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肆拾陸【8月12日・午前7時34分】


「そうですか、あなたは屋敷の監視だけを命令されていたと」


 早瀬警部が不服そうに園塚に聞き返す。


「今まで死体漁りをしておいて、此処では屋敷の監視……それ以外には何も命令されていないって事ですか?」


 再び早瀬警部が訊ると、園塚は頷いた。その仕草に早瀬警部は首を傾げる。


「妙ですよね? 屋敷内の事はわかってて、何時でも殺せる状態だと云うのに、今日こんにちまで何も仕掛けてこなかった」

「何か意味あるんでしょうか?」


 植木警視がそう云うと、早瀬警部は何かを思い出そうとしていた。


「君たちを命令していた女性は何か云ってたのかい?」


 正樹が園塚に尋ねると、何かを思い出すような仕草を園塚はするが、「……いや、死体を解剖かいぼうして、臓器を売り捌くとしか……」


 その言葉に私は一瞬、脳裏に思い浮かべようとしたが、想像すると気が滅入ることはわかりきってるから、やめた。


「でもさ? 死体ってそんな簡単に手に入るものなの? しかも臓器を売るって事は綺麗な状態じゃないと」

「樹海なら可能でしょうね? 迷って餓死するか、自殺するために来るかだから」

「そう云えば、前に澪さんが自衛隊の訓練で使ってるって云ってたよね」

 それを聞いて、秋音が首を傾げながら、「でもさ? 青木ヶ原樹海とかって、方位磁石使えないはずじゃ? 何か磁場の影響が何かで」

「ああ、それはデマだよ。多分自殺者を出さないために流した話だ」

 園塚がそう話すと、「確かに青木ヶ原樹海の周辺には、キャンプ地もあれば、遊歩道もありますからね。ただし、樹海に入れば迷いますけど」

 そう云うや、早瀬警部がクスクスと笑う。


「先輩、今は冗談云ってる場合じゃないですよ」


 植木警視がそう云うと、早瀬警部は苦笑いする。


「それでそこに行って、死体を漁っていたと云う事ですか? 報告もせずに」

「身元がわかれば報告は出来るさ? でも、身元をわからなくするのが暗黙のルールかもしれないじゃないか?」


 それを聞いて、以前この山で自殺しようとした家族を思い出す。

 彼等も同じように身元をわからなくしていた。

 多分迷惑をかけ……いや、自殺した時点で迷惑をかけてるんだ。


 自殺した人間は成仏しないとはよくいったものだ。

 何故なら、自分がそうだから……

 銃で撃たれ、重症を負っていたとはいえ、精留の瀧に身を投じた事になる。

 それよりもまだこの世界に未練があるだけなのかもしれない。


「どうかしたんですか? 巴さん?」


 霧絵にそう云われ、私は首を横に振る。


「いや…… 生きてた時の事、思い出してただけ」


 そう云うや、私は厨へと引っ込み、麦茶を自分のコップに注いだ。

 前の舞台で、四十年前に起きた“鹿狩”において、千智お姉ちゃんを含む子供や女の人は生きていた事がわかった。

 ――小さな溜息を吐きながら、集落にいた人たちの事は薄らと思い出してみる。それなのに、どうしてもあいつだけは思い出せない。


「巴さん? 私にもくれませんか?」


 うしろを振り向くと、秋音がコップを持ってきていた。

 彼女のコップに注ぐと、秋音はゆっくりと飲み干した。


「あれ? 秋音お嬢様って、私の事そんな風に云ってましたっけ?」

「えっと? 嫌だったら止めますけど」


 そう云われ、私は首を横に振る。別に嫌とは思っていない。

 むしろ私の方が呼び捨てにしている。もちろん、霧絵以外には口にしないけど。


「それに私の事も呼び捨てでいいですよ。同い年くらいなんですから」

「でも私はあくまで使用人ですから、そのような事は」

「本人がいいって云ってるんですから、いいんです」


 秋音って、こんな性格だったかな?と思いながらも、私は頷いた。


「それじゃ気を取り直して、巴さん」

「え、っと…… あ、秋音さん?」

「あの? それじゃ、呼び捨てになってませんよ?」


 と、秋音は不服そうな表情を浮かべるが、どちらにしても慣れてない。


「ま、追々慣れていくって事でいいんじゃないですか?」


 秋音がそう云うや、私は頷いた。


「ところで変な質問なんですけど、巴さんって、誰かを好きになった事ありますか?」

「なった事あるだろうし、ないかもしれないけど?」

「私はあるんですよ。小学生の時に……もういませんけど……」


 そう云われ、私は訝しげな表情を浮かべる。


「以前、わたしが誘拐された事話しましたよね? その時に男の子が撃たれた事も……あの日、私はその男の子と一緒に途中まで帰る約束をしてたんです。私の家は山の中で、彼は団地だったから、登校時にはいつもの待ち合わせ場所にって感じで……今もそうですけど、友達って本当に言える人が少なかったですから……」


 結局、耶麻神という名前が邪魔をしていたのか、それとも旅館が大企業に成長していったのが裏目に出てしまっていたのか……どちらかはわからないけど、それが姉妹たちにとって負い目であったことは言うまでもなかった。


「事件があったその日の帰り道も、一緒に帰ったんです。曲がり角を曲がれば、男の子と別れる場所に着くはずだったんです」

「その時に誘拐されたって事?」


 そう訊くと、秋音は頷く。


「でも、可笑しくない? 秋音さんとその男の子が誘拐された時間帯って、友達とか買い物してる人がいるかもしれない時間帯じゃない? 幾らなんでも誘拐するには――犯人に危険がありすぎる」


 私はそう云うが、嫌な予感しかしない。


「見て見ぬ振りをしていた……?」


 姉妹たちが周りから疎んじられていた事は事実だ。それに事件等に関わりたくないのが人間でもある。

 私だって、四十年前にあった政治家殺害で迷惑だと感じている。

 多分それと同じなのかもしれない。

 秋音は私の問いに無言で頷いた。


「突然うしろから三人くらいの男の人達から何かで叩かれて、気を失ったんです」


 秋音が誘拐されたのは、確か小学一年生くらいの時だ。

 多分、首を手刀で叩かれたと考えるべきか……秋音もその事に関しては曖昧なのだろう。


「目を覚ました時、周りは夏だったのに冷たくて、どっちかというと寒い感じでした」

「倉庫なんて、大概そんなもんだと思うけど?」

「私も今思い出すとそう考えるんですけど……でも、息が白くなるって事は余程の寒さじゃないですか?」


 気温が7℃以下の時に白い息が出る。

 誘拐された時は夏だから、倉庫とはいえ、それが出るとは思えない。それに秋音は寒い場所だったと云っていた。――となると、冷蔵庫ってこと?


 それからは男の一人が電話で大聖に脅迫し、警察はお金を用意した。

 金額は三億ほど。もちろん一日で用意できるとは思えない。警察がした事は最初の一枚だけ本物で、あとは偽物だった。


「そして倉庫に入った旦那様が身代金を渡すはずだった」

「だけど、その前に警官が独自で、捜査をしていたそうなんです。男の子の帰りが遅いので、母親が警察に捜索をお願いしてたそうですから」


 厨に入ってきた、植木警視がそう云う。


「知ってるんですか?」

「事件があったのは七年前です。その時はまだ警部でしたから、事件の捜査に参加してたんです。秋音さんが誘拐された事件と、その男の子が誘拐された事件は同じ犯人であるとは最初から気付いてましたけど……」

「ちょっと待って? その言い回しだと別々に捜査してたって事?」


 私がそう云うや、植木警視は頷く。

 その仕草に違和感を感じ、私はコップをテーブルに叩きつけた。


「どういうこと? 犯人が同一だとわかってるなら、合同にするのが普通じゃ……」


 怒鳴り散らすように、私は植木警視に訊ねる。


「私もそう考えました。でも、男の子の母親が断固として、合同にしなかったんです。あんな家の子供と遊んでるから、うちの息子は誘拐されたのよって……そう云って……」


 植木警視はゆっくりと秋音を見遣る。秋音は黙って、自分のコップに麦茶を注ぐ。

 その行動に、知りたくない事実だったのだろうと気付く。植木警視も自分の口走った事に後悔したが、今更知ったところで事件は既に解決している。


「それからは多分知っている通りです」

「興奮した犯人の一人が、男の子を銃殺した。その事で秋音が、雷のような劈く音に対してのトラウマが出来てしまった」


 私がそう云うと、植木警視がポツリと呟く。


「……犯人は“銃を持ってません”でした」


 ――――え?


「警官は拳銃を職務中は携帯するように義務つけられています。だけど基本的には威嚇に使うだけなんです」

 秋音はその言葉でわかったのだろう。そして嫌な話ほど思い出したくない。


「男の子は犯人に羽交い絞めにされていた。他の犯人は既に逃げていて……銃を撃てる状態じゃなかった!」


 そう云うと、秋音は膝から崩れ落ちる。


「撃った警官は、拳銃の携帯を許可されたばかりで、試したかったんでしょうね……試す状況が違うし、警察はそれを揉み消した!」

「あ、ああ、ああああ……」


 植木警視が話す残酷な事実は、秋音の心を蝕み犯す。


「それに警察は最後まで事件を別々に扱ったんです。秋音さんが誘拐された時間帯と、男の子が誘拐された時間帯は一緒だった。二人が一緒に帰る時間に目撃者もいた! 完全に一致するんです。でも、警察は事件を公にはしなかった」


 植木警視は秋音にそう云うや、頭を下げる。


「赦してくださいとは云いません。でも、まだ幼かった秋音さんに本当の事が言えなかった。それと今はすっかり幸せそうな貴女に云うべき事じゃないのもわかります」


 大聖が死んだ事でまだ心に穴があるかもしれない。

 それを広げるように、植木警視は事実を述べた。


「秋音……」


 声をかけるが返事がない。秋音はゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで、広間を出て行く。私は慌てて彼女の後を追った。


「舞ちゃん? 何か喋ったんですか?」


 早瀬警部が不満そうに植木警視に問いかける。


「秋音。凄く辛そうな顔してましたよ?」


 春那がそう云うや、植木警視は座り込み、霧絵や姉妹たちに頭を下げる。


「秋音さんに誘拐事件の事を話したんです。あの時あった本当の事を……」


 部屋に入る直前、廊下から聞こえた話し声は何時しか、怒鳴り声へと変わっていった。


 部屋に入ると、秋音は花鳥風月の一枚である“風”の絵を見ていた。


「秋音……」

「今更本当の事を云われても、何とも思ってませんよ。薄々そう感じてましたから……」


 そう云うが、声が震えている。


「私はこの絵が嫌いでした。小さい時から夢に知らない女の子が出てきて、何か話してるんです。声が聞こえないから、怖くて……」


 多分、私と正樹の目の前に現れた少女だろう。


「でも、家に遊びに来てくれてた男の子はこの絵を気に入ってたんです。私が要らないからやろうか?って訊ねても、絵が此処にいたいって云って……可笑しいですよね? 絵が喋る訳でもないのに」


 秋音はそう云うや、私の方を振り向き……


「私、生きてますよね?」


 そう云われ、返答に困った。


「秋音、貴女何を……」

「何回も同じ夢を見てるんです。その中で何時も私は誰かに殺されていた。何回もしつこいくらいに……」


 秋音は慟哭するように云う。


「でも、目を覚ますと体は何ともないんです。それに全部覚えてなかったり……だけど、瀬川さんのことだけは薄らと覚えてるんです」


 秋音はそう云うと、絵画を大事そうに押入れに直した。


「戻りましょ。これ以上心配を……」


 言うが否か、秋音はゆっくりと倒れ込む。


「あ、秋音? っ!」


 一瞬目がクラッとする。

 瞼が重たく感じ、次第に閉じられていく。

 その時、私は異常なまでの違和感に気付いた。


 ――タロウとクルルは?


 ハナは広間で子犬と一緒に冬歌といた。

 何時いなくなったのか、少なくとも正樹と秋音、早瀬警部が戻ってくるまではいたはずだ…… その間、廊下に誰も……

 昨夜、正樹と一緒に厠に行って、タロウが裏庭に目をやっていた。

 その時、私はドアを開けて……


 鍵は施錠されていた? いや、されてない!

 そもそも施錠できるのは屋敷内への扉だけで、裏庭への扉に鍵はない。

 今の今までだって、鍵を開けるタイミングはあった。

 それに気付いた時には、既に深い眠りへと落ちていた。



「二人とも何をしてるのかしら?」


 襖を眺めながら、春那さんがそう口走った。

 確かに秋音ちゃんと鹿波さんが広間を出て行ってから、既に十分くらいは経っている。


「秋音の部屋で何かしてるんじゃないの?」

「でも、早瀬警部から出来るだけ広間にいるようにって云われてるのよ?」


 春那さんと深夏さんの会話を聞きながら、植木警視は申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「別に舞さんの所為じゃないですよ。遅かれ早かれ、本当の事をあの子に言うつもりだったんですよね?」


 霧絵さんはそう云いながら、早瀬警部を見遣る。

 どうやら早瀬警部も、誘拐事件に関する事をいつかは話そうと思っていたらしい。


 早瀬警部は腕時計を見る。


「どうします? 探します?」

「ええ。そうします」


 僕と早瀬警部は立ち上がり、広間を出ようとすると、「でも、鍵とかどうするんですか? 秋音のことだから施錠してると思いますよ」

 深夏さんにそう云われ、僕と早瀬警部はどうしたものかと互いを見遣る。


「マスターキーを渡しますから、来てください」


 春那さんはそう云いながら立ち上がり、襖を開けた。

 そして、間もなく広間を振り向いた。


「ねぇ? 瀬川さんたちが戻ってきてから、トイレに行った人っている?」

「へ? 鹿波さんと秋音が出て以外、誰も出て行ってないと思うけど……」


 深夏さんがそう答える。それを聞いて春那さんは、「タロウとクルルもいないんだけど?」

「ちょっと! それどういう事?」


 確認するように全員が廊下を見るが、春那さんの云う通り、二匹の姿が見当たらない。


「犯人に連れていかれた?」

「そ、そんなわけないでしょ? 吠えるのが普通じゃないですか?」


 春那さんが云う通り、二匹が吠えなかったのが可笑しすぎる。


「でもさ? あの人に対して、全然吠えてなかったじゃない」


 深夏さんは園塚さんを指差しながら云う。


「それは俺が元の飼い主だっただけだ。タロウってのはとにかく、クルルは少し成長してからこっちに来たんじゃないのか?」


 そう云われ、驚きながらも二人は頷く。


「つまり昔のことを思い出したって事?」

「いつかは会いに行こうと思ってたんだが、まさかこんな形で会うとは思わなかったよ。あいつ、何でも隠す癖があるだろ? おれもそれでよくやられたもんだよ」


 懐かしそうに園塚さんは話す。


「確かにクルルはよく物を隠す悪癖があるけど、それを知ってるのは屋敷の人間くらい……それを知ってるって事は、本当に前の飼い主だったって事?」


 春那さんが確認するように訊ねると、園塚さんは頷いた。


「幾度となく殺人を犯してきた俺だが、あいつが死ぬのは忍びないな」


 そう云いながら、彼は立ち上がろうとするが、まだ立ち上がる事は出来ない。


「春那さん、部屋の鍵を貸してください。マスターキーは僕達が持ってきます。その後、僕達が戻ってくるまでは広間の中にいてください。絶対に出てはいけませんよ」


 僕がそう云うと、「わかりました。くれぐれも鍵だけですからね。部屋は散らかってますし、脱ぎっ放しが……」

「姉さん? 恥ずかしくなるんなら、話さなきゃいいじゃないの?」


 深夏さんが揶揄からかう様に言う。


「しょ、しょうがないでしょ? ここ最近忙しくて、部屋の掃除はしてないし、急いで部屋を出る時があるから下着とか……」

「まぁ、話してるのはいいけど、二人とも行ったよ」


 深夏さんの声が聞こえたと同時に、僕と早瀬警部は部屋へと入っていた。

 春那さんの云う通り、部屋は少し散らかってはいたものの、別に気にするほどでもなかった。

 むしろ僕の部屋のほうがもっと汚い。

 パソコンが置かれた机の横に鍵束を見つけ、それを手に取る。


「さてと、探しますかな?」


 早瀬警部にそう云われ、僕は頷いた。

 一度広間に戻ると、春那さんは座っていた。


「鍵、有難う御座いました」


 部屋の鍵を返そうとすると、無言で取りながら、上目遣いで訴えるように見つめていた。


「あ、私たちも」


 深夏さんが繭さんを見ながら言うが、「深夏……繭さんも座ってください。ここは瀬川さんと早瀬警部に任せましょ」

 霧絵さんがそう云うと、深夏さんは不服そうな表情を浮かべるが、直ぐに座り直した。


「では行ってきます。何かあったら携帯に」


 早瀬警部が植木警視にそう云うと、彼女は頷いた。


「では、先ずは秋音さんの部屋に行きますかね?」


 早瀬警部にそう云われ、僕は頷く。

 秋音ちゃんの部屋は直ぐ近くなので、一分と掛からなかった。部屋に入ると誰もいない事が直ぐにわかった。

 それにしても、さっきから少し変な臭いがする。


「余り息をしない方がいいですね。こういうのに限って、碌な事ないですから」


 早瀬警部は慣れているのか、手際よく人が隠れられる場所を探していくが、人が入れる空間はなかったようだ。

 ふと隅っこの方を見遣ると、花鳥風月の中のひとつ、“風”の絵が無造作に置かれていた。

 それを手に取ってみると、少女が描かれた部分だけが黒く塗り潰されていた。その部分に触れると、まだ乾いていないのか、指が真っ黒になる。


「何かを暗示してるんでしょうかね?」


 早瀬警部がうしろから声をかけてくる。


「この部屋にはいなそうですし、他を当たってみましょう」


 そう云われ、僕たちは部屋を出た。


 部屋を出た後、ふと気付く。


「若しかしたら、タロウとクルルは、秋音ちゃんと鹿波さんが広間から出る以前から連れて行かれたんじゃ」

「突拍子な考えですけど、それもありえますね。ただしタロウたちが懐いてないと聞かなそうですけど」


 確かに早瀬警部の云う通り、知らない人間の言うことを素直に聞くとは思えない。

 色々な憶測を考えながら、他の部屋の確認を取るが、鍵が掛けられている部屋がほとんどで、広間で看病されている園塚さんが出てきた防空壕の入り口も、僕達が確認し、戻ってきた時と同じだった。


「後、探してないのは風呂場の方ですかな?」


 早瀬警部が確認するように僕に尋ねる。


「はい。玄関には二人の靴がありましたし」


 そう云いながら、僕は風呂場への扉を開いた。


 裏口から裏庭に出るところを確認すると、本来あるべきである草履が全てなくなっている。


「二人はここから出て行った……わけないですよね?」

「それでしたら、二人分消えているはずですよね?」


 確かにそれだったら、他の草履がなくなっているのには違和感を感じる。

 男風呂の脱衣所に入るが誰もいない。

 浴室に行くもやはりいない。女風呂も同様だったが、隅っこにおかれた洗濯篭には脱ぎ捨てられた服が散乱していた。

 昨日からパタパタしていて、洗うタイミングが見付からなかったのだろう。

 早瀬警部もそれに気付くと、躊躇なしに洗濯籠を漁りだした。


「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか?」


 僕が止めに入ろうとすると、「手掛かりになるようなものは見逃すわけにはいかないでしょ?」

 確かに早瀬警部の云う通りかもしれないけど、でも、少しは遠慮してほしい。

 チラッと見ると薄紫やら、ピンク色のやら、アクセントとして描かれたのだろう、小さな猫のプリントが入ったショーツやブラが出てくる。


「これは……秋音さんの」


 この状況だから、僕は一瞬、彼女の下着と考えるが、それ以前に何で早瀬警部が知ってるのかと云う違和感を感じる。――まぁ、そんな事を考えた僕を一発殴りたいが……

 早瀬警部が取り出したのは、秋音ちゃんの誕生石サファイアが付けられたペンダントだった。

 彼女たち姉妹は今までの舞台でも、誕生石は大事にしていた。それを亡くさないために今回はペンダントにしたのだろう。


「妙ですね。あれだけ大切にしているのに、忘れていくなんて」


 早瀬警部は首を傾げる。


「春那さんたちが持っている誕生石は旦那様が与えたと聞きましたし、余程大切なものなのは知ってるんですけど……早瀬警部は何か理由を知ってるんですか?」


 僕がそう訊ねると、早瀬警部は少し唸り、「まぁ、これは冬歌さんがこの屋敷に来た時でしたかな……」


 そう云うや、ペンダントを僕に渡した。


「冬歌さんが来た時、一番に喜んだのは血が繋がっていないとはいえ、妹が出来た秋音さんでしょうね。春那さんや深夏さんも、冬歌さんがまた自分たちと同じ身寄りがないか、育てる自信がなく、この屋敷に来たのではないかと云う考えを持っていたようです。ですが、赤ん坊だった冬歌さんを敵視する事はなかったそうですよ」

「春那さんが深夏さんに会った時はどんな風だったんでしょうかね?」

「大聖くんの話だと、不思議そうな顔してたそうですよ。屋敷の中で赤ん坊がいて、それがいきなり妹ですからね」


 それは恐らく、深夏さんも、秋音ちゃんも同じ事が言えるだろう。


「……もしかして、旦那様は以前、此処が孤児院だったことを知ってたのかも。確か春那さんは、奥様の体では子供が生まれないことを知った耶麻神家の人間が連れてきた子供だって……」


 僕がそう云うと、早瀬警部は少しばかり怪訝な表情を浮かべた。


「霧絵さんは、そんな事まであなたに話してるんですか?」


 そう聞き返され、僕は慌てる。早瀬警部は少しばかり溜息を吐く。


「瀬川さんが如何してその事を知っているのかは、まぁこの際どうでもいいでしょうね」


 自己解決してくれたらしく、話を戻した。


「確かに瀬川さんの云う通り、養子としてだったら、春那さんだけで充分でしょう。でも、大聖くんはその六年後に深夏さんを連れてきている。その四年後に秋音さん。そしてまた六年後に冬歌さんと云った感じにね……。ただ、ここでひとつ疑問点が出来るんです」

「――疑問点?」

「彼女たちの誕生日ですよ。つまりは生年月日。生まれてから数ヶ月だったそうですが、本来の誕生日は曖昧だそうなんです。それで、誕生日は屋敷に来た日としていたそうなんです」


 つまり、姉妹たちの名前もそれに因んでいたのか……


「彼女たちは恐らく本当の誕生日を知りません。でも、屋敷に来た日が彼女たちにとっての誕生日だと思いますよ」


 早瀬警部はそう言いながら、風呂場の扉を開いた。


「ただ言える事は、大聖くんがこの屋敷を孤児院にしようとは思っていなかった、って事でしょうね」


 そう云うや、早瀬警部は歩いていく。

 僕は疑問に思いながらも、一人になる危険性を感じ、警部の後を追った。


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