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拾捌【8月11日・午前3時18分】


 長野県警四階の隅に“特別捜査室”と書かれた板が貼られている部屋がある。

 その中では現場の十人と対象にたった六人が集められており、その殆どが寝ずの番で事件の調査を取り行っていた。

 現場指揮を行っているのは早瀬警部だが、こちらの捜査本部を仕切っていたのは意外にも大牟田警視だった。

 ――が今は“警部”とても云っておこうか……

 彼は父親である長野県警本部長とは既に勘当されていたが、結局は血を分けた親子なのだ。だからこそ抜擢された。

 本来警察は情に流されてはいけない。

 それがある故、あえて舞は大牟田警部を捜査指揮“補助”にした。


「それじゃ現場付近で不審な人物は誰もいなかったと……」

「はい。被害者が殺されたと思われる時間と、植木警視殿が反町早百合巡査から連絡をもらった時間をかみ合わせまして……恐らく午後八時前後を中心に調べましたところ、目撃者及び、周辺を通った人間はいないそうです」

「私が連絡を受けた時、被害者はまだ“撲殺”であって、バラバラ死体ではなかった。その事は反町巡査も知っている」

「ですから、連絡を入れてきた人間が“撲殺”としてみていたか、その連絡があった後、何者かがバラバラにしたか……」

「元々からバラバラだったか……」


 若しそうだったとしたら人としてどうだろうか、自分達は職業柄、様々な死体を見ている。

 綺麗なものもあれば、見るに堪えられないものまで……。

 しかし連絡をしてきたのはあくまで一般人である。

 一般人が死体を見て動揺しない訳がない。

 勿論そう云うものに免疫があれば話は別だが、夢と現実の区別がつかなくなったかである。

 若しくは自分たちと同業の人間。たとえば医者や消防士などが考えられる。


「しかし、犯人は何故こんな酷い殺し方をしたんだ」


 確かに撲殺だけでもいい筈だ。

 そもそもバラバラにする事は、大抵身元をわからなくするため……だが、身元がわかりやすい顔は半分崩されてはいたが、身元がわからない訳ではなかった。

 それよりも携帯が見付かった事が奇妙だった。

 どちらかと云うと、携帯を壊した方が身元を判別出来なくなるから、それを壊せば済むだけの話。

 にも拘らず、壊さなかったのは余裕の現われだろうか……。


「携帯の所有者を割り出すのは難しいと思いますけど、お願いします」


 勿論所有者は云うまでもなく、本部長と犯人なのだが、万が一を備えて調べてもらうことにしたが、正直いって無駄に近かった。

 日本での携帯所有数は90%と言われている。

 しかも一人で何台も持っていたり、何人かが同じ型番を持っている場合もある。

 シリアルナンバーや限定品ならわからない訳ではないが、発見された両方は極一般的に普及されているもので、判別は無理に等しかった。

 勿論、その事は舞も重々わかっていた。


「本部長が何処で携帯を買ったのか知らないんですか?」


 舞は大牟田警部にそう尋ねるが、首を横に振られた。


「本部長が俺に電話をしてきた事は一度もないですよ。それにあの人は自分からは連絡しない。多分携帯に入ってる電話帳だって、家族すら入ってないと思う。母さんも父さんに電話した事は一度もないからな」

「何の連絡も?」

「ホント、意味がわからねぇ……一度も携帯で連絡しあった事ないんだと」


 確かに勘当された大牟田警部ならまだしも、自分の妻と連絡を取り合っていないというのは……。

 まぁ一家庭の事情を兎角いう権利はないのだが……。

 舞はチラリと自分の腕時計を見る。時間は既に午前様で、本当だったら既に解散し、明日朝早くから捜査を再開すればいい。

 だが、本部長を殺した犯人を許せないのはわかるが、舞と早瀬警部だけは違っていた。


「それじゃ、少し一休みして……」

「そうは云ってられませんよ! 本部長を殺した犯人がまだ長野にいるかもしれない」


 一応検問を布いてはいるが、若しそれ以前に長野を出ていたらと考えると、この検問も意味がない。

 それどころか四年前同様、既に死んでいる可能性だってある。


「それじゃ、検問している警官と連絡を取り合ってて下さい」


 そう舞が云うと席を立ち、部屋を出て行った。


「植木警視! ちょっと! ちょっと待って下さい!」

「大牟田警部……貴方には捜査本部の指揮を頼んだはずですけど」

「どうして俺を指揮に? みんなの足手纏いになるだけですよ」

「いい? 足手纏いってのは、何もしない、ただ立っているだけの木偶の坊を云うのよ。貴方……私が誘わなかったら事件捜査に加わらなかったの?」

「……いいえ。俺も心の中では……悔しいですから……。でも、警察は私情を持ち込んではいけないって」


 大牟田警部がそう云うと、舞は少し項垂れながら、「そんなの馬鹿がする事。警察は決して人を助けてはいけないなんて教わってないでしょ? ううん、寧ろ目の前で起きた事件は管轄内だろうが、外だろうが、助けるのが普通なのよ」

「でも、そんな事したら……」

「怒られるのが怖い? 降格されるのが怖い? だったら警察なんて最初っからしなきゃいいのよ! いい? 私たち警察は、国民の安全を守るのが第一でしょ? それ以上も、それ以下もない! 極当たり前のことなの! それを管轄外のことだから、見て見ぬ振り? 助け合うのが普通でしょ!」


 舞は誰に話しているのか、勿論大牟田警部になのだが、自分ではそれがわからなかった。

 昔あったことが頭の中で過ぎる。

 幼い頃、交番の前で引っ手繰りにあった母親が、その反動で花壇の煉瓦に頭をぶつけた。幸い母親は無事だったが、目の前で起きたというのに、何もしなかった交番の警官を少なからず怨んでいた。その事を父親に言ったが、それが警官だと云われた。

 それゆえ、舞は警官に少なからずの恨みを持っていた。

 そして自分だけはそうならないようにという考えがあった。

 ただ警官になりたいというよりも、怨みから出た理由だった。

 始めて事件を担当した時も、舞は自分の担当している事件と同様に、近くで起きた事件すら首を突っ込んでいた。

 その事を上司に怒られたりもした。

 でも目の前で起きた事件が、自分の担当している事件よりも重く、残酷だったら、自分の担当している事件は捨ててでも其方に援護していた。


 がある日の事、舞は犯人に殺されそうになった。

 間一髪、その事件を捜査担当していた早瀬警部に助けられ、一命を取り留めた。

 しかし、自尊心プライドと普段何もしない万年警部に怒られた事が許せなかった。

 が、事件が無事解決した後、彼女は自分の愚かさを知る事となった。

 逮捕直前、はりこみをしていた警官が犯人によって無残に殺された。

 勿論それは舞の責任ではない。云ってしまえば殺された警官の責任である。


 しかし若しあの時早瀬警部が助けに来なかったら……彼女は既に犯人に殺されていた。

 彼女は始めて“警官”という職業の恐さを知った。


 昔の事を思い出し、舞は一呼吸する。


「植木警視、大丈夫ですか?」

「有難う……」


 舞はそう答えると、背伸びをし、自分の頬を思いっ切り叩いた。


「うし! みんなには適度な仮眠を取る様に伝えて! それから現場の早瀬警部に連絡。不審だと思うものは何でもいいから集めてもらって……。鑑識課には発見された死体に不審な点がないか調べてもらう。それと胃の中に食べ物の類がないか入念に調べる様に云っておいて!」


 一度にそう云われ、大牟田警部は戸惑った。


「いい? 貴方の父親がいなくなったのは昼間からなの! 早百合の話だと、戻ってきた本部長は上の空だった。それから外に出ている……何か弱みを握られたのよ! 私と早瀬警部以外に……」

「弱み? 植木警視達は親父の何か弱みを握ってるんですか?」


 口を滑らしてしまった自分が悪いのだが、今更隠した所でどうにもならない。

 何故なら、訊こうと思っていた本人が殺されたのだから……。


「貴方の父親と耶麻神旅館の人間が裏金で繋がってたの……。恐らく四年前の事件が直ぐ打ち切りにされたのもそれがあったから……」

「嘘だ! 親父がそんな事……そんな事するわけがない」

「私も本部長がそんな事するわけないと思いたいけど、証拠があんのよ! 耶麻神大聖が自分の身を犠牲にしてまで、私たちに教えてくれたの! それに本部長だって何時でも逃げられる筈だった!」

「どういう意味ですか?」

「考えてもみなさい! 本部長は外食から帰ってきてから上の空だった。普通だったら、そんな状態で外になんか出ないわよね? でも、本部長は外出し、その結果殺されている!」


 舞がそう云うと、大牟田警部は父親が何をしようか理解した。


「犯人を止めるために?」

「それはわからない…… けど! 多分そうだと信じたい」


 たとえどんな理由であろうと、本部長は犯人を止めようとした。

 その行動すら、脚本家は書いていたのだろうか……

 舞はそう考えながら、捜査本部室に戻った。


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