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肆拾捌【8月12日・午前9時42分】


 冷たい風が頬を掠める。それと同時にうなじに水滴が落ちたのか、それに驚き、私は眼を覚ました。

 身体は当然の事ながら、縛られている。

 掴まった事に気付いて、ジタバタしたところで、どうにもならないのは目に見えている。

 ――というより、後々のことを考えて、無駄な体力は使わないでおこう。


 周りをよく見ると、ぼんやりと明かりが灯されている。

 壁には点々と小さなランタンが備えられていた。

 広さは私の部屋より少しばかり狭いから、大体三畳半くらいだろう。

 扉が見当たらないが、通路はあった。

 奥の方に目をやると、秋音が気を失っていた。


「秋音っ! 秋音ぇっ」


 私が叫ぶと、気が付いたのか、身体を微妙に動かした。


「と、巴…… さん?」

「大丈夫? 何か変な事されてない?」


 私が尋ねると、秋音は自分の身体を動かした。

 私と同様縛られていると同時に反対の隅っこに離されている。

 縛り上げた縄が壁などに繋がっていないことがわかり、私は転がりながら、秋音の元へと近寄った。


「秋音、大丈夫?」


 再び確認すると、縛られている以外は何もされて……


「ねぇ? ペンダント……」


 そう尋ねると、秋音は首を引っ込めながら、自分の胸元を見遣る。


「あれ、なくなってる?」


 秋音が誕生石サファイアの付いたペンダントをなくすとは考え難い。それに私と一緒にいた時、ペンダントはつけていたはずだ。


「犯人が持ってたって事ですかね?」


 突拍子な事かもしれないけど、そう考えられるかもしれない。

 それから数分くらい様子を見ていたが、誰かが入ってくる様子がなかった。


「巴さんは怖くないんですか?」

「秋音さんは怖いの?」

 そう聞き返すと、秋音は小さく首を横に振った。


「怖いのは確かなんですけど、不思議とそうは感じないんです」


 その言葉に私は首を傾げる。


「何ていうのか、誰かが助けてくれる……それこそ白馬に乗った王子様とか」


 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、秋音は俯く。


「別にそう思ってもいいんじゃない? ヒロインがこういう危機的状況の中、颯爽と現れる王子様とか……」

「巴さんって、偶にそう云う話しますね」


 秋音にそう云われ、私は小さく笑う。


「まぁ、ここが防空壕だって事はわかってるし、後は帰れる道がわかればいいけど、多分無理でしょうね」


 そう云うや、秋音は何か思うように私を見る。


「巴さんは神様って信じますか?」

「神様って、八百万やおよろずの方? 云っておくけど、自分で見たもの以外は信じないたちだからね?」


 そう云うと、秋音はそうだろうなと云った感じに小さく笑う。

 ――笑える状況ではないのだが……


「私、一度その神様を見た事があるんです」

「――え?」

「門の前に小さな祠がありますよね? お稲荷様が祭られてるっていう。でもその祠には、毎年十月に懐剣をお供えするって言う習慣があったんです。不思議な事をしていたので、お父さんに尋ねたら、神様が無事に出雲大社に行けるようにって……」


 大聖はその懐剣を直すために、岐阜にある刀鍛冶のところまで行っている。そしてそれが自分の最後だと思っていたのだろうか……


「お父さんがそういうのに詳しいのは知ってました。けど、それだとあの祠にお札が貼られるのは可笑しいって思ったんです。だって、お札というのは悪霊を封じる為にあって、神様を封じるわけではないから」


 つまり、秋音が言いたいのは、神様は何時でも外に出てきて、自分たちに悪戯をしている。と言いたいのだろうか……


「壁に落書きがあったり、ガスの元栓が閉められていたり、鏡に母さんの口紅で文字が書かれてたり……そのほとんどが冬歌に出来る事だったので、私たちは冬歌を疑ったんです。けど、冬歌も悪戯されたみたいに、本が一冊どこかにいってて、それが父さんの書斎で見つかったり、深夏姉さんの下着が私の下着と交換されてたり……色々あげるとキリがないんですけどね。でも、不思議と十月だけは悪戯がないんです。まるでいないって感じで……それで十一月になると帰ってきたようにまた何かがなくなっている」


 それが何年も繰り返され、それを誰かが悪戯好きの神様がやっていると言い出した。


「ただ誰かが傷つくような事はしてないんです。かわいい子供の悪戯程度だったので、あまり誰も気にしなくなったんです。むしろ、今日はこんな悪戯を思いついたのかって……引っ掛けられている私たちのほうが楽しくなってるんですよ」


 恐らくその悪戯をしてたのは、あの絵に描かれた少女だろう。

 以前正樹が部屋の窓縁に座っていて、バランスを崩して地面に落ちた事がある。多分その時もその少女が悪戯をしたのだろう。


「それで秋音さんはその神様を見てるって事?」

「はっきりとは覚えてないんですけど、山を登ってる時とかに……」


 秋音自身も曖昧なのだろう。言葉々《ことばことば》に濁りがあった。


「それに榊山に伝わる逸話では、この山に神様はいなくて、“神使”とされていた鹿と、それの世話をする巫女がいたと聞いてます」


 私もそんなはなしをおばあちゃんから聞いたことがある。

 ただ、正直そういう話は好きじゃなかった。

 自分の目で見たもの以外は信じないようにしていたからだ。

 だから、自分の持っている“鏖の力”だって、あの時初めて嘘じゃないと知った。


 話をしている最中、奥の方からガヤガヤと声が聞こえた。


「秋音? 神様の話はまた追々ね……」


 私がそう呟くと、秋音はキョトンとする。

 と同時に奥の方から、三人ほどの男が入ってきた。


「さてと? どっちからやるかな?」

「けけけっ! おりゃぁ、そっちの子がいいなぁ」


 そう云いながら、男は秋音を指差した。


「へぇ? こりゃいいじゃねぇか? いいか、傷をつけんなよ? 傷をつけていいのは身体だけなんだからよ?」


 そう云うと、男はポケットから折りたたみナイフを取り出し、それを振り回す。

 そして秋音の目の前で止めた。

 秋音は無言のままジッと男を見据える。


「おっ? 怖くて声も出ないってかぁ?」

「そうだ、そうだ。殺す前に、どんな悲鳴をあげてくれるか楽しみだなぁ?」


 そう云うや、男は縄を一本一本をナイフで切っていく。


「――っつ?」


 縄を切ると同時に、秋音は悲痛な表情を浮かべる。


「ジッとしてろよぉ? 白い肌が真っ赤に染まっちまうぞぉぇ?」


 そう云いながら、男は最後の一本を切り落とした。

 縄が解けると同時に、秋音が着ていた服も切り裂かれた。

 秋音は予想していたとはいえ、それに気付き、悲鳴をあげる。

 切り裂かれた服から露になった自分の肌を隠そうにも、手と足は縛られていて、隠すことが出来ない。


「きゃははははっ! いいねぇ! いいぇねぇえっ! それだよそれ! あのくそ澪は悲鳴のひとつもあげなかったからなぁっ! こういうのがいいんだよ! 恐怖におののく女の子! ああっ! 何て刺激的なんだろうぉえねぇ!」


 男は狂ったように秋音に圧し掛かる。

 秋音は身体を縛っていた縄が解けたものの、手足を閉めている縄自体が解けたわけじゃないため、殆ど抵抗出来ないでいた。


「秋音……私がいいって言うまで、絶対に目を瞑っていて」


 私がそう云うと、秋音は不思議そうな顔をするが、直ぐに目を瞑った。


「おっ? 覚悟したってのか? それじゃ、精々、楽しませてもらおうじゃないか?」


 男は何を勘違いしたのか、より一層歪んだ笑みを浮かべた。


「おい! 程々にしとけよ? 俺たちの分がなくなっちまうだろ?」

「わぁかぁってぇるよぉぁっ! そんじゃぁ、楽しませてもら……」


 そう云うと男の声は途切れ、秋音から離れていく。


「おい? どうした?」


 そう尋ねるが、男自身もなにが何なのかわからない状態だった。


「あ、あれ? 俺の手……どこにいった?」

「はぁ? お前何いってんだよ? 手ならそこに」


 そう云いながら、男は信じられないような顔で周りを見た。

 いや、見れる訳がない。男の首は天井を仰いでいるのだから……


 無数の間接が折られていく。

 その度々に聞こえてくる音が気持ち悪い。

 そして、出鱈目に折られた骨によって、肉が突き破られ、骨を露にしていた。


「お、おい? 何が起きてるんだ?」


 狼狽するように一人の男がそう云う。


「くぅそぉ! こいつか! こいつの仕業かぁ!」


 もう一人がそう叫びながら、銃を私に向けた。


「うぐぅあぁあああああああっ!」


 男は抵抗しながらも銃口を自分の肩に付け、撃ちはなった……


「あああああっ……」


 残った男は腰を脱がし、傷ついた仲間から離れていく。そして、私を見てさらに悲鳴を挙げた。


「なぁ、なんだよ? なんなんだよそれぇ! めがぁ! めがぁ赤い! めぇえ! 目ぇえええっ!」


 狼狽している男に対して、私は冷静だった。

 私の力は、憎悪から逃げられないほど深く陥った時に発する。

 それなら、憎悪を持っていて、尚且つ逃げられる状態だったら?

 そう考えながら、私の眼は真っ赤に染まっていた。


「澪は何処にいるのか知ってるの?」


 私は生き残った相手を見ながらそう云う。


「み、澪? あいつなら…… シラネェよ!」


 そう叫びながら、男は銃をこっちに向けた。


 ――その時だった。

 不意にうしろから何かで叩かれ、気を失ってしまう。

 それと同時に“幻”は消えてなくなった。

 どう見ても瀕死だった男は傷ひとつもついていない。

 肩を撃った男も同様だった。


「か、鹿波さん?」


 秋音が叫ぶと、「うるせぇよ? このがきぁ」

 男は秋音の口元をハンカチのようなもので押さえた。

 睡眠薬がしみこんでおり、開いていた目はゆっくりと閉じられた。


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