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拾玖【8月11日・午前3時42分】


 例の如く、朝早くから私や正樹を含んだ使用人達は、玄関前に集合していた。


「それじゃ、瀬川さんと繭は鶏小屋に行って、卵取りと餌やり。鹿波さんは精留の瀧に行って、水を汲んできて下さい。私と渡辺さんは農園で今日使う野菜とかを採りに行きます」


 渡辺はその指示に不可解だと云わんばかりの表情を浮かべる。


「鹿波さん一人で水汲みですか? 不便ですね」


 私を見ながら、渡辺が含み笑いを浮かべる。


「鹿波さんは私たちの中でも、この山のこと知ってますからね」

「でもまだ此方に来て、一週間でしょ?」

「確か小さい時に精留の瀧に遊びに行ってたとか……」


 澪と繭が私をフォローする。

 勿論正樹と霧絵以外が私が金鹿之神子である事を知らない。

 精留の瀧は生きていた頃に利用していた。

 だからこそ、場所を知っている。

 瀧の場所は土砂崩れでも起きない限りは永遠に変わる事はない。

 茂み等で道が変わる事はあるかもしれないが……


「それにしても、大丈夫ですか? 割れないようにしてくださいよ?」

「大丈夫ですよ。私がちゃんと見てますから」


 繭が正樹を見ながら云う。


「それじゃ、瀬川さん。くれぐれも粗相のないようにお願いしますね」


 渡辺がそう云うと、「はい。それじゃ始めて下さい」

 そう言って、澪は屋敷に戻った。


 勿論裏口から出るのだが、渡辺が慌てた様子で澪の後を追ったのが、如何せん不思議だった。


「どうかしたんですかね? 渡辺さん」


 正樹が誰彼構わずに問う。


「えっと…… 渡辺さんは元々鶏小屋で卵取りとかの担当だったんですよ」


 つまりスケジュールが狂わされたと云うこと。


「あの……。僕達の担当決めって、澪さんが決めてるんですか?」

「いいえ、一週間のスケジュールはみんなで相談してるんです。確か、鹿波さんも……あれ?」

 繭は不思議そうに私を見つめながら、「その時…… 鹿波さん居ましたっけ?」

 と訊かれ、私は少々笑いながら……


「忘れたんですか? 私、あの時ちょっと熱っぽいから、休んでましたよ」


 勿論、本当の時に私はいない。

 だけど一週間前後に私がいたという“記憶”が正樹と霧絵以外に何故かあった。


「そうでしたっけ? 可笑しいなぁ……」


 繭は私の顔を見ながら云うが、数秒もしないうちに気にしなくなり、正樹を鶏小屋の方へと連れていく。


 まぁ、これで“渡辺が鶏小屋から失踪する”という事がなくなった訳なのだけど、矢張り未だ不安要素が残っている。

 それは“鶏小屋の中に何があるのか”と云うこと。若し繭と澪が共犯だとすれば、それが何かを知っている。


 鶏小屋の外壁は大きな門以外は人間が入る場所はない。そもそも門は鍵が備えられていない。

 辛うじて出入りできると思われる窓は二メートル上にあるため、人間が登ることも降りる事も出来ない。

 何より中から外に出る事は出来ない。

 これを数分でという事は先ず不可能だし、縄一本でしたとなると……。


 先ず足場を作るためのいくつか間を均等に分けた結び目を作らなければいけない。若しくは作らない。

 そして縄の長さは、上り下りを半々と考えて、大凡四~六メートルの縄を用意する。

 その縄をどこかに結びつける……

 まっ、それは周りに“縄を結ぶ場所があれば”の話なんだけどね。

 なければ登る人間の体重と引っ張る力を加算したものを堪えられるほどの大きな岩を用意するか……。岩を結び、地中に埋めるか、鶏小屋の壁に繋げるか……。まぁ色々考えたところで、結局はその縄を回収出来なければ意味がない。


 それに外ではなく、中でも同じ事が言える。

 何故なら“下りるさい、重みが生じる”から、登る側にも堪えるほどの力がなければいけない。

 鶏小屋側は暗いから一瞬気付かないだろうけど、後々縄を回収するとなると面倒になるし、失踪した後、殆どが門を閉じられている。

 なら答えは簡単……結局地中に潜れる場所があるという事だ。

 まぁこっちの方が現実的といえばそうだし、何より効率がいい。

 そして数分でいなくなれる……


 取り敢えず、渡辺が鶏小屋にいないし、澪が一緒だから、事件は発生しない。……そう思いたいけど……

 少しばかり不安があるが、自分の仕事もあるので、私は精霊の瀧に行く事にした。



 鶏小屋の中では既に鶏が歌い出していた。

 一匹が声を出すと、連鎖するように次々と他の鶏も歌い始める。

 鶏は周りが明るくなったのに気付くと、朝だと勘違いする習性がある為、正樹達が入り、小屋の電気を点けたからだろう。


「餌は其処にあります。私は卵を取りますので」


 そう云いながら、繭は籾殻の入った箱を手に持ち、産みたての卵を拾い集めていく。


「えっと、これかな……」

 正樹は餌箱を手に持ち、古くなった餌を捨てようとすると、「あ、古い餌はそのまま鶏の方に撒き散らしてください。そうすると後で片付けるのが楽になりますから」

 そう云われ、正樹は云われた通りに撒き散らす。

 その後、水を替えたり、新しい餌を入れたりと結構時間が掛かった。


「初めてにしては手付きがいいですね?」


 時間が掛かったのにそう云われたので、正樹は心外だと目で訴える。


「謙遜しなくていいですよ。私この仕事を遣っていて、一番慣れてないのは、鶏の餌遣りなんです」


 繭は今日産んだ卵を数えながら、ゆっくりと鶏を見遣る。


「元々、私が此処に来たのは朝が弱くて、よく学校を遅刻してたんです。それで深夏さんに相談して、使用人として働くようになりました。勿論そのお蔭で朝には強くなりましたし、寝るのも早くなったんですよ」


 そう云いながら、繭は地面に箱を置いた。


「本当は…… 両親から逃げたかったのかもしれません……」

「――えっ?」

「私が我儘を云って、高校受験をしたんです。家にはそんなお金はなかった。お父さんは色んなところから借金をして、家にはそれを取り立てる人が引っ切り無しに来ていた……。お母さんは帰りが遅くて、よく夫婦喧嘩をしていたんです。怒号と物が壊れたり、割れたりする音……その音が毎日続いて……」


 つまりそのストレスで不眠症になっていた……と云う事だろう。


「でも、春那さんが冬歌ちゃんを怒鳴っても、父娘おやこ喧嘩をしていても……私の両親とは全然違うんだなって……」


 声のトーンが落ちていく。


「暖かいんですよ…… 本当に……」


 正樹は俯いた繭の顔が見えなくても……彼女が泣いていることに気付いていた。


「あの二人は私を捨てていった! 私に何も云わないで! 何も云わないで失踪した。この屋敷に住み込みで働くって、そう話しても…… 全然聞いてくれなかった!」


 キッと顔を上げ、ジッと正樹を見詰める。


「本当は聞いて欲しかった! 学校は楽しいか? 友達は出来たか? 勉強でわからないところはないか?って…… 一杯! いっぱぁああい! 色んな話を聞いて欲しかった! でも…… 何も聞いてくれなかった……話しても“うるさい”とか、“今忙しいから”とか……。だから忙しくなさそうな時に話した。でも返ってくる答えはいつも一緒だった!」


 繭は自分の顔がぐしゃぐしゃになっていることに気付いていた。

 それでもどうしてか、自分の思いを伝えたかった。


「親子って…… なんですか?」


 その問いに正樹は答えられなかった。


「答えられるわけないですよね…… みんな違いますから…… でも…… 私の両親は愚図なんですよ!」


 その言葉が出た瞬間。繭の頬に痛みが走った。


「どんな理由があろうと、自分の親をそんな風に云う資格は、繭さんにも…… いいえ! 誰にもありませんよ!」

「瀬川さんに何がわかるんですか? 親から見捨てられた…… 私の気持ちなんて!」


 その時、正樹の脳裏には、昨夜、春那との会話が過ぎっていた。

 人の本当の気持ちなんて…… その本人にしか理解出来ない。


「なんで…… ですかね……」

「え?」

「なんでこんな話をしたんでしょうか……」


 繭は自問しているだけだった。


「瀬川さん…… そろそろ出ましょう……」


 フラフラとしながら、繭は正樹の横をすり抜けるように小屋を出て行った。

 繭が立っていた場所には箱が置かれたままで、正樹はそれを取ると繭の後を追った。


 外に出ると農園の方から声が聞こえた。

 中に入っているのは渡辺と澪で、二人は何かを話している様子だった。

 正樹は少し気に成りながらも、玄関の方にと戻っていった。


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