苦虫を噛みしめるような表情を浮かべていた。


 推理には三要素が必ず用いられる。


 フーダニット(誰が犯人なのか)

 ハウダニット(どのように犯罪を成し遂げたのか)

 ホワイダニット(なぜ犯行に至ったのか)


 この3つが合い重なって初めて殺人なのだと、早瀬警部の父親、早瀬文之助は考えていた。


 つまり、女職員フーダニットは前々から院長に恨みを持っており(ホワイダニット)、口論の末に院長を山の上から突き落とした(ハウダニット)という事から、三要素が含まれる。

 しかし、ハウダニットに違和感があった。

 院長の死因原因が曖昧だったからだ。

 そしてそれは、本部長と、渡辺洋一を監視していた警官二人に対しても、同じ事が言えた。


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