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肆拾漆【8月12日・午前9時12分】


 僕と早瀬警部が広間に戻ると、春那さんと深夏さんが駆け寄ってきた。

 そして、おもむろに「あ、秋音は……」

 と、口にする。

 見付かったのかと訊きたかったのだろうが、僕と早瀬警部の表情を見て、その先を訊かなかった。


「屋敷内を探しましたが、お二人は見付かりませんでした。代わりにこれが女風呂で見つかりましたが」


 そう云うや、早瀬警部は僕を見遣る。

 僕はポケットから秋音ちゃんのペンダントを取り出し、春那さんと深夏さんに見せた。


「それ、秋音の……?」

「やっぱり秋音ちゃんのなんですね? でも、昨日はお風呂に入ったのは鶏小屋を掃除した時以外なかったですよね?」

「ええ。昨日、私と秋音、冬歌と繭の四人で入ってるから間違いないわよ」


 そう云うと、深夏さんは繭さんを見遣る。

 話を聞いていたのか、繭さんは答えるように頷いた。


「でも、その時も秋音はペンダント着けてたわよ? お風呂に入る時くらい外せばいいのに、って話したけど、なくすのが嫌だからって」

「そんなに大切にしているのに……と云う事は、連れて行かれた時に外れたか、犯人が態と置いていったのか」


 早瀬警部がそう云うと、そうかもしれないと云った感じに全員が納得する。

 今までは姉妹たちの目を盗み、増してや誕生石も持っていっていた。

 それなのに、秋音ちゃんの誕生石サファイアを見ると、宝石が目的じゃないと云うことだろうか?

 それなら本来の目的が何なのかがわからない。

 つまりは動機が見つからない。


「参考までに訊きますが、他の方々は?」


 早瀬警部がそう尋ねると、春那さんと深夏さんは首に掛けたペンダントを早瀬警部に見せた。

 その横で春那さんが冬歌ちゃんを呼び寄せ、ペンダントを見せるように云う。


 春那さんが持っている金剛石ダイアモンド

 深夏さんが持っている赤縞瑪瑙サードニックス

 冬歌ちゃんが持っている紫水晶アメシスト

 そして、秋音ちゃんが持っているはずの青玉サファイア


 実際の彼女たちの誕生月は違うが、若しくは何かを暗示しているのか……


「それにしても何カラットあるんだそれ?」

「えっと、確か姉さんのって、4カラットくらいじゃなかった?」

「4カラットって事は0.8グラムくらいですね。でもそれより大きい気もしますけど」


 僕がそう云うと、おおっといった感じにみんなが感心する。


「お父さんから貰ったから、実際の重さは私も知らないんですよ。でも、よくカラットでの重さとか知ってますね? あまり知らないと思いましたけど」


 春那さんにそう尋ねられ、僕は「前に宝石店でアルバイトした事があるんですよ。その時に覚えたんです」

 と、答える。


「昔取った杵柄ですね」


 霧絵さんがそう云うと、冬歌ちゃんが首を傾げる。


「昔覚えたことを今でも知っているって言う意味。宝石の知識なんて正直云って、その職業以外だと何の役にもたたないからね。ダイヤモンドを削るには同じ硬さのダイヤモンドで削るしかないとかそう云ったもんよ」


 深夏さんが答えると、冬歌ちゃんはうーんと唸り声を上げる。


「冬歌にはちょっとまだ難しすぎたかしら?」


 霧絵さんがそう云うと、冬歌ちゃんは頷いた。


「それにしても、耶麻神大聖……いや、太田大聖と云った方がいいのかもしれないが、あんたたちが持っている宝石って何か意味があるのか? 誕生石ったって、時期がずれてるだろ?」


 確かに園塚さんの云う通り、本来の彼女たちの誕生日は一月早い。

 早瀬警部の話だと、誕生石は彼女たちが屋敷に来た日に因んでいると云っていた。


「宝石は“花鳥風月”の絵と深く関わっているんです」

「“花鳥風月”と? でも関係あるって云われても」

「春那、あなたが持っているダイアモンドは漢字でなんて書く?」

「え? っと、金剛石こんごうせきって聞いたことが」


 そう云うや、僕と早瀬警部は何を意味しているのかに気付く。


「深夏さんが持っている赤縞瑪瑙サードニックス。秋音ちゃんの青玉サファイア。冬歌ちゃんの紫水晶アメシスト……それってまさか……」


 いや偶然かもしれない。それにそうだとしたら、ダブってしまう。


「正樹さんは気付いたみたいですね。“花鳥風月”とこの子達、いえ、私を含めた五人が持っている誕生石の関係が」


 霧絵さんが首元から宝石がつけられたペンダントを見せる。


「私の持っている宝石は黄水晶シトリンと云って、十一月の誕生石です。漢字で書くと黄色い水晶……」


 そこまで知り、春那さんたちも気付いたのだろう。


木火土金水もっかどごんすい? でも、それだとやっぱりダブるんじゃないの? 秋音が持っているサファイアは“青”。冬歌が持っているアメシスト

は“水”。意味的には一緒じゃない? それに、姉さんの“金”はとにかく、私と母さんのは掠りもしていない」


 深夏さんの云う通り、それだと説明にならない。だけど、若しかしたらこれだと解明できるかもしれない……


「若しかして、漢字ではなく、色……ですか?」


 僕がそう訊ねると、霧絵さんは頷いた。


「春那の持っている金剛石ダイアモンドはそのまま“金”として考えてもいいでしょう。紫水晶アメシストも“水”という字が書かれてますから同じと考えてください。問題は深夏と秋音。そして私が持っている宝石の関係性です。深夏の持っている赤縞瑪瑙サードニックスに書かれている色は“赤”。これは五行思想での五色でいう“火”を意味しています。同じように“青”は“木”。そして“黄色”は“土”になるんです」


 霧絵さんがそう説明する。それなら、木火土金水の全てが揃っている。


「でも、まだ“花鳥風月”と宝石の関係性が見つからないわよ?」

「深夏? “花鳥風月”はどんな意味での四字熟語だっけ?」


 霧絵さんにそう聞き返され、深夏さんは困惑する。


「確か“美しい自然の景色や、それを重んじる風流を意味する”だっけ?」


 深夏さんの変わりに春那さんが答えた。


「そう。そして、“木火土金水”も自然に関わりがある五行思想なの」


 一応説明すると、“五行思想”と云うのは、古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は木・火・土・金・水の五種類の元素からなるという説がある。その思想は風水にも深く影響していている。


 木は火によって燃え盛り、灰が残る。

 灰は土に還り、土は鉱物となって金を生む。

 金の表面には凝結によって水が生じ、そして水によって木は成長する。

 といった、いい意味での繋がりを“相性”という

 逆に、木は根を地中に張る為、土を締め付け養分を吸い取って土地を痩せさせる。

 土は水を濁すと同時にせき止めてしまう。

 水は火を消し、火は金を溶かしてしまう。

 そして金属、つまり斧などでは木を切り落としてしまう。

 といった、悪い意味での繋がりを“相剋”という。


 今まで犯人がこれを知っていて盗んでいっただろうか……

 それならどうして“花鳥風月”が盗まれていなかったんだろう。


「そうだ。秋音の部屋に行ったんですよね? その時絵画はあったんですか?」


 春那さんが僕と早瀬警部にそう尋ねると、「ええ。ただ奇妙な状態になってますけどね」


 早瀬警部が言葉を濁らす。


「奇妙な状態?」


 聞き返すように深夏さんが云う。


「ええ。“風”の絵に描かれていた少女だけ黒く塗り潰されていたんですよ」


 そう僕が話すと、「なんてそんな事を? あの子、あの絵が好きになってきてるのに」


 彼女たちにとって、あの絵は大切なものだ。

 自らの手で汚すとは到底思えない。

 あの絵に描かれた少女が昨夜見た女の子だと鹿波さんが言っていた。

 だけど、あの絵はどうして描かれたのだろうかと云う疑問点があった。


「一応あなた達の絵も確認したので、引き続き、捜索してもいいですかな?」


 早瀬警部がそう云うと、僕を連れて廊下へと出た。

 二十分後、残りの三枚を探し出すと同時に、秋音ちゃんの部屋に入り、“風”の絵も持って、広間に戻った。

 四枚の絵には必ずといっていいほど、少女が描かれているはずだった。

 その少女が黒く塗り潰されており、その部分に触れると、まだ乾いていなかった。

 それと同時に手が汚れてしまったので、厨房に行き、墨のようなものを洗い落とした。


「酷い……」


 霧絵さんがそう呟く。


「恐らく昨夜休んでからでしょうな。それだったらタロウ達が吠えるはずなんですけどね」


 家族の部屋と広間は目と鼻の先だ。それにその前にはタロウ達がいる。


「何かでタロウ達を大人しくしたんでしょうか?」

「でも、タロウ達は澪さんの言うことしか聞かないのよ? それとも、こんな事を澪さんがしたって云うの?」


 深夏さんも何が何なのかわからない状態だった。


「でも、云うことを聞かない時だってあったんじゃないのか?」

「そういった時は犬笛で……」


 そう云うと、深夏さんは前に使っていた事を思い出す。


「それじゃ、その犬笛を使って、二匹を黙らせたって事ですかな?」

「そうなるかもしれませんね……あれ?」


 “花”の絵を見ると、縁に奇妙な切れ込みが入っている。

 前からあったのかと春那さんに尋ねると、彼女は首を横に振った。


「絵はボードに貼られていますからね。破らないように剥がしてみますか?」


 早瀬警部はそう云うや、春那さんを見遣る。

 春那さんは了解したと云った感じに頷いた。


「鋏を持ってきたほうがいいですね」


 繭さんは箪笥の中から裁縫鋏のような刃が長い鋏を取り出し、早瀬警部に渡した。

 絵の縁を切り落とすと、ひらりと一枚の写真が出てきた。

 普通のLサイズ写真とは違って小さく、逆に履歴書などに使う証明写真よりも若干大きい。ポラロイド写真という訳でもなさそうだ。

 写真はセピア色に染まっているのだから……


「うしろに何か書いてますね。えっとS53 8 12……」


 それはちょうど三十一年前の今日だった。


「写っているのは秋音さんと同じくらいの女の子ですね。森の中でしょうか?」

「ちょ、ちょっと待って? これって絵に描かれている女の子じゃないの?」


 それを聞き、僕は無意識に写真を春那さんの手から盗り、凝視した。写っている少女は紛れもなく、昨夜見た少女だった。


「あれ? ねぇ、なにか書いてあるよ?」


 冬歌ちゃんがそう云うと、絵の裏側を指さした。


「確かに何か書いてありますね…… えっと……」


 早瀬警部は胸ポケットから眼鏡ケースを取り出した。


「えっと、S52・1・21……」


 早瀬警部がそう云うと、冬歌ちゃんが誰彼構わずに尋ねる。


「“S”っていうのは、昭和って意味。ほら平成は“H”って書くのと一緒よ」


 そう春那さんが冬歌ちゃんに説明していくのを横目に、早瀬警部は書かれている文字を読み進めていた。


「今日、なげなしの金でカメラを買った。他の職員には内緒だが、これで子供たちは喜んでくれるだろうか。あの子達は何時も私以外の職員から虐待を受けている。男の子たちは日に日に瘠せ細って、女の子たちもまるで死に顔のようだった。一番上の子に至っては、本来来るはずのものがこない。皆、あのキチガイな職員たちによって壊されたのだと知る。本当なら助けたいが、おいぼれで働き口のない私がやったところで何にもならない。警察に話しても、どうせ助けてくれないだろう。あの子達は戸籍がないから……」


 書かれた文字を読み終えると、早瀬警部は怪訝な表情を浮かべた。


「どうかしたんですか?」

「いや、これが三十二年ほど前に書かれた文字かなって思ったんですよ」


 そう云われ、ほとんどの人が不思議そうな表情を浮かべる。


「文章はどう見ても“日記”ですから、普通はノートか何かに書くでしょ? これを書いた本人が書いたとは思えないんですよ」

「云われてみれば確かにそうですね。文脈が“手紙”というより、“日記”に近い。何かメモ代わりにしていたとも考え難いですし」


 植木警視は他の絵も同様に切れ込みがないかを探る。――が、いくら探しても見つからなかった。


「それにしても、酷い内容ね……弱いものいじめってこういう事を云うのかしら?」


 深夏さんが怒りに満ちた表情を浮かべる。


「先輩。これが孤児院で起きた子供たちによる院長殺害の理由なんでしょうか?」

「おや? 何か納得がいってない顔をしてますね?」

「ええ。私はまだ生まれて間もなかったのでよく知りませんでしたが、父がいつも以上に納得いかない顔でご飯を食べてたのが気になったんです。それに、あの時父がよく云っていた言葉も、今となってはこういう意味だったのかって納得出来るんです」


 植木警視がそう云うと、早瀬警部はそれについて訊く。


「“ご飯はよく食べろ”」


 植木警視がそう云うと、「それ普通じゃ……」

「私たちにとっては普通でも、孤児院にいた子達にとっては幸せじゃなかったのかな? ほら瘠せ細ったって書いてあるから、あまりご飯を食べさせてもらえなかったって、捉える事も出来るし」

「だけど、この虐待が理由で院長を殺したんでしょうかねぇ?」


 早瀬警部はそう云いながら、園塚さんを見遣った。


「俺は瀬川と同い年だぜ? 事件があったなんて事は初耳だ」

「君たちに命令している女性はその事を知ってるかもしれない」

「さぁな……だが、見たところ四十路しそじになっているかいないかだったぜ?」


 それを聞いて、早瀬警部が首を傾げる。


「と云う事は、君はその女性を見たと云う事ですかな?」

「見たって云うより、声の感じがな……」

「四十を近くでも、若い人の声を出すことも出来ますよ。声色を変えれば幾らでも」


 早瀬警部との会話を聞きながら、僕はチラリと絵を見た。

 あの子は僕に何を伝えようとしていたのか……

 恐らくそれがこの殺人劇の真実なのだろうか……


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