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丗肆【8月11日・午後7時24分】


「では、耶麻神邸での手筈てはずは先程伝えた通りです。携帯での連絡は主にメールで、直接の会話は手記でお願いします。本部長を殺したと思われる犯人の一味が耶麻神邸に盗聴器を付けている可能性がある為、早瀬警部や屋敷の方々にも出来る限りそうしてもらうようお願いしています」


 舞がそう云うと、捜査本部にいる全員を見渡した。


「ですが、警視の車にも付けられていた以上、この部屋も付けられている可能性が」


 目の前の警官に質問され、舞は上着のポケットから小さな機械を机の上に出した。


「先程発見器で探したところ、コンセントや電話機の中に入ってました。恐らく私と早瀬警部が耶麻神邸に行く事も知ってるでしょう。だからこそ連絡したんです」

「植木警視の考えは、先ずこの部屋に電話をした事にあります。個人の携帯に盗聴器をつける事は恐らく無理でしょう。だからこそ、盗聴器が付けられていると考えられる電話機に連絡したんです。此処にいる全員が電話があった事に気が付きますし、盗聴を聞いている犯人も、全員が耶麻神邸に行く事を知る。つまり一種のあぶり出しです」


 全員が騒然とする。

 つまり自分たちの中に犯人の一人が隠れていると云う事だ。


「私は耶麻神邸に行きます。援護班は午後十時より山の入り口で待機。不審な車、人がいたら、問答無用に職質して下さい。応援に関しては追って連絡をします」

「本部長を殺した犯人もその中にいると?」

「本部長とは別の遺体が一緒に発見されました。そして、発見された部分と変えられたように本部長の部分が見付かっていません。それに本部長が裏金に関与している事を知っているのは、耶麻神旅館での裏金を調べていた耶麻神大聖氏、その整理をしていた、西岡礼二警部補」


 名を呼ばれ、奥の机に座っていた警官が手を上げた。


「確かに私が大聖さんに頼まれて、帳簿の整理をしています。先程植木警視に渡したのが、その時に使用した帳簿の原本です」

「確かに確認しました。マイクロSDに入っていたデータと見合わせたところ、これが偽物ではないと云う事です。そしてこの事を知っているのは、私が直接捜査参加をお願いしたあなた達と……裏金に関して知っている人間だけです」

「四年前、岐阜県で起きた観光バス転落事故に政治家が関与していたと思われましたが、裏帳簿に載っていた名義に入っている政治家は当時、既に議員を辞めています。その間特に大きな政治運動はなかったようです。それと、耶麻神旅館の収入金を脱税し、自分の懐に入れていた役員も先日犯行を認めています」


 先程四台ほどパトカーが入ってきて、事情聴取を執り行われていた。


「早瀬警部の自宅を襲った襲撃犯もその裏金で行動していたようです。何人かが三十年前に起きた孤児院での児童による院長殺害事件に関係がある人物だと思われます。その関係性は極めて大きいでしょう」


 あの時捕まえた襲撃犯が取調べ中、襲撃理由を自白した。

 どうやら金で雇われた素人同然だったようで、早瀬警部の妻を拉致してこいと命令されたようだ。

 金がもらえれば人の命も惜しまないのか……と、舞は取調室の隣部屋で会話を聞いていて思った。

 しかし、それだと渚から聞いた話と矛盾してくる。

 彼女は早瀬警部の妻が犯人と何か会話をしていて、内容は聞き取れなかったが、怯えるような様子はなかったと、早瀬警部、舞、大牟田警部の三人に伝えている。

 それに、渚が嘘を吐いて何になるのだろうか?


「援護班は此処に残って最終確認の話し合いをします。それ以外は引き続き本部長に関する事を捜査して下さい」

「はいっ!」


 舞の一言で、警官たちは一斉に立ち上がり、敬礼をする。

 そして各々持ち場へと捌けていった。


「それじゃ、援護班は翌朝早くから榊山を、A・B・C班に分かれて、正規の入り口以外を、例え獣道であったとしても、通れるところがあれば調べて下さい。恐らくその先に、早瀬警部から報せてくれた防空壕の入り口があると思います」


 舞はそう説明しているうちに、早瀬警部から聞いた榊山の昔話を思い出していた。

 恐らく戦中に使用していた防空壕は、その昔、地下牢として使われたものを改装していると考えられる。

 たとえ空襲で山が燃えても、山の地中に避難していたため、人畜被害はなかった。

 巴はこの事に関して、祖母である鹿波(りょう)から何も聞いていない。

 それどころか、話してもくれなかった。


「私はこの後、耶麻神邸に行き、屋敷からの入り口を調べます。それを見つけた後、もう一度連絡をします」


 そう云うと、舞は少し考え……「恐らく電波が届かない状態になる事を考え、無線機を各自渡しておきます。会話はモールス信号で」

「それは賛成ですが、どのように?」


 そう訊かれると、舞は無線機の集音部分を叩いた。


「雑音が入るかもしれませんが、これは重要な部分でのみ使用します。一応この無線機も盗聴器が仕組まれていないか確認していますので、安心してください」


 舞は無線機を受け取った後、無線機全てを科学班に分解して調べてもらっている。


「出来れば犯人がモールス信号に詳しくないといいんですけどね」


 確かにそうなのだが、舞は別の心配があった。

 それは殺害実行犯の残酷性であった。

 本部長の遺体をバラバラにしている狂人が、簡単に捕まるとは思えないし、自分も生きて帰れるとは思っていない。

 それに妹である澪が人質にとられていると考えられる以上、迂闊な行動は出来ないでいる。

 一応霧絵たち全員を保護してから実行を開始するつもりではいるが、それを犯人グループが許してくれるとは思えない。


「犯人は銃器を使用する可能性があります。此方側も使用する可能性がありますから、弾は充分に補充しておいて下さい。それと決して誰も死なせないで下さい」


 “死なせないで”という言葉に警官たちは耳を疑った。

 “殺さないように”ならまだわかるが、舞ははっきりと“死なせない”と云っている。

 それは犯人が自決する可能性もあるためだ。


「植木警視? 先程私たちは午後十時に……と云ってましたが、何故早朝に変えられたのですか?」


 援護班の一人がそう訊ねる。

 元々舞の考えでは早朝からの捜索開始であった。


「援護班のふるい分けをしたのは私です。あなた達の中に犯人がいない事を信じますが、だからこそ捜索時間を偽りました。若しあなた達の中に犯人の一人がいなかったら、午後十時以降に援護班が榊山周辺を探索すると思うでしょうからね」


 夜目が利く彼らであっても、この悪天候だ。

 明日早朝に晴れてくれればいいのだが、恐らくそれは無理に等しいだろう。

 それと雨で泥濘が出来、思うように動けないのは犯人も一緒であろう。

 犯人を見つけても決して深追いはしない事、援護班の目的はあくまで防空壕の入り口を見つける事だと、舞は伝えた。

 舞はチラリと壁時計を見た。時刻は午後八時を回っている。


「それじゃ、行ってきます……屋敷に着いたら一度チェーンメールで連絡をして、捜索開始の指示は翌朝四時にします。それと渡辺洋一の方も引き続き監視をお願いしますね」

「了解しました。監視している警官の話だと特に目立った行動はなく、久しぶりの休みと云う事で羽を休めているとの事です」

「あれから渡辺氏に関して、何かわかった事は?」


 そう訊ねてみるが、特にわかった事はない。


「大学時代より前の事がわからないんですか?」

「それが調べたところ、どうしてか消されてるんですよ」

「消されてる?」

「はい。大学に入る前の事に関して、全て……」


 渡辺洋一がどんな人生を送っていたのか、舞は其方の方も調べて欲しいと、監視している警官に連絡を入れる。


「渡辺洋一も犯人の一人なんでしょうか?」

「それはわからないわ。無理矢理協力させられている方を願いますけどね」


 舞は背伸びをし、警官たちを見据えながら、「それじゃ、皆さんはご自宅に戻られるかして、充分に鋭気を養ってください。明日一気に犯人を捕まえます……」


 なんとも早い決断だ。と援護班は思った。

 事件が発覚したのはつい昨日の事で、まだわからない事が多く、それに関しては舞も同じ考えだった。

 裏金を調べだした途端に本部長は殺されている。

 つまり、犯人は前々から自分たちの行動を知っていたと云う事だ。


 それをどうして榊山にある防空壕が今もあり、それを利用しているという考えに至ってしまうのだろうか……そう考えると不思議で仕方がない。

 舞は奇妙な悪夢を見たような気分でいた。

 昨日の早朝、早瀬警部から連絡を貰った時、確かにたまっていたビデオを見てはいたものの、殆ど半分も見ずに眠りこけてしまっている。

 その時に奇妙な夢を見ている。

 そして、夢で見た、自分に銃を向けるいもうとの姿が脳から離れないでいた。


 廊下に出ると、大和医師が渚と一緒に待っていた。


「行くのかい?」

「はい。妹を連れ戻しに」

「彼女は君の事を知らないんだぞ?」

「わかってます。でも、家族を助けるのは当たり前だと思いますけど?」


 そう云われ、大和医師は含み笑いを浮かべた。


「まぁ……いぃ……」

「渚さん。もう少しで終わります。いいえ絶対に終わらせます……」


 舞は渚の手を取り、真剣な眼差しで伝えた。


「では十三日に……必ず戻ってきます」


 そう云うと舞は静寂した廊下を歩き始めた。


「似てましたなぁ? 若い頃の植木直哉警視長に」


 大和医師がそう云うと、渚は頷いた。

 早瀬警部の父親である早瀬文之助と植木直哉は一緒に捜査をしていた相棒関係だった。

 四十年前に起きた政治家一家殺害事件の際、孤児となった渚を影ながら支援していたのが、文之助と直哉警視長であったため、渚は今でも感謝しきれないほどだった。


“似てましたね。私を守ってくれるといってくれた巡査さんに……”

 渚はメモ帳でそう書くと、大和医師に渡した。


「私たちはただ見守るだけ……後は彼らに任せましょう」


 大和医師はそう云うと、渚の肩にタオルをかけた。


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