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丗【8月11日・午後3時20分】


 事の発端ほったんは僕のとんでもない提案だった。


「えっと? 鶏小屋の掃除をみんなでする?」


 広間にいる深夏さんと秋音ちゃんに冬歌ちゃん。そして繭さんがキョトンとした表情で僕を見据えていた。


「ええ。今朝入った時、ちょっと汚れていたんですよ。それで僕や鹿波さん達とじゃ、短時間で出来るものじゃないんで、皆さんにも手伝ってもらおうかなって?」


 僕がそう説明するが、深夏さんが、「でもさ、そう云うのは使用人の仕事でしょ? 何で私たちも手伝わないといけないの?」

「それに、澪さんが行方不明なんですよ。そんな悠長なことをしている暇があるなら、一緒に探してくださいよ」


 僕が出した提案よりも、澪さんを探す方が懸命だろう。

 だけど玄関からも、そして裏口にある澪さんの靴や草履は置いてあるため、屋敷内から連れて行かれた事には間違いなかった。


「勿論、“タダ”で手伝ってもらおうなんて思ってませんよ。実は鶏小屋の中を見ていた時、うっかり財布をその中に落としてしまって……。さっき戻る前に落としている事に気付いて、中を探してたんですけど見付からなくって……ほら、鶏小屋の中って、昼間でも真っ暗でしょ? 僕の財布の色が黒なんで、余計に判り難いんですよ」

「つまり、その財布を捜すついでに鶏小屋の掃除もする。そう云う事ですか?」


 秋音ちゃんの質問に、僕は答えるように頷いた。


「それで一番に見つけてくれた人には、金一封を遣ろうかなって思ってるんですよ」

「いいんですか? そんな事、勝手にして……」

「霧絵さんの許可ももらってますし、鶏もあまり使わない男風呂の方に一時的にけています」


 そう云われ、彼女たちは互いの顔を見渡すと……


「うしっ! それじゃ、繭と瀬川さんはシャベルかスコップを物置から取って来て。それから秋音と冬歌は、汚れてもいいようなボロシャツとズボンを履いてくる事。後、長靴も」


 深夏さんがそう云うと、冬歌ちゃんはまるで楽しそうに広間を出た。

 それを追いかけるように秋音ちゃんも出て行く。

 深夏さんは飲んでいた麦茶を飲み干すと、広間を出て行った。


 ――十分後、鶏小屋の前に彼女達と僕を含んだ五人が立っていた。

 各々の手にはシャベルかスコップが持たされており、僕が扉を開けると、鳴く筈の鶏の声がなかった。

 道理で男風呂の方から鶏の声がしているはずだ……と、全員が納得していた。

 小屋の電気を点けようとしたが、電球が切れているのか、ちっとも点く気配がない。


「繭さん。懐中電灯持ってきてくれませんか? 3つほど……」


 そう僕に言われ、繭さんは首を傾げる。

 別に懐中電灯を持ってくることに異議はないのだろうけど、何故3つなのか、それだと人数分足りない。


「深夏さんと秋音ちゃん、冬歌ちゃんに繭さん。そして僕……ほら、二組に分ければ3つで足りるでしょ?」

「でも、それだと誰かが一人って事に……若しかして瀬川さんは最初から一人で?」

「うん。後の二組はみんなで決めて下さい」


 繭さんは納得したのか、鶏小屋を出ると、数分後には懐中電灯を3つ持って戻ってきた。


「二人で一組。三人でも一人でも駄目だからね! んじゃ! うぅーらか表で文句なしっ!」


 一応説明しておくと、何人かが集まって掌か手の甲どちらかを前に差し出し、同じ人と組むものだ。

 彼女たちは何度か遣っているうちに、深夏さんと繭さん。秋音ちゃんと冬歌ちゃんに分かれた。


「それじゃ、僕より早く見つけた方にだけ、さしあげますからね」


 僕がそう云うと、各々が声を挙げた。



「賑やかですね」


 春奈の看病をしている霧絵が、正樹達の声がするほうを見ながら言った。


「ごめんね。母さん……」

「いいのよ。いつもは私が看病してもらってるんだから、これでお相子」


 霧絵は小さく笑うと、春那のおでこを指先で軽く突付く。


「それにね? 貴女がちっちゃい頃、熱を出した時、私から離れなかったの覚えてないでしょ? ちょっと部屋から出るだけなのに、“出ないでぇ~っ”とか“一人にしないでぇ~っ”とか……」

「ちょ、ちょっと? 何でそんな話を今するの?」


 春那は恥ずかしそうにそう怒ると、私を見た。

 私は二人の遣り取りを聞きながら、含み笑いを浮かべていたのだろう。


「ちょっと! 鹿波さんまで笑わなくてもいいじゃないですか?」


 春那の表情は怒ってはいたが、声から察して、そんなに怒ってはいなかった。


「それで、瀬川さんは何をお願いしてたんですか?」

「鶏小屋の掃除と偽って、本当は防空壕の入口探し……」


 そう説明すると、私は作業着の懐から黒い財布を取り出した。

 これは正樹が無くしていたという財布で、実際鶏小屋に落ちてなどいなかった。

 つまりは嘘である。然し、無くなった物を見せろなんてのは正直無理な話である。


「深夏たちには鶏小屋で無くしたって云ってるだろうし、正樹は繭と鶏小屋に行ってたから、その時に無くしたと言えば、少なくとも疑われないでしょ?」


 私がそう説明すると、財布を懐に戻した。


「でも、本当に防空壕なんてのがあるんでしょうか?」

「少なくとも防空壕はあった。この山には六十年以上前から集落があって、それこそ日本は戦中だったんだから」

「山の中は逃げ場がないため、防空壕を作っていたという事はわかりますが、それがこの屋敷と繋がっていたというのは信じられませんね」


 確かに春那の云う通りだろう。

 私だって、奥の奥まで行った事なんてないし、ほとんど入口付近しか入らせてもらえなかった。

 私が生きていた頃は確か保存庫に使っていたと思う。

 その先もあったのだろうけど、何か柵が掛けられていて、入れそうになかった。


「それじゃ、防空壕の上にこの屋敷を建てた……と云う訳ですね」

「だけど、地層的にどうなのかしら? 建てられてからの三十年間、大きな地震や土砂崩れとかはあったの?」

「確か、一九八四年に起きた西部地震ね。それに相俟って土砂崩れが生じているわ」


 それでも防空壕が生きているという事は地層が深いのか、それとも何かで崩れないようしていたのか……。


「人が通れるくらいの抜け道が一杯ある……それこそモグラですね」

「モグラかぁ……そう云えば、一回も見た事ないわ」

「たまにうちの農園を食い荒らす時がありますけど、殆どやられた後で実物を見た事ないんですよね」


 私は二人の会話を聞きながら、鶏小屋以外にも入口がある事が気になっていた。

 渡辺が失踪した先が防空壕だったとしたら、それを抜け出すための出入口も必要になってくる。

 この土地が集落のあった場所を使っていたとしても、その規模は半分くらいだ。

 他にも防空壕の入口はあったはずだから、恐らく其方からも出入しているのだろう。



「若し防空壕が関係していたとしたら、澪さんがいなくなったのもそれが関係してくる」


 春那の部屋を出た後、赤い扉の部屋で私と霧絵は話していた。


「奴らが何処から入ってきていたのか、これで見当がついた。そもそもこの殺人劇を“殺人”として考えるなら、私を除いだ霧絵たち全九人が登場人物になる。早瀬警部や植木警視は除外。何故なら渡辺失踪以降の事件に関与していない」

 例え警察であろうと、事件があった前の日から屋敷にいたとすれば、容疑者として入ってくるが、渡辺が失踪した後、屋敷に来ている。

 勿論、その後に起きた殺人ならば、早瀬警部と植木警視にも容疑が掛けられる。


「渡辺失踪以外はなかったようなもの……」

「それが“縁”という人が、鹿波さんと正樹さんに残した言葉なんですね?」


 今までの殺人劇を企てていた人物がそう云っているのだろうから、間違いはないのだろう。

 然し、そんな事が許されていいのだろうか……


「それにしても霧絵? あんたがお使いに頼んだのには吃驚したわ」

「元の原因が渡辺さんにあるのなら、彼だけを此方からいなくさせる。勿論行き先はわかってますし、そのくらいの時間に着くという予想も出来ます。若しその時間前後に到着しなかったら、警察に連絡するようにと先方に言ってますし、本人にも云ってます」


 つまりいない魚は何時まで待っても釣れる訳がないという事だ。

 そして、時間厳守にしているため、渡辺も寄り道が出来ず、まっすぐ目的地に行かなければいけない。


「渡辺さんが使用人たちを辞めさせていた理由がわかりませんね」

「それはやっぱり本人に訊くしかないわね? ただ、その証拠がない。ないんじゃ問い質す事も出来ない」

「警察の人たちの辛さが嫌と云うほどわかりますね。四年前の転落事故も、結局証拠がない為、捜査は打ち切られたそうですから」


 横暴とも取れる打ち切りは、一時期マスコミや警察関係者からも罵詈雑言を受けていたそうだ。


「澪が行方不明になった場所は廊下を挟んでの六部屋でしょうね?」


 その部屋以外は各々が鍵を持っていて、そのマスターキーを春那が持っている。

 つまり入ろうと思っても、殺してでも奪わない限り入る事は出来ない。


「でも、それだと入れないはずなんですけどね……誰かが入れるようにしていた」


 そう考えると不思議ではなかった。

 その部屋のうち、どれかから屋敷内を出入していたのだろうから。



「ねぇ? まだぁ? まだ見付かんないの?」


 冬歌ちゃんは疲れたのか、中庭のテラスで休んでいた。

 どうやら飽きたらしい。


「冬歌ぁ? 瀬川さんが困ってるかもしれないんだから、一緒に探してやろうよ」


 秋音ちゃんがそう云うと、冬歌ちゃんは渋々戻ってきた。

 本気になって探してくれている彼女に悪い事をしたなと、良心にグサリと何かが刺さった。


「に、しても見付かんないわね? 瀬川さん、本当に鶏小屋で無くしたんですか?」

「間違いないですよ? だって僕のズボン、穴が開いてましたし」

「そもそも仕事中に財布を持ち歩くのが……」


 深夏さんはブツブツと文句を云いながらも、財布を捜していた。

 その財布は現在、鹿波さんの懐にある。つまり幾ら探しても見付かる訳がない。

 探し始めてから既に四十分は経っており、小屋の中も綺麗になってきていた。

 因みに取り除いた土や鶏の喰い散らかした餌、そして糞等が混ざったものは、農園の肥料になるため、捨てないで置いておく事になっている。


「……いったっ?」


 深夏さんがシャベルを地面に当てると、鈍い金属音が響いた。

 最初吃驚した深夏さんはもう一度シャベルで地面を突く。

 そして金属音が響き渡ってくる。


「何で……地面なのにこんな音する訳?」


 音がする方に全員が集まり、懐中電灯でそこを照らした。

 見た目は周りと変わらない“地面”だった。

 しかし、その場所を中心に半径一メートルほど、金属音は続いていた。つまり、此処が防空壕の入り口と云う事になる。

 ただ、入り口があったとして、何処から入るのだろうか……取っ手のようなものも見当たらない。


「ねぇねぇ! 若しかしたらさぁ? お宝が眠ってるかもね?」


 冬歌ちゃんがはしゃぐように云う。


「あのね、花咲爺さんじゃないんだから、うちにお宝なんて埋めてあるわけないでしょ? 埋めてあったら、それこそ鑑定団行きよ」

「でもさぁ? あれって犬が教えるんだよね?」

「まぁね……。でも、シャベルを突付いて音がなるって事は、浅く埋められてるって事でしょ?」


 深夏さんと秋音ちゃんにそう説明され、冬歌ちゃんは不愉快な表情を浮かべるが、それ以上なにも云わなかった。


「この場所は少し取っておきましょう。幸い渡辺さんは臨時休暇を取ってるみたいですから、明日新しい籾屑を敷けばいいでしょう」


 僕がそう説明すると、みんなが納得する。


「でも、お風呂どうするんですか? 男風呂は今、鶏に占拠されてるんですよね?」

「別に気にはならないでしょ? 今男性は瀬川さん一人なんだし、最後に入ってもらえば」


 深夏さんがそう云うと、秋音ちゃんと繭さんは納得したのか、頷いた。


「にしても、結構あったわね。これは何処に置くの?」


 深夏さんは掻き集めた土を見ながら云う。

 色々な臭いが混じっているため、鼻を押さえながら喋っている。


「えっと、農園の横に“鶏小屋肥料”って書いてある場所がありますから、そこに置いてください。後は新しい野菜を作るときに使いますから」


 繭さんの指示により、僕達は掃除で出てきた肥料を指定の場所に持っていった。


「さぁて! 汗掻いたから、シャワーでもしようかしらね」

「ねぇ? 瀬川さんはどうするの?」

「僕は皆さんが上がった後でもいいですよ。奥様に報告もしないといけませんから」

「そう…… なるべく早く上がるから」


 深夏さんがそう云うと、みんなはシャベルと懐中電灯を物置に直し、裏口から屋敷に戻っていった。

 数分して、風呂場から賑やかな声が聞こえだした。


 僕はもう一度鶏小屋に入り、音がしたところを調べたが、矢張り取っ手がない。こちらからは開けられないようになっているのだろうか……。

 鶏小屋で渡辺さんが内側から鍵を閉める。

 そしてこの場所に来て、合図を送った。

 そして内側から開いて、中に入った。と云う事だろうか……


 ピチャッ……

 突然水の音が聞こえ、其方へと振り向く。


「君は…… あの時の」


 僕の目の前には、昨夜、部屋の窓から覗いていた少女が立っていた。


「君は一体誰なんだい?」


 そう訊ねても彼女は答えない。

 いや、答えたくても答えられないのだろう。

 表情が寂しく、もどかしそうに感じた。


「これが防空壕の入口なのは知ってるの?」


 そう訊ねると、少女は小さく頷く。それじゃこれが本当に……いや、それよりも何故これがそうなのだと彼女は云えるのか……


「ねぇ? どうしてそれを……あれっ?」


 また少女は僕の前から姿を消した。


「正樹ッ! 見付かった?」


 屋敷の窓から鹿波さんの声が聞こえ、僕は其方へと駆け寄った。


「見付かりましたけど、入り方がわかりませんね。恐らく中からしか開けられないって事じゃないですかね?」

「そっか……霧絵が渡辺を屋敷から出してるから、まだ大丈夫だろうけど、用心にこした事はないでしょうね。それに脚本家が、鶏小屋に違和感があるというのを書き換えてなければいいけど……」


 そう云うと、鹿波さんは懐から僕の財布を取り出し、僕に返した。


「後で見付かったって云っとかないとね? 少なからず嘘を吐いてたんだから」

「――わかってます」


 僕は少し考えながら、財布を懐にしまった。


「それと深夏たちが上がったら、あんたも入りなさいよ。結構臭ってるから」


 そう云われ、自分の身体を臭う。

 確かに腐葉土特有の臭いが僕の体からしていた。


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