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拾弐【8月11日・午前10時50分~午前11時10分】

HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。


 屋敷の入れる所は隅々まで探したが、結局冬歌ちゃんは見つからなかった。

「春那お嬢様に頼んで、他の部屋の鍵を貸してもらいましょ」

 繭さんがそう言うが、澪さんは首を横に振った。

 その行動が納得いかなかったのか、繭さんがキッと睨んだ。

「繭? 冬歌お嬢様だって、自分の部屋の鍵以外は持っていないはずよ」

「それは…… そうかもしれませんけど。でも、これだけ探して、見つからないのは絶対可笑しいですよ。だって屋敷から出ていないんですよね?」

 そう言いながら、繭さんは玄関を横目で見た。

「後は中庭だけですよね? あ、他の人の靴を履いていっているって事は?」

「お嬢様達は普段履いている靴を玄関に置いていて、サンダルは裏口に置かれているの。用がある以外は無駄に下駄箱を埋めない為にね。さっき見たら、秋音お嬢様以外は全員分あったし、裏口には瀬川さん以外の全員分、あった……」

 澪さんが説明している途中で口を止めた。


「あれ? 秋音お嬢様以外全員? 裏口は…… わかるけど? あれ? それだと、何で?」

 澪さんが呟きながら、徐々に顔が引き攣っていく。

「ちょ、ちょっと待って? そ、それだと、死んだ渡部さんの靴もあるって事になるんじゃないんですか?」

 繭さんがそう言うと澪さんは蒼褪めた顔で見返した。

「いいえ! それもあるけど、私達って、深夏お嬢様を繭が起こしに行った時って…… 私が入ったのも、裏口から入りませんでした?」

 澪さんが確認するように僕に聞く。僕は静かに頷いた。


 それもその筈だ! 今の今まで外に出ていなかったのだから。誰かが裏口から玄関まで、態々持ってくるとは思えない。繭さんが玄関で綺麗に並べられた自分の靴を見ながら身震いをしていた。

「い、一体、何の目的で?」

「靴は玄関、サンダルは裏口に置いておかないと気が済まない人がいたりしてね」

 場を和ませようとしたが、いらないお世話だった。

「だけど、渡部さんって靴を履いてましたよね?」

「生きている時にはね? でも、死体には四肢は引き千切られていた。それに鶏小屋の草や藁が裏に付着しているから……」

 そう言いながら、澪さんは渡部さんの靴の片方を持ち、裏を見せた。そこには土と草、藁と食い散らかった餌がこびりついていた。

「つまり、犯人は屋敷にいるって事ですか?」

「可能性がないとは言えないわね。それが人間だったらの話だけど?」

 澪さんが話し出そうとした時だった。


「ウゥウウウウウウウウウウウウウウウ……」

 突然犬の唸り声が聞こえた。三人ともピクリとするが、それがタロウ達のいる犬小屋からだとわかった。

「な、何かあったのかしら?」

「でも、あの子達、普段、あんなに唸り声を挙げないわよ」

 それは僕が初めて彼等にあった時と同じような唸り声だった。

 すぐにでも襲いかかりそうな臨戦体制のような唸り声。彼等の唸り声は差し詰めサイレンの様でもあった。

「いってみましょ!」

 澪さんは玄関から屋敷を出て行った。僕達もその後を追う。


 澪さんは中庭に入れる扉の前で立ち往生していた。

「どうしたんですか? 早く入らないと!!」

「それが、閉まってるのよ! まるで裏から(かんぬき)を刺されているみたいに!」

「そ、それなら! 裏口からいけませんかね?」

 僕がそう言うと、二人とも『あ、そっちがあった』と言わんばかりの表情で僕を見た。

 慌てていて、冷静な判断が出来なかったみたいだ。


 ドタドタと慌ただしい足音が屋敷中に響く。丁度、広間の横を通りかかる所だった。

「な、何をしているんですか?」

 突然、うしろから春那さんの声が聞こえ、僕と繭さんが立ち止まった。

「は、春那お嬢様? 今までどこに?」

「私の事より、何ですか? 騒々(そうぞう)しい」

「すみません。タロウ達に何かあったようなんです!」

 そう言うと春那さんは驚いた顔で僕達を見渡した。


「それは何時頃ですか?」

「恐らく、二分前だと思います」

 僕がそう言うと繭さんが驚いた顔を浮かべる。

「お嬢様? 聞いてらっしゃらないんですか?」

「ごめんなさい。自分の部屋で仕事をしていましたから」

 そう言うと春那さんは小さく頭を垂れた。

「とにかく、今はタロウ達の様子を見に行く事が先じゃないんですか?」

「そうね! 急ぎましょ!」

 再びドタドタと慌ただしい音が屋敷に響いた。


 裏口から急いで外に出ていく。

「あ、瀬川さんは渡辺さんのサンダルを使ってください」

 繭さんが僕の方を振り向きそう言った。恐らく、男性用はそれしかなかったのだろう。僕は言われた通り、それを履いた。


 先に犬小屋に到着していた春那さんと繭さん、そして澪さんは扉の前で立ち止まっていた。

「あの…… 瀬川さん? 私、扉…… 閉めましたよね?」

 僕が後ろに居る事に気付くと、澪さんがそう訊いてきた。僕は黙って頷いたが、未だ質問の理由がわからなかった。

「ほ、本当に閉めたんですよね? 掛け忘れって事は?」

 繭さんが澪さんを見ながら言う。澪さんは静かに首を横に振った。

「つまり、どういう事? 誰かが扉を開けて」

 僕と繭さん、そして澪さんは同時に春那さんを見た。


「春那お嬢様? 本当に部屋で休んでいたんですか?」

「どういう事かしら?」

 春那さんは不服そうな顔で僕達を見渡した。

「犬小屋の鍵は私以外に春那お嬢様しか持っていないって事ですよ」

 そう言うと、澪さんはジャラジャラと3つ程束ねた鍵束を鳴らした。

「確かに、でも、貴女の掛け忘れという事も有り得ます」

「いいえ、それはないです」

 澪さんと春那さんが取って掛かってはいないが、それでも一触即発なのは目に見えていた。


「二人とも! 今は鍵の事より、タロウ達の方が大事でしょ!?」

「そうですよ! あの子達にも何かあったから、此処に来てるんじゃないんですか?」

 僕と繭さんが二人を宥めた。

「………… そうね……」

 春那お嬢様が澪さんから視線を離し、犬小屋の中を見た時に一瞬凍り付いた。

「どうしたんですか? お嬢様」

 繭さんが春那さんの顔を覗き込む。

 僕と澪さんも何事かと思い、小屋の中を見た。


 扉は二つあって、この手前の柵で出来た扉と中の木製の扉が開いていた。

 柵に取り付けられている扉は繭さんが押さえているが、中の扉は元々古かったのか、ギシギシと軋んだ音を鳴らしていた。

「どうしたんですか? 中に入らないんですか?」

「……そ、それがね? 入りたくても……」

 澪さんが扉の先、犬小屋の中に入る事を拒んでいる。

「ちょ、ちょっと? まさかって事はないわよね?」

「だったら! 入らなきゃ! 確認しなきゃ駄目でしょ」

 澪さんはそう言うが、それでも誰一人一歩も動けなかった。

 誰かが僕達の足を掴んでいる。そんな感じだった。


「あぁあああああああああああああああっ!!」

 澪さんが雄叫びを挙げると、両手で自分の頬を思いっ切り叩いた。その音が大きく響く。

 それで解かれたのかわからないが、僕達も動ける様になっていた。

 先頭を澪さんが歩く、その後を春那さん、繭さん。最後に僕といった形で犬小屋へと入って行った。


 三人が扉の前でまた立ち止まっていた。

「な、何よ? あれ」

「ゆ、夢じゃないわよね? こ、こんなのって! こんなのってないでしょ?」

 僕は三人より身長が高いのがこれほどまでに嫌になった事はないだろう。


「な、何なんですか? あれ?」

 それは静かに眠っていた?

「わからないわよ! これって現実? だったら! 何でこんな!!」

 誰の声かわからなかった。


 一人は跪き、吐き気を堪えていた。

 一人はこの光景を夢だと思いたかった。

 一人は目を離す事が出来ず、ジッとその光景を見ていた。

 僕はその光景が彼等の悲鳴で、助けられなかった僕達への嘆願だと思った。


 彼等は…… 彼等の死体は…… 死体という言葉そのものに、(はなは)だしさを(かも)し出していた。

 彼等の死体をどう説明すれば良い? 彼等は小屋の角にある臥所の前で眠ってる。

 彼等の体は剥ぎ取られていた。遠い僕達でもわかる。あのピンク色になっている体は間違いない!

 彼等の筋肉だ。それが三匹とも晒け出されていた。


 それなら、それでも良かったかもしれない。だが、それよりも、彼等の臓物が無造作に周りに鏤められていた。

 まるで塵芥だと云わんばかりに、形すら侭ならないハナの孕んでいた胎児達もそれ同然に捨てられていた。

 少し触れただけで、グチャリと音を立てて潰れそうなほどだった。

 そして、彼等がどんな顔だのか、どんな顔で死んだのかわからなかった。

 彼等の顔はグチャグチャに、骨格さえわからない程に潰され、捻られ、折り曲げられていたからだ。


 冗談だろ? なぁ? 冗談だろう?

 彼等の、彼等の声を聞いたのは何時だ!? 何分前だっ!? たったの五分前じゃないか!?

 五分もの短い間に犯人は三匹も殺したのか?

 彼等は優秀な警察犬の血を通わせている。彼等の本能がそれを拒んだ筈だ!!

 拒めた筈だ!! (あらが)えた筈だ!! それなのに、この仕打ちはあまりにも残酷。

 否、残酷なんて説明自体が生温い! まるで無数の鬼達が食べ散らかした様なものじゃないか?


「ぅうぅげぇええええええええっ!!」

 繭さんが堪えていたのだろうが、とうとう耐え切れず、音を立てながら吐き出した。

「……で、出ましょ? もう耐えきれないわ!」

 春那さんが繭さんに肩を貸し、小屋を出た。


「どうしたの?」

 澪さんが僕に呼び掛けるが、僕はジッと小屋を見渡していた。

「……否、中に入らないとわからないけど、彼等は本当にあの時吠えたのかなって?」

「確かに、この光景は短い間に出来るものじゃないわよね? つまり、(あらかじ)めあの子達の唸り声を録音していたもの。テープレコーダーか何かで……」

 僕は調べたかったが、澪さんがそれを止めた。


「どうしたんですか? それを探そうとしているのに」

「わからない! でもないと思うわ! 持ち運びが可能なら、何処でも再生が出来る筈でしょ」

 澪さんにそう言われ、僕はしぶしぶ小屋を出た。

「ごめんなさい。 助けられなくて……」

 澪さんが小さく謝りながら小屋の鍵を閉め、カチャカチャとドアノブを回した。鍵が閉まった事を確認する為だった。外側の鍵を閉めると同時に先ほどと同じ事をした。


 鹿威しが鳴った。


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