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丗参【8月11日・午後6時24分】


 僕は早瀬警部と一緒に鶏小屋に来ていた。

 既に鳥は元の場所に戻されており、その中に入り込んで、印をつけた場所にシャベルを地面に叩きつけるたび、鶏は飛び跳ねたり、鳴いたりと暴れていた。


「すこし掘ってみますかね?」


 早瀬警部はそう云うと、金属音のしない周囲を掘り始めた。丁度20㎝ほど掘り起こすと、赤茶色に錆びた鉄が顔を覗かせた。


「これ以上は無理ですな。何か硬いもので塞がれてます」


 シャベルを地面に差し込むが、少ししか入らない。


「それにしてもよく考えましたなぁ、前の持ち主は……地面に違和感があったとしても、この場所に鶏小屋を作った事で、それを干草や籾殻で隠していた」

「此処が防空壕として使われていた事を知っていたんでしょうか?」

「いや、孤児院の院長が児童を殺した際、偶然見つけたんでしょうな……若しかしたら、この中にその時の白骨死体があるかもしれませんな」


 そう云うと、早瀬警部はシャベルを地面に突き立てた。


「入り口がわかっていても、此方からは入れない」

「それなら襖を壊せばいいんじゃないんですか? 鹿波さんの考えじゃ、防空壕と屋敷を繋いでいる入り口は、そこが怪しいって云ってましたし」


 僕がそう云うと、早瀬警部が唖然とする。


「あなた、また凄い事考えますね? 確かにそれならいいんですけど? でも、此処に来る前、皆さんで確認したじゃないですか? 壊そうとしても何か板のようなもので塞がっているって……」


 確かに襖を調べた時、二重になっている感じがした。


「とにかく、今は慎重に行動しましょう」


 早瀬警部はそう云うと、鶏小屋を去っていった。

 鶏小屋を出るとポツリと雨が降り始め、屋敷に戻った時には既に土砂降りになっていた。


「っかしいなぁ……」


 繭さんが洗濯物を取り込みながら、首を傾げていた。


「今日は雨が降らないって云ってたのに」


 愚痴を零しながら、繭さんは黙々と仕事をしている。


「仕方ないでしょ? 女心と秋の空。変わりやすいのは昔からなんだから」

「深夏姉さん。今は夏だよ。それに、それを云うなら山の天気じゃないの?」


 深夏さんと秋音ちゃんが手伝いをしていた。


「まっ、夕立だろうから直ぐに止むとは思うけど……」


 深夏さんはそう云うと、ジッと風呂場を見ていた。


「どうかしたの?」


 秋音ちゃんが尋ねると……


「秋音? あんたさぁ? 前に背中を怪我したとか、どこかにぶつけたなんてことある?」


 突然そう云われ、秋音ちゃんは首を傾げる。


「ないよ。多分……」

「そうよね? 先刻だって一緒にお風呂入って、そんなのなかったし……それじゃどうしてそんな事訊いたのかしら」


 深夏さんはもう一度女風呂を見る。


「おっかしいなぁ…… 何か夢でも見てたのかしら」

「眠りが浅い時に夢を見るって云うけど、姉さんって寝たら時間になっても起きな……」


 深夏さんが秋音ちゃんの着ているシャツを後から捲り上げる。丁度僕と顔を合わせていたので、秋音ちゃんが着けている、水色のブラジャーがモロに見えた。


「っ? あれぇ? やっぱり私の勘違いかなぁ?」


 シャツを捲り上げた張本人は首を傾げている。


「……姉さん?」


 秋音ちゃんはワナワナと身体を震わせ、低い声で深夏さんを呼びかける。


「どうかした?」

「どうかしたじゃないでしょ? 見たいなら見たいって云って! 今、目の前に瀬川さんがいたの気付いてなかったわけっ?」


 秋音ちゃんが半泣きで深夏さんを打つ。


「ちょ、ちょっと……ごめん……」

「それに! 瀬川さんには前に一回見られたけど、あの時は風で捲れて……あれ?」


 秋音ちゃんが信じられないような表情で僕を見据える。


「そ、そんな事ありましたっけ?」


 そう訊かれても、答えようがない。

 確かに以前、廊下で秋音ちゃんと逢った時、風でシャツが巡れた事があった。

 だけどそれはイジメで受けた傷を隠すため、大きめのシャツを着ていたためで、今はその問題がなくなったのか、普通サイズのTシャツを着ている。


「せぇがわさん?」


 深夏さんと繭さんがジッと僕を睨みつける。


「待ってっ! 二人とも。確かな事じゃないんだから、余り気にしない……」


 秋音ちゃんが言葉を言い終える前に、雷が鳴り響いた。

 ――が、以前なら悲鳴を上げていた秋音ちゃんが肩を窄めるくらいで、声を挙げなかった。


「吃驚したぁ。結構近くに落ちたみたいだけど……秋音、大丈夫?」

「う、うん。ちょっと驚いたけど」


 そうは云っても、秋音ちゃんは顔を強張らせている。


「にしても、あんたも大人になったわね? 前は遠雷ですら悲鳴をあげてたのに」

「なんでかな? 急に大丈夫になってるの。それにずっとこのままじゃ駄目な気もしてるし」


 秋音ちゃんはそう云うと、僕に向かって頭を下げた。


「ちょっとはしたないところを見せてしまってすみません」


 そう云われ、僕は首を横に振った。


「あのぉ、お取り込み中申し訳ありませんが、お話を聞かせていただけませんかね?」

「は、早瀬警部?」


 何時の間にか僕の後ろに立っていた早瀬警部が僕達に尋ねてきた。


「早瀬警部? 何時くらいからいたんですか?」

「あぁ……雷が鳴ったあたりですな」

「それで、私たちに訊きたい事って」


 深夏さんがそう訊ねると、「大聖くんが貴女達にあげた“花鳥風月”の絵画についてですよ」

 と、言った。


「あの絵に関してですか? でも、昔この山に住んでいた少女を描いていると聞かされて、それでどこを描いた物なのかをみんなで色々と考えてますけど……」

「若しかしたら、事件に関わるかもしれないんですよ」


 それを聞いて、深夏さんと秋音ちゃんは首を傾げた。


「それと瀬川さん、貴方料理は出来ますかね?」

「えっと、はい。一応一人暮らししてたので」

「それはよかった。先程から霧絵さんが貴方を呼んでるんですよ」


 そう云われ、僕は厨房へと駆けていった。


 冷蔵庫を開けると、山の中にあるためか、補充は十分だった。


「確か奥様には塩分控えめにして、春那さんは病み上がりだから、軽いものをっと……」

「へぇ……結構慣れてますね」


 うしろから春那さんと冬歌ちゃんが覗きに来ていた。


「前に飲食店で働いてましたから、自然に覚えたんだと思います。といっても、ほとんど皿洗いだったんですけどね」

「それでも凄いですよ。私も料理覚えようかな?」


 そう云うと、春那さんは僕の隣りに来た。


「それじゃ、オニオンスープを作ろうと思ってるので、玉葱を千切りにしてください」

「わ、わかりました」


 春那さんはぎこちない手付きで包丁を握る。ふ、不安だ。


「も、若しかして、包丁を持った事がないとか?」

「ちゅ、中学の時、調理実習で持った時以来ですけど……」


 忘れてた。確か春那さんは高校に行っている途中から、耶麻神旅館の社長になってるんだ。

 包丁を持つ手もそうだが、玉葱を押さえる手もぎこちない。


「春那さん。何かを切る時は猫の手ですよ」

「こうでしたっけ?」


 春那さんは左手で猫の手を作る。流石にそれは知っていたようだ。


「切った後、包丁の背で少し手をずらすんです。そうすると手をはなさないでいいですしね。それと包丁は引いて切った方がいいんですよ」


 僕が云った通りに春那さんは玉葱を切っていく。

 最初は厚かったが、次第に細く千切りのようになっていた。


「後は玉葱を炒めてっと」

「あの、そんなに弱火でいいんですか?」


 春那さんが心配そうにそう訊ねる。


「大丈夫ですよ。これがキツネ色になったところで水とコンソメスープの元を入れる。煮立ったら火を止め、塩胡椒で味付けをしたら完成っと」


 味見用の小さなお皿にスープを少し入れ、それを冬歌ちゃんに飲ませた。


「熱いから気をつけてね?」


 春那さんにも注意され、冬歌ちゃんは少し冷ますと口にした。


「甘い。甘くて美味しい」


 冬歌ちゃんはよほど美味しかったのか、おかわりを要求する。


「駄目でしょ? 後はご飯の時。あの、私も一口いいですか?」


 そう云うと、春那さんは冬歌ちゃんが口を付けたお皿にいで一口飲む。


「ほんとだ。凄く甘い」

「弱火でじっくり炒めたほうが玉葱の甘味がでるんですよ。それじゃ、もう一品くらい作りますかね」


 因みにご飯はどうしたのかと云うと、霧絵さんが僕を呼ぶ前に準備をしていて、後は炊くだけの状態になっていた。


 それから三十分が経ち、広間には全員が集まっていた。


「今は食が進まないでしょうが、何事も食べないと力が出ませんよ」

 霧絵さんがそう云うと、手を合わせ……

「いただきます」

 そう云うと全員が箸を進めた。僕の料理は美味しかったらしく、澪さんの分は残しているとはいえ、ほとんどみんなの胃の中に消えていった。

 食事を終えた頃には、すっかり外は真っ暗になっていて、その静寂の中、雨の音が大きく聞こえていた。


 洗い物を鹿波さんとしている時、僕は尋ねた。


「ここにきてから、鹿威しが一回も鳴ってませんね」

「若しかしたら、今まで危険を報せていたのかもしれないわね。それに私と貴方は気付かなかった」


 鹿波さんは洗った食器を吹き終えると、テーブルに置く。


「若しかしたら“カミサマ”の仕業かもね? “カミサマ”は人間を助ける事しか出来ないから、土砂崩れや嵐なんて出来る訳ないでしょ?」


 そう云うと鹿波さんは手を拭き、厨房を出て行った。


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