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拾参【8月11日・午後2時~午後2時30分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


 誰一人、口を開けなかった。

 誰一人、会話をしようとはしなかった。

 そんな空気が広間を包み込んでいた。

 僕は天井を見ていた。明朝から始まった理解不能な悪夢は本当に現実なのか?

 未だ自分は夢世界にいる。そんな感覚さえあった。


 突然、玄関からチャイムが響いた。

 その音に驚き、全員がその方向を向いた。誰かが来たのだろう。

「一体誰が? 今日はお客様が来る予定はないはずじゃ」

「まさか、警察?」

「仮にそうだとして、誰が連絡したのよ?」

 僕は繭さんと一緒に、板と大工道具を持って行こうとした時、電話台の前にいた春那さんを思い出したが、あの時確か電話が通じていなかったはずだ。

「瀬川さん、携帯は使えるんですか?」

「否、圏外になっています」

 僕は自分の携帯を見た。画面には憎たらしくその二文字が点滅している。

「とにかく、人が来た以上、応対しなくてはいけません」

「でも、もしかしたら一連の犯人という可能性も」

「だとしたら、余計に確かめないといけないでしょ?」

 三人の会話を割って入るように、再びチャイムが鳴った。

 春那さんはスッと襖を開けて、玄関の方へと歩いていった。


 数秒して、春那さんは慌てた顔で戻って来るや、僕達を見渡す。その表情に僕達は唖然としていた。

「瀬川さん。すみませんが、母さんを見てきてくれませんか? 恐らく、部屋にいると思います」

 その意図に僕は首を傾げた。

「繭さんは座布団の用意を! 澪さんはお茶の用意を早く! 警察の方々が来てます」

 その言葉に僕達は唖然としていた。

「け、警察が来ているですか?」

 素っ頓狂な声を挙げてしまった僕に向かって、春那さんは頷いた。

「とにかく、母を呼びに行ってください」

 そう催促され、僕は霧絵さんの部屋に行った。


「霧絵さん! いらっしゃいますか?」

 僕は襖を開ける前に、一度呼び掛けたが、反応はなかった。

 一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したが、状況が状況だけに、躊躇(ためら)える状況じゃなかった。

「入ります」

 一言そう言って、僕は襖をゆっくり開けた。

 部屋は他と何も変わらない六畳半の作りになっている。外側の部屋のため、窓があったが、ふと違和感を感じ近くへと歩み寄ると、閉じられたカーテンが空しく風で靡いていた。

 窓を開けっぱなしにしていたのだろうか、それよりも霧絵さんの姿が見当たらない。

 それ以前に布団は敷かれているだけで、後は何もなかった。

 着物が入っているだろう箪笥とその横にある小さな仏壇。

 それ以外は本当に何もなかった。雑風景とはこの事か?と言わんばかりだった。それほどまでに何もない。


 冬歌ちゃんの部屋と深夏さんの部屋。そして、繭さんの部屋も同じような広さだ。それでも、彼女達の性格――色みたいなものがあったが、ここには無地と言った方がいいのかもしれない。

 生活しているという感じが全くしなかった。

「瀬川さん? 奥様はいらっしゃ……」

 厨房からお茶を運んでいた繭さんが部屋を除きこんでいた。言葉を途中で止めたのは状況がわかったからだろう。

「――奥様も?」

 僕は何も言わず、窓際に立ち、外を見渡した。周りは堀で、左側に滝が見える。

 雨が振り出したのか、小さな雨音が聞こえてきた。


「どうですか? 何かわかりました?」

「いえ、外から出た形跡はないみたいですよ。それに、霧絵さんは体が悪いんですよね?」

「部屋を出たとしても、今の今まで私達が気付かないのも…… まさか、警察に電話したのは……奥様?」

「だったら、どうして、霧絵さんは身を隠すような事を?」

 一瞬、僕は外の雨雲が気になった。

 一雨来そうなそんな不安があった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「私達を呼んだ覚えはないと?」

 そう話している春那を見ながら、初老の男は(いぶか)しく聞き返すと。春那はコクリと頷いた。

「これが悪戯としたら、公務執行妨害で……」

 初老の男とは対照的に若い男が身を乗り出していた。それを隣に座っていた初老の男が宥める。

「まぁまぁ、でも死体がある事は確かなんですね?」

 春那は再びコクリと頷く。

 その応対に初老の警察官は首を傾げた。

「説明してもらえませんかね? 辛いのはわかるのですけど、こっちも状況がわからないと捜査の仕様がないんですよ」

 催促するように初老の警察官が言ったが、どう説明すればいいのか、春那自身わからないのだから、頷く事しか出来なかった。

「死体は今のところ、二人と三匹。行方不明が二人になっています。一つは鶏小屋、もう一つはご自分の部屋で…… 三匹は犬小屋で殺されていました」

 部屋に戻って来た繭が二人の警察官を見ながら言った。


「繭、行方不明って?」

「奥様が部屋にいないんです。今、瀬川さんにお願いして、屋敷内を探してもらっています」

 お盆を持っていた繭はその上から湯飲みを取り、警察官の二人の前に置きながら状況を説明した。

「――それならすぐに見つかるのでは?」

「それが見つからないから探してもらっているんです」

 キッと若い警察官を見ながらも、繭は更に続けた。

「恐らく、警察を呼んだのは奥様ではないかと」

 そう言うとうしろから足音が聞こえた。

 正樹が戻って来たのだ。


「やっぱり、何処にもいませんでした。裏口の方も見てみましたけど、足跡一つ……」

「まるで神隠しじゃないですか?」

 若い男が慌てふためく。警察官になって日が浅いからだろう。

「他の部屋を見る事は出来ないんですか?」

 対照的に初老の男は冷静に状況を判断しようとしていた。

 その問いに僕は首を横に振った。


「他の部屋の鍵は、それぞれが持っている自分の部屋の鍵と私が持っているマスターキー以外はないんです。ですから、第三者が自由に部屋を行き来出来る事は考えられないんです」

「ですが、現に屋敷にいるはずなのに見つからないのでしょ?」

 初老の男の問い掛けは正しかった。

 広間にいる若い警察官以外の全員が頷いた。


「とにかく、死亡を確認した遺体がふたつに犬が三匹、何者かによって殺された。そして、行方不明が二名…… しかも、その二人ともが屋敷にいるはずなのに見つからないとこんな感じですかね?」

 簡単に説明すればそんなものだろう。

「それでは、現場を見せてくれませんか?」

 そう言いながら、初老の男は立ち上がった。

 それに続いて、春那さんが立ち上がり、案内しようとした。


「ねぇ、大丈夫かな?」

 繭さんが警察の二人を見ながら言った。

「どういう事ですか?」

「いや、警察って色々な死体を見ているのよね?」

「まぁ、職業柄そうなりますよね」

「でも、アレはどうなのかしら」

 アレとは恐らく死体の事だろう。

「二人とも、警察が状況検分するって事は、鶏小屋の板を外さないといけないんじゃないの?」

 澪さんにそう云われ、僕は躊躇(ちゅうちょ)した。

「別に死体を見に行く訳じゃないでしょ? それに私だって嫌よ!」

「……ううん、何で閉めちゃったかな」

「終わった事で一々文句を言わない」

「でも、命令したのは春那さんでしたよね?」

「だとしても、入れないのは不信がられるわよ?」

「やっぱり、閉めなかった方がよかったかも……」

「文句言ってないで、ほら、行くわよ」

 澪さんにそう促され、僕と繭さんは渋々廊下を歩いていた。


 途中、倉庫から釘抜きを取ろうと立ち寄ったが、探していた繭さんが二分経っても戻ってこなかった。

「繭、どうしたの?」

「ねぇ! 釘抜きってどこにやりました?」

「はぁ? 釘入れの横にあるでしょ?」

「それがないんですよ! あ、それと、金槌って片付けてましたっけ?」

 澪さんが僕を見る。僕は首を横に振った。

「いや、私は片付けていないし、瀬川さんもそうみたいよ」

「それじゃ…… どうしていつも置いてある場所にある訳?」

 繭さんが蒼褪めた顔で戻って来た。

「……繭が自分で片付けてたのを忘れていたんじゃないの?」

 その言葉に繭さんは首を激しく横に振った。

「こ、恐い事言わないでくださいよ! ……ただでさえ、この状況に対応出来てないんですから」

 それは恐らく全員がだろう。


 僕は一瞬、繭さんの悲鳴が聞こえる前、屋敷の窓から中庭を見ていた女の子を思い出した。

 ――が、一瞬だったし、僕の思い込みかもしれないと、考えから除いた。

「どうする? 釘抜きがないと鶏小屋の中を見せる事が……」

「また澪さんの気合の一撃で……」

 繭さんは冗談で言ったのだろうが澪さんが何も言わず睨んでいた。

「じょ、冗談ですよ!」

「……状況を見なさいよ!」

「でも、入れないんじゃ話にならないんじゃ?」

「そうですよ! あれ? 雨の音がさっきより強くなってません?」

 繭さんが裏口を見ながら言った。


 その直後、鹿威しが鳴った。


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