表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/165

肆拾肆【8月12日・午前6時12分~午前7時21分】


 彼…… “園塚そのづか”という名前の男性から教えてもらった部屋に、秋音ちゃんや早瀬警部と入り、隅っこにある畳を取り除くと、薄らと明かりが点いた洞穴が姿を現した。


 彼の話では部屋のすぐ傍で、監視をしていたらしいが、見たところ人の気配はしなかった。

 まだ彼がこの屋敷に入っている事を知らないらしく、何とも無常な感じがした。

 彼が見張りをしていた仲間と交戦したのは、つい一時間ほど前だと云うのに……


 薄らと血と砂埃すなぼこりの臭いが漂ってくる。

 僕と早瀬警部は手拭いをマスク代わりにして、その場に下りた。

 懐中電灯を地面に照らすと、生々しくまだ乾いていない血が残っていた。恐らくこれが園塚さんが流していた血だろう。

 先を照らすと、中は入り乱れていて、どこがどう繋がっているのかわからない。

 多分むこうは地図を持っていると早瀬警部は苦笑いする。

 つまり、僕達からしたら、まだ入った事のないダンジョンみたいなものだろう。

 園塚さんの話だと、屋敷と防空壕の出入口はここだけらしい。

 最初の姉妹を殺す時は深夜であるが故に、誰にも見付からなかった……と云う事になる。

 使用人たちが寝るのは遅くても午前〇時になる前で、起きるのが三時くらいだから、殺すのには充分の時間だった。

 後は以前、殺された二人が寝ていればの話だが、若し寝ていなかったら、睡眠ガスを部屋に吹き込んで眠らせた後、殺すようにと云われていたようだ。


 早瀬警部が少しばかり防空壕の先へと歩く。出来る限り遠くへと……


「だ、大丈夫ですか?」


 秋音ちゃんが部屋から、こちらを覗き込みながら尋ねる。


「うーん。それにしても、防空壕って感じがしませんね」

「どういう意味ですか?」


 早瀬警部が首を傾げながら云ったのを、僕は問いかける。


「いやだってねぇ。もし防空壕として使っていたとしたら、こんなに入り組んだ造りにはしないでしょ? もし入り口がわからなくなったら、焼け死ぬ以前に白骨化してますよ」


 確かに普通防空壕と云ったら、空襲から“逃げるためだけ”に存在している。これじゃまるで牢獄……


「あの、瀬川さん? 本当にあの人の事知らないんですか?」


 心配になって降りてきた秋音ちゃんが僕に尋ねる。


「ん? うん……僕の事を知ってるらしいけど……」

「確か貴方は長野出身って云ってましたね? それは間違いないんですか? それと貴方の両親が伯母だって事も」


 早瀬警部がそう訊くと、僕は頷いた。


「両親は旅行先の事故に巻き込まれて死んだって、それから伯母は僕の後見人みたいな感じでしたね」

「それじゃ、それくらいの時から一人暮らししてたって事ですか?」

「四年前だから、もう高校三年だよ? お金の心配はあったけど、一応アルバイトはしてたからね。伯母さんから料理を教えてもらったりして、何とか自炊出来るようにはなったんだ。伯母さんはあくまで僕の後見人だったから、それと少しばかり援助はしてくれてた」

「くれてた……それじゃ今はしてないって事ですか?」

「伯母さん曰く、育てるのは精々高校まで、大学ってのは社会人になる時間を少し犠牲にして学問に励むもんさ。あんたが大学に行こうってんなら、金の援助はしない……と」


 僕は別に伯母さんにどうこう云う気はないのだけど、アルバイトと大学、それと就職活動で、此処何ヶ月は伯母さんに逢っていなかった。


「春那姉さんと深夏姉さんに逢ったのは、本当に一昨日が初めてなんですよね? それに私や冬歌、母さんに澪さんと繭さん……巴さんや渡辺さんとも」


 そう訊かれ、僕は返答に困った。

 彼女達は初めて僕にあった事になっている。

 恐らく巴さんが云っていた縁さんの能力である記憶操作の力によるものだろう。

 だけど、僕がこの屋敷に来た時、彼女は僕に抱き付いてきた。

 まるで僕が来る事をずっと待っていたかのように……。


「それにしても、どうして私たちの眼を?」

「彼らに命令をしていた女は、身体の一部を売り捌いて、何かの資金にしていたようですね」


 早瀬警部はライトを自分の顎から照らす。

 不意な事だったので、僕と秋音ちゃんは小さな悲鳴をあげた。


「お、驚かさないで下さいっ!」


 僕がそう云うと、早瀬警部はケラケラと笑った。


「いや、なに? これくらいでビビってたら、いざどう云った対処をするかなと思いましてね?」


 そう云うと、早瀬警部は険しい表情で奥の方を照らした。


「ここから近くにいる犯人に聞こえると思ったんですけどね?」

「そ、そんな事したら、危険なんじゃ?」


 秋音ちゃんがそう云うと、「それじゃ、誰が此処にいたはずのもう一人を連れて行ったんですかね? 仮に連れて行ったとして、此処の監視を重々にしてると思いますよ?」


 そう云われハッとする。

 屋敷で休んでいる彼は重傷を負っている。そして銃で打たれていると云う事はもう一人此処にいなければいけない。

 態々死ぬかもしれない銃を自分で撃つとは考え難い。

 それに、周りに誰もいないと云う事は、誰かに連れて行かれたと考えられる。

 そして恐らく此処を誰かが監視しているはずだった。


「まさか、撃った本人が消えたって事ですかね?」

「ははは……そんなわけないじゃないですか? だって、渡辺さんが失踪していた方法だってわかったんですから……ねぇ……」


 僕の声はどんどんかすれていく。


「実はねぇ? 榊山にはあるお話があるんですけどね?」


 早瀬警部が笑みを浮かべながら、話を進めていく。


「大昔の話なんですけど、この山が戦で襲われた時、村人はある娘を助けるために、地下牢に閉じ込めたそうなんです。でも、村は全滅。地下牢もその時の真道で崩れてしまい、探しようがなかったそうです。それから三年くらい後かな? とある大名が夢枕に立った神様に告げられて、村があった場所を掘ったそうなんですけど、出なかったんですよ。少女の白骨死体が……」


 早瀬警部はそう云うと、秋音ちゃんは肩を震わせた。


「そしてね? 三十年前に起きた孤児院での事件。あの事件はまだひとつだけ解決してないんですよ。だって、まだ院長に殺された女の子の死体が見付かってないんですから」

「も、若しかしたら防空壕の中に遺棄されたって」

「防空壕は一度隈なく捜索しましたけど、全く手掛かりがありませんでした」


 僕は早瀬警部が云った言葉に違和感があった。


「ちょっと待ってください! 捜索していたって、それじゃここに防空壕があるって事を最初から知って……」


 僕は言葉を止め、早瀬警部を見遣った。


「若しかして、屋敷からの入り口はこれが初めてって事ですか?」


 そう訊くと、早瀬警部は頷く。


「以前見つけた防空壕は既に潰されてましてね。これは意図的なものと考えていいかもしれませんな」


 そう云うと、早瀬警部は煙草に火をつけようとする。


「早瀬警部! 此処って確か石炭が取れてたっていってませんでした?」


 秋音ちゃんが大きな声でそう云う。

 早瀬警部は間一髪の所で、ライターの火打石フリントから手を離した。


「若しかしたら、ガスが発生しているかもしれません。まぁ、換気はしてるでしょうから、死ぬことはないでしょうけど……」


 早瀬警部はそう云いながら、奥の方を照らす。


「詳しい道のりは、彼が目覚めた時に教えてもらいましょうかね?」

「でも、早くしないと澪さんが……」


 僕がそう云うと、早瀬警部は……「助けに向かう私たちが道に迷ってしまったら、助ける以前の問題ですよ? ここははやる気持ちを抑えて、彼の云っていた言葉に賭けてみましょう」


 そう云われ、僕は植木警視を思い出していた。

 本当だったら、彼女の方が行きたかったはずだ。

 だけど、早瀬警部から彼の看病と監視を任されている。


「あの、早瀬警部と植木警視ってどう云った関係なんですか?」

「どういった……それは仕事でですか? それともプライベート?」


 僕がそう訊くと、早瀬警部はクスクスと笑った。


「あ、いや……植木警視の方が階級的には偉いはずなのに、あまり命令されてませんでしたし、どちらかと云うと、植木警視の方が警部に命令されていたので」

「ああ、それはただ単に彼女は私に借りがあるだけですよ。別に返さなくてもいい借りをね」


 早瀬警部はそう云うと、含み笑いを浮かべる。

 僕と秋音ちゃんは、そんな早瀬警部を見ながら、怪訝な表情を浮かべていた。



「ああ、もう! 違う、違う! 正拳突きって云うのは、左手を突いた状態にまっすぐ伸ばして、右手はあばらの下まで引き手を取って、 突きが出来る状態に構えるのよ」


 仄かに明かりがともった防空壕の中、手首を縛られ、宙吊りにされている澪の声が響きわたっている。

 一応は人質のはずなのだが、犯人の一味は滅多にないチャンスと云う事で、澪に空手を教えてもらっていた。

 それが喧嘩に使われるのは目に見えているだが、致し方あるまい。

 澪にとっては、言う事を聞かなければ殺されるという可能性があるのだから。

 とはいえ、綺麗に並んだ彼らが一心不乱に正拳突きをしているのだから、滑稽な光景である。


「なぁ? もうちょっとカッコいい技とかねぇの? 例えば瓶を割るとかさぁ?」


 一人が愚痴を零し始める。


「だってよぉ? さっきから、正拳突きばっかやってんだぜ? 好い加減飽きてくるだろ?」

「そうだ、なぁ? ちょっと、手本を見せてもらおうぜ?」


 そう云うと、一人の男が澪の手を縛り上げていた縄を下ろしていく。


「お、おいおい? そんな事したら、俺たち殺されっちまうぞ?」


 澪はそれを聞いて、疑問に思った。

 危険だと思った以上は覚悟しているのだが、如何せん彼らに殺される恐怖感がいまだにしてこない。

 別に彼らが銃やナイフを持っていない訳ではないが、使い方を知らない素人同然だった。

 足が地面に付くと、一人が縄を丁寧にほどいていく。どうやらこれも彼らがしたようだ。

 すぐにほつれると云う事は、確りと縛り付けてなかったのか、解け難いが、ある方法を使えば解けるようになっていたのか、何れにしろ如何でもいい事だった。

 自由の身になった澪は、ゆっくりと彼らを見渡した。

 何の期待なのかはわからないが、目をキラキラとさせている。


「で、どうする?」

「やっぱ、実戦じゃね?」


 そう云うと、彼らはたじろぐ。澪の強さを知らない人間など、この中にいないからだ。


「お前……死ぬぞ?」

「あのなぁ? 何も一人でやるなんて云ってねぇだろ? 澪さんは手を出さないで、俺たちを避ける事が出来ればないいんだからな」

「でもそれって、普通過ぎないか?」


 確かに、避けるだけでは面白くない。


「その場に動かないようにするってのはどうだ?」


 そう云うや、彼らは大声を上げる。


「それでいいですか? 澪さん?」


 男は笑みを浮かべながら言う。澪はコクリと頷いた。

 澪を中心に立たせ、その中心から一メートルほどの円を描く。


「この線から出たらいけませんからね? 出たら、一枚脱いでもらいますよ?」


 そう、彼はこれが狙いだった。

 いくら澪でも四方八方から攻撃されれば、避けていくうちに線から出る可能性がある。

 それに、どうせなら楽しんだ方がいいだろうと考えていた。

 澪の服は着物に近いものなので、精々五回くらいで一糸纏わぬ姿になる。


「それじゃ、始めますけど、何か質問は?」

「手を出してはいけないのよね?」

 ――と、質問と云うよりかは確認を取っていた。


「ええ。手を出してもペナルティー。一枚脱いでもらいます」

「そう……いいわ、初めて」


 澪は観念したのか、はっきりとそう云った。

 ――その行動に彼らが違和感を覚えなかったのが運の尽きだった。

 澪を中心に今か今かと攻撃を仕掛けようとしている中、澪は余裕よゆう綽々《しゃくしゃく》と云った感じで、目を瞑っていた。


「おい、俺たちなめられてねぇか?」

「そうだな? おい、此処で教えてやろうぜ、女が男に勝てないって事をよぉ」


 そう云うと、一人、二人と澪に向かって突進していく。

 その手にはナイフが持たれており、明らかにルール違反だったが、彼らには縛りがない。つまり、何をしてもいい事だ。

 どうせそんなもんだろうと思っていた澪は、突進してくるナイフを難なく避ける。

 そして、避けた際に、突進してきた男の足を引っ掛けた。

 当然の事ながら、男は前のめりに倒れこむ。


「お、おい! ちょっと卑怯じゃねぇか?」


 一人がそう云うが、「今のは避けた拍子に足が引っ掛かっただけでしょ?」

 澪はそう云いながら、言い出しっぺの男を見遣った。

 男は不満な表情を浮かべるが、偶然である事には変わりないと思ったのか、なかった事にした。

 一人、二人、三人と、澪に向かって襲い掛かろうとするが、紙一重の所で避けられていく。

 中には先程と同じように倒れこむのもいるが、偶然と云う事で無効となっていた。

 ――それが三十分くらい続いていき、澪はようやくなまっていた身体が火照ほてってきたと云うのに、彼らは体力がないのか、肩で息をしていた。


「どうしたの? もうおしまい? こっちはやっと身体が出来てきたっていうのに?」


 澪は笑みを浮かべながら、彼らを挑発する。


「調子にのんなよぉ! このあまぁあああああああああっ!」


 そう云うと、男は銃を構えた。


「お、おい! やめろ!」


 もう一人が止めに入るが、興奮状態になった彼が止まる事はなかった。

 ――空気を劈くほどの銃声が周りに響きわたった。


「おい! 皆無事か?」

「ああ、こっちは大丈夫だ。誰も当たってねぇ!」

「俺たちも大丈夫だっ! そいつのうしろにいたからな!」


 何人か無事と云う報告を聞いて、彼らはホッとするが、あと一人には訊いていない。

 ――いや、彼らがそれに気付いた時、既に遅いと感じた。

 澪は崩れ落ちて、足を押さえ込む。弾丸は澪の左足に当たっていた。

 彼らは何も云えなかった。何人も殺していたが、それはあくまで命令されていたからという逃げがあったから、どうにか出来ると思っていた。

 だけど、これは予期せぬもので、誰も庇う事が出来ない。

 澪はゆっくりと立ち上がり、銃を撃った男へと歩み寄る。


「な、なんだよ? く、くんなよ」


 男は震えながら、立ち上がり、うしろへと下がっていく。

 澪の歩みは鈍く、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。


「て、てめぇが調子に乗るからいけねぇんだろ?」


 男の声は震え、歯をガタガタとさせる。


「お、おい! おまえら! 助けろよ! お前らだって! 俺と同じ事を……」


 声が途切れると同時に、男の背中に冷たい感触が伝わった。

 彼の後ろに逃げ道はなく、左右にもない。目の前にいるのは自分を見つめる澪の姿。


「なぁ、生きてんだからいいだろ?」


 男の声が澪に届いているのか、それとも届かなかったのか……

 澪の右手が男の襟元を掴みあげる。あまりの握力で、解く事すら出来ない。


「がぁは、やぁ、めっ! やめぇっ!」


 男は何とかして、澪の手を解きたかった。


「ジッとしてて……」


 澪は先程とは違う冷たい言葉を発する。


「そうじゃないと」


 そして、彼らは生半可な覚悟で、澪に手を出した事を後悔した。


 ――死ぬから……


 そう澪が云った時、地面が揺らぐ音がした。

 掴まれていた男は倒れこみ、失禁する。

 そして、澪の左手からはダラダラと血が流れ落ちている。

 彼らはその光景に見惚れていたのか、我に返るのに数秒掛かった。


「お、おい大丈夫か?」

「うわ! こいつ小便漏らしてやがる」

「おい? こいつ、失禁してるだけで、何もされてねぇぞ?」


 そういった男が、壁を見るや、ゾッとした。

 壁には小さな窪みが出来上がっていた。丁度、澪の拳と同じくらいの……

 澪が彼にジッとしていろと言ったのは、この事かと彼らは気付く。

 もし、暴れたままだったら、失禁した男の顔はグチャグチャに潰れていたからだ。

 彼らは如何して澪を先に殺さなかったのだろうかと嘆いた。


「…………っ」


 澪はボソリと呟く。


「好い加減にしなさいよ」


 冷たく言い放ち、澪は元の円内に戻るや、「ほら! やるの? やらないの?」

 そう彼らに言い放った。


 そんな澪の姿を見て、彼らは勝てるわけがないと悟る。

 澪にとっては殺される可能性だってあった。

 いや、今でもそう感じている。

 しかし、彼らは人を殺す事は出来ても、自分たちが殺されるとは考えていなかった。

 あの時、ナイフで襲われていた澪の表情は、恐怖におののいてはいなかった。殺される事を覚悟していた。

 覚悟していたからこそ、余裕の笑みを浮かべていたのだ。

 尤も、襲ってきた男たちのナイフの握りも振り方も儘ならなかったため、澪にとってはどうと云うものでもなかった。


 父親が警視長である植木直哉という事だったのか、それとも天賦てんぷの才能があったのかもしれない。

 しかし、問題は母親の方だった。


 母親は今では物腰が低くて、大人しい四十代の淑女なのだが、若い頃、つまりは十代の時、ここらで暴れまわっていたレディーズのリーダーだった。

 まだ、若かった植木直哉と出会い、彼に惚れ、恋愛ご法度であるチームを抜けた。


 その事を知ったのは、澪が空手を始める時だった。

 澪は物心ついた時から、親は母親しかいないし、父親の話を聞いていない。

 しかし、確りと警察官としての血は流れていた。

 屋敷に住み込みで働くようになった日。澪は母親から、少しだけ父親の話を聞いていた。


“あの人はね、絶対悪を赦さない。でも、赦せる悪もあるんじゃないか?”


 母親が言いたい事はわからなかった。

 だけど、彼らがそうじゃないのか?

 彼らはあくまで命令で殺人を犯してきた。

 つまりは実行犯であり、共犯と云う事になる。

 だけど、彼らは自分の手で殺人を犯していたのか? 話を聞いていると、殺人と云うよりも、自殺者をバラバラにしていたと云っていた。

 つまり、彼らは自分の意思で殺人を犯していない。

 殺したのは自殺した人間本人だ。

 それを考慮に入れて、彼らを赦していいのか、赦してはいけないのか……澪にとってはわかるものではない。


 ――少なくとも自分も彼らと同じようなものだったからだ。


「お、おい! あの女が来るぞ!」


 誰かがそう叫ぶと、全員が慌てる。


「すみません。もう少し我慢していて下さい」


 男が澪の手首を縛り上げ、天井に吊るす。


「ねぇ? 貴方達は自分から逃げようとしないの?」


 澪がそう尋ねると、「俺たち、どうせ帰る場所なんてないんっすよ?」

 その言葉に澪は怪訝な表情を浮かべる。


「あるでしょ? 家とか……」

「親なんて信用出来ないっすよ? どうせ嫌われてるんですし……」

「それ、親の口から聞いた?」

「そんな事しなくても、こんだけ悪さしてるんっすよ? 嫌われてるにきま……」


 そう男が言い終える前に、澪は彼を蹴り飛ばした。


「甘えた事云ってんじゃないわよ! 本人の口から聞いてないなら、直接聞けばいいでしょ! 好きとか嫌いとか嘘八百何でも云えるわよ! でもね! 自分の子供を嫌いにならない親なんていない! 私はそう信じたいし、そう思いたい!」


 澪はそう叫ぶや、彼らを見渡しながら……「あんた達が親や世間を嫌いになる理由なんてね? ただ単にムカつくって云う理由でしょ? そんなんで殺人犯したりして、根性がないし、体力がないのは当たり前よね?」


 そう言い放つと、「このあまぁ? またいけしゃあしゃあと」

 男が思いっきり澪のおなかを殴った。かなりの力が入っていたのか、澪は吐血をする。


「どうだ? これでも、調子に乗れるのかよ?」


 男はそう云いながら、澪を見た。

 澪は小さく笑みを浮かべている。その行動に全員が驚いていた。


「結構、いいパンチ持ってるじゃない? でもね? 心の篭っていないパンチなんて、ただの殴り合いに過ぎないわよ?」


 そう云うと、澪は気を失った。

 彼らがその言葉の真意に気付くのは、もう少し後の事だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ