拾壱【8月11日・午前10時5分】
HPとの違い。①文章が多少なりとも違います。②HP上に載せていたTipsはコチラには載せません。③漢字間違いなどを修正しています。
「あ、あれ?」
部屋を出た直後、澪さんが慌てた様子で、廊下を歩いていた。
「どうかしたんですか?」
「あ、瀬川さん? あの冬歌お嬢様見ませんでした?」
「冬歌ちゃんなら部屋にいるんじゃ?」
「最初そう思って行ってみたんだけど、鍵が閉まってたんですよ? 冬歌お嬢様に限っては閉めるって事は考えられないんですよね」
澪さんは腕を組み、首を傾げる。
「どこかに遊びに行っているとか?」
「玄関に靴があったし、裏口にもサンダルがあった。冬歌お嬢様はその二つしか履かない筈だから」
裏口って言うと、風呂場から中庭に出る所かな? 屋敷への入り口は玄関と裏口だけみたいだし……
「屋敷のどこかにいるんじゃないんですか? もしかしたら『書斎』で本を読んでいたりして?」
「書斎は決して入れない様になっているのよ。その鍵を持っているのは旦那様だけなんだから」
そう言われ、僕は首を傾げた。
「そう言えば、旦那様ってどこか出張に行っているんですか?」
「ああ、しらなかったんだっけ? 旦那様は貴方が来る一週間前に、出張先で行方不明になっているそうなの。少しばかりニュースにもなっていたはずだから、知っているかと思ってた」
僕はテレビは余り見ない。つまりそんな事があったという事すらしらなかった。
「探していないところは?」
「全部探したから可笑しいのよ! 隠れられるところなんて、後は倉庫と押し入れくらいでしょ? でも、冬歌お嬢様が隠れられる場所なんてまずないのよ。使われていない部屋とかはまず無理! 鍵は閉まっているし、部屋それぞれが違うから…… それにその鍵があるのは春那お嬢様の部屋。私達が持っている鍵だって、スペアキーなんだから」
澪さんはスカートのポケットから鍵を取り出し、僕に見せた。
「あ、本当だ? 僕のと全然違う……」
僕もズボンのポケットに忍ばせていた鍵を取り出し、それを眺めた。
「使用されていない部屋に入る事はまず不可能。ここは忍者屋敷なんかじゃないからね? 隠し扉も、隠し通路もないから……」
「それじゃ、まるで神隠しにあったような物じゃないですか?」
僕が素っ頓狂な声を挙げると、澪さんが呆れた顔で僕を見つめた。
「まぁ、家に居るはずなのに、姿が見えないって事は、確かに神隠し的なものだろうけどね」
「あ、広間の押し入れの中に隠れているとかは?」
そう言うと、澪さんは無言で首を横に振った。つまり既に探していて、其処にもいなかったという事だろう。
「あ、どうしたの? 二人とも?」
突然うしろから声を掛けられて、僕と澪さんは慌てて振り向く。
「ちょ、ちょっと? どうしたの?」
「な、何だ? 繭だったの」
その正体が繭さんだとわかると僕と澪さんはドッと疲れが出た。
「な、何よ? 人を幽霊みたいに」
「あははっ! ごめん。でもいいの? 部屋で休んでなくて?」
澪さんは繭さんの容体を心配していた。
「あ、大丈夫。確かに深夏さんが死んだ事にはショックなんだけどね?」
その言葉に僕は首を傾げた。
「二人が私の部屋から出てから、少し自分の推理を纏めていたの。そしたら、渡部さんは若しかしたら死んでいないんじゃないかなって?」
自信などないのだろうが、繭さんがはっきりとそう言った。
「た、確かにそれも有り得るかもしれないけど。そ、その後はどうするのよ? それに、あの異臭、多分、血のにおいだろうけど……」
驚いてはいるが、澪さんも強ち間違いではないと思っているのだろう。
「二人とも、忘れた? 渡辺さんの死体に目が行っていて、鶏小屋の鶏全羽の首が切られている事を…… それを考えたら、水たまりを作るのはそう難しくはないと思うわよ?」
一瞬僕の頭の中が混乱した。
繭さんの推理を整理するとこうだ。
渡辺さんは僕達が発見した時は未だ生きていた。つまり、渡辺さんの死体と思っていた骸は人形だと言う事になる。そして、渡辺さんの血だと思っていたのが、本当は鶏の血だという事。
とはいえ、やはり矛盾している所もある。
「それじゃ? どうやって、小屋から出た訳?」
「それは、やっぱり……」
「それに、どうやって、人形を天井に吊るすの?」
「うっ……」
澪さんに的確な指摘をされて、繭さんは言い返せなくなってしまった。
「繭さんが渡辺さんと別れたのって、四時十分頃ですよね? 僕が澪さんと犬小屋に行こうとした時より、ちょっと前でしたから」
「確かにそれくらいでしょうね?」
澪さんが思い出そうとしているが、僕だって自分の起きた時間が午前三時半くらいだったから、それから逆算しているだけだ。
恐らく、それくらい掛かっていただろうという感覚で話しただけ。
「で、どうしたの? 二人とも…… さっきから玄関を見ているけど」
「あ、そうだ! ねぇ、繭? 冬歌お嬢様を見なかった?」
そう告げられて、繭さんは少し考え込んでいた。
「つい先刻ですよ? 私が自分の部屋から出たのって」
「その時に見なかったの?」
「部屋の窓から中庭が見えるけど、これといって変わった事はなかったわね。タロウ達も小屋の中で遊んでいたから」
「繭さんの部屋だけなんですか? 中庭が見えるのって?」
「いいえ、私の部屋と縦に並んでいる、客室と旦那様の部屋から見れるはずだけど? でも、入っていいのはお客様が来る事がわかっている時だけで、その時に掃除をする程度だから、扱ってないはずよ」
つまりは部屋に入る事は先ず不可能と言う事になる。
「それを考えると深夏さんの部屋に入る事も不可能って事よね? 約一名を除いては?」
全員が物言わぬ空気が漂う。恐らく、三人とも同じ人物の名が出てきたからだろう。
春那さんなら、全部の鍵を管理していて、自由に部屋を出入りが出来る。
だからこそ、この考えが浮かぶのだが、説明が出来ない。
「深夏お嬢様はよく『寝る時は部屋の鍵を閉めなさい』って言われたからね。その時、鍵を閉めていなかった可能性もあるわよね」
「だから、否定が出来ないの? あの殺し方を飽くまで人間の仕業だと考えたら、変な意味で全員が出来る事だけど…… 人間以外の仕業だと考えると逆に説明が付くでしょ? あの意味不明な死体には」
僕は音が聞こえるほどに喉を鳴らした。
それが強ち間違いではないからだ。
でも、如何しても人間以外の仕業だという説が納得いかなかった。
人間を殺すのは飽くまで自然か人間だろう。
だからこそ、それ以外だという説が気に入らなかった。
鹿威しが鳴った。