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丗陸【8月11日・午後10時12分】


 数人の男達が、冷たい暗闇の中でだんまりを決め込んでいた。

 彼らが着けている腕時計の文字盤が蛍光色に輝き、針時計の音だけがただ静かに防空壕の中で響いている。


 そんな中、一人が舌打ちをした。

 巴と霧絵が自分達に感付いている事は前々からわかってはいたが、孤児院に関しては迂闊だった。

 警察も短期間でそこまで調べていたとは、ゆめにもおもってはいなかった。


 だが、舌打ちをしたのはその事を知っている人間だけで、金で雇われている人間には、何の事なのかさっぱりだった。


「どうします? このまま予定通り、深夜に襲撃を?」

「待て……どうやら今日は全員広間で寝るようだ。警察官の二人は少し見回りをしてから、寝るようだが……」


 広間に付けられた盗聴器からは、冬歌の楽しそうな声が聞こえていた。


「毒ガスで一思いに殺すと云うのは?」


 それをいうや、舌打ちをした男は血相を変えたように

「馬鹿を云うな! そんな事をしたらガス反応が出て、成分検査で足跡が残るようなものだ。面倒だが、一人一人殺していった方が、やつらに恐怖心を与えられる。現に一人いないのだからな」

と、怒鳴り散らすと、男はペンライトをある方向に向けた。


「お目覚めですかな? 大内澪さん?」


 ライトを目に当てられながら、澪は毛嫌いするような表情を浮かべる。


「んっ! ぬぐぅ!」


 澪の口は猿轡されており、手と足には縄で結ばれている。

 更に男三人に押さえ込まれていて、身動きが取れないでいた。


「警察に忍ばせておいた仲間の情報じゃ、午後十時くらいから捜索を始めるそうだが……どうだ、周辺で異変はないか?」


 澪に銃口を向けながら、男は無線で外を見張っている仲間に連絡を取っていた。


「此方子藩。特に異常なし」「同じく卯藩。此方も異常なし」


 外の状況を聞きながら、彼は何か可笑しいと感じた。

 警察内での情報に狂いがあっては捜索活動は出来ないはずである。

 午後十時からの捜索なので、まだ十二分から十六分くらいしか経っていない。

 防空壕の入り口、そこから半径三百メートル範囲に四人。麓周辺に六人配置している。

 先程無線で連絡していたのは防空壕入り口にいる者からで、麓から山の中、防空壕と連絡を通していき、最終的に自分へと状況連絡が取られてくる。

 皮肉な事に防空壕から山の中、そして麓の状況は把握出来ないでいた。


 男は再び舌打ちをする。

 夕方早瀬警部の自宅を襲撃した際、何人かが捕まってしまった事もあるが、それよりも事におくして、逃げ帰った者もいたからだ。


「まぁ……いいでしょ。どうせ、世間や家族に見放された連中ですもの? どうなろうと知ったこっちゃないわ」


 少し強い香水の臭いを漂わせながら、顔半分をタオルか何かで隠している女が、澪の顎を指の先で撫でるように触れる。

 澪が睨みつけると、女性は問答無用に頬を殴った。それを何度も……。

 口の中を切ったのか、涎が垂れていた猿轡の穴の中から血が混じり流れだした。


「屋敷の中で一番強い貴女も無様なものね。簡単に捕まるんですもの?」


 女はクスクスと哂う。


あら? 何か言いたそうね?」


 女は澪を押さえ込んでいた男に猿轡を外すようにと命じた。


「ぜぇ…… ぜぇっ……」


 何時間も口を無理矢理開けさせられ、更に先程殴られた所為で、澪の顎骨は歪んでいた。


「みっ、みんなを……どう、する……つもり……?」

「どうもしないわよ? 出て行ってもらうだけ……私達の家からね」

「私達の家? ふざけないで! あの家は奥様たち家族の家なのよ! それに、それを言うならあなた達が出て行けって話でしょ?」


 女の逆鱗に触れてしまったた澪は、頭を思いっきり踏み付けられる。


「あの家は“私達の家”って云ったでしょ? 私達が逃げている間に勝手に住み着いて、よくもまぁいけしゃあしゃあとそんな事が云えるわね?」


 女は喋りながら、徐々に澪を踏み付ける力を大きくしていく。


「いい? あの屋敷は四十年前にお父様が邪魔な集落の人間を全員殺して、ようやく手に入れた場所なのよ。大人も何も要らない。ただ、子供だけの世界。尤も知識も必要だから職員として大人を連れてきたわ……」

「それって、矛盾してない?」

「ええ、矛盾してるわね? でもね? 生きていくには知識が必要だったのよ。それも頭の方のね。体力はこの山に住んでいれば自ずと身に付くけど、頭だけは誰かに教えてもらうしかなかった。孤児の私たちは親の愛情を知らない。いや、知る必要なんてない。だって、私たちを捨てた人間のことを思ったところでなんにもならないでしょ? 職員も私たちからして見たら知識を提供してくれるだけの道具でしかないのよ」


 澪は頭に圧し掛かる痛みと遣る瀬無い気持ちで混乱していた。


 澪は幼い頃両親の離婚で母方に引き取られている。

 まだ生まれて間も無かったため、父親が誰なのかすら知らない。

 一度母親にどういう人間だったのかを尋ねたが、話してはくれず、どう云った人間だったのか未だに知らない。

 だが、この女はどうだろうか? 彼女には両親と云える人がいない。いや、父親がいると自ら云っているのだから、孤児ではないはずだ。


「お父さんかお母さんが生きていたとか……そう云うのは調べなかったんですか?」


 澪は少し篩いにかけてみた。


「生きていた? っ! くくっ……」


 女は静かに笑うが、徐々に笑いはエスカレートしていく。


「私を捨てた両親を! 私自身が調べる? ふんっ! 夢物語も大概にしなさいよぉっ! だぁれぇがぁ! 捨てた鬼なんかに会うものですかぁっ!」


 女は言う度に澪の頭を踏み付ける。

 その度に澪は小さな悲鳴をあげた。

 だが、これでハッキリとした。女に両親はいない。

 つまり“お父様”と云うのはそれ以外を指している。


「それにね……」


 今度はしゃがみ込み、澪の髪の毛を掴みあげる。


「若し、今私の目の前に捨てた両親がいたら……さてどうするかしら?」


 その問いに澪は戸惑った。そんなのわかる訳がない。


「教えてあげましょうか? 殺してやるのよ?」


 その言葉に澪の全身が弥立よだった。冗談で云っていないからだ。女は目をカッと見開き、口元を大きく引き攣る。


「私はね? 孤児院にいた鬼畜院長を殺してるのよ? 今更他の人間を殺したところで、何も感じないし、なんとも思わないわ……」


 そう云うと女は澪の顔目掛けて痰を吹き付けた。

 ベットリとした異物を掛けられ、澪は一言云ってやろうと思ったが、それがどうしても出来なかった。


「何よ…… 何よぉっ! その目は……」


 女がおののいたのも無理はなかった。

 澪は何故か哀れむような表情をしていたからだ。


「あんた、今の状況がわかってるの? 殺されるかもしれないのよ? だったら、もっと怖がりなさいよ! 死ぬ事を怖がりなさいよ!」


 女は何度も澪の頬を殴る。それでも澪は何故か怒れなかった。


 殺人と云うものには必ず理由がある。

 その理由が正当であれば罪は軽くなるかもしれないが、やはり殺人は重たいものだ。

 彼女が院長を殺してしまった理由も、云ってしまえば自己防衛と云ってしまえば通ってしまう。

 これ以上院長の元にいると見も心も壊れてしまう。

 だから彼女たち子供たちは院長を殺した。

 だが、法のもとに裁かれるべきであったのに、彼女ら子供たちは自分たちの手で裁きを行った。

 それが恐らく彼女たちの過ちであろう。

 いや大人が彼女たちに自分たちを信じさせなかったのも原因である。

 一体、誰か悪いのか……考えても埒が明かない。

 だからこそ、澪は複雑な表情しか出来ないでいた。

 何度も叩かれているうちに澪の頬は腫れ上がり、口の中も鉛の味で一杯だった。


「はぁ……気分悪いわ……」


 そう云うと、女はバックから携帯用の酸素ボンベを取り出し、それを口にした。

「あんた達はその女を見張りなさい……何かしたら殺していいからね」


 女はそう云うとその場を立ち去った。

 澪は女の後姿をぼんやりとした視界の中見つめながら、再び圧し掛かっている男から猿轡をされた……。



 屋敷とは違う場所にある防空壕が音を立てて開く。


「……首尾は?」

「はっ! 異常なしです」

「そう……貴方達、少し休みなさい」


 そう云われ、男たちは首を傾げた。


「ですが、警察が今夜捜索を始めるとの情報が……」

「政府の犬っころがこんな時間に活動するわけないでしょ……」


 女は頭を抱えていた。あの情報は嘘だったのか……

 屋敷の方から車が停まる音がした。


「植木舞でしょうか?」

「そうでしょうね? 麓にいる連中に連絡。自分たち以外に不審な人物、若しくは車がないか確認させて」

「了解。……此方子藩。感度良好。感度良好。麓にいる各自に連絡。今植木舞が屋敷に到着した。周辺に警察車両がないか確認してくれ」


 連絡してから数分後、“長野県警”と掻かれたパトカー二台が麓にある駐車場に停められていると連絡が入った。

 それを聞いて、女は本当に山の捜索を開始するのだろうかと考え、「麓にいる連中はそのまま町に行くように伝えて、人を隠すには人込みってね。恐らくこの時間ならまだ繁華街はチラホラ人がいるでしょうから、そのまま帰らせてもいいわ……ただし各自の携帯に、連絡があったら直ぐに来れるように伝えておいて」

「自分達はどうしましょうか?」

「此処から山を下りるとしても、警察に見付かる。なら、防空壕に隠れるしかないでしょ? それに、見付かっても外からは入れない。中から厳重な鍵をしているからね」


 そう云われ、男たちは互いを見合った。


 突然女の携帯が震えた。

「もしもし……ああ、こんばんわ……ええ。予定通り……」


 先ほどの高飛車な態度は打って変わって、腰の低い対応をする。


「何をしているんですか? まだ一人も殺せてないじゃないですか?」

「申し訳御座いません。意外に梃子摺ってしまいまして……」

「犬どももまだ生きているようですね。毒薬を盛る事も出来なかったんですか?」


 電話先の声は苛立ちに満ちていた。

 それもそうだろう。本来ならこの時点で少なくとも四人は死んでいたはずなのだから……


「申し訳御座いません。何故か全員必ず一緒にいる事が多く……更に鶏小屋にて消すはずだった渡辺は農園での作業を……」

「言い訳は聞きませんよ。せっかく用意した死体も使わないで、準備にどれ位掛かったと思っているんですか?」


 そう云われ、女は苦痛の表情を浮かべた。


「いいですか? 期日は十三日までですよ。それまでに……」

「わかっています。姉妹たちの持つ金鹿之神子の力が宿っている眼球を学会に売り飛ばすでしたね……」

「ええ。皆殺しの力は四十年前に実際ありましたからね」


 そんなものが本当にあるのだろうか……と澪は思った。


「貴女達は金がいるんでしょ? しかも莫大な……山全部を手に入れるほどの……」

「はい。臓器を売り飛ばし、私達の家を買い戻すつもりでいます」

「いい結果を待ってますよ」


 ――そして電話は切れた。


「どうかしましたか?」


 見張りに声を掛けられ、女は其方へと見遣る。


「な、何でもないわ……貴方達、今夜はもう休みなさい。恐らく警察は動かないでしょうから……」


 そう云うと、女は防空壕の中に入っていった。

 女の予想通り、麓に停まっていたパトカーはただ静かに停まっていた。

 それもそのはずで、舞から早朝早くから捜索を開始するため、麓に待機させ、仮眠を取らせていたのだから……


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