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肆拾参【8月12日・午前5時32分】


 深夏と秋音がソワソワと広間の中をうろついている。

 それを見ていた春那が落ち着けと言い放つが、本人もどうしたものかと云った感じに重症の男を見ていた。

 ――と云うよりも、姉妹たちは屋敷に入ってきたこの男を、どういう訳か看病したかったのだが、素人同然であるゆえ、手当てしている早瀬警部と植木警視からの指示を待つしかなかった。


「かなりの重症ですな。腹に二発ほど食らっている」


 早瀬警部は銃痕じゅうこんを見て、顔を歪める。

 貫通してはいないため、弾が二発とも体内に入っているという事になる。


「出血も酷いですね。むしろ生きていたのが不思議なくらいですよ」


 植木警視もいぶかしげな表情を浮かべながら、何枚も折り重ねたタオルを腹部に押し付けている。


 そんな中、霧絵と正樹はタロウ達を見ていた。

 寝る前に春那から危険だと察したら、吠えるようにと云われていたはずだ。

 いくら澪の命令ではないにしろ、自分たちだって危険な目に遭うかもしれないのだから、吠えているはずだ。

 それなのに、今こうして重症の男を看病している間も、一寸たりとも吠えはしていなかった。ただ、警戒はしているようだったが……。


 一応の応急処置を済ませ、早瀬警部と植木警視はホッとするが、植木警視が男のズボンから無線機と銃を取り出した事から、この男が犯人グループの一人である事は先ず間違いなかった。


「それで、どうするの?」

「どうするって、云われてもねぇ?」


 秋音の問いに深夏は怪訝な表情を浮かべる。

 そして霧絵や早瀬警部たちを見遣る。


「恐らくこの人は私たちに何かを伝えに来たんじゃない? それに少なくとも、玄関から入ってきていない。つまり、屋敷に防空壕の入り口があるって事じゃ?」


 春那がそう云うや、「そうだったとしても、この重症よ? 仲間割れが起きたって感じじゃない?」

「それに澪さんが無事なのかも……」


 繭がそういった時だった。

「み、澪さんは……殺されて……ません」


 男は気が付いていたのか、ゆっくりとそう言いながら起き上がろうとするが、痛みで倒れそうになる。


「生きてるって……本当ですか?」


 植木警視は興奮のあまり、男に詰め寄る。


「ちょっと、舞さん! 落ち着いてください」


 深夏が植木警視を宥める。


「苦しいでしょうが、詳しくお願いします」


 早瀬警部は視線を私に送る。恐らくこの男に水を遣ってくれないかといいたいのだろう。

 水を持ってきた私は男に渡した。


「んっ! んぅんく……」


 男は喉を鳴らしながら、水を飲み干す。

 そして、私たちを見渡しながら、ある一点を見遣った。


「正樹……か?」


 男は正樹を知っているようだが、当の正樹は何の事かわからない様子だった。


「お前、こんなところで何遣ってんだよ?」


 男はもう一度立ち上がろうとしたが、やはり立ち眩みを起こす。


「えっと、君はいったい?」


 正樹がそう尋ねると、男は少し驚き、「おいおい? 冗談はよしてくれよ?」

 と、小さく笑いながら聞き返す。

 だけど正樹が冗談を言っているような顔じゃないと知ると、その笑みは徐々に困惑へと変わっていった。


「おい、まさか? 冗談抜きで俺のこと覚えてねぇのか?」

「う、うん……」


 そう正樹が頷くと、男は何かを思い出していた。


「そうだ。お前、四年前に何かあったのか覚えてるか?」

「四年前……な、何か知ってるんですか?」


 正樹は男に詰め寄り、問い質す。


「お、落ち着けよ……まぁ、覚えていたとしても、思い出したくないかもしれないけどな」


 ――思い出したくないもの?


「ぼ、僕は四年前の記憶がないんです。な、何でもいいですから! お、教えてください!」

「わ、わかった……わかったから落ち着けって」


 正樹は早瀬警部に押さえられながら、男との距離を離された。


「それに……あんたらの方が知ってるんじゃないか?」


 男はそう云いながら、春那と深夏を睨みつけた。


「い、いったい何を?」


 春那は困惑した表情でそう尋ねるや、男は顔を憤怒の形相に変えた。


「惚けてんじゃねぇよ! お前ら二人は、四年前、こいつに何をしたのか、それを覚えてないなんて云わせねぇぞ!」


 そう云われても、二人は何の事だかわからない様子だった。

 そんな三人を見て、男は溜息を吐く。


「四年前、瀬川さんに何があったんですか?」


 霧絵がそう尋ねると、「四年前、俺とこいつがまだ同じ長野の高校に通っていた頃、ある転落事故があったんだ。その中にこいつの両親が乗っていたんだ」


 そう云われ、私たちは驚く。


「それじゃ、瀬川って苗字は……」

「瀬川って云うのは、伯母夫婦の苗字だよ。いきなり親を両方失ったショックで、こいつは精神病院に通ってたんだ。それがある日……」


 そう云うと、男は春那と深夏を見遣り、「この二人がこいつを工事現場に呼び出して、殺そうとしたんだ!」

 そう叫びながら、二人を指差した。


「ちょ、ちょっと待って! 工事現場って! 確かそれって、瀬川さんがまだ小学生くらいの時に起きた話でしょ?」


 私がそう云うと、霧絵も頷く。

 事故の事に関しては姉妹達は知らない事になってるはずだ。


「ふさげた事云うな! 俺はなぁ、この目でしっかりと見たんだよ! そこの二人が、上から鉄骨を落として、正樹を殺そうとしているところをな!」

「ふ、ふさげた事云わないで! 瀬川さんとは一昨日始めてあったのよ? それに四年前にあっていたとしても……」


 春那がそう云うと、頭を押さえる。


「そうよ? 瀬川さんとは一昨日初めて逢った」

「……どうしたの? 姉さん?」

「それなのに、何で……何で初めてあった感じがしなかったの?」


 春那は自問するように呟く。


「初めてな訳ねぇだろ! お前らがこいつを殺そうとしたんだ!」

「好い加減にして! 私と姉さんは四年前、瀬川さんにあってなんか……」


 深夏も春那と同じように頭を抱えた。


「ところで? 貴方は見ていただけなんですか?」


 早瀬警部が男にそう訊ねる。


「いや、鉄骨が落ちてきた時、大声で叫んだんだ。でも……」


 男は項垂うなだれるが、すぐに正樹を見遣った。


「それから四年間、連絡がなかったんだ。伯母さんに会っても、入院してるの一点張りだったからな」


 それがこんな再会とは、なんとも滑稽な話だ。

 恐らく四年前に起きた転落事故と、工事現場で起きた事故の二つが相俟あいまって、正樹の記憶からその部分が消されていたという事になる。

 だけど、工事現場に関して、正樹本人は“覚えていた”。

 この男が本当の事を云ってるのかどうかはわからないけど、恐らく本当なのだろう。

 当の被害者が覚えているのだから、先ず間違いはない。

 ただ、それがどうしてズレた記憶になっているのか……


「それで、どうして貴方はここに来たんですか? まさか、屋敷内に瀬川さんがいるから、感動の再会なんて乙な事じゃないですよね?」


 今更ながらの質問を早瀬警部はする。


「そうだ。貴方さっき澪さんはまだ殺されていないって云ってたわね? つまり、殺される可能性があるって事?」


 植木警視がそう訊ねる。


「澪さんの周りには何人か見張りがいる。あいつらも俺みたいに素人同然だ。一応縄で縛ってはいるけど、いざ襲おうとしても返り討ちにあうのがオチだろ?」


 確かに云われてみればそうだろう。


「全員、銃の処置は?」


 早瀬警部が尋ねると、男は頷く。


「――と云う事は、その気になれば殺せるって事ですね」

「それで、どうして、そんな状況にも拘らず、澪さんは殺されないって言い切れるの? 何か殺される順番でもあった訳?」


 深夏がそう尋ねると、男は如何してそんな事を知っているのかと聞き返した。

 深夏はそう尋ねられても、困ると云った表情を浮かべる。


「渡辺洋一があなた達の仲間と云う事はわかってますが、その事に関して知っている事は?」

「いや、俺たちは渡辺洋一を殺したように見せかけて、失踪させるように云われたまでだ」


 植木警視は鶏小屋にある防空壕の入り口から、彼を消すように見せかけたのかと問う。


「ああ、予定通り、渡辺洋一が鳥小屋で作業をしているときに襲うよう云われたんだ。それなのに予定が変わったからな……俺たちに命令していた奴は焦ってたよ」

「命令しているのは渡辺洋一本人?」

「いや、俺たちに会う時、いつも顔が半分隠していたからな。声からして、三十代くらいの女性だったかな」


 それを聞いて、早瀬警部と植木警視は互いを見遣る。


「ほ、本当に女性だったんですか?」


 そう早瀬警部が問うと、男は頷いた。

 それから、何グループかに分かれて、殺人を犯すよう命令されていたこと。

 誘拐しても直ぐに殺さず、私たちが混乱している時、水を差すように死体を置くように云われていたこと。

 渡辺が行方不明にする以前に、姉妹のうち誰かを先に殺すよう云われていたこと。

 そして、彼女達の目を盗むこと。


 男はそれら全てを告白した。

 いや、元々それを話す為に屋敷に入ってきたと云った感じだった。


「それで澪さんが殺される時間は?」

「多分、あの女次第だと……澪さんに対して目の敵に……」


 そう男が言うと、私と秋音を見遣る。


「なぁ、この家に、そこの二人と同じくらいの女の子がいるのか?」


 そう尋ねられ、全員が首を傾げる。


「いえ、屋敷の中で秋音と同じくらいと云えば、巴さんくらいですけど?」


 霧絵がそう答えるが、「それじゃ、あの時俺を助けてくれたのは……」

 男はまるでキツネに抓まれたような感じだった。


 だけど私と正樹は男の話を聞いて、それが誰なのか心当たりがあった。それは昨晩見た少女だと……。


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